1987.09.01
労組機関紙・コラム

考察「吉野家の牛丼」


「吉野家の牛丼」は、なぜ大阪で生まれなかったんだろう?
かねての筆者の疑問である。あの牛丼ほど大阪的なものはないと思うからである。
キャッチフレーズにいわく「早い!安い!うまい!」。まさしく大阪人にピッタリのセンスである。
事実、早い。発注から納品まで10秒とかかるまい。
注文がまた簡潔である。なにしろ単品しかないのだから「並み!」あるいは「大盛り!」と叫べばよい。
総じて、イラチで早喰いの大阪人にはこの早さは魅力である。
そして安くてうまい。見栄や雰囲気にこだわらず、ひたすら「食べる」という実利そのもので勝負している。
キャッチフレーズに「楽しい」がないゆえんである。
食べる側も、このワリキリさえあれば、「並み370円」は、「安くてうまい」ということになる。
これまた実利中心の大阪人には、こたえられない魅力である。
ところで、この牛丼チェーンの成功のモトは何だろう?
牛丼といういかにも日本的なものを、欧米的システムでチェーン化した点は、注目に値する。
単品に絞り込み、味と質の徹底した均質化を達成している。
従業員の最小限の動線を想定した効率的なレイアウトが、どの店にも標準装備されている。
カウンターしかない、座りごこちをほとんど無視した客席は、回転率アップのための卓越したノウハウといえよう。
食べる側は、一刻も早く退去することを物理的に迫られている。
このような「システム化」という点は、大阪人のもっともにがてとするところではあるまいか。
結局、この一点で「吉野家の牛丼」は、大阪に生まれなかったとしか思えない。
いかにも大阪的な商売をするといわれる当社が、関東に進出してまもなく1年がたとうとしている。

エッセイ集に戻る