第三章(承前)

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 ワリインガは頭の中でブーンという音を聞いた。まるで蚊が頭の中にいるようだった。そして彼女の心臓は、ナイロビのシティーパークのネズミの罠の中を出口を探して一日中行ったり来たりした人の心臓のように高鳴っていた。彼女はムワウラとムツリが交わしている議論が、何から出発してどこへ行くのか、きちんと付いていくことができなかった。というのは、話しを聞いている最中、急に、彼女は自分の抱えている問題に気がついたのだ。ジョン・キムワナ、ボス・キハラ、失ってしまった仕事、部屋からの追い立て、自殺未遂、彼女の手を掴んでくれた若者、悪魔の祭典への招待状、盗みと強盗の競技会、そして死と生と魂についてのこの話し全部。彼女は不思議に思った。「いつになったら、私は心もからだも休めることのできる家へたどり着けるのだろう?私の抱える問題は終わるのだろうか?問題はいつ、どこで、誰とから始まったのだろうか?」
 ワリインガは、遠い昔にナクルのンゴリカから来た金持ちの老人のことを思い出した。そして、彼女は身体中に苦い想いが湧きあがるのを感じた。
 その時、ガツイリアがワリインガの考えを中断させた。「ちょっと、待って下さい!」彼は大きな声で言った。
 ムツリ、ワンガリ、ワリインガそしてサングラスの男は彼を見た。ムワウラは頭を少し振り向けた。そしてステアリング・フォールと道路に視線を戻した。
 ガツイリアは声をひそめた。「僕に質問をさせて下さい!」
 ガツイリアは、問題の確信に迫りたいと熱望しながらどこから始めればいいのか判らないでいる人のようにためらった。
 「いいよ、聞きな。」ムワウラは彼を促した。「誰も質問したからって投獄されはしないさ。」
 「おう、しかし、今のケニアじゃどうだろう?」ムツリはつぶやいた。
 「気にするな。」ムワウラはガツイリアに声をかけた。「あんたがムワウラのマタツ・マタタ・マタム、T型フォードの中にいる時きゃ、民主主義の真っただ中だよ。」
 「そうよ、そこんとこはあんたは正しい。」ワンガリはうなずいた。「マタツが、人々に残された物事を自由に討論できる唯一の場所だよ。マタツの中でなら、誰が聞いているかとまず周りを見回さなくても考えをしゃべることができるよ。」
 「あんたが俺のマタツに乗ってりゃ、監獄の中か墓の中にいるようなものだ。言えないことなんかありゃしない。」
 「あなたたちの議論、いや失礼、あなたたちの討論、ごめんなさい…」ガツイリアはまた話しを中断した。
 ガツイリアはギクユ語をケニアの多くの教育を受けた人々のようにしゃべった。彼らは自国のことばをしゃべる時には赤ん坊のようにどもるのに、外国語では流暢に会話を交わすのだ。ただ一つだけ違うのは、ガツイリアは少なくとも、ことばの従属は精神の従属であり何ら誇りうることではないことを知っていた。しかし、討論の熱の中で、ガツイリアは中断したり、躊躇したり、あるいは英語に戻ったりしないで、自国語をしゃべることができた。
 「意見の違いは憎しみを育てると言う。しかし、衝突のあるところではしばしば真実がほとばしり出る。」と、ワンガリはガツイリアへ言って、励ました。
 ガツイリアは咳払いし、もう一度試みた。「僕には違いが全く判らないのです。ごめんなさい、つまり、あなたたち二人の立場の違いがです。聞きたいんですが、ごめんなさい、その、あなた方にこう質問したいのですが。あなた方は神と悪魔が存在する、そのう、あなたや僕のように彼らが生きている、と信じているのですか?」
 「神が存在するなら、」ムワウラが勢いよく応じた、「悪魔も存在するさ。しかし、俺自身としては知らないな。」
 「でも、信じるかどうか、というのがあります。あなたは信じているのですか?」ガツイリアは続けた。
 「俺か?お若いの、俺はあんたたちのどの教会にも属してないよ。商売が俺の礼拝所で、金が俺の神だよ。しかし、他に神がいたって、それはそれでけっこうだ。時々、俺はそいつのために、ちょっとばかり酒をついでやるよ。そうすりゃ、そいつもむかしヨブにしたようなことを俺にしようなんて気にはならないだろうよ。俺はそんなにちょくちょくこの世界がどうなっているかなんて調べちゃいないよ。言っただろう?もし、世界がこっちへ傾いているんだったら、俺も一緒に傾く。地球は丸くって、変化している。だから、ギクユは太陽は沈んだところからは上らないと言った。注意深いっていうのは、臆病だってことじゃない。俺には聞くべきことなんてたいしてない。どこに金があるのか教えてくれりゃ、俺はあんたをそこへ連れていくさ。」
