明日香亮のつぶやき日記 2004年8月

19〜21日 陸中海岸ツアーで夫婦の老後の形を見た
■久々に妻と旅をした。2泊3日の東北パックツアーである。ツアーの選択、申し込み等の準備はいつものことながら私の担当である。
 1年ほど前、仕事で花巻、釜石を経て陸中海岸の大槌駅に降り立ったことがある。釜石駅前で30分ほどの束の間の散策をしたのが唯一の旅の味わいだった。いつかゆっくり陸中海岸を訪れたいものだ。できれば三陸鉄道で車中からの絶景を展望したい。その時の感慨だった。
 ツアーのパンフレットで「海のアルプス絶景の陸中海岸3日間」を見つけた。三陸鉄道の乗車もある。決めた!北海道にこだわる妻をなだめすかして申し込み。
■8月19日、ツアー当日。九州方面に台風が上陸中という不吉な情報はあるもののこちらの空模様はまずまず。8時半頃、マイカーで自宅を出発。JRの最寄駅前の駐車場にパーキング。勤務帰りの娘が乗って帰る手筈になっている。11時10分の集合時間にはゆとりがありすぎる10時前の伊丹空港着。改装を経て大幅に衣替えした空港をゆっくり散策。
 11時45分にツアー参加者全員が顔を揃える。15組34名の参加者である。老後の夫婦旅行と思しき顔ぶれが圧倒的に多い。
■12時15分発のANA579便は、13時35分予定通り大館能代空港に着陸。4年前に開港したばかりの通称「秋田北空港」と呼ばれる小さな地方空港である。
 ツアーで配付された東北観光マップをみると最初の観光地である北山崎は、空港から東に150kmほどもある。秋田県、岩手県の北部をほぼ横断することになる。
 用意された観光バスは、東に向かい十和田ICで東北自動車道に乗り入れ、安代JCTから八戸自動車道に入り九戸ICで一般道に出た。直後に「道の駅おりつめ」で小休憩。空港を出て2時間が経過していた。
 最近急速に拡大普及してきた道の駅は、地元の特産品の直売が魅力だ。ここでも珍しい地元特産の「せんべいの天ぷら」の不思議な感触を味わった。
■道の駅から更にバスにゆられること90分。17時30分、ようやく「北山崎」に到着。
 バスガイドさんの案内によれば、岩手県の太平洋岸を南北に跨ぐ陸中海岸は、真ん中の宮古を境に南北で全く異なる景観を見せているという。断崖絶壁が連なる海岸線の北側に対し、南側は入り組んだ地形で構成されるまさしくリアス式海岸であるとのこと。
 荒波に削り取られた岩礁や洞門と、巨大な断崖がおりなす北山崎の景勝は、さすがに圧巻だった。
■北山崎観光後、そのままホテルに直行し、約10分ほどで「ホテル羅賀荘」の到着。断崖を背に波打ち際に建てられた真っ白なリゾートホテルだ。
 案内された7階の部屋は、果てしなく広がる太平洋を一望できる絶好のロケーション。夕食前のひと風呂こそが旅行の醍醐味とばかり3階の大浴場に向かう。
 夕食のメニューはツアー案内では「あわびの踊焼付き海鮮いろり膳」とのこと。確かに、最初に用意された懐石だけでなく追加の一品も豊富な豪華版で旅の味わいを満喫。
 ところでテーブルの前の席のお年寄りご夫婦の、奥さんはどこかでお見かけしたようなお顔だ。しばらくして思い出した。「オバタリアンだっ!」。アノ一世を風靡した堀田かつひこ描くところの漫画『オバタリアン』の面影そのものではないか。エネルギッシュな立ち居振る舞いも作品を髣髴とさせる。さしずめ「老後のオバタリアン」。失礼ながら紹介させて頂いた。
■翌朝5時、枕は代ってもやっぱりいつもの早い目覚めが訪れる。いつもと違うのは朝風呂が楽しめること。展望大浴場から眺める太平洋の水平線にはうっすら光がさしている。日の出が始まろうとしている。部屋の窓から日の出を撮った。
 ようやく目覚めた妻ともどもホテル周辺の朝の散策。
 朝食は、いずこも同じバイキング。あまり期待していなかったが、これまた望外の食事だった。根昆布、地場野菜、しらす、塩辛、濃密牛乳等々・・・バイキングの盛り皿には地元の素材をふんだんに使った郷土色豊かなメニューの数々。
■ホテルを出発してから約30分、二日目の最初の観光地「龍泉洞」に着く。秋芳洞(山口県)、龍河洞(高知県)と並んで日本三大鍾乳洞のひとつとのこと。
