【要約】
@「福祉ネット」は、超高齢化社会の到来を迎えて、住民主体の地域包括ケアシステムのひとつの事業モデルの提示である
Aそれは新たな組織づくりでなく、地域の実態や特性を重視した既存の組織・役職の連携を目指すものであり、社協分区のエリアを対象に分区中心の連携組織である。
B同時に高齢者の困りごと支援という幅広い多岐にわたる課題に対応できるよう地域の専門機関、専門家、現場実務者の知識、情報、経験を吸収できる態勢を念頭に置いたネットワーク組織でもある。
1、福祉ネット取組み着手までの背景と経過
 2015年3月8日、福祉ネットワーク北六甲台地区会議(以下「福祉ネット」という)の設立総会を開催した。北六甲台小学校区住民の大多数8200人、3200世帯を対象とした地域の、高齢者ケアのための団体・役職の連携組織である。経過を振り返りながらこの新たな組織の背景・経過と意義について整理しておきたい。
 高齢化対応という長期の大きな課題は、住宅街全体をカバーする自治会でしか取り組めない。ところが足元の新興住宅街の北六甲台自治会は、役員全員が1年ごとに入れ替わるのが慣行である。毎年の定例行事をこなすのが精いっぱいで、高齢化問題などの新たな重い課題の取組みは論外というのが現実だった。4年前に当時の自治会長に役員の複数年任期と半数ずつの入替えを折り込んだ自治会改革を提案した。自治会長の賛同も得て住宅街の各種団体とも調整する会議体を設置し取組みに着手した。ところがこの取組みは最終的に見事に頓挫した。会則改訂を伴う自治会改革には臨時総会の開催等のハードルを乗り越えねばならず、そうした煩わしさを自治会役員が受け入れる土壌はなかった。
 高齢化の進展が顕著になった。2年前に社協分区で高齢者向けの緊急情報ツールの安心キットの導入を決定した。事務局を担当し、安心キット導入の中心的な役割を担った。この取組みの特徴は社協分区の枠を超えて老人会、民生委員との共同取組みだった点である。そのことが高齢者の40%以上の導入率という市内でも最高水準の成果をもたらした。

 そんな経過を背景に、昨年の社協分区の総会では「地区ネットワーク会議」の設置が決定され、再びその事務局を担当した。地区ネットワーク会議は市社協が各分区に設置を呼び掛けたものである。これを念頭に置きながら、高齢化対応というテーマについて地域の関係団体、役職が横断的に連携して取り組む「福祉ネット」として設立準備に着手した。以上が福祉ネット着手に至る経過である。
2、地域互助システムとしての福祉ネットの時代の要請 
 福祉ネットの具体化をはかる過程で、2025年問題を知った。団塊世代が全員75歳以上の後期高齢者となる2025年から医療、介護、福祉等のサービス需要が激増し、需給バランスが崩れるという事態である。こうした予測をもとに厚労省は「地域包括ケアシステムの構築」を呼掛けた。高齢者が重度の介護状態になっても住み慣れた地域で最後まで暮らせるよう、住い・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される環境づくりである。こうした流れを受けて、平成27年度介護保険制度の改革では「医療から介護」へ、「施設から在宅」へと大きく舵が切られた。
 地域包括ケアシステムでは、自助・互助・共助・公助の分担が説明され、2025年に向けたそれぞれの在り方が示される。「公助」は税による公の負担、「共助」は介護保険などの社会保険サービス、「自助」は個人保険等も含めた個人による自助努力である。「互助」は、高齢者相互の助け合いや地域住民による高齢者支援のボランティア活動等である。支援・介護を要する高齢者の激増と行政の財政逼迫で公助、共助の充実は今後は期待がもてない。勢い自助、互助の果たす役割への期待が大きい。ところが「医療から介護」へ、「施設から在宅」へとシフトする介護保険改革の流れは自助の限度を超え、当事者の悲鳴が聞こえ始めている。結局、それぞれの地域で自助を支援する互助がどこまで整っているかが問われることになる。
 こうして整理してみると地域包括ケアシステム構築の鍵を握るのは、地域における互助システムの整備ということになる。ということで地域における互助システム整備に向けた取組みとしての「福祉ネット」の時代の要請がクローズアップされてくる。
 
3、福祉ネット立上げに至る社協分区を中心とした経過 