 「あなたはどうですか?」ムワウラが言うだけ言ったので、ガツイリアはムツリに聞いた。
 「俺か?信じるさ」
 「何をですか?」
 「神が存在するってことさ。」
 「そして神は生きているのですか?」
 「そうだ。」
 「じゃ、悪魔は?」
 「もちろん、悪魔もいるさ。」
 「そして、彼もまた生きているのですか?」
 「そうだよ、悪魔も生きているさ。」
 「あなたは、本当にそれを信じているのですか?」
 「そうだ。俺は信じているよ。」
 「でも、あんたは自分の眼でそいつらを見たことがないだろう?」ムワウラはムツリに聞いた。
 「この青年は、信じるかどうか聞いているんだ。」ムツリは答えた。「俺は、神も悪魔も、俺たちが広くは自然とそして特に人間と、食べるものや着るもの、太陽や寒さ、風を避けることのできる隠れ家を探し闘っている時の、俺たちの頭の中での行動のイメージだと信じている。神というのは、俺たちがこの世でなす善のイメージだ。悪魔というのは、俺たちがこの世でなす悪のイメージだ。問題は、何が悪の行為で何が善の行為か、ということだ。若い人、君は俺に同じことを言わせて、それでも俺の言うことを認めようとしない。人には二種類ある、自分の流した汗で生きる人間と人の流した汗で生きる人間だ。問題はここにある、懸賞(ギクユの習慣の謎かけゲームで解けなかった人が解けた人に払う罰金・懸賞金)を取って俺たちのためにこの謎を解いてくれ、君は本にはなじんでるようだから。」
 「汝の額の汗して、」ワンガリが目の前にある聖書を読んでいるかのようにことばを発した。「汝の額に汗してパンを食べよ、汝地上に帰る日まで」ワンガリは心の中の聖書を閉じてガツイリアの方を向いた。「これは別の謎よ。あなたはこれも解かなきゃならないわ。そうすれば、私たちみんなが答えを聞ける。私からも懸賞を取りなさい。」
 「あなたは一族の人だから、僕はあんまりたくさんは懸賞を取れませんね。」と、ガツイリアは答えて、ちょっと笑った。
 「あら、あなたはギクユ語をうまくしゃべれるわね。私はあなたが“グッド・モーニング”のことばしか知らないと思ってた。」ワンガリは明るい声で彼に言った。
 ガツイリアは少しリラックスするのを感じた。
 「昔々のなぞなぞ大会のことはよく聞きました。」ガツイリアは答えた。「でも、今僕は一番簡単な謎でも解けないでしょう。もし、僕とあなたがなぞなぞをかけあったら、あなたが全部の懸賞を取ってしまって僕の持物全部を取り上げてしまうことになるでしょう。しかし、問題の出発点に戻りましょう。僕は、あなたたちの話しが、僕が心の中で長い間抱えてきた疑問や葛藤をかきたてるのを感じたのです。ええと、僕は心に難題を抱えています。だから、僕はあなた方がそれをほどいたりちょっと弛めたりするのを手伝って下さると、とてもうれしいのです。」
 ガツイリアはまた一息入れた。
 ワリインガはガツイリアの声調が変わったのを感じた。彼女は突然不安になるのを感じた。まるで彼女は遠い昔にどこか別のところでその声を聞いたことがあるようだった。しかし、彼女にはそこがどこかわからなかった。彼女は、ガツイリアを悩ます難問が何なのかをすごく知りたいという想いが不安をかきたてている、と判った。
 全部の他の乗客は注意深く、話しを聞こうと待ち構えて座っていた。まるで、ガツイリアの抱える難問がそれぞれに抱えている問題とそっくりなのではないかと、彼らが恐れているかのようだった。
 ガツイリアはもう一度咳払いした。彼はムツリを見た。「あなたはまるで私が大学から来たことを知っていたかのように話しますが、それは本当です。私は大学から来ました。私は文化調査をやっている学生で、アフリカ文化のジュニア調査員です。私たちの文化は、ごめんなさい、私たちの文化は西欧の帝国主義文化に支配されています。このことを私たちは英語で[文化帝国主義]と呼んでいます。文化帝国主義は精神と肉体の従属を産み出します。文化帝国主義は、人々の精神から見る力、聞く力を奪い、自分たち自身の国なのにどうすればよいのかを外国人に指示させるようにします。外国人を自分たちの国の出来事の耳や口にしてしまうのです。そして、「野生の中に生きるものだけが、それがどんなものか知っている。だからよそ者は人々の本当の案内人にはなれない。」という格言を忘れさせます。私たちの世代のことを、歌手がこう歌っています。

耳の聞こえない者よ、耳の聞こえない者よ、
耳の聞こえない者は、国のために聞くことのできないものだ!
