牛島税理士訴訟物語からの抜き書き


松澤証人に関して


 とはいえ、当面の課題は松澤証人尋問対策である。
 彼は東京地裁判事時代にロッキード事件を担当したという。その貴重な経験
は披の信条に影響を与えなかっのだろうか、税理士会による政治献金が許され
るとの論陣を張った。これに対し、われわれは、司法試験受験数、論文の盗作
疑惑にはじまり国労広島地本事件の無理解、前提事実についての専断などを暴
露し、鑑定証人の命というべき専門性の欠如を明らかにした。ついには高石裁
判長から 「僭越なる証人」と決めつけられたのであるから、われわれの反対
尋問の成功を自負することが許されよう。
●40ページ 弁護士 浦田秀徳


松澤氏の失敗


 松澤氏の失敗はもう一つある。証人は租税法が専門である。しかし証言では、
憲法の思想・信条の自由の問題、民法の公益法人の権利能力の範囲の問題につ
いても専門的に研究していると大風呂敷を広げた。昔の学者はいざ知らず、専
門分野が細分化した今日ではこういうことはありえない。したがって当然のこ
とながら、反対尋問の恰好の標的となってしまった。権利能力についての我妻
説の誤りを指摘されて答えられず、松澤氏が意見書の中で引用している広島地
本の最高裁判決の事例を聞かれて、ほとんどまともに答えられないという失態
をさらすことになったのである。ここはまさに「学者であれば僭越ですな」と
の声がかかる場面である。もっとも専門的に研究していなければ答えられない
という質問でもないと思うのだが・・・。
 伝え聞くところでは松澤氏は法廷の外でも勇猛果敢なる活躍があるようで、
この証人尋問が原因でそれに一層拍車がかかったようである。
●122ページ  弁護士 藤井順司


判決の意義 憲法は私人間間にも適用される


 つぎに、以上のこととも関連しながら、牛島税理士訴訟判決が明確に、書法
の私人間への適用を認めていることに注目すべきである。
 三菱樹脂・高野事件判決 (一九七三年一二月一二日) で最高裁は、在学
中の団体加入や学生運動の有無について申告させることが思想・信条と関連す
ることを認めながらも、憲法はもっぱら国または公共団体と個人との関係を律
するもので私人相互の関係には適用されない、という「論理」で企業の本採用
拒否(解雇)を有効とした。
 大学の教育方針に反する思想・信条をいだいたことを理由とする私立大学生
にたいする退学処分が争われた、昭和女子大事件判決(一九七四年七月一九日)
でも最高裁はこの「論理」を踏襲したのであった。
 これにたいし牛島税理士訴訟判決で、牛島税理士が私人なのはいうまでもな
いが、南九州税理士会も、一定の公共性をもつとはいえ、国や公共団体の機関
ではない。憲法上の位置づけでは私人にすぎないのである。この私人相互の関
係において、税理士会の目的の範囲という中間項を媒介としながら憲法一九条
の適用を認めたことは前述のとおりである。これは最高裁が私人間への憲法の
間接適用を承認したことにほかならないのである。
「ルールなき資本主義」といわれる今日の大企業の横暴のなかで、ひとつの「
理論的支柱」とされてきたのが「憲法は企業の門の前でとどまる」という身勝
手な言い分であった。関西電力事件判決とならんでこの判決が、これに痛打を
浴びせたことの意義はけっして小さくはないのである。
●213ページ思想・信条の自由の擁護 弁護士 松井繁明


思想・信条の自由 を積極的に擁護


 なによりもこの判決が、思想・信条の自由 (憲法一九条) を積極的に擁
護したことである。
 憲法が制定されてすでに五〇年。なにをいまさらと思われるかもしれない。
しかし、リアルに歴史的経過を振りかえるとき、最高裁が思想・信条の自由を
擁護してこなかったのは、明らかな事実に属する。レッド・パージ諸事件につ
いて最高裁は、日本の「独立」後における判決のなかでさえアメリカ占領軍命
令の超法規的効力を認めて、明白な思想・信条を理由とする解雇を有効とした
のであった。また、同じく思想・信条の自由が争われた三菱樹脂・高野事件な
どにおいても最高裁は、のちにも述べるように「私人間には憲法は適用されな
い」という「論理」によって、事実上、思想・信条の自由を擁護することを拒
否したのであった。
 これに対し、この判決に先だつ一九九五(平成七)年九月五日、同じく第三
小法廷がおこなった関西電力人権侵害事件の判決は、明らかに思想・信条の自
由を擁護するものであった。すなわち同判決は、「被上告人ら(四人の労働者)
が共産党員またはその同調者であることのみを理由として(中略)その思想を
非難して」監視・孤立策などをとったことは「不法行為を構成するもの」と判
示したのである。
 ところが奇妙なことに、関西電力事件判決のなかでは「思想・信条の自由」
という言葉はひとつも使用されていない。原審の大阪高裁判決と対比すると、
最高裁が故意にこの言葉を削除したと考えられるほかないのであるが、その理
由はさだかではない。
牛島判決の優位性

 それにくらべて牛島税理士訴訟判決では思想・信条の自由を明示して、これ
を擁護している。(税理士会の)目的を判断するに当たっては、会員の思想・
信条の自由との関係での考慮が必要である。(税理士会の)構成員である会員
には、さまざまの思想・信条及び主義・主張を有するものが存在することが当
然に予定されている。
●211ページ 弁護士 松井繁明


最近の最高裁は少数者、異端者は法的保護にあたいしな
い、法的保護は必要ないと考えていますよ


最近の敗訴例の一つの視点
 私が参加した敗訴例の代表として牛島税理士訴訟があります。私は思わず呆
然とし、裁判所を口汚くののしりました。証拠上、主張上負けるはずのない訴
訟だったからです。しかしそのとき、私の尊敬する京都の中島弁護士の警告が
頭をよぎりました。「最近の最高裁は少数者、異端者は法的保護にあたいしな
い、法的保護は必要ないと考えていますよ」。
 まさにこの判決はそうだと思います。「税理士のほとんどみんなが納得して
いるのに、たった一人で、たった五〇〇〇円のことに目くじらたてなさんな」。
 判決はそういっているのです。
 そういう目で最近の判決を見てみると、次々とあります。あの日立の残業拒
否による解雇事件、玉串料訴訟、まさにその典型例ではありませんか。
 少数者の権利を守るのが、まさに基本的人権なのだという正論はあります。
しかしその正論に裁判所が真正面から敵対してくる以上私たちもそれと正面か
らたたかうほかないのではないでしょうか。
●271ページ 弁護士 馬奈木昭雄


北野氏と牛島氏の出会い


 この機会に、私と牛島昭三氏との交誼についてふれておきたい。
 私自身は牛島昭三氏とはかつて面識もなく、まったく存じあげていなかった。
いまから言って二〇数年前に税理士の任意研究歯体である税経新人会全国協議
会の研究集会が熊本で開催された。開催地(熊本)の幹事をつとめられたのが
同氏であった。私はその熊本集会で税法学の特別記念講演をさせていただいた。
私を講演者として指名されたのは同氏であった、という。同熊本集会において
はじめて同氏と私は親しくお会いした。その後、全国税労働組合の税研集会が
東京で開催された。同研究集会においても私は税法学の特別講義をする機会を
与えられた。同講義には熊本から同氏も参加されていた。同講義終了後、同氏
から、近く牛島税理士訴訟を提起するつもりでいるので、ぜひ税法学者として
協力してほしいと要請された。
●284ページ 日大教授 北野弘久