1円玉の旅
私の部屋から下を見たら、きらりと光るものが見えた。よく見てみると1円玉だ。泥まみれになってぐにゃりと曲がり、半分埋まっている。
彼はどんな旅をしてきたのだろう。なんだかつらそうな今の姿を見てみて、ふと大切にしてあげたくなった。そっと拾い上げてきれいに洗ってあげて、子供の頃から持っている”私の宝物入れ”にしまった。
何で、こんなにこの1円玉をいとおしく思うのだろう。私が育った家を出るこの日に見つけたのも何かの縁だろう。とても不思議な気持ちで、私は式場に向かった。
今日は私の結婚式。
僕は1円玉。
生まれてまもなく、人の手からこぼれ落ちて川に落ちてしまった。訳の分からないうちに川の底の泥に埋もれて一生を過ごすのかと思うと涙が出てきた。でも、1グラムの身の軽さで水に浮かび、そうこうするうちに川から海へ流れ出てしまった。
途中、魚に突っつかれたりもした。ある時、嵐にあってしまった。あまりの波の激しさに、「あー!もうだめだあー!」そう思ったとき、助けてくれたのは海藻のおじいさんだった。
彼はジャイアントケルプという海藻だという。アメリカというところの西海岸の生まれで、彼が暮らしていたのはアザラシやラッコという生き物が楽しく暮らしていた海なんだとか。夜にはかわいいラッコたちを体で包んで寝床になってあげるのだという。とっても幸せで豊かな生活だったのだけれど、人生の最後に冒険をしてみたくなって大海原に旅立ったんだって。すごいなあ。ちっちゃな1円玉の僕なんか、いつもひとまかせ。今こうして海を漂っているのも人の手からこぼれ落ちた不幸のせいだ。
ケルプじいさんは、今は海老や小魚、ウミガメやマンボウさんたちと暮らしながら大海原を旅する流れ藻の身の上だけれど、かつては数百mもある深い海底から海面まで届く立派な体を持っていたのだそうだ。僕なんか、たった2cmしかないのに……。すごく心細くなった。
でも、ケルプじいさんはそっと優しく語りかけてくれた。
「私は、この体があるからこそ、安心して冒険にでることができた。身の回りに多くの小さな生き物たちを住まわせ、守ってあげることができる。でも、君は小さな体だけれど、私にはないすばらしい堅さと粘り、軽さを持っている。君はその体できっと何かを成し遂げることができるよ。」
たしかに、小さな海老さんや小魚さんたちとは全然違った体だ。今まで全然気がつかなかったけれど、僕には何かができるのかもしれない。そう思うと、ちょっとだけ元気が出てきた。
いろいろなお話をしてくれた、優しく強いケルプじいさんともお別れがきた。嵐のなかでばらばらになってしまったのだ。僕はケルプじいさんに「さようなら!僕はがんばるよ−!!」と叫んだ。ケルプじいさんも「きみも誰かを守ってあげられる立派な1円玉になれよ−!」と叫び返してくれた。
大海原を旅して打ち上げられたのが、青い海と白い砂の広がる海岸だった。
気づいたときに、あまりの美しさに涙が出てしまった。
「なんて美しいのだろう……」
海岸に転がっていると、子供が寄ってきた。僕に気づいて手に取ったけれど、「なんだ、1円玉か」といってまた放り投げられてしまった。
道路に転がった僕に気づいたのはカラスだった。カラスは光り物が大好さだと、ケルプじいさんが言っていた。案の定、僕をくわえて、そして空を飛んだ!
すごいすごい!!空を飛ぶのってなんて気持ちがいいんだろう!!少し怖いけど、ものすごくわくわくする!!!
「ねえ!カラス君。君はどこからきたの?どこへいくの?」
突然話しかけられたカラス君、びっくりしながら答えてくれた。
「僕は沖縄の那覇で生まれたんだ。とっても海がきれいなこの海岸に遊びにきたんだ。そしたらそこで、きらきら光る君を見つけたんだよ。君は光る上にすごくきれいな丸だね。きっと、誰よりも速く転がることができるよ。」
僕はびっくり。いままで、海に落ちて水に浮かぶことはできたけど、転がることができるなんて思ったことがなかった。僕はカラス君とすっかり仲良くなった。
カラス君に連れて行ってもらったのが、お土産もの屋さんの前だった。
そこに、ちっちゃな男の子がいて、泣いていた。
「指ハブ(注)が欲しいよー!」
「でもね、坊や。指ハブは150円で、消費税ふくめて157円。1円足りないんだ。お父さんかお母さんに1円もらっておいで。」
「お父さんもお母さんもいないんだあ。一生懸命お手伝いしておかねためたのにい。うあーん」
それをみて、僕は叫んだ。
「カラス君、僕をあの子供の前に落として!」
ちゃりーん!
