2004年12月1日に、開腹核出(腰椎麻酔)で筋腫を取った
そらまめさんからのメッセージです。

そらまめさ〜ん、貴重な体験談をありがとう( v^-゚)Thanks♪



 
   ■手術前日
   この日、午後から入院しました。
   担当の看護士さんにご挨拶し、手術への不安や今までの治療方法などの話し合いをしました。
   また、手術〜入院までのスケジュール表をいただきました。
   一般的なスケジュールなのですがとても目安になりました。
   (付添いの家族には、調整が出来てとても良いと思います)
   早速、個室に入院し、着替え、毛剃り、入浴、食事を済ませ、消灯時刻を慌しく迎えました。
   夕方には、家族も帰り、いよいよ孤独との戦いが始まりました。
   やはり、寝つきが悪く睡眠薬を処方しました。

 ■手術当日(12/1)
   いよいよ当日を迎えました。
   朝から、点滴が始まりました。
   浣腸を一度行いましたが、不発に終わったため、時間をおいて再度行いました。
   手術着を着用し、血栓症防止のための、医療用のひざ下ストッキングを履きました。
   手術は、腰椎麻酔による子宮筋腫摘出手術です。
   オペ室までは、点滴車を押しながら、自分で歩いて行きました。
   手術着は、サイドが肌が見えてしまうので、ガウンを着て行きました。
   ※これは、あってよかったと思います。
   オペ室は、広かったです〜。
   ライトが、TVで観るようなすごく大きいもので、本物だ〜っと感動!!
   そうこうしている間に、手術台に横になり、左腕は点滴、右腕は血圧計・・・・
   私の場合は、開腹なので通常のフラットな手術台でした。
   そして、腰椎麻酔が行われました。
   体を句の字にして脊髄あたりなのでしょうか・・・数秒間注されてました。
   父から教えてもらった方法で、その時の注射はあまり痛くなかったです。
   (針を注す直前に呼吸し、注す瞬間から息を吐くと、体が硬直せず、痛みもあまりとの事で!!)
   ひとつの暗示のようなものだと思いますが、良いことは取り入れたくて試してみました。
   それから、数秒後には、下半身にしびれが始まり、あっという間に麻痺していました。
   どうにもこうにも、下半身は動きません。下半身限定の金縛りです。
   そして、手術が始まりました。
   以前から先生には、術中は眠りたいと希望を出していたのですが、しばらく意識がありました。
   不安に思い、こんな時にとは思ったんですが、先生に頼みました。
   でも、血圧が低すぎていたため、結局、投与されませんでした。
   (そう言われたので、右脇にあった血圧計を暫く見ていたのですが確か上が100以下でした)
   しかしながら、麻酔により意識はもうろうとしていましたので、一部始終状況を把握はしていなかった
   と思います。
   記憶にある中で一番驚いたのは、内蔵が引っ張られた事です。
   2回ぐらい下半身に向けて「ぐっぐ〜」・・・・
   今思うと、筋腫を取っていた時ではないかと思います。
   反射的に思わず、声を出してしまいました!(笑)
   その後、先生から、筋腫見ますか?と聞かれたので、意識はもうろうとしながらもお願いして、
   バケツに入った筋腫を確認しました。
   思わず「うぉ〜」の一言!!(笑)予想していたよりも、大きかったです。
   その後、意識は飛び・・・・「手術が終わりましたよ」の声で目が覚め、オペ室から病室へ
   搬送されました。
   その時、スタッフの方達が見えたので御礼を言った記憶があります。
   今でも思うのは、よくあの状況で、言えたなと思います。
   病室についたら、先に先生が来ていて、父がデジカメで筋腫を撮影していました。(笑)

   手術の時間は、2時間でした。
   核出できた筋腫は、メインであった1個でした。(7〜8p)
   その他、二軍が3個あるようなのですが、子宮の後ろにあり核出できない大きさであったため
   断念しました。
   血圧が低かったせいか、出血がほとんどなかったようで、自己血も使用することもありませんでした。
   術中、眠れなかったのは、今思うとぞっとしてしまいますが、出血がなかったのは、自分では
   とてもよかったと思っています。
   そして・・・病室に戻り、両足は、血栓症を防ぐために、マッサージ機をつけられ、着ぐるみ状態!!
   それからしばらく、記憶がありません。
   気が付くと、もう夜になり、麻酔が少しずつ切れかけてきました。
   右足、左足と別々に感覚が戻り、マッサージ機も外し、かなり楽になりました。
   そして、ここからが地獄の始まりでした・・・・・!!
   いよいよ、痛みが始まりました。熱も40度手前まで上がり、非常に辛かったです。