目の見えない者よ、目の見えない者よ、
目の見えない者は、国のために見ることのできないものだ!

さて私たちの周りを見回してみましょう。私たちの国のことばはどこにあるのでしょうか?私たちのことばのアルファベットで書かれた本はどこにあるのでしょうか?私たちの文学はどこにあるのでしょうか?私たちの祖先の知恵と知識はどこにあるのでしょうか?私たちの祖先の哲学はどこにあるのでしょうか?私たちの国の土地や財産への道を守っていた知恵の核心は破壊されてしまいました。知恵の火は消えるがままにされています。火を囲んで座った席はごみの山に投げ捨てられました。門衛所は壊されてしまいました。そして私たちの国の若者たちは盾と槍を立てかけてしまいました。私たちの国の歴史を学ぶために行くことのできるところがないことは、悲劇です。相談する親たちのいない子ども、どうやったら、この子どもが外国の屑と私たちの国のすばらしい皿を取り違えるのを防ぐことができるでしょうか?
 私たちの国の話し、私たちの国の問題、私たちの国の歌、私たちの国の習慣、私たちの国の伝統、私たちの国の遺産にかかわる全てが失われてしまったのです。
 今日、誰が私たちのために[ギカアンディ]を演れるでしょうか、また誰がひょうたんの上にかかれた詩を読み解釈できるでしょうか?誰がワンディンディ(一弦の弦楽器)を演奏して、畑で豆を摘んで帰る時、あるいは谷の洞穴から水を汲んで来る時、それとも葛の根を掘りながら、谷の斜面のサトウキビの茎を切りながら、女性が彼の愛を求めて歌うように鳴らすことができるでしょうか?今日では誰が、月が地上に光を投げかけるなか粟の穂先から鳥を追い払うために若い男たち女たちが畑へ行くの時に彼らの心臓を一斉に打たせるような音色を出す竹笛を吹くことができるでしょうか?
 だから大学の中の一部の人たち、学生や教師たちが今私たちの文化の根っこを掘り起こそうと試みているのです。ケニアの民族的な文化の根っこはケニアの全ての国民の伝統の中からしか探すことはできないのです。
 たとえば私は音楽と楽器とその使い方に関わる音楽学部で作業をしています。私は主に伝統的な楽器、太鼓、笛、鈴、ガラガラ、角笛、そして竪琴や一弦琴のようなあらゆる種類の弦楽器について研究しています。
 私は作曲もしています。私のやろうと思っていることそして夢は、あらゆる種類の民族楽器、太鼓、笛、弦楽器そして金管楽器のオーケストラ伴奏で合唱曲を作曲することです。私は何曲か歌を作曲しました。でもまだ夢の音楽のメロディーもテーマも見つけきれません。昼も夜もメロディーやテーマを求めているのですが、何の成果も出ていません。
 あなた方には、私の心の痛みが判らないでしょう。
 草葺の小屋で一人でいて、雨が降っていたり風が吹いていたりする時、あるいは夜一人でいて月が地上を照らしている時には、しばしば私はたくさんの声が遠くへ向かって、すぐそこで、遠くからやってきてつぶやき声で私に歌いかけるのを聞くことができます。そんな時、私が書きたいと願っている音楽のメロディーやリズムやテーマがつかめそうだ、という気になります。でもそれは風の波に乗って漂い去って行きます。
 またある時には、枝を広げる樹の陰で横たわっていたり、一人で草原や海岸を歩いていたりすると、私の心の耳に、草原で牧人の一群が吹くフルートやラッパが、若者たちに闘いに行くことを呼びかける全土の太鼓が、そして私たちの国の英雄たちが勝利の歌を歌いながら鳴らす鈴やガラガラが、さらには勝利を得た息子たちをたたえる女の人たちのウラーという歓声が聞こえます。急に、勝利を告げるナショナル・ホルンが吹かれるのも聞こえます。そして角笛や他の楽器が歓喜をあげてそれに応えるのも。また、民族の英雄的な行為を誇らしげにたたえる地上の天使たちの合唱のように、全ての人々の声が、全ての楽器の音が一緒になって一つの声になって終わるのも聞こえますし、逆に一つの声の中に多くの声も聞こえます。
 それらの声が風に乗せられて行ってしまわないうちに、私はペンを取り、メッセージを紙に書き取ろうとします。
 すると、何と言えばいいのでしょうか?
