大分港までフェリーの旅
 地域の知人グループの懇親ツアーに出かけた。夕方6時の集合時間の10分前に集合場所に行くと、23名の参加者のほぼ全員が既にマイクロバスに乗車していた。40分ほどで六甲アイランドのフェリー乗場に到着する。
 乗船したのはダイヤモンドフェリーの大型客船・サンフラワーパール号だった。初めての夜航フェリーでのワクワクするツアーである。カードキーを使って二人用の個室に入る。思った以上に新しい清潔感のあるエアコン完備の部屋だ。二段ベッドにサイドテーブルとテレビが設置されている。ガウンと洗面セットも用意され、ビジネスホテルに近い設備だ。
 7時半定刻に出航した。出航後、レストランで仲間たちとバイキング方式の夕食を摂る。缶ビールを酌み交わしながらのプチ宴会となる。あっという間に1時間ほどが過ぎた。フェリーが明石海峡大橋を通過する時間だ。これを見逃す手はない。デッキに出ると三角形にライトアップされた大橋が、真っ暗な夜空に浮んでいた。背後には明石の街の灯りが横線を引いていた。9時前から貸しきり状態となったレストラン横のサロンで二次会となる。女性陣が持参してくれた黒枝豆のアテが嬉しい。2時間ばかり懇親を深め部屋に戻る。大浴場に入ることにした。ガウンに着替えて同じフロアの端にある展望台浴場のドアを開ける。浴槽の海に面したガラス窓からは真っ暗な中に時おり灯りが見え隠れする。部屋に戻ってからは同室の知人と就寝前の雑談に花を咲かせる。ベッドに入ったのは日が変わった1時半だった。中味の濃い夜がようやく終った。
 ほとんど揺れを感じないフェリーのベッドで目覚めたのは6時前だった。大浴場ですっきりしたあとデッキにでた。暗い空の東の端からうっすらと朝焼けが始まっている。海原の向こうに刻々と広がる茜色の美しさに時を忘れる。
日本一の吊橋「九重”夢”大吊橋」
  7時にフェリーが大分港に着岸した。待機中の「つくしの観光」の二階だてバスに真っ先に乗り込んだ。おかげで絶好の展望席である二階最前列のシートに着席させてもらった。バスは45分ほどで別府交通センターに到着した。ここで朝食を摂った後、二階の「竹未来館」を見学する。別府には竹細工の伝統産業があったようだ。この展示館は、竹林や古民家室内風景の再現と竹工芸品を展示したものだ。私たちの地元・山口町も竹細工の伝統産業があった。別府の竹細工は山口の職人が明治時代に技術指導をしたと伝えられている。
 別府を出たバスは最初の観光スポットである九重大吊橋に向って山なみハイウェーを西に走る。しゃべらなければ清楚な美人といった雰囲気のガイド嬢の濃いガイドを耳にしながら10時前に目的地に到着。この長さ390m、高さ173mの日本一の吊橋は、現地では全て「九重”夢”大吊橋」と”夢”をこめて標記されている。いよいよ渡り始める。鋼鉄製の橋とはいえ吊橋である。多くの観光客の歩みがゆらゆらと足元を揺るがせる。格子状のスケルトンの足元の恐怖とこの揺れが怖いもの見たさの興趣をそそっている。緑の山肌を縫うように二筋の滝が流れ落ちている。この絶景と巨大な吊橋が完成後わずか2年間で500万人を超える観光客を集めている。20億円の投資回収も間近だという。
癒しの空間・黒川温泉郷
 11時前に出発したバスが30分ほどで次のスポット黒川温泉に着いた。温泉郷の中にバスは入れない。車道から階段を伝って温泉郷に入る。階段下には山奥の隠れ里の雰囲気が漂う風情のある癒しの空間が待っていた。温泉郷の中心部を筑後川の源流が流れている。そのせせらぎを聞きながら徒歩数分、昼食会場の湯本荘に着いた。地元素材を使った三段重のお弁当に阿蘇の赤牛の陶板焼き、山女の塩焼きが付いている。熱々の山女の塩焼きがことのほか美味しかった。
 昼食後、14時半までたっぷり散策時間がある。ひとりで小さな温泉郷探訪に出かける。温泉郷の西の端の屏風岩を眺めて折り返した時だった。お目当ての名湯・黒川荘を目指してやってきたツアー仲間の女性たちに出合った。黒川荘は目の前だった。「ここの露天風呂は絶対お勧めッ!」の言葉にその気になった。500円の入湯料を払って大浴場のドアを開ける。室内浴場の外に自然岩と植木を巧みに配した見事な露天風呂が広がっていた。薄い乳白色のかかった透明な温泉に浸かると、その透明さの裏をかくような温泉特有のぬめりが伝わってくる。再び温泉郷散策を愉しむ。とはいえ狭い温泉街である。あちこちでツアー仲間に出くわす。誰もが時間をもてあまし気味のようだ。