 朝、TVニュ−スは、台風15号の青森県直撃を伝えていたものの、こちらの天気は晴れ間の見える旅行日和。ところが、龍泉洞の駐車場を降りたとたんかって味わったことのない突風に遭遇。体ごと吹き飛ばしかねない風力というものを初めて体験した。目の前の大木の幹が真ん中あたりから折れている。隣接の土産物店は停電で開店休業中。
 ともあれなんとか龍泉洞入口に辿り着く。洞内見学は予想以上に大変だった。湿気を含んだ滑りそうな坑道と急な階段の昇り降りが続く。それでも世界有数の透明度を誇る地底湖は、光ファイバーの照明でブルーにライトアップされ、自然の作り上げた神秘の世界を演出している。
■龍泉洞から南へ約50kmの所に第二の観光地「浄土ケ浜」がある。昔々、偉いお坊さんが「さながら極楽浄土のごとし」と賛美したという景勝地である。松林を冠とした岩礁と紺碧の海が織りなすパノラマは、北山崎とはまた違った趣を展開している。浄土ケ浜にしか売っていないというガイドさんお勧めのお土産「ウニタン麺」を購入。帰宅後の翌日の昼食に登場したウニタン麺だったが、個人的にはイマイチの感想。
■浄土ケ浜を出て、お昼前に同じ宮古市内の土産物店「石川」に到着。2階席に団体用の昼食「海鮮ラーメンと寿司セット」が準備されている。夫婦ともども食事は早い。1階の土産物売場に真っ先に向かう。
 今回ツアーのお土産の目玉はなんと言っても「いちご煮」。お椀の中の熱湯にさらされたウニの姿が野いちごに似ているところから名付けられたという八戸地方の郷土料理の「お吸物」の缶詰である。炊き込みご飯の具材としても珍重されている。早速、数個の缶詰を調達。帰宅後翌日の夕食のいちご煮の炊き込みご飯のメニューは、ウニとあわびの妙なる味わいと食感とともに、ツアーの思い出を語り合う格好の材料を提供した。
■宮古から国道45号線を下ること約1時間、左手車窓に突然見覚えのある建物が目に飛び込む。仕事で視察したショッピングセンター「マスト」だった。それから程なくしてJR釜石駅前に到着。ここも懐かしい風景だ。三陸鉄道への乗車まで約30分、駅前の集合市場で散策。ここでもやっぱり帆立貝の燻製等の海産物珍味を買ってしまう。
■いよいよ三陸鉄道乗車である。JR釜石駅に隣接してひときわ小さな三陸鉄道・釜石駅がある。列車も一両だけの小ぶりな車両である。盛駅までの約1時間の唯一の列車の旅だった。今回の旅の最大の楽しみだった車中からの太平洋を望む絶景は、その多くをトンネルで覆われていた。それだけに束の間の車窓の光景の楽しみが価値あるものにしていたのかもしれない。地下鉄車内のようなデジカメ画像も記念の光景といえまいか。
 車中の4人掛けボックス席で相席となったのは、奈良県五條市から参加の80歳前後のご夫婦だった。デジカメ持参でお年に較べて若々しいカップルだ。トンネルの多さが車中の会話を弾ませる。とはいえもっぱら当方は聞き役。ご夫婦の海外ツアーの体験談はヨーロッパ、カナダ、アメリカ、韓国・・・・と、とどまるところを知らない。
■あっという間の三陸鉄道体験を済ませ、盛駅で待受けたバスに乗換えた御一行様は、気仙沼湾の東に突出する唐桑半島に向かう。
 南三陸海岸特有の屈曲の多い海岸線を、荒波に浸食された奇岩が連続して形づくっている。沖合いから眺めたら大きな釜の中でお湯が煮えたぎっているように見えるところから「巨釜」と呼ばれるという、多少無理のあるいわれがガイドさんから紹介される。
■二日目の観光を無事終えてホテルに向かう。宮城県にある唐桑半島を引き返し、再び岩手県の県境にある陸前高田市に戻る。今夜の宿泊は、アノ千昌夫が出資していたという「キャピタルホテル1000」である。経営に行き詰まり現在は市の所有物件を民間の運営会社が受託経営しているとのこと。有数の景勝地である高田松原に隣接したリゾートホテルだ。
 例によって夕食前の一風呂。7階大浴場から高田松原の景勝が展望できる。
 夕食のお品書きタイトルは「鮪解体付き鱶鰭御膳」とある。鰹のたたき、鱶鰭スープ、お造り、鮪ハラス焼き、鯖天婦羅、鱶鰭姿煮、鱶鰭茶碗蒸し、帆立磯焼き、芽株蕎麦、雲丹そぼろ御飯、水菓子と旅先ならではの豪華メニューが延々と続く。途中、ホテル従業員による鮪の解体ショーがある。解体された鮪の各部が、これでもかとばかり次々小皿に盛られてくる。
■翌朝5時半、ホテルの沼を挟んで対岸にある高田松原を散策。
