エピローグ(娘の独身最後の日) 
■明日いよいよ娘が挙式を迎える。今日は彼女の独身最後の日である。娘は今日の午前中いっぱい我が家でデスクワークにかかっていた。披露宴列席者に配布する席次や二人のプロフィールを紹介した挨拶状づくりに余念がない。今どきの披露宴の本人たちの手作り準備の多さに驚かされる。
■午後からは例によって母親と一緒に買物に出かけた。ここのところ週末の母娘のショッピングは恒例行事となっている。家内は一人娘の挙式準備に母親としてあれこれ関わるつもりだったようだ。ところが当人たちでどんどん準備を進めてしまった。この当世風のやり方が彼女の出番を阻んでいた。週末の買物は母娘それぞれの想いの埋め合わせの機会となったようだ。以前から女たちの不可解で無駄の多い買物行動に同行した父親は不満たらたらの振舞いを隠さなかった。そんなわけでウザい父親は母娘の週末の買物には鼻っから埒外だった。
■誰もいない我が家のリビングでひとり静かにブログを綴っている。娘の挙式前日というせつなさのイメージとはほど遠い。実はそれには訳がある。明日の挙式後も娘は両親と一緒に我が家に帰ってくる。契約した新居の賃貸マンションにまだ入居できないのだ。三月初めに契約したもののその直後の大震災で資材調達が叶わずリフォームが間に合わなくなった。完成は五月末にずれ込むという。結果的に娘は五月初旬の新婚旅行から帰っても、しばらくは我が家に同居するという次第になった。
■遠く離れた東北の大震災の思わぬ余波が我が家にも及んでいる。被災者の苦難を思えば何ほどのことでもない。むしろ娘との別離の先送りをもたらしたというべきか。緊張感に欠ける「娘の独身最後の日」を過ごした。
お色直し後の花嫁入場のエスコート 
■娘の挙式当日を迎えた。朝6時過ぎに両親と娘は自宅を出た。会場の京都全日空ホテルには8時15分頃に到着した。控室に入ってすぐ、娘と家内は着付けのため姿を消し、父親も更衣室で背広姿をモーニングに着替えた。合流した叔父夫婦と兄夫婦ともども控室で歓談していた。
■突然、ホテルスタッフに連れられて娘が控室に姿を現わした。白無垢に綿帽子の娘の花嫁姿を初めて目にした瞬間だった。「結構綺麗ではないか」と親ばか丸出しの感想だった。前撮りの時のケバイ厚化粧に懲りたのかメイクさんに「極力化粧は控えて!」と注文したようだ。
■10時半にホテルから挙式会場の松尾大社に向う。ホテル正面玄関によこづけされた専用車に乗り込んだ花嫁と母親を見送った。その他の両家参列者は大型バスに乗車した。松尾大社の新婦側控室には挙式に参列してもらえる娘の友人たち5人も合流した。
■12時に境内の「曲水の庭」の上に位置する葵殿で挙式が始まった。斎主の祝詞奏上、新郎新婦の三献の儀(三三九度)、巫女さんの神楽奉納、新郎新婦の誓詞奏上、指輪交換、玉串奉奠と続き、親族盃の儀(両家親族の固めの盃)、斎主挨拶と型どおりの神式の挙式が坦々と執り行われた。ところが新婦がチョッとしたミスをやらかした。誓詞奏上を新郎が読み上げ、最後に「新郎○○」で結んだ直後のことだ。「新婦○○」と続くものと思っていたのに聞こえたのは「新婦」をすっ飛ばした娘の名前だけだった。「直後に気づいて、しもたと思って真っ白になった」とは帰宅後の娘の「後の祭りの弁」だった。
■控室に戻り、両家親族が一堂に会した。それぞれの父親が親族を紹介する。全ての儀式を終え、出発までの時間を境内でのスナップ撮影で過ごした。おりしもゴールデンウィーク真っ只中で山吹の名所の松尾大社には多くの参拝者が訪れていた。境内に姿を現した新郎新婦はいやでも好奇の対象となる。「キレイやね〜」の声に父親としてはまんざらでもない気分を味わう。入れ替わり立ち替わりのスナップ撮影を終え12時50分には新郎新婦の専用車と参会者の大型バスでホテルに向った。
