現地ガイド・董さんの見識
■初めての中国の旅を終えた。昨今の中国の驕りや傲慢さを思い知らされるにつけ個人的にはそれほど訪ねたい国ではなかった。ただいつかは訪れずにはおれない国であることも否めない。そんな気分の中でのご近所からのお誘いに応じたというのが率直ないきさつだった。
■旅を終えての感想は、結論的には「訪ねて良かった」ということになる。その多くはあらためて中国という国の歴史の深さとスケールの巨大さを実感した点にある。同時に行ってみなければ分からない生の中国の実態を垣間見た点も大きな収穫だった。こちらは現地ガイド・董さんの見識に負うところが大である。
■董さんは40代後半の男性である。ツアー初日に明城壁遺跡公園を訪ねた際に、董さんの「城壁の殆どは毛沢東の命令で取壊された。晩年の毛沢東には過ちがあった」というガイドを聞いて驚いた。その後、トイレ休憩などの待ち時間の懇談でも歯に衣を着せないいくつかのコメントを耳にした。彼自身は「1989年の天安門事件の前年に外国語大学を卒業したが、天安門での民主化運動に参加したため内定していた外務省職員を取り消された。その後日本の有名大学でも研修を受けたりてしばしば日本を訪問している」という経歴のようだ。
貧富の格差と一人っ子政策 
■その彼からいくつかの注目すべき発言を聞いた。「一人っ子政策がこの国に多くの弊害を招いている。自己主張の強い漢民族の特性に加えて、両親と祖父母から甘やかされ放題に育った小皇帝たちが大人になった時にどんな国になるのか。一人っ子である自分の娘の育ち方をみても末恐ろしい」「13億の国民の8億が貧しい農民で、豊かな都市住民が2億、その中間層が2億という実態だ。医療保険や年金等の福祉がなく自給自足の農民は今尚極度の貧困の中にあり、貧富の格差は著しい」
■こうした政権への批判的とも思える発言に不安はないのかと訊ねた。「江沢民時代はかなり厳しかったが、胡錦濤になった今は言論の自由は大幅に許されている。この程度の発言は問題にならない」とのことだった。それにしても北京市内の各観光地でも子供の姿を見ることは稀だった。たまに見る幼児を両親、祖父母が囲んでいる。こうした一種の異常な光景こそが、一人っ子政策の輝かしい成果?と言える。
■天壇公園観光の最後に公衆トイレに立ち寄った。女性のツアー仲間が口々に董さんに訴えた。女性トイレの長い行列の後からやってきた中国人女性たちが遠慮会釈なく割り込んできた。董さんの弁明に考えさせられた。「彼女たちのほとんどは地方の農村からやってきた。農村ではいつでもどこでも用を足している。公共マナーという都市生活のルールの認識すらないのです。それほど国土は広く、国民は途方もなく多い。国民レベルの教育や文化水準の底上げはまだほど遠い段階なんです」。13億もの民をいかに飢えさせずに着実に底上げさせられるか。混沌と矛盾を孕ませながら経済成長だけが突出する大国・中国の永遠のテーマを垣間見た気がした。

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