 昨年5月の社協分区総会の決議を受けて、分区内での「地区ネットワーク会議」設置の検討が始まった。分区の執行部メンバーから7名の委員による検討委員会が設置された。7月にスタートした検討委員会は11月末までに月1回のペースで6回開催された。この間、執行部会、役員会での検討・報告を重ねながら、福祉ネット構想(「趣意書・事業計画」「会則」「役員構成と組織図」)のタタキ案がまとめ上げられた。会則を検討する過程で地区ネットワーク会議の性格をより明確にする上で名称を「福祉ネットワーク北六甲台地区会議(略称:福祉ネット)」に改めた。この社協分区の福祉ネットのタタキ案をもとに想定された構成組織・役職に参加を打診し、それぞれの賛同を得た。 12月、第1回福祉ネット設立準備会が構成組織の代表者の参加を得て開催された。社協分区、自治会、福寿会(老人会)、ボランティアセンター、民生・児童委員の各代表に、高齢者あんしん窓口責任者、市社協分区担当のサポートメンバーを加えた10名のメンバーが顔を揃えた。以降月一回のペースで開催された準備会は、社協分区の福祉ネット構想タタキ案の一部修正・追加を加えて承認し、オブザーバー参加の医療・福祉事業者とアドバイザー登録の専門職・実務者をリストアップするとともに、設立総会の概要を確認した。
 3月8日開催の設立総会は、単に福祉ネット設立の議案承認だけではない。年一回の総会の後、毎年「福祉フォーラム」の開催を想定している。対象エリアの福祉に関わる従業者やボランティア、福祉に関心のある住民が一堂に会して、福祉ネットの取組み経過や活動計画を伝えるとともに、フォーラムを通じてその時々の課題や情報を共有できる場としたいという想いがある。今回は、地域福祉が専門分野である神戸学院大学の藤井博志教授による「地域包括ケアと地域実践事例」をテーマに講演を予定している。 以上が、福祉ネット立上げに至る社協を中心とした取組みの経過である。 
4、地域の実態や特性を重視した福祉ネット構想 
 福祉ネット構想を起案するにあたって、地域の実態や特性を重視した。戸建住宅中心の新興住宅地が対象エリアである。住民の地域との繋がりや共同体意識は希薄である。二つの自治会で構成される対象地区の高齢化率は、一方は25%、他方は11%で平均すると21%である。高齢化は進展しているが、重度の要介護者や認知症高齢者のケアといった問題はそれほど深刻化していない。中心となる自治会は役員が毎年総入替えされ、新たな課題に取組む環境にない。高齢者ケアは、社協分区、ボランティアセンター、老人会、民生委員が個別に行っているものの、相互の連携はほとんどなく、役員やボランティアの高齢化や固定化が著しい。
 こうした地域の実態や特性を前提に、既存の高齢者ケアの組織・役職の連携を柱とした会議体を想定した。その際、運営の中心は、役員の継続性に欠ける自治会でなく、役員態勢が強固で高齢者ケアがテーマの社協分区が担うこととした。何よりも新たな高齢者ケアのための組織を立ち上げるのでなく、既存の組織・役職という貴重な地域資源をベースとした。あくまでその連携こそが福祉ネットの第1の意義である。ただ、高齢者ケアに関わる困りごとで、既存の組織・役職のはざまにあってカバーされていない課題や、取組みが困難な課題の、福祉ネットの窓口機能は欠かせない。構成組織間で分担して実施をはかる調整機能は必要である。

 また事業目的を「高齢者、障がい者、介護者の見守りと困りごとの地域支援」とした。厚労省の地域包括ケアシステムの「重度の要介護者や認知症高齢者の住まい・医療・介護・予防・生活支援の一体的に提供」という事業目的とは幾分様相を異にする。対象層と事業目的をより幅広く想定しているのも、地域の実態や特性を加味したものだ。 
5、地域の多様で幅広いネットワークづくり
 福祉ネット構想の独自性として、地域の多様な組織や事業者や人材の参加を求めた点があると思う。役員会には、サポートメンバーとして地域包括センターの責任者や市社協の分区担当者が参加する。地域在住の高齢者福祉の有識者にも顧問就任をお願いした。地域の医療法人、特別養護老人ホーム、介護施設の6事業者にもオブザーバー参加をして頂いた。地域で開業する診療所院長、薬局店主、地域在住の公園清掃や買物支援のボランティアグループの代表者、看護師でもあるケアマネジャーの方にはアドバイザーをお願いした。