 熱い季節、焼け付くような太陽の下で、ひどく渇いている時、ちょうど頭の上に果物が下がっているのを夢に見たことはありませんか?そしてからからになった舌を冷やそうと果物を取るために手を差し伸ばすと、果物がゆっくりと手の届かない高みへと上っていきついには空へと消えてしまう、そんな夢を見たことはありませんか?『ここだよ、ここにいるよ!でもあんたは取るのを拒んだから、行ってしまうよ』とでも言って、ただ食欲と渇望をかきたてていたぶるかのように…。そんな風に声や楽器が私の欲望をかきたてるのです。しかし、私が音楽を書き留めようとし始めると、なんと、音楽も笛の音ももはやそこにはないのです。
 私は、たいしたことではない、と自分に言い聞かせて慰めます。うめいても何も手に入りませんから。
 私はもう一度、あちらこちらと探し始めました。何度もこんな質問を自分にします。『私たちのケニアのために、ケニアの全ての民族の楽器を使った、そしてケニアの子どもたちがたくさんの声に根ざしながら一つになって歌える、多くの声が調和した本当に民族的な音楽を作曲するために何ができるのだろうか?』
 眠れない夜を幾夜も過ごしました。音をテーマをそしてリズムを捕えることのできない作曲家は、人間の抜け殻のようです。
 外国から帰ってきて1年余り、私は切れ味の鈍い鍬で青いガムの樹を掘り起こそうとする農民のようでした。私は求めている樹の根の底にも届くことができませんでした。」
 ガツイリアは終わりのない話しを突然打ち切った。誰も何も言わなかった。
 ワリインガは落ち着かなかった。しかし、彼女はなぜおちつかないのか、彼のことばのせいなのか、話しの仕方のせいなのか、それとも単に彼の声のせいなのか?わからなかった。彼の声は、何日も困難な荷物を運んでいた人の声、そして答えを見出せない問に眠れない夜を過ごしてきた人の声のようだった。なぜ彼はあそこで話しを打ち切ったのだろうか?ワリインガは自問した。彼がほどくために助けを求めている結び目は何なのだろうか?