 ■術後1日目
   いや〜猛烈に痛かったです。
   寝返りを打つように、看護士さんから言われるのですが、「そんな、出来ないよっ!!」って
   突っ込みたい気分でした。
   熱と痛みとの戦いの一日でした。まだ尿管もあるし、歩けないため、靴下はいまだに履いた状態で
   きつい、苦しい、痛い、熱い・・・・心の中で「助けてくれ〜」って何度も言っていたような気がします。
   まだまだ点滴生活・・・・水の1滴も飲めませんでした。
   傷口の消毒があったのですが、初めて傷を見ました。
   ここで、初めて糸ではなく、金具であることに、とても驚きました。
   寝返りを打つ時に、何故ちくちく痛むのか、ここで始めて気が付きました。(遅すぎ!)
   術後1日目の感想は、痛い以外はありませんね。とても最悪な気分でしたす。

 ■術後2日目
   まだ熱が下がりませんでしたので、抗生剤点滴から始まりました。
   少し水を飲んで良いと許可が出ました。
   2日振りの水を飲んだとき、生き返ったような気がしました。
   その後、ガスが出たかどうか、しきりに看護士さんに聞かれました。
   お陰様で、ガス!!でましたので、昼食から流動食が始まりました。
   りんごジュース、味噌汁(具なし)、葛湯・・・・えっ固形がない!!
   かなりショックでしたが、一滴も残さず大切に飲んだ?!ような、食べたような・・・・(笑)
   尿管が外され、いよいよ、自力トイレデビューです!!
   4回ぐらいは何とか行けましたが、もう10センチ歩行です〜。
   気持ちは、水分を取りたいんですが、トイレを考えると、あまり飲みたくなくて・・・・。
   これがスケジュール通りだなんて、考えられないと思いました。
   あまりにも痛すぎます!!私は過敏なのか、回復が遅れているのか、
   個室でしたので結構悩んだ日でした。
   夕食は、5部粥が出ました。卵豆腐、さつま芋など、固形が出たのでうれしかったですね。
   また、夕方から熱が出ました。
   点滴の針を抜いたばかりなのに、抗生剤点滴を投与するため、また刺す事に・・・・(泣)
   看護士さんと、あ〜あなんて言っていました。
   手首に刺すので物凄く痛いんですよね〜。

 ■術後3日目〜6日目
   食事は、だんだんと普通食になりました。
   少しずつですが、トイレの回数を増やし歩行訓練をしていました。
   テレビを観ることが出来るのは良いのですが、バラエティはあまりにも危険です。
   本当に、怖くて笑えません!また、くしゃみも殺人的です。
   痛み止めの薬は、毎日飲んでいました。
   4日目には、初めて入浴しました。
   とても気持ちよかったんですが、傷を直視することができませんでした。
   何と言っても困ったのは、自力でパンツと靴下がはけなかったのが、本当にショックでした(笑)
   まだホチキスが付いましたので、屈折するだけで拷問です!!

 ■術後7日目
   熱も下がり、傷口のホチキスを取る日でした。
   傷は、6センチぐらいでしたが、ホチキスは10個ぐらいだったと思います。
   取るときは、少々痛みがありましたが、それからは、ちくちく感がなくなり、歩行も大分楽になりました。
   私の傷は、ちょっと右よりで、中央直線が6時としたら、私の傷は5時55分ぐらいの曲がり具合でした。
   何故、曲がっているのか?!・・・これって、筋腫の場所によるのでしょうか?!

 ■術後8日目〜
   痛み止めは、1回/日を目標にしていました。
   ゆっくりですが、歩行も普通に戻りました。
   日中は、ほかの病棟まで歩くことができました。
   でも、すぐ疲れるので、手すりや椅子がある場所をお勧めします・・・・

 ■退院の日
   この日が来るのを待ち望んでいました。
   自分にもやり遂げることが出来たので、とてもうれしいです。

 ■現在(自宅で静養)
   痛みはまだあります。
   毎朝起きて、回復具合を確かめます。
   でも、調子にのると、疲れたり痛くなるので気をつけなくてはいけないですね。
   術後13日目にして、初めて外食をしました。
   車に揺られたことで、痛みを生じ、その後は激痛に襲われました。
   やはり、外出は早すぎたようです。