男の子は僕を拾った。とってもうれしそうににっこりした。
僕は指ハブと交換で、店のおじさんのお金入れに入った。男の子は指ハブを指にすわせて、うれしそうに帰っていった。
ぎっちりと詰まったお金入れの中で、僕は息が詰まった。なんでこんなにみんな無言なんだろう。話しかけても「うるさい!おれたちは忙しいんだ!」と言うばかり。「俺たちは財布や金庫の間を移動して大忙しなんだ。一秒だって無駄にできやしない。」僕には全然わからない。「僕はずっと旅してきたんだ。ケルプじいさんやらカラス君やら、いろんな人たちに会ってきたけど、みんなこんなにいらいらしてなかったよ。」というとそのうち怒り出して、「おまえみたいな汚い硬貨は、すく造幣局に戻されて溶かされてしまうさ!」と言われてしまった。
僕はびっくりするばかり。なんて人たちなんだろう。せっかく同じなかまを見つけたと思ったのに。
僕はその晩、ケルプじいさんやカラス君を思いだして、泣いてしまった。
ある日、お土産もの屋さんのおじさんは”やまとー”へ行くという。その財布の中に入れられてしまった。
たどり着いたのは東京だった。僕が落ちてながされた海が東京湾だと言うから、僕の故郷に戻ってきたようだ。
おじさんが自動販売機でジュースを買おうと財布に手を入れて抜いたとき、僕はまた転がり落ちてしまった。「まあ、いいや、1円だし。」というおじさんの声が聞こえた。他のお金たちは「忙しい忙しい」と言いながら、自動販売機に吸い込まれていった。僕は坂道を転がり落ちていった。
カラス君が言っていた。僕は誰よりも速く転がることができるって。たしかに、速い速い!
勢いよく転がっていった庭先で、ちいさな女の子が大きな猛犬に噛まれそうになっているのが見えた。女の子は泣きながら木の幹にしがみついている。周りの大人たちは怖くて近寄れない。棒やほうきで「シッシ!」というばかり。栗や柿たちが木の上から見ていて、「助けてあげなくちゃ!」というけれど、ゆれるだけどうにもできない。
僕は意を決し、もっと勢いを増して、犬の目に体当たりをした。
「きゃいん!」
僕は犬に跳ね返って高く飛び上がった。
犬は僕を見つけるとうなり声をあげ始めた。
僕は負けない。女の子を守るんだ!
もう一度犬に飛びかかっていった。今度は犬のロの中に飛び込んだ。
「どうだ、僕を食べてみろ!」
犬は僕を思いっきり噛んだ。がりっといった。僕の体はくにゃりとまがった。
「きゃいんきゃいん」
犬は僕を吐き出すと、情けない声をあげながら逃げていった。
女の子はどうなったのだろう。遠くなる意識の中で、「大丈夫?けがはない?」と聞かれて、泣きながらも「うっうっ、大丈夫だよ……」と答えるのが聞こえた。よかった……。
以来、僕は女の子のうちの庭に転がっている。たぶん、もうどこにも行くことはないだろう。
今年、僕が守ってあげた女の子は中学生になった。今も、とってもかわいい、いい子だ。
昨日はてるてる坊主をつくって、「ハイキングは晴れますように!」と手を合わせていた。
この子を守ってあげられて、僕はとっても幸せだ。
僕がいることに気づいてくれないかもしれない。
でも。
ずっと見守っているよ。
おしまい
![]() 注 指ハブとは、クバの葉で編んだ、ハブのカタチをしたおもちゃの一つ。沖縄のおみやげやさんならどこでも売っています。沖縄の農家では子供を飽きさせないために、身の回りの素材でいろいろなおもちゃを作ったそうです。 |
あとがき
私がつくったはじめてのお話しです。今後もお話しを続けられるかどうかはわかりません。
これは、職場でひょんなことからできあがったもので、別なお話しの中で、主人公が書いた童話として書かれました。
私は1円玉君のけなげな生き方が大好きです。
自分も、全力で守りたいと思える人と巡り会えるといいなあ。
2002/11/28