二重のくびき

ブチ・エメチェタ




1 新しい女



その新しい講師は、特定の大学についてあるいはナイジェリアの大学一般において、彼女にとって、何がなされるべきかそして何が望ましくないかを、熱心に話した。カラバールの新しい大学の学生にとって、特に珍しいことではなかった。というのは、この大学の新しさが非常に多くの度外れの教師を引きつけていたからである。たとえば、ほんの数年前に帰国したナイジェリアの法律家「滑稽な鬘」をかぶるのを辞めるべきだと主張する風変わりな人間がいた。ナイジェリアの法学生にとっては、鬘こそが成功の証だったのである。だから、学生たち、特に4年生たちは以前にもいろんなことを言う教師を見て聞いていた。ただ、今までになかったことに、この教師は女だった。
 この女のことで普通でなかったのは、1980年代初めのナイジェリアのような国では、高等教育を受けた女性が新しい現象であったということではなく、彼女がはっきりとものを言う、娘たちをイギリスにやって箔を付けさせそのあげくに完全に猫をかぶらせている田舎の女たちのようにはっきりとものを言うということだった。その箔つき娘たちは、無知を装うことを、伴侶を得る唯一の手段として、また女性として望むべき生活を送る唯一の手段として、学んでしまっているというのに。彼女らはあまりに長いこと女性であり続けたために、彼女らが受けた教育がどこにつながっているのかを見失ってしまったというのに。エティ・カンバは、大学の教官の一人がちょっと立ち回りがうまくて、自分のことを通すために「私は出しゃばりじゃないから」と自己紹介するのを常としているのを、覚えていた。たまたま、彼女はキャンパスで最高給を得ている黒人女性の講師だったが、たしかに彼女は出しゃばりではなかった。男の学生たちは冗談に、「彼女が出しゃばりだったら、どうなってたかな」と話題にしたものだった。だが、今回のミス・ブレワオは、出しゃばりそうではなかったが、自分に自信を持っているタイプだった。彼女は自分に自信があり、またテーマにも自信を持っていた。彼女は自分のテーマで6冊の本を書いているのだから、彼女が自信を持つのは当然のことだった。しかし、男子学生たちにとって彼女は驚きの種で、エティ・カンバはといえば、彼女が男だったらと願っていた。
 彼女の授業が始まったばかりの頃のある日、その夜はありがたいぐらいに涼しかった、それで104番教室の窓は全部開けられていた。
 「あのイギリス帰りにも十分なくらいに涼しいぜ」とエサングが言った。
 学生たちは笑った。教室を見回すと、涼しいだけでなく、出席者がいつもの授業より少ない30人かそこらしかいないことが分かった。
 「おい、この教室にはたった一人も女がいないぜ。それにキャンパス中にミス・ブレワオの着任が知られているというのに出席者だったかなり少ないぜ。」
 「ここにいる俺たちは天才なんだ。これから芽を出す天才なんだ。」とイサが自慢した。「ほかの連中は、作家になれなかった時のことを考えて、彼女に近づくのを怖がっているんだ。」
 「ふ〜む、僕はそんなこと知らないな、僕が知ってるのはバカどもが殺到してるのは……」、エティ・カンバはしゃべり始めた。
 「おい、何だって、エティ・カンバ、このキャンパスの女たちは天使だなんて言うのか? おいおい……」、エサングが願い事をするような仕草で両手を上げながら、口を挟んだ。「神様…」と金切り声を上げた。
 教室中で笑いがはじけた。そして女子学生たちの話題は、口汚い口論を交えたやり取りと時折起こるあざけるような笑いの中へ消えていった。学生たちの何人かが落ち着かな気に、エティ・カンバを見た。彼らはエティ・カンバに、よくあることが起こったことを知っていた。エティは、彼に向けられた指先も訳知り顔のうなずきも見ないふりをしていた。彼に起きた一件は、キャンパス中に知られていたのだ。
 ミス・ブレワオが男物のブリーフケースを下げ静かな歩みで教室に入ってきた時、学生たちはおしゃべりに夢中で彼女に気付かなかった。彼女は非常に平凡な顔をしていた。学生たちが作家の顔というので思い浮かべるようなタイプではなかった。彼女はあまりに当たり前の、どこにでもいる奥さん、どこかの農家のおばさんのようだった。彼女は立ち止まり、学生たちを見回して、静かになるのを待った。
 彼女がいることが分かって、すぐに落ち着かない静けさが広がった。何人かの学生は、発言すべき文章を思い浮かべながら授業の用意をしていた。そして急に振り向いて、彼女がそこにいることに気付いた。
 彼女は顔中でほほえんで、「今晩は」と言った。
 学生たちが挨拶を返し、彼女は創作の授業を開始した。学生たちの多くは、こうした授業では作品を自分自身で作らなければならないことを知らなかった。しかし多くの学生が、ナイジェリアだけでなく海外でも実際に創作活動を行っている人の口から、創作について聞きたがった。実際、ミス・ブレワオは母国で以上に海外で知られていた。
