■この時期に毎年恒例の出身業界のOB・現役懇親会があった。午前中の大阪市大病院での定期診察と労働委員会の事件調査を終えて、新大阪に向った。新大阪駅構内で駅弁とおつまみと缶ビールを買い込み1時前の「ひかり」に乗車した。久々の新幹線での缶ビール片手の寛ぎのひと時だ。車窓からは曇り空の雲間からかすかに雪を被った富士山が見えた。結果的にこれが一泊二日の箱根の旅で唯一見た富士の姿だった。浜松で「こだま」に乗り換え、小田原で箱根登山線で箱根湯本駅に着いた。温泉協同バスを待つ間にも1年振りの旧知のメンバーたちと顔を合わせ雑談する。4時15分頃には今回会場の「ホテルおかだ」に到着した。30年ほど前の現役時代には何度か利用した馴染みのホテルである。
■指定された部屋には、同室メンバーの姿はなく一番乗りだった。早速着替えてこのホテルのご自慢の露天風呂・湯の里に浸かった。初冬の日没は思いの外早い。薄暗くなった露天の岩風呂で久々の箱根の湯を愉しんだ。部屋に戻ると大浴場に向う寸前の同室者3人と再会する。ルームキーを預かり一人部屋で寛いだ。
■6時半から総勢80数名の夕食懇親会が始まった。恒例の集合写真を撮った後、冒頭に親しい知人でもあったOBの他界の報告があり、全員で黙祷する。目を閉じた瞼の裏に故人の面影を浮かべながら、自分の面影がこの会合のメンバーたちの瞼に浮かぶ日のことをフト想像してしまう。乾杯の後のしばしの飲食後には席を外した自由な歓談の場となる。世代の若いOBたちが増え、同世代のかっての仲間たちの参加もだんだんと少なくなる。それはこの懇親の場の味わいを徐々に薄めていく作用をもたらしていることは否めない。席を変えた二次会を終えた時、同室者たちからラ−メンに誘われた。この年になると呑んだ後の寝る前のラーメンなんぞは「自爆テロ」にも等しいと思えてしまう。一人で11時頃に部屋に戻り眠りについた。
■同室者の起床の気配で目が覚めた。箱根湯元温泉のホテルの部屋だった。同室者全員で朝風呂に出かけた。大食堂で朝食バイキングを済ませて8時10分の共同バスで箱根湯本駅に着いた。同じ出身会社の4人の同室者と小田急グループ発行の「箱根フリーパス」利用の箱根周遊の旅が始まった。同室者の一人Nさんは地元神奈川出身である。彼の周到な計画で見所と味処満載の充実した旅が始まった。
■駅前から箱根町行きの箱根登山バスで終点まで乗車した。乗車したバス路線はそっくりそのままお正月恒例の「箱根駅伝」のコースだった。車窓にはテレビでお馴染みの風景が次々に現れては消える。50分ばかりバスに揺られて箱根町停留所に着いた。目前には芦ノ湖が広がり船着場には二隻の海賊船が停泊している。初冬の平日である。乗船した海賊船の乗客は我々とお年寄り夫婦のわずか6人だった。箱根関所跡を眺めながら出航した船は約20分で対岸の桃原台港に到着した。
■ここからロープウェーの真新しい大型ゴンドラに乗りこむ。眼下には芦ノ湖と下船したばかりの海賊船が折り返す姿が望めた。途中「姥子」でゴンドラを乗り換え約20分で大涌谷に着いた。途端に硫黄の臭気が鼻につく。大涌谷の散策途中には中国人観光客の一団と出くわした。東北大震災以降、途絶えていた中国からの観光客がようやく戻りつつあるようだ。観光スポットの玉子茶屋で一個で7年延命という黒玉子をオヤジ4人組が無邪気に頬張った。再びロープウェーで噴煙たなびく大涌谷を眼下に、濃い雲海に包まれながら早雲山駅に向う。
■早雲山駅の前にはケーブルカーが待っている。登山鉄道の多いケーブルカーのメッカのスイス製造の新しい車輛だった。公園上駅で下車して箱根強羅公園を散策した。冬場の公園は花々も観光客もまばらである。強羅駅前の「銀豆腐」で暖かい豆腐を食べようというNさんの魅力的な提案はお店の休業であえなく断念。強羅駅から箱根登山電車で宮ノ下駅に向う。車窓から見る紅葉は12月上旬にはさすがに落葉が目立つ。
■宮ノ下駅から温泉街に向ってNさんお勧めの「元祖アジ丼の店・寿司みやふじ」を目指した。途中、かの有名な老舗旅館・富士屋ホテルの前を通る。「みやふじ」は20席にも満たない小さな店だがいかにも老舗を思わせる情緒ある店だった。グルメ雑誌にでも紹介されているのか若い女性グループが次々にやってくる。トロとタクアンを巻いたトロタク巻やトロ巻を肴に軽く呑んだ後、本命のアジ丼を注文した。トロタク巻の絶妙の歯ごたえと味、鯵の刺身を敷き詰めたアジ丼の旨味を堪能した。
■宮ノ下駅から再び箱根登山電車に乗車し箱根湯本駅に。そこから小田急線で小田原駅には2時半頃に着いた。6時間余りの多様な乗り物を乗り継いだ箱根周遊のプチ旅行だった。路線バス、海賊船、ロープウェー、ケーブルカー、登山鉄道、私鉄電車とナント六つの乗り物を童心に帰ってはしゃぎながら愉しんだ。歳を取るほどに子供に帰るの図である。小田原駅構内の土産物店で自宅への土産を調達し、5時過ぎの新幹線で帰路に就いた。