福島ゼミで『希望について』を読む

10月に始まった福島智さんのゼミで、立岩真也著「希望について」を読んでいます。僕が感じたこと、発言したことをまとめてみました。

11月16日 パート3「境界について」をめぐる討議

この日の福島ゼミでは、立岩真也著『希望について』のパート3「境界について」をめぐる討議が行われました。

このパートで最も長文の「限界まで楽しむ」には、「医療保険−保険制度でなくともよいから、公的医療制度−を世界大に拡張したらよいのだという案も示される」との記述があり、また「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」に関わる取り組みも紹介しています。

なので、上記の問題意識と対応する内容を含んでいる市野川容孝著「社会」の203pに始まる「分配的正義と租税国家」の節を紹介しました。具体的には206pの「第二に、シュムペーターは」で始まる文節から208pの最初の文節までには、やはりこのパートに含まれる「市民は当然越境する」とも対応しています。

また、福島さんから、世界規模の公的医療保険構想や世界基金について説明を求められたので、次の二点を話しました。

  • EU諸国、北米諸国は、多数の外国人労働者・移民労働者を積極的に受け入れてきたし現在は特に専門知識を持った人材を選択的に呼び込もうとしている。日本でも介護労働者をフィリピンから導入する構想が現実化している。このように大量の人口移動がすでに始まっていることを念頭において考えるべきことだ。
  • 世界基金構想は、2001年7月のG7ジェノバ・サミットで参加国が資金拠出をプレッジしたことで具体化し、それから半年後の2002年1月には設立されていた。しかも、先進国だけでなくルワンダやナイジェリアなど途上国、ビル・ゲイツ財団、レアル・マドリードそしてほっとけないキャンペーンも資金を拠出している。このことからも、迅速な資金供給を必要とする重大な問題という認識が世界的に共有されたことがわかる。また、先進国・途上国政府を代表する理事だけでなく、南北のNGO、影響を受けるコミュニティー(HIV陽性者、結核、マラリアの患者)、民間企業、民間財団を代表する理事も議決権を持つという点にも注目が必要だ。途上国におけるジェンダー平等の課題への資金供給構想の中でも、世界基金モデルが語られており、今後の新しい動きにつながっていくことが予想される。

この日のレポーターのコメントには、「現在の所有のあり方を疑い、境界を疑い、オルタナティブな価値を提示する立場は、マルクスを現代に読み替えた立場ではないだろうか」ということもばもあって、時ならぬマルクス理論と立岩理論比較論が始まりました。

僕自身は、1970年代末の学生運動に関わっていた体験から、以下のことを話しました。

  • 1970年代の学生運動、社会運動に特徴的なのは「反差別」という課題だ。民族差別、女性差別、部落差別、在日外国人差別、障害者差別が、運動課題のトップに出てきた印象がある。
  • マルクス主義的な階級闘争理論のベースにあるのは「多数者としての労働者が社会の主役になるのは当然」という感覚だと思う。僕が直接関わった部落解放運動も障害者運動も少数者の運動、少数者を差別するのを許さないという考えをベースにした運動だ。立岩さんは、障害者運動との関わりを出発点に、常に障害者問題を参照軸にして考え、書いている。少数者の課題を多数者の中にどのように提示し実現して行くのかという問題意識は、1970年代に始まったと思う。

※ 市野川容孝著「社会」岩波書店 1,680円

フランス、ドイツの憲法にある「社会的な国家」とは何かを出発点に、社会主義と民主主義の関係、思想史的な問題整理を通した今後への見通しを論じています。

国際協力、国際的な公共について考える際にも参考になる論考だと思います。


11月30日 「希望について」を読んで、これまでと違った視点を得たとの発言

この日の福島ゼミでは、立岩真也著「希望について」のパート8「死なないこと」をめぐる議論が行われました。

レポーターからは、主としてALS患者の人工呼吸器装着問題をめぐる短文4つのこのパートでは十分に触れられていない射水市民病院事件、尊厳死、脳死・移植に関する情報提供・問題提起を含むコメントが出されました。

関連して、法科大学院で「生命倫理と法」を論じるゼミに参加しているというゼミ生、学部で「死ぬ権利」に関する講義を受けたことのあると言うゼミ生から、コメントがありました。

法科大学院での議論の出発点は、積極的安楽死は刑法に触れるが、消極的安楽死を尊厳死として認めるのは妥当ではないか、というものだそうです。コメントを行ったゼミ生自身は、「福島ゼミに参加して立岩さんの議論に触れるまでは、積極的な医療行為を行わない消極的安楽死を肯定的に捉えてきた」と語っていました。

「死ぬ権利」に関する講義の記憶をたどってくれたゼミ生からは、「医師たちの死なせないための努力をするという義務に対して患者の死ぬ権利があるという文脈の話を聞いた時には、それなりに納得していた。今日の議論に触れて、患者の死ぬ権利に対応するのが患者の死ぬ義務であるのであれば、問題だと思う」との発言がありました。


12月7日 経済成長がなければ技術革新はありえないか?

