雨が降っている。私は今日はご用を言い付けられなかったからね。
だって、私はテルボー族のてる子。ご用を言い付けられれば渾身の力で晴れにしてみせる!でも今日はお休み。雨降りのアンニュイな午後だわ。
そう、私はみんなが子供の頃に一度はつくったことがある「てるてる坊主」の女の子。いやあねえ、女の子なのに”坊主”なんて!
あの日も私はつくられたばかりだったのに、結局ご用を言い付けられなかった。るてるて坊主のるてるて君がつくられた運命の日……。
* * *
私をつくったのは小学生の女の子。とっても純粋でいつまでも心のときめきが消えない子。みんなにいっぱい愛されて、みんなをいっぱい愛する、とってもいい子。名前はマキちゃん。
もうすぐ遠足なので、「ぜったいに晴れてほしい」と私をつくったの。あの子は学級委員に選ばれた。学校の外で何かをするのははじめて。すこしでもみんながいい遠足が出来るように、一生懸命考えている。クイズやなぞなぞを用意したりとか。その日も朝から私に一生懸命手を合わせてお願いしていた。
けれど、その事件は起こったの。
マキちゃんが友達のサッちゃん、キヨちゃんと近所の科学館に遊びに行ったお休みの日だった。サッちゃんが行きたいというので行くことになったのだそうだ。
科学館にはいろいろ不思議なものがある。
小さなものが大きく見える不思議な部屋とか、坂道を上る不思議なボールとか、廻っていないときは軽いのに廻すともの凄く重くなる不思議な円盤とか。
中でも、竜巻を起こす装置はいつも子供に大人気。スイッチを押すと煙が出て、あっという間に渦を巻いて背の高い竜巻のできあがり。竜巻なんて、私はテルボー族だからファイトが沸いちゃうわ!
そんないろいろなものを見ていたサッちゃんが、ポソッとつぶやいた。
「遠足の日、雨にならないかな……」
それを聞いたマキちゃんとキヨちゃんはびっくり。
「え、どうしたのー?」
「なんで?遠足嫌いなの?」
サッちゃんはとても浮かない顔。
「あのね……」
サッちゃんは話し始めた。
サッちゃんはとっても不思議な話をした。
サッちゃんの話を聞いて、マキちゃんはひたすら驚いてしまった。自分はみんなが遠足を楽しみにしていると思って一生懸命てるてる坊主にお願いしていた。だけど、本当に晴れちゃったら、サッちゃんが大変なことになってしまう。自分は大切な友達に一生辛い思いをさせかねないことをしようとしていたんだと、すっごくショックを受けてしまった。
マキちゃんはサッちゃんに、
「今のうちに会いたい!」
と言った。けれど、キヨちゃんは
「ごめんね、私帰る。」
と言い残して帰ってしまった。
◇ ◇ ◇
マキちゃんはサッちゃんについて近所の神社の林の中に入っていった。秋の枯れ葉が舞い散る中、奥の方はあまり手が入ってなくて木立で鬱蒼としていたけれど、その中に動物と子供しか通れないような道がついていた。
分け入った先に、それはいた。キツネだった。
「マキちゃん、このキツネさんなの。」
マキちゃんはキツネの様子をうかがう。キツネは荒い息をして苦しそうだった。
「あたし、キツネさんと話せる?」
マキちゃんはサッちゃんに聞いてみた。
「ううん、だめだと思う。キツネさんはあたしとしか話はできないって言ってた。あたしが話してみるね。」
サッちゃんはキツネに話しかける。そして、何かを聞いている。
「今はまだ元気があるけれど、もうすぐだって。やっぱりたぶん明日日曜日の遠足の日だって……。」
サッちゃんは詳しく話して聞かせてくれた。
サッちゃんが小さな頃、ふっとこの林でキツネに出会った。キツネはそれ以来よくサッちゃんの前に現れるようになった。そんなある日、サッちゃんが変な男の人につけられるということがあった。腕を捕まれたとたんに、キツネが飛び出してきて、その人にかみついたのだ。なんどもほえたりかみついたりしているうちに男の人は逃げていった。その時、サッちゃんがキツネにお礼を言うと、キツネが話しかけてきたのだという。
「私は、サッちゃんが大好きだよ。いつもできるかぎりそばにいてあげるからね。」
サッちゃんはすっごくびっくりしたけれど、すっごくうれしくて、キツネに抱きついて泣いたんだって。だって、サッちゃんはお父さんがいないから……きっとお父さんの生まれ変わりのような気がしたんだね。もしかしたらほんとにそうなのかもしれない。
以来、街の中で過ごす間は、キツネはずっとサッちゃんに寄り添うようにしてくれていたのだという。
そんなキツネにも、最期の時が来てしまったんだね……。動物たちは形があってもいずれ老いて死んでしまう。形ある間ずっと魂が宿る私たちとはそのあたりが違うんだね。
サッちゃんは、そんな自分の守り神のようなキツネのそばについていてあげたかったのね……。
でも、お母さんに言っても全然分かってくれなかった。お母さんは、