 ガツイリアはまるで彼女の考えを読み取ることができたかのようにワリインガの方を向いた。しかし、彼が話しをもう一度始めることができる前に、サングラスをかけた男が英語で「じゃ、君は大学のスタッフなのかね?」と言った。
 他の乗客たちはその声に驚いた。それが、シゴナ・バス停で彼がマタツに乗ってから初めてしゃべったことばだった。それまでの行程の間中、彼はムワウラのマタツの中で殺されはしないかと恐れているかのように、隅っこでじっとしていた。
 「ええ、私は調査員です。」ガツイリアは英語で答えた。
 「じゃ、君はンガリクーマ教授とガツウェ・ガイツンビ教授を知っているでしょう?」
 「ええ、ンガリクーマ教授は政治学部で、ガツウェ・ガイツンビ教授は商学部です。」
 「キメニュイゲニ教授はどうですか?」
 「彼は歴史学部です。でもヨーロッパ史しかごぞんじありません。」
 「じゃ、バリクウィリ教授は?」
 「英語学部ですね。英文学です。しかし、時々は哲学・宗教学部でも講義をされています。」
 「わかりました。」サングラスをかけた男は、心が落ち着いたことを感じさせる声で言った。
 彼らは、彼がさらに別の質問をするのか、それとも何か別のことを付け加えるのを待った。でも、彼はもうしゃべらなかった。しかし、彼は前ほどは恐れていないようで、少しリラックスして座り直しさえした。ガツイリアは、話しを再開した。
 「ついに私が光明を見出せると思える日が来ました。ナクルにあるバハチの村からある老人が…」
 「バハチ、と言いましたよね?」ムワウラは叫んだ。「バハチ、ナクルのバハチ?」
 「ええ」ガツイリアは答えた。「どうかしましたか?」
 「いやなに、何でもないよ。話しを続けてくれ。」ムワウラは困惑した声で言った。
 「とにかく、ナクルから来た老人、バハチから来た老人は、私に道を示してくれたのです。私は彼のところへ行きお願いしました。『おとうさん(ケニアでは年上の男の人には「ブワナ(だんなさん)」あるいは「ババ(おとうさん)」と呼びかける)、昔の話しをして下さい。鬼と動物の話しを。』彼は黙っていました。彼は私を見ました。そしてちょっと笑い、こう言いました。『昔の話しも今の話しも何の違いもないよ。話しは話しだ。すべての話しは古いし、すべての話しが新しい。すべての話しが明日の物だ。それに話しというのは、鬼の話し、動物の話し、人の話しというのではない。すべての話しは人間についての話しだ。若い人、わしにはあんたたちみんながこの頃受けている教育や、何年も外国に行って手に入れようとしているような知識については理解できない。何年だね?15年?あんたたちは文学が民族の宝だと教えられたかね?文学は、子どもたちが一度に少しずつそしてずっと味わう民族の心の蜜だよ。ギクユは、いくらかを取り分けておく者は飢えることはない、と言った。ギクユがそんな風に言うのは愚かしいと思うかね?文学を投げ捨てた民族は魂を売って抜け殻だけになった民族だよ。でも、あんたがやってきたのは良いことだ。だから、わしは思い出せる話しをして上げよう。』
 夜で、暗闇が降りてきたすぐ後でした。ガラスのないブリキのランプの炎の舌が風の中で赤い旗のように揺れていました。そして私たち二人の影を老人の四角い部屋の壁の上で踊らせていました。
 老人はまず、いつも背中に鬼を背負っていた農民の話しをしてくれました。鬼は長い爪を農民の首と背中に食い込ませていました。農民が畑へ食べ物を取りに行き、谷へ水汲みに行き、森へ薪を取りに行って食事の支度もしました。鬼の仕事は農民の背中で食べてそして健やかに眠ることでした。農民がだんだんやせて心がしめつけられるようになるにつれて、鬼は調子良くなり太っていきました。そしてとうとう農民に向かい、この地上での運命を不屈の精神で耐えろと促す讃歌を歌うという思い付きました。なぜなら、農民は後で天国で安息を得るからだというのです。ある日、農民は占師のところへ行きました。占師は彼に、唯一の解決策は農民が油を煮立て鬼がぐっすり眠っている最中にそれを鬼の爪にかけることだ、と言いました。農民は言いました。『私の首や肩が焼けてしまうのではないですか?』占師は『十全の状態で産まれるほどにいいことはない、さあ帰りなさい』と言いました。農民は占師に言われた通りにしたので、確実な死から救われました。
 二つ目の話しは、歯並びにすごく目立つ開きのある、真っ黒な美しい少女の話しでした。彼女は3つの理由でニャンジル・カニャラリという名前を付けられました。彼女は真っ黒で、彼女は本当に美しく、そして彼女は彼女の国の全ての若者の手を拒否した、という理由です。しかし、ある日彼女が外国から来た青年を見た時、すぐさま彼女は彼がずっと待っていた人だと心に決めました。彼女は彼についていきました。そして何があったと思います?その青年は人食い鬼だったのです。鬼はニャンジルの手足を一つずつちぎり取り、食べたのです。
 三つ目の話しは、私の心に拭い取れない印を残しました。どんな風に話せばよいでしょうか?私は彼の話しぶりに近付くことができらたと思います。たとえば、声を上げたり下げたりするやり方に。でも、まねすることもできません。白人によって私たちに与えられた教育は、私たちの能力から羽を刈り取ってしまい、私たちを傷ついた小鳥のようにばたばたとさせるだけです。バハチの老人が私にしてくれた話しを手短にしてみます。そうすれば、私が話してきた問題がどこからくるのか判ってもらえるでしょう。
 彼はいくつかのことわざから話しを始めました。私は全部は覚えていません。しかし、それは全部貪欲と自惚れについてのことわざでした。彼はこう言いました。金持ちのおならは臭くないという、そして金持ちは禁じられた聖堂さえも営むという。それでも、しばしば踊っていた者は今となっては他の人が踊るのを見ていることしかできないし、かつては流れを飛び越えていた者は今では歩いて渡ることしかできない、ということを誰しもが知らなくてはならない。多くを所有することは自惚れを増大させる。少ししか持たないのが、思慮深い人間だ。あまりに欲張ると自分自身を安売りしかねない。『若い人』彼は言いました。『財産を求めなさい。しかし、神さまに赤裸々さを見せてはいけない。また、人々を見下してはいけない。人々の声は神の声だ。』なぜ、私はこんなことを言うのでしょうか?
