kinematopia96.02


 「『セブン』(デビッド・フィンチャー監督)は、すごい人気だったね。あんなに長い待ちの列は久しぶりだった。映画のクレジット・シークエンスが始まった時、そのハイパー・パンクなセンスに痺れた。こんなことはここ数年なかった。とんでもない傑作、という予感が身体を突き抜けていく。そして、としゃぶりの雨が降り続けるくすんだ映像。フィンチャー監督は『エイリアン3』の時よりも、さらに独自の映像美を創りあげていた」

 「フィンチャー監督は写真家のピーター・ウィットキンの作品を参考にしたと言う。グロテスクを突き破った崇高美。たしかにウィットキンが基調になっていた。その上で、計算された色彩がテーマを冴え立たせている」

 「映画を観ずにこの文章だけを読んだ人はきっと傑作だと思うだろうね。しかし、すべてを脚本が裏切ってしまった。そもそも中世キリスト教的な七つの大罪は、入り口であって、映画の展開はそこから逸脱していくべきはずだった。あれだけ、凝った殺人を企画した犯人とは思えない、最後の計画の陳腐さ」 「最後に観客を安心させるためだけに、あんな結末を用意したのだろうか。犯人の意図が隅々まで分かって、すっきりするために」 「犯人の意図が理解不能であってこそ、作品としてのインパクトが生まれるのにね。世界が分かっていない。惜しい作品だった」

 「キャスリン・ビグロー監督の『ストレンジ・デイズ』も期待していたんだ。ビグロー監督の天才的な映像センスは『ブルースチール』で証明されている。この作品も脚本がぶちこわした。なんとも古臭いヒューマニズムと純愛の映画になってしまった。図式的な黒人差別への抗議とともに」  「他人の記憶をリアルに追体験できるデジタルディスクというアイデアが、全く生かされていない。女性の筋肉とだらしない男性は製作のキャメロンの好みだろうか」

 「ただ、ジュリエット・ルイスのハードロックには驚いた。彼女はあきれるほど芸達者だ。演技派をかんじさせない本当の演技派」 「驚いたと言えば,『Shallweダンス?』(周防正行監督)の清水美砂の歌も見事だった。最初、清水美砂とは分からなかった。すごい配役だよ」

 「からめ手からきましたね。この作品は今年の邦画ベスト3間違いなしでしょう。周防正行監督ほど、笑いのポイントをおさえている監督はいない。うますぎるほどうまい。娯楽作品としては超一流。必見だ」  「ヒロインの草刈民代との結婚も映画の延長なのだろうか。なにか出来過ぎている」

 「やや地味だが、横山博人監督の『眠れる美女』もなかなかの出来だった。川端康成の原作も相当に深いが、横山博人監督は女・性を全面に押し出す事で、従来の狭いモラルを打ち倒した新しい地平を静かに、しかし確かに提示している」  「男の老いという点でも、なかなかに示唆に富んでいた。原田芳雄は70代の不良長寿をあきれるほどかっこよく演じていた」

 「最後に映画ではないけれど、劇団フライングステージの札幌初公演『夜のとなり』に触れておこう。等身大のゲイを巧みな会話で表現していく関根信一(作・演出・主演)の手腕はたいしたものだ。押し付けがましくないセンスの良さ。昔『ハーベイ・ミルク』を観た後で、カインドという言葉を思い出したけれど、今回も通底するものがあった」


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