年1度、大手チェーンストア労組の元委員長たちと現役との交流の場がある。今年もその「チェーン労組(OB・現役)懇談会」が高知県の土佐ロイヤルホテルで開催された。
 前日に自宅を出発し、新神戸・岡山経由で新幹線と特急南風を乗り継いで高知に着いた。新神戸からは現役時代に親しかった三田在住のN元委員長と合流した。二人で高知城@や五台山・竹林寺A他の市内観光を愉しんだ後、会場の土佐ロイヤルホテルBに到着した。夕食を挟んでの懐かしい顔ぶれ達との1年振りの懇親を終え、床に就いたのは午後11時を過ぎていた。
  前日の深酒にもかかわらず、今朝はセットしておいた目覚ましのコール音を待たずに6時前に目が覚めた。今日は早立ちして土佐くろしお鉄道沿線をひとり旅しようというのが予ねての魂胆だ。
 ホテルの朝食もそこそこに最寄りの夜須駅から奈半利行の電車Cに乗車した。高知県の南東部を走る「ごめん・なはり線」は、そのほとんどを太平洋を望みながら海岸線Dを縫って走っている。夜須駅発7時39分の車内には期末試験中なのか参考書に首っ丈の女子高生で溢れていた。
 目的地は終着駅の奈半利だ。奈半利観光文化協会のHPで見かけた奈半利の古い町並みをぜひとも訪ねたいと思った。8時22分奈半利駅@着の42分の電車の旅だった。他の沿線の駅と同様、高い高架駅の階段を降りる。駅の案内看板を確認し、駅の東側に広がる奈半利の集落をめざした。集落の中は情緒のある石塀にそって小道や路地が縦横に入り組んでいる。あちこちに案内看板や道順看板が掲示され観光客の利便を図っている。江戸末期から昭和初期にかけての古い建物が数多く残され(A〜D)、それぞれの建物には由緒や特徴を記した案内板がつけられている。街全体が昭和初期のローカルな港町にタイムスリップしたかのような趣きである。  
 1時間半ほどの奈半利の街並み散策の後、再びくろしお鉄道で次の目的地の安芸に向った。言わずと知れたタイガースの安芸キャンプの地であるが今回の目的は史跡めぐりである。10時15分に安芸駅@に到着。主な史跡の集まる土居地区は駅から2kmほどある。タクシー利用も覚悟して高架駅を降りた。階段下に地元産品の販売所である「じばさん市場」があった。入口に「レンタサイクル無料貸出」という看板を見つけた。半信半疑でレジの女性に尋ねると、ノートに住所氏名を書くだけですぐに自転車の鍵を渡された。観光協会提供とのことだ。なんとラッキー!
 駅から自転車で10分ほどの北東に最初のスポット「野良時計A」があった。地元地主が明治時代に作成した大時計である。風情のある道路を更に北東に行くと安芸城跡Bがある。鎌倉時代に築かれたという安芸氏の居城跡である。今も見事な土塁や濠や石組みが残されている。城跡を土居廓中(どいかちゅう)と呼ばれる情緒のある武家屋敷Cが取り囲んでいる。そのひとつ野村家が無料公開されていた。すぐそばの「廓中ふるさと館」に立ち寄りコーヒーで一息した後、1.5kmほど北西にある岩崎弥太郎生家Dに向う。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」にも登場するぜひ見ておきたかったスポットだ。初冬の穏やかな空気に包まれた農道を自転車の車輪が軽快に切り裂いていく。生家は、竹垣で囲まれた敷地に石碑とともに茅葺の母屋、納屋、土蔵が修復整備されていた。土蔵の鬼瓦には三菱のマークの原形となった家紋が残されている。駅前に戻り郵便局前の岩崎弥太郎銅像をカメラに収めて安芸観光を終えた。「じばさん市場」で昼食用の田舎寿司弁当や土産用の生産者表示のお漬物を求めた。その後、自転車の鍵を返しながら「ほんとに助かりました」と心からの感謝の言葉がついて出た。  
 安芸駅を12時26分発の電車で最後の目的地の赤岡町に向う。あかおか駅@から徒歩5分の所に伝統文化と歴史の不思議な香りを漂わせた二つの魅力的なスポットが向かい合っていた。平成の世に復活した芝居小屋「弁天座A」と幕末の異端の絵師・広瀬金蔵(通称・絵金)の作品を収めた「絵金蔵C」である。とりわけ絵金蔵に収められた屏風絵Cは、絵金のおどろおどろしい作風が和ろうそくの灯りに照らされて浮かび上がる独特の展示手法と相俟って不思議な幻想空間を作り出している。すぐ近くに「おっこう屋D」がある。「雑貨屋でもない、フリマでもない、骨董屋でもアトリエでもないが、そのどれもが当てはまりそうな不思議スポット」がキャッチフレーズである。店番のおばさんによると町内の会員が家の奥に眠っていた品物を持ち寄ったものが多いという。迷った末、絵金の作品を描いた手拭を求めた。
 くろしお鉄道とバスを乗り継いで高知空港に着いたのは午後3時過ぎだった。空港での最後のショッピングを済ませ16時5分発のANAに搭乗した。くろしお鉄道沿線のそれぞれに独自の趣きをもった3っつの町の一人旅を満喫した貴重な一日だった。くろしお鉄道の車窓越しの広大な太平洋を眺めながら、安芸の田舎道のサイクリングの向い風を顔に受止めながら、人生の黄昏時期の気ままなぶらり旅を愉しむ自分の姿に、これまで味わったことのない安らぎを覚えていた。