 遠い遠い昔、ンディングウリという老人が住んでいました。ンディングウリはたいして財産を持っていませんでした。しかし、彼は豊かに授けられた魂を持っていました。彼は、敵が彼の村を襲うたびに見せる勇気と、また心と弁舌の知恵のおかげでたいそう尊敬されていました。彼は民族の文化を守り伝えており、全てのきちんとした儀式を取り仕切りました。しばしば彼は、山羊をいけにえとしビールを少し地に注いで良き聖霊に、彼の失敗や悪霊の邪悪な意志が彼の国に引き起こす悪い出来事から守ってくれるように頼んでいた。彼は怠け者ではなく、彼と家族が食べるに十分な食べ物、着るに十分な衣類をまかなうことができた。彼は、彼の氏族や他の氏族に属する家畜や土地に対する欲望に苦しむことはなかった。彼は欲望のなさのおかげで、彼のよく知られた気前の良さともあいまって、一部の長老たちのように富を蓄積して、指輪をつけて土地を耕したり家畜の世話をしたりすることを奴隷や召使、雇用人、農民あるいは妻や子どもたちにやらせておいて、自分は毎日蜂蜜酒を飲んで宴会をやっているといったことにはならなかった。手が人を造る、これがンディングウリの信念だった。
 しかしある日、奇妙な悪疫が村を襲った。この悪疫はンディングウリの全ての財産を破壊し彼の山羊だけを打ちのめした。さて、ンディングウリは何ができただろうか?彼は自問した。『わしはいつも良き聖霊に山羊をいけにえにしビールを注いできたのに、なぜわしに害をなすのだろうか?もう二度と彼らにはいけにえをささげないぞ。』
 ある朝早く、まだ夜が明ける前、ンディングウリは悪霊が住んでいる洞穴へ行った。洞穴の入り口で彼は鬼の姿をした悪霊に会った。鬼は髪を長くし、モールスキンの色をしていた。鬼の髪は少女のように肩にかかっていた。鬼は口を二つ持っていた。一つは顔の表に、もう一つは頭の後ろにあった。頭の後ろにある口は長い髪で隠されており、風が髪をなびかせた時にだけ見えた。悪霊は老人に聞いた。『何でお前は手ぶらでわしの洞窟へやってきた?品物を交換しようと市場へ行く人間は空のバスケットを下げていくか?お前はいつもいけにえをささげていた聖霊に見捨てられたのだろう?お前はわしらもいけにえと肉を流し込むビールを欲しくないとは思わなかったのか?』ンディングウリは、貧困のせいでそこへやってきた、と答えた。貧しい人間の気前よさを心の中に閉じこめてしまった。悪霊はしめしめといった風に笑い、言った。『わしはお前が豊かな魂を持っていると聞いたけれどな?良いものはどれもあれもこれも良く生まれはしない。わしはお前に豊かさをやろう。しかし、お前はわしに魂をよこして、もう二度と聖霊にいけにえをささげてはならぬ。なぜなら、善と悪とは友達だった試しがないからな。』ンディングウリは自問した。魂とは何だ?ほんのつぶやきだった。彼は悪霊に言った。『わしの魂を取れ』悪霊は言った。『確かに受け取った。もう行け。行ってこれだけは守れ。一つ目は、誰にもお前が魂のない人間だと言うな。二つ目は、帰ったら、お前の最も愛してる子どもを捕え首の血管を破り完全に干上がるまで血を飲み干せ。そして、からだを調理し肉を食え。ンディングウリ、わしはお前を人肉くらいの人血飲みにした。』ンディングウリは言った。『何だって!そんなことがあるか?わしはわしのこどもたちのうつくしさを破壊することになるのか?』悪霊は彼に言った。『お前は、お前が魂のない人間だということをもう忘れたのか?財産のために魂を売ったんだぞ。いいか、今日からはお前には、子どもたちや女たちや他の人間たちの美しさなど見えやしない。財産だけが美しく見える。さあ、行って、帰れ。他の人間たちの影をむさぼり食え。それが、わしがお前を連れに来る日まで、お前に与えた任務だ。』