■ホテルに戻り親族の集合写真の後、参会者たちは披露宴会場に入る。四テーブル36人の比較的つつましい披露宴である。待つほどに新郎新婦の入場となる。新郎に続いて綿帽子を脱いだ日本髪姿の新婦が登場する。ホテル専属の女性司会者が流暢に宴席を進めてくれる。新郎新婦のプロフィールが紹介され、それぞれの両親の紹介もある。新郎の上司と新婦の叔父による主賓挨拶がある。新婦の叔父からは「祝婚歌」と題する新婚夫婦に向けた味わい深い詩が花向けに朗読された。新郎の叔父の乾杯の後、しばらく会食をしながらの自由歓談となる。テーブルごとの歓談が続き、新郎新婦を中心に記念写真を撮る姿が続いた。酔いが回らぬうちにと家内に促がされ、ビール片手に参会者への挨拶に回った。
■お色直しの時間が迫り、司会者から最初のサプライズが紹介された。新郎新婦の退場のエスコートをそれぞれの母親が務めるという。本人たち中心の挙式準備で出番の少なかった母親二人の晴れ舞台が用意されていた。晴がましい場面が苦手な家内が、緊張気味に娘の手を取って通りすぎる姿をチョッピリ羨ましげに眺めたものだ。
■新郎新婦が姿を消した披露宴会場にエンドロールのスライドショーが流れた。それぞれの生い立ちや二人のつきあい始めた頃の画像などが大きなスクリーンに次々に流される。新婦の父親の描いた赤ん坊のブス顔スケッチが本人の不満のコメントとともに流され会場の笑いを誘った。
■先に入場した新郎に新婦の母親と友人たちから新婦に贈るブーケ用のカラーの花が一本ずつ渡された。いよいよお色直しを終えた花嫁の入場である。その時だ。再びサプライズが告げられた。花嫁入場のエスコート役に新婦の父親が指名されたのだ。寝耳に水の驚愕のサプライズだった。以前、娘から挙式会場が松尾大社と告げられた時、娘とバージンロードを歩むシーンが夢と消えたと悟った。そのことを娘につい愚痴ったものだ。今にして思えば娘はその時のオヤジの愚痴をキチンと受け止めていたようだ。胸を熱くしながら娘の待つドアの向うに赴いた。白無垢から純白のウェディングに変身した娘が笑顔で迎えてくれた。私の曲げた左腕に娘が手をかけてスタンバイした。スタッフ二人ががドアを左右に開き、フットライトのまぶしい光が容赦なく浴びせられた。暗闇に近い空間に向って歩を進める。ウエディングの広い裾が足元にまつわりついて歩みがぎこちない。それでも隠しきれない晴がましくも嬉しい気分が満面の笑みを浮かべさせる。待ち受ける花婿に花嫁を引き渡し自席に戻った。ひざまずいた花婿から束ねられたカラーのブーケが花嫁に贈られた。
■新郎新婦によるメインキャンドルの点灯の後、司会者が会場の各テーブルを回りインタビューする。新郎の祖母、キューピット役を演じた新郎の友人、新郎の弟たち、新婦の友人たち、新婦の兄と続き、ナント新婦の父にまでマイクが向けられた。娘のエスコートの感想が聞かれ、新郎新婦の新生活への助言が求められた。酒の酔いと高揚した気分がはしゃいだたわごとをほざかせた記憶がある。インタビュー後には、お色直し後の二人を中心に各グループが再び記念写真に興じていた。
■披露宴も終焉を迎えつつあった。両家の両親が出口近くの壁際に整列した。新婦から「両親への手紙」の朗読が始まった。世話をかけた母親への感謝の言葉や父親から学んだことなどが綴られていた。娘なりに自分の言葉で綴った素直な心情が心に沁みた。目じりから滲む涙を抑えきれなかった。その後、新郎新婦からそれぞれの両親にプレゼントが贈呈された。カメラに嵌り始めた父親には既に披露宴でも使っている一眼レフデジカメが、買い物好きの母親には商品券が贈られた。新郎新婦と合流した後、両家を代表して新郎の父親が謝辞を述べ、二人を代表して新郎が挨拶した。司会者に促がされて、参会者のお見送りのため整列した6人が会場入口に向った。ほどなく私たちの前に姿を現した参会者たちは、それぞれに祝福の言葉を残して次々と会場を後にした。二時間半のドラマが終わった。
■息子の運転する車で花嫁を含めた家族5人がホテルを出たのは6時過ぎだった。新居のリフォームが震災の影響で間に合わず、花嫁は5月末まで我が家で別居生活を送ることになった。なんとも締まりのない挙式後の展開である。自宅に着いたのは7時半頃だった。もう二度とない我が家の記念すべきイベントがようやく幕を閉じた。 

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