 超高齢化社会の到来を迎えて高齢者ケアは、地域社会全体で取り組むべき課題である。高齢化に伴う困りごとは多岐にわたる。医療、介護だけでなく、買物、通院、家事、ゴミ出し、見守り、孤立化、生きがいや居場所づくり等の日常生活全般に及ぶ。福祉ネットの役員の判断を超える専門的な分野の課題も多い。そうした課題に幅広く応える上で、専門機関、専門家、現場実務者の知識、情報、経験を随時得られる態勢を整えたいと考えた。
 福祉ネットへのオブザーバー参加の呼びかけは、地域の医療・福祉関係の事業者に極めて好意的に受け止めて頂いた。こうした地域との繋がりを待っていたという雰囲気すら感じられた。2025年を控えて事業者側にも施設や人材の整備確保が迫られている。「医療から介護」へ、「施設から在宅」へといった流れの下で、事業展開に当たって地域住民との連携は欠かせない。そんな事情が呼掛けに対する前向きな反応になっていると思われた。
 アドバイザーの皆さんもそれぞれの担当分野での超高齢化のもたらす影響と危機感は大きく、地域住民との連携は願ってもないことという受け止め方のようだった。
 前述のオブザーバーやアドバイザーは構成組織が単独では参加を要請し難いのも事実だろう。対象人口8200名の高齢者ケアという共有する課題を目的とした六つの団体・役職が連携した会議体だからこそ可能なネットワーク化である。福祉ネット構想の独自性と強みの真骨頂がこの点にある。
6、地域包括ケアシステムの住民サイドからの事業モデル
 五木寛之氏はある著作の中で作家らしい言い方で次のように述べている。「たぶん世界中がこの日本国を、かたずをのんで見守っているにちがいない。二つの大きな問題を抱えて、賢い日本人がどうそれを切り抜けるのか。(略)一つは使用済み核燃料の最終処理。もう一つが超老人社会に直面して、それにどのように対処するのか」。
 2025年問題という超高齢化社会の未曽有の到達点を10年後に控えて私たちはそれをどのように切り抜けるのか。お役所風の表現ながら「地域包括ケアシステム」という概念は、そうした問いに対する回答のひとつの方向性を示唆している。高齢化問題を個々の地域実態に即して包括的に対応する仕組みづくりである。逆に言えば、画一的で個別的な対応の限界を指摘している。
 問題は、その構想が抽象的で総論の域を出ていない点にあると思えてならない。ネット上には市区町村レベルでの地域包括ケアシステムの取組み事例も掲載されている。多くは行政主導の広域の取組みの枠組み提示と課題列挙という印象が強い。
 福祉ネットは既存の地域組織や役職を核とした住民主体の取組みである。そして構成する組織や役職が現に実施している高齢者ケアを取組みのベースとしている。それらの取組みの連携と調整が基本である。かつ取組みの狭間にある困りごとの受け皿として、構成組織間の調整を経て取組みを検討する。福祉ネットは、ある意味で地域包括ケアシステムの住民サイドからの事業モデルの提示と言えなくもない。
 福祉ネットのもうひとつの組織特性は、社協分区主体の取組みという点である。対象エリアが新興住宅地ということから本来主体となるべき自治会は役員任期が限定的で高齢者ケアという新たな長期の取組みに馴染まない。高齢者ケアが中心テーマで役員の継続性の高い社協分区が核となるのが現実的である。福祉ネット的なネットワーク作りは市内各地域でも試みがなされているようだが、どこが中心となるかが固まらず頓挫する場合が多いと聞く。その点について、対象エリアが小学校区レベルの高齢者ケア中心課題の社協分区という設定は、ひとつの有力な選択肢ではあるまいか。3200世帯もの対象エリアが二つの自治会で構成されていることも福祉ネットの恵まれた環境だったと言える。対象エリア内の自治会の多さが各地域での取組みの困難さを招いていることも想像に難くない。
 以上が、福祉ネットの設立に至る背景と経過及び意義である。要約すれば、超高齢化社会の到来を迎えて、住民主体の地域包括ケアシステムのひとつの事業モデルの提示である。それは新たな組織づくりでなく、地域の事態や特性を重視した既存の組織・役職の連携による対応を目指すものであり、社協分区のエリアを対象に分区中心の連携組織である。同時に高齢者の困りごと支援という幅広く多岐にわたる課題に対応すべく、地域の専門機関、専門家、現場実務者の知識、情報、経験を吸収できる態勢を念頭に置いたネットワーク組織でもある。