 その日から、ンディングウリは財産におならし、うんちをし、くしゃみをし、ひっかき、笑い、そして財産のことを考え、夢み、話し、汗をかき、おしっこをかけ始めた。財産は他の人の手から飛び出してンディングウリの手のひらの中へ入った。人々は不思議がり始めた。どうやってわしらの財産がわしらの手から抜け出してンディングウリの手に滑り込むのだろうか?と。しかも、いまでは彼は両手の指に鉄の指輪をいくつもはめていて、彼自身は働かなくなっていた。
 ンディングウリの性格と振る舞いは変わった。彼はけちになり、残酷になった。彼は他人の土地を奪い取ろうといつも訴訟を起していた。そして彼の土地の境界線をどんどんと広げて行った。彼は一人の友人もいなかった。彼の強欲さはサツマイモの発芽のように飛びぬけていた。人々が飢饉で死のうとしている時、そういう時こそが彼のもっとも幸せな時だった。というのは、そういう時には、人々は壊れたポットを投げ出すように財産をいとも簡単に手放したからだ。
 彼の村の人々は互いにたずね合い始めた。『彼のあのやさしいことばはどこへ言ったのだろう?魔女のように、真夜中に彼が一人で食べているものは何なのだろうか?彼は他人の財産を見ると唇を湿らせ、手に入れて自分のものにするとすぐに唇が渇いてしまう。見てごらん、彼の影はどんどん大きくなっていくのに、わしらのはどんどん小さくなっていく。彼の影がわしらの影を飲み込んでしまって、わしらを一人一人死へと落しこんでいくなんてことがあるのだろうか?』
 ンディングウリとは世代仲間の長老たちの代表団が、彼のところへ送られ、『子どもたちが落ちるかもしれないから、誰も村の中に深い穴を掘ることはできない』ことを思い出させようとした。彼らは彼に言った。『ンディングウリ、カハハミの息子よ、人々の声を聞け。お前は耳に耳垢をためてはいないだろう。もし耳垢がたまっているようなら、木切れを取って耳垢をかきとれ。』
 『村人の声は、山の尾根に囲まれたこの地域の声だ、そしてこの地方の声であり、国の声だ。人々の声だ。ンディングウリ、人々の声は神の声だ。わしらはお前にこう言うためにやって来た。《魔女や人殺しのやり方を止めよ!財産のきらめきに惑わされるままであれば、お前は邪悪な心のきらめきに惑わされるだけだ。しかし、国が栄光に包まれる時、神の顔を見ることができる。進んで国の影を守る者は幸せだ。なぜなら彼は死ぬことがないからだ。彼の名は人々の心の中に永遠に生き続ける。しかし、国の影を売る者はのろわれる。彼の名は永遠に後を継ぐ世代から呪われる。そして死ぬと悪霊になるのだ。》』
 ンディングウリは笑っただけだった。そして彼らに聞いた。『村とは何だ?国とは何だ?人々とは何だ?行ってしまえ、どこかよそで言え。なんでお前たちは自分自身と自分の影のめんどうを見ないんだ?なんでお前たちはそんなに怠け者で自分の足から重しを取るために身を曲げることもできないんだ?雨が降るか天国が落ちてくるまでしゃべってろ。お前たちのことばは風に吹かれていくだけだ。見てみろ、今、俺の周りはみんなきっちりしたもんだ。俺の屁は臭くないぞ。どうしてか?教えてやろう。財産が偉大な創造者であり偉大な審判者だからだ。財産は不服従を服従に、悪を善に、醜さを美しさに、憎しみを愛に、臆病さを勇敢さに、悪徳を美徳に変える。財産はオー脚を、土地の美人たちがそれをめぐって争う脚にする。財産はいやな臭いさえ甘いものにし、腐れを払いのけてしまう。金持ちの傷は膿を出すことはない。金持ちの屁は臭うことはない。さあ帰りな。お前らがずうずうしくも家と呼んでる小屋へ帰りな。お前らがおこがましくも農地と呼んでいる土地の切れっぱしへ戻りな。それができないのなら、ここへ戻って来て俺の農場で賃労働者として働きな。お前らは、カハハミの息子であるンディングウリ、この俺に何もできやしない。というのは、俺には魂がないからだ。』