 彼女が「アフリカにおける比較文学」について話をしている時、天井のファンがしゃくりのような音をたて始めた。学生たちはお互いに顔を向け合い、エティ・カンバにはエフィルグが肩を上げて、しょうがないなと肩をすくめるが見えた。何が起きたのか、すぐにどうなるか、を学生たちは承知していた。しかし新しい講師は何も知らなかった。彼女は、話を続けていた。
 NEPAの作業者が、再び仕事にかかっていた。NEPAの作業者たちがナイジェリアの多くの人々の生活を左右していた。彼らは、そうしようと思った時にいつでも電灯を消すこともつけることもできた。彼らはいつも、伝染が過負荷になったとか修理中だとかいった説明したが、誰も真に受けはしなかった。普段の日に何回も停電するので、当然にも事前に停電を予告するという話にはならなかった。それに、電話が実用品というより飾りものになっている国では、たとえば学生たちに警告するなどと言うことは思いも寄らないことだった。しかし、金持ちたちの多くは、こうした経験をする必要はなかった。彼らは停電時用発電機を据え付けをつけていた。その多くは自動的にスイッチのはいるものだった。NEPAが送電を停止すると、発電機が稼働した。それは金持ちだけのものだった。大学でも、役付きの人々が働くいくつかの重要な建物には発電機が据え付けてあった。しかし、エティ・カンバや学生たちが講義を受ける教室は、そういった恩恵を受けてはいなかった。
 エティ・カンバは、これらの指導者たちの多くが若い学生たちを恐れているんではないかと疑っていた。だから、指導者たちは、彼らがかつて大学で学んでいた頃、いつも悩まされていたことに、現在の学生たちも苦しむように手を尽くしているのでは、と思っていた。
 断続的なしゃくるような音はせき込むような連続音に変わり、さらにはビーンという音になって電灯も点滅し始めた。そして電灯は完全に消えてしまい、教室は一瞬にして闇につつまれた。学生たちは何が起こるか知ってはいたが、それでも突然さに困惑を覚えた。彼らはナイジェリアに困惑を覚え、また起こったことにあまりにもなじんでいなような新しい女性講師に困惑を覚えていた。
 学生たちからはいつもの「NEPAだ」という声が上がった。彼らは、女性講師が必死になって突然の暗闇を冗談にしようとしているのに気が付いた、しかし、彼女のいらだちは隠しきれなかった。隠そうとしていたが、彼女がこうした闇になれていないのは明らかだった。数人の学生が「すみません、先生」とやっと声をかけた。
 エティ・カンバは立ち上がり、ゆるめていたシャツを整え、同時に金属製の机の脇に置いておいた懐中電灯を手探りで手に取りスイッチを入れた。
 「ありがとう、助かります。」と女性講師は言った。「それじゃ、皆さん、あなたがたにとって理想のナイジェリアはどういうものかを想像して文章を書いて下さい。わかると思いますが、創作する際には、作品のできはあなたがた自身の力によって決まります。あなたがたが一生懸命に書けば、作品ができます。しかし、私の見るところ、この学部の学生は誰でも、創造的に書くことを学ばなくてはならないようです。」
 学生たちは全員、彼女に挨拶をして教室を出始めた。彼らはカラバールの真っ暗なアフリカ的な闇になれていた。明るかったかと思えば、すぐに暗闇。彼らは、こちらの穴ぼこ、あそこのふたのない溝、一方の隅にある危ない水たまり、といった周囲の入り組んだ危険にもなじんでいた。しかし彼女は、このふっくらとした何冊もの本を書いていて、ほとんど超人間的な存在になっている女性は違った。しかし、ナイジェリアの電力供給システムの不安定さが、彼女のもろさを浮かび上がらせていた。
 「道案内します。先生」、エティ・カンバは進み出た。彼は、懐中電灯ででこぼこの歩道、穴ぼこや濡れている草むらなどを照らして、道案内した。大学の外まで出て、彼女を待たせて、カラバールの中心街にあるヴェスタ・ゲスト・ハウスまで彼女を乗せていくタクシーをつかまえた。彼女は新任なので、宿舎を与えられていなかったのだ。
 タクシーにすべりこみながら、彼女はもう一度彼に感謝した。エティ・カンバは、彼女が、痩せてはおらず、また美人だと見なされるよう教えられているタイプの「新しい女」ではないけれど、きちんとした振る舞いを知っていることに気付いた。
 彼は立ち止まって、何分かでもナイジェリアで一番、いやおそらくアフリカで一番有名な女性作家を守らなければならなかった、という重要なことをなしとげた気分にひたっていた。彼女を乗せたタクシーがスピードを上げて闇の中へ行ってしまったので、彼はマラボールにあるキャンパス内の彼の部屋へ戻り始めた。教室棟と学生宿舎を区切っている空き地を半ばまで来て、まだ懐中電灯をつけっぱなしだったことに気付いた。あわててスイッチを切り、口の中で「まいったな、だいぶ無駄にしちゃった」とつぶやいた。彼は、懐中電灯の電池が一学期もつだろうと思っていた。しかし、今回の新しい女性講師のことがあり、またNEPAが学生たちの生活を目一杯惨めにする気でいるらしいことを思うと、電池がそれまで持つのかかなりあやしかった。それでも、あの作家に近づけたのだからそれでいいや、と思っていた。



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