由布院の宿「庄屋の館」
 15時に黒川温泉を後にして今日の宿泊地の由布院に向う。16時半に由布院の街に着いた。山里の黒川温泉と違って、こちらは盆地の中の田園地帯に散在する開放的な佇まいの温泉郷である。街の北の外れの山裾に宿泊旅館「庄屋の館」があった。広大な敷地に一棟ごとの離れ風の多数の家屋が建ち並んでいる。本館の屋根にはここにしかないという瓦で焼いた見事な龍が這っている。案内されたのは四部屋の寝室と応接、露天の家族風呂を備えた一棟だった。何はともあれ露天風呂である。同室者5人と向いの棟の大浴場に向う。脱衣室の向こうには広々とした露天風呂が広がっている。こちらはコバルトブルーと呼ばれる青みの強いぬめぬめ感のある温泉だった。露店を囲む岩の向こうにはこの街のシンボルである由布岳の雄大な姿が望める絶好のロケーションだ。
 6時半から本館で夕食が始まる。23名もの団体客は必ずしも歓迎されない雰囲気がある。本館宴会場には見事な彫刻が施された欄間と格天井があり、床の間の古式ゆかしい掛軸や絵皿がこの旅館の格式を物語っている。懐石料理の品々が次々と出されるが、途中からは酌み交わす酒と1年ぶりの懇親が味わいを愉しむことを忘却させてしまう。8時半頃から私たち5人の泊まる棟に場所を変えての2次会となる。芸達者な参加者たちのダシモノやアカペラで歌う演歌や懐メロが次々と披露される。朦朧とした意識の中で2時間ばかりを過ごしたようだ。いつの間にか布団の中で眠りに落ちていた。
 前日にどんなに深酒をしても翌朝の目覚めは、やっぱり6時前だった。すぐ近くの露天風呂に足を運ぶ。コバルトブルーの湯気の中に同室者の姿があった。7時半に朝食となる。本館奥のテーブル席のレストランには懐石風和朝食が並べられている。朝食後の出発までのひと時を旅館周辺の散策で過ごした。 
由布院散策と特急ゆふDX号
 9時に宿の送迎バスでJR由布院駅に向う。駅前の大通りの正面には独特の二瘤の頂きを持つ由布岳の雄姿があった。どこか似たような景色の記憶があった。ようやく思い出した景色は、サルファー山を目抜き通り正面に望むカナダのバンフの街並みだった。
 9時半から二グループに分かれて現地のボランティアガイドの引率で由布院散策となる。駅前通りの入り口の鳥居をくぐり右に折れて進む。大分川の支流の川にかかる城橋で、最初の概要ガイドがある。田園地帯に流れる川沿いの遊歩道を進む。川面にはコサギ、小鴨、アオサギなどの水鳥たちが羽根を休めている。山裾の「庄屋の館」付近から立ち上る湯煙りの白さが目を引く。誰かの「空気がおいしい」という呟きを引き取ってガイドさんから森林の生み出すそのおいしさの秘密が語られる。名旅館「玉の湯」前に来た時、泊り客の見送りに出ているご主人の姿を見てガイドさんが声をかけた。「中庭などを見て下さい」とのこと。庭園に囲まれた瀟洒な日本旅館の佇まいを見学した。民芸村の前を通り、旅館「亀の井別荘」の自然に溶け込んだ風情を眺めた。すぐ近くには由布岳に抱かれた金鱗湖の美しい風景がある。数羽の鵞鳥が餌を求めて近づいてくる。ここで先発グループと合流し現地ガイドが終了した。14時の由布院駅集合まで昼食を含めて3時間近い自由散策となる。
 土産物、飲食、民芸品などの店が並ぶ通りを駅前まで散策する。街並み保存の取組みが行なわれ、調和のとれた風情のある通りが続いている。通りの奥にある民芸風の食事処・花翔という店の「由布院名物・地鶏丼」の看板が目についた。濃いタレの照り焼き地鶏の載った丼セットを賞味した。1時半頃、由布院駅に着いた。グループの殆んどが駅舎壁際のベンチを温めている。駅前の土産物店で纏め外を済ませ合流した。
 いよいよ帰路につく。2時17分発の博多行・ゆふDX4号が入線した。予約席の先頭車両に着席する。九州北部の田園地帯を西の横断する2時間余りの快適な鉄道の旅だった。博多駅構内で最後のショッピングタイムを家族への土産物購入で過ごし、17時4分発のひかり574号のレイルスターに乗り込んだ。乗車間もなく配られた駅弁を缶ビール片手に美味しく食べた。新神戸駅で待機のマイクロバスに乗車し、無事20時半頃に帰宅した。中味の濃い優雅な二泊二日の旅が終った。