この日の福島ゼミでは、「希望について」のパート4「不足について」を検討しました。

レポーターは、「希望について」の後に出された対談「所有と国家の行方」および広井良則著「持続可能な福祉社会」(ちくま新書)も参照しながら、「経済成長は不要」という立岩さんの主張に疑問を投げかけていました。

僕自身は、「少子・高齢化社会はよい社会」にある以下の記述をめぐって思い浮かんだことを発言しました。

それに平然と対処できる社会を作れないほどに私たちは愚かなのか(130p 13〜14行)

ゼミでの発言を振り返って整理してみれば、「経済成長がなければ技術革新はありえないか? いやそんなことはないだろう」という主張に尽きます。

他の参加者の発言を聞きながら、以下についてまとまった発言をしました。

  • かつて「介助」は「シャドウワーク」「アンペイドワーク」だった。1970年代から80年代にかけて、自立をめざす障害者は大学の近くに移り住んだ。そのころの介助者には、あまりアルバイトにも追われていない経済的な余裕のある学生が多かった。30年近い障害者運動の力で、有料介助が当然のことになり、障害者介助も「職業」になった。
    → 僕自身は、立岩さんの思考、文章にはこのような歴史が反映していると感じるので、共感を覚える。
  • 途上国から先進国へたくさんの医師・看護師が流出している。彼ら・彼女らが先進国での就労を選ぶのに二つの理由があると言われている。一つ目は収入増が見込まれること。二つ目は、医療機器・医薬品のない途上国の医療現場で強いられるフラストレーション・絶望感だと言う。南ア西ケープ州保健局エイズ対策担当者が2004年12月に発行された「Development Update」というレポート集に書いているところによれば、医療行為の効果が目に見える最先端の技術であるエイズ治療を診療所レベルで実施していくことがプライマリーヘルスケアに従事している医療者のモラル向上にもつながっている。
    → 先進国から途上国に行って保健医療活動に従事することを求める医療者が望んでいるのもこの「実感」。だから、すべてを収入あるいは金銭の問題として語ることに違和感を感じる。
  • 経済成長は金銭で測られるものなので、資本回転率が高いプロセス(株の売買など)が経済成長に一番寄与する。資本回転率の低い農業を切り捨てていくのは、経済的に合理的な判断だと言うことになる。
    → 稲作への執着を経済合理性で断ち切ろうとすることが正しいとは思えない。

【付記】

上記で紹介した南ア西ケープ州におけるエイズ治療開始の経験がまとめられたレポートを日本語にしました。以下で読むことができます。

 http://www.ajf.gr.jp 調査・研究事業 > 感染症研究会 > ニュース・インデックス > Development Update南部アフリカのエイズ問題特集:南アフリカ共和国西ケープ州における抗レトロウイルス薬治療実施の錯綜する諸課題


2007年1月25日 立岩さんスペシャル・セッション

1月25日の木曜日、福島さんの要請にこたえて、立岩さんが本郷まで来てくれました。一昨年も同じ時期に福島ゼミで立岩さんスペシャル・セッションが開かれています。

今年は、教育系研究科在籍の院生のゼミ参加者が少ないこともあり、この日は特別にという参加者が多数を占めていました。

あらかじめ、ゼミ参加者が出した質問に立岩さんが答えるという形でゼミが行われました。

質問は、僕なりに整理すると以下の内容でした。

  1. 必要に応じて配分する社会におけるインセンティブとは何か?このインセンティブと必要に応じた配分とは矛盾するのではないか?
  2. 高齢・少子化社会に対応するような配分の仕組みを考えるという問題意識の由来と方法
  3. 先進国では必要とされている財がおおむね足りているという判断を前提に論が立てられているが、個別の財の中には足りていないものもあるのではないか?
  4. 世界規模での対応を考えているのか?
  5. いくつもの病院で倫理委員会が人工呼吸器停止ガイドライン策定を進めているという医療倫理をどう見るのか?今後、この分野で注目すべき点は何か?

立岩さんは、主として「希望について」の該当する文章・記述を紹介しながら、現時点でいうことのできることを改めて繰り返していました。

具体的には、「介護」という財の不足を指摘してた。また、世界規模で考えるというとき、世界の財をすべてあわせて集計して分配するというアプローチではなく、まずは技術移転などで必要な財をいたるところで生産できるようにするといった漸進的なアプローチを丁寧に考えるべきだろう、とも語っていました。

その後、以下の質問が出されました。

  1. 分配する財を確保する充足させるために経済成長は必要ではないか?
  2. 「希望について」を読んだだけでは、「希望」が感じられない。希望のある社会とはどのようなものか?

6.の問いについて、以下のことを語っていました。

  • 経済成長を否定しているわけではない。現在の日本では、分配する財の確保と経済成長とは別の問題だと感じている。途上国の場合、分配する財の確保のために経済成長が必要ということも考えられる。

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by 斉藤龍一郎 僕あてのメール