「遠足にちゃんと行きなさい。サッちゃん、遠足嫌なの?サッちゃんは疲れやすいし体育が嫌いだからねえ。でも、さぼるのはだめよ。」
としか言わなかった。人間の大人に分かるはずがないよ、そんなこと。
だから、サッちゃんはなんとしても遠足の日は雨で中止になって、キツネについていてあげたいのだという。
マキちゃんは、この話にとてもびっくりしたけれど、でも、すこし分かるような気がした。自分も誰かに守られているような気がしたことがあるからだ。
サッちゃんとマキちゃんはキツネを抱きかかえて、キツネをマキちゃんのうちの物置に移した。すこしでもあたたかくしてあげて、キツネの体が楽になるように。
マキちゃんは、なんとしても遠足が中止にしようと、方法を考えはじめた。
まずは科学館に飛んで帰り、館のお兄さんに訊いてみた。
「雨を降らす方法はないの?」
サッちゃんもさっき訊いたと言っていたけれど。
お兄さんは、
「今日は同じことをよく聞かれる日だなあ。うーん、雨粒の芯になるチリが空気中にたくさんあれば、雲は出来やすくなるし、そういう実験もあるけれど……。そもそも空気に湿気がないと無理だよ……。」
マキちゃんは何のことか分からなかったけれど、無理なのだと言うことだけは分かった。
それからマキちゃんは学校の先生に訊いたり、お天気相談所に電話をかけて訊いたりしてみた。でも、どこにかけても無理だと言われてしまった。お天気相談所の人は、その日は関東地方は大きく高気圧に覆われて快晴になるよ、と言っていた。
それでも、マキちゃんは必死だった。
家に飛んで帰り、
「ねえ、お母さん!なんとか雨をふらす方法はないの?」
お母さんに尋ねる。
お母さんは、何か必死なマキちゃんをみて、理由を聞くのはやめようと思った。
「そうねえ、マキちゃん……」
お母さんはしばし考える。
「そういえば、お母さんが小さい頃は、てるてる坊主を逆さに吊ってお願いしたことがあったわね。」
横で聞いていたお父さん。
「おう、そうだそうだ。それを『るてるて坊主』って呼んでたぞ!!」
マキちゃんの目が輝く。
「ありがとう、お父さん、お母さん!!」
「あのさあ、マキ。絶対に効くって言う保証はないからな!」
マキちゃんはもう材料探しに夢中だった。
◇ ◇ ◇
そして、マキちゃんは泣きながら必死でるてるて坊主をつくったの。「るてるてさん、お願い! お願い!」っていいながら。
そうしてつくられた『るてるて坊主』のるてるて君は、目覚めるとすぐ、マキちゃんの思いを全身で受け止めて必死で雲を呼んだわ。まわりのテルボー族にも一生懸命呼びかけながら。こんなに頑張る「るてるて坊主」ははじめて見た!このときのるてるて君は「力の光」でもの凄く輝いていたわ!
私もマキちゃんのために、そしてその思いを必死で叶えようとしているるてるて君のためにも全力で雲を呼んだ。
近くにいたたくさんのテルボー族たちも一生懸命協力して、太平洋からの湿ったあたたかい空気と大陸からの冷たい空気をかき集めて!うまくいけば湿った空気が冷たい空気とぶつかり上昇して大きな雲が出来る!大雨を降らすことが出来るの!!
あの日はかつて見たことがないほどたくさんの「力の光」が街から空へ向けられていた……。
* * *
あれから10年。世の中はすっかり変わり、マキちゃんは高校2年生。
今では『てるてる坊主』を作る子供はすっかり少なくなってしまった。マキちゃんは私たちを大切にしてくれているけれど、仲間がいないと天気をコントロールする力はあまりだせないのが悲しいな。
でも最近、うちの近所にテルゾー君という男の子がいることが分かったの。今は絶滅しかけているテルボー族だから、まだ作ってくれる子供がいるというだけでもとっても嬉しい。なんだか生きる希望がわいてきたわ。
いまでは充分な力が出せない私たちだけれど、それでも、出来る限り頑張ってみたい。
えっ? あの遠足の日の天気はどうなったのかって?
ふふん、聞きたい?
も・ち・ろ・ん、大雨よ! 決まっているじゃない!!
おしまい
あとがき
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、マキちゃんは『一円玉の旅』で一円玉君が守って見守り続けた、あの女の子です。
このお話の基本設定は、ある方とやりとりする中で私がイメージをふくらませていたものです。
この方とは残念ながら、あまりにイメージする世界が違うので、私は私の世界でお話をつくってみました。
(だってその人の世界では、てる子ちゃん達がFAX使ったり、紅茶飲んだり、てる子ちゃんがヘビメタの服を着たがったり、るてるて君・てる子ちゃん・テルゾー君を三角関係にしようとしたり、テルゾー君が義足をつけてわらじを履きたがったりするんだもん)
いつか、てる子ちゃんがあこがれる、るてるて君のお話も、ちゃんと書いてみたい気がしています。
(2002/12/15)