 ホテル南隣の「道の駅・高田松原」の間を抜けたところでツアーの顔ぶれの一人である年配の男性に高田松原への道を尋ねられる。行き先は同じということで同行してもらうことに。
 道すがらの同行者の話。「和歌山から参加の76歳の一人旅。ツアー中は同じ一人旅のおじさんばかり3人の相部屋、相席。家内とは趣味が合わずいつも一人旅。道楽のカメラ片手に先月も下北半島のツアーに参加したばかり。家内は近所の奥さん仲間と勝手にあちこち行っている。」
 そばを歩く妻も聞いている。何となく不吉な予感。おじさんと別れた途端、妻の一言。「お父さん!良かったナ。一緒に付き合ってもらえる奥さんがいて。」
 ホテルに帰りついて、チェックアウトの旅支度を終えた頃、朝食時間を迎える。1階「和食処はまなす」に向かう。純和風の定食がうれしい。サラダ、お漬物、しらす・塩辛類のバイキングがついている。常にはない朝の散歩の後の適度な空腹感が、格別の味わいをもたらしている。
■朝8時、ホテルを出発したバスは最後の観光地「金華山」に向かう。地図でみると道のりのして100kmはあろうかと思われる長旅だ。11時過ぎ、金華山のある牡鹿半島の付根のところの道の駅「津山(もくもくハウス)」で小休憩。小腹がすいたところで「ずんだ餅」を初めて味わう。枝豆ともち米で作られた東北名物である。 
 牡鹿半島に入ったバスは、急カーブの続く道路を縫って半島先端の漁港「鮎川」に到着した。かっての捕鯨基地港は、今は港の前に捕鯨船が観光用に展示され、その面影を忍ばせている。
 船着場前のお土産店2階で昼食。名物「クジラ刺身定食」がお題目だったが、ここの昼食ばかりは落胆。クジラの刺身が数キレあるにはあるが味はイマイチ。その他の付け合せもいかにもやっつけ料理の寄せ合わせ。付近の食堂の海鮮丼の方がよほど気が利いている。  
鮎川港から金華山へは約25分の船旅である。海猫の群れが、餌をねだってすぐ目の前まで迫ってくる光景は、なかなかの迫力だった。
 金華山の船着場から黄金山神社までは、坂道を約20分の道のりとのことだが、そこはお年寄り中心の観光客。神社手配のマイクロバスも利用可能。ツアー一行の若手と思しき40歳代のカップルを除き、ほとんどは「感謝の気持」をバス入口の小箱に投入して乗車。
 「3年続けてお参りすると一生お金に困らない」という霊験あらたかな神社の本殿を参拝。境内には野生の鹿がたむろしお土産店で販売している煎餅を人懐こくねだっている。海でも陸でも人と動物の見事な共存を目にすることになった。
■最後の観光地を後にして石巻市内に向かう。三陸の海産物を集めた「海鮮市場」で最後のお買物が待っていた。さすがに珍しい魚介類が所狭しと並んでいる。帰宅後の晩酌に思いを馳せながら珍味のたぐいをあれこれ買い漁る。
 石巻市内からは仙台空港のすぐそばまで高速道で結ばれている。夕方5時頃には仙台空港に到着。18時55分発のANA740便が帰りのフライトである。たっぷり時間はある。東北随一の空港の充実したお土産コーナーは、観光客の財布の紐を否応なく緩めさせるべく待ち受ける。娘のオーダーアイテムの「萩の月」他、夫婦のお付き合い用のお土産をまとめ買い。空港内のレストラン街で昼食で食べそびれた海鮮丼の夕食。  
 定刻の20時15分に伊丹空港到着。JR川西池田行きの空港バスは、川西の花火大会で本日運行中止とのことでやむなくJR伊丹行に。パンパンに膨れ上がったトラベルバッグが肩に重い。JRの最寄駅には娘がマイカーで出迎えてくれる。たまには役立つ娘のパラサイト。
■定年まで1年足らずの時期の夫婦旅行だった。ツアー同行者の多くがリタイヤ後の夫婦連れだった。
 元気いっぱいの老後のオバタリアンと上手に付き合っているかに見えた60代後半の旦那さん。夫婦旅行で豊かな余生を過ごしていると思われる奈良の80歳前後のご夫婦。夫婦それぞれに好きな形で老後を過ごしているという和歌山のおじいさん。
 老後の夫婦の過ごし方を、否応なく考えさせられる年代を迎えている。今回の陸中海岸ツアーは、旅の趣きを楽しむこととは別に、はからずも老後の夫婦の様々な形を垣間見ることとなった。

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