 これを聞いて、村の長老たちは非常にびっくりし、横目で互いを見ながら、『じゃ、わしらは村の中に魔女を養っていたのか?わしらのからだは、しらみに巣をあてがっていたのか?こいつはこの土地に残る血が無くなるまで全ての人々の血を全部飲み干そうとしている。』と思った。そして彼らはその場でンディングウリを捕え乾いたバナナの葉でくるみ、彼と彼の家を焼いた。
 その日から村は悪から免れ、人々の影は再び健康になっていった。多くの手が合わされば、最も重い荷物でさえ持ち上げることができるのです!」
 ガツイリアは、再び話しを中断した。
 マタツ・マタタ・マタムは、ずっとなんとか道路に沿って進んでいた。その時までに、車はナクルへの道を離れ、トランスアフリカ・ハイウェーへ入っていた。この道路はルウワ・イニを通過しイルモログを通り抜けていた。車の中では全員が口を噤んでしまった。一人一人がそれぞれに聞いた話しについて想いにふけり、ガツイリアにとっての問題がどこにあるのかを知ろうとしていた。ガツイリアは話しを続けた。
 「この話しをされてから、私が今、新しい歌を創り出すことができるとしたらどのようなものでありどのようなテーマになるのかがわかったのです。しかし、それはほんとうに新しいものだったのでしょうか、それとも、私がずっと探し求めてきたものと同じものだったのでしょうか?その時私がやりたかったのは、同じ物語を音楽で語ることでした。というのは、私がバハチから来た老人に聞いた話しを、何が押しのけることができるでしょうか?この魂と地上の富とを交換した老人の話し以上に、どんな話しが優れたテーマを持っているか、もっと重要な教訓を教えることができるでしょうか?私はカハハミのンディングウリを、銀30枚で心の平和を売り渡したユダヤ人のユダの話しと比べたかったのです。
 私は、音楽の背景をイギリス帝国主義がケニアに到来する前のどこかの村にしました。村の起源を語るところから始めたいと考えました。一組の合唱と器楽の組み合わせで封建時代以前の牧畜者たちを表わします。別の合唱が村を造り出し富を産み出す別のやり方を表わします。一組の合唱隊が牧畜者たちを、別の合唱が農民たちを、そしてもう一つの合唱が金属工場の労働者たちをといった風に表わします。そして、いくつかの別の合唱と器楽の章で飢饉、疫病、貧困、そして封建支配の始まりを導入していきます。そこへ、カハハミの息子ンディングウリの物語を入れるのです。
 私は作曲を開始しました。私の内では大きな炎が燃えていました。しかし、何小節も書かないうちに炎が消えるのを感じました。そしてほんのちょっとしたきらめきさえもない仕事の燃え殻が残りました。
 『なぜだ、なぜなんだ』私は、誰に向かって訴えればいいかもわからないまま叫びました。
 心の中で、私は鬼や聖霊などのようなこの世のものでない生き物の存在を全く信じていなかったのです。だから、ある夜、炎が消えた本当の理由を告げるささやきを聞きました。『曲の主人公たちの存在を信じてさえいないのにどうやって作曲しようというのだね?』
 信じること、信じること、どこで私は信じることを手に入れることができるのでしょうか?信じること、はマーケットでは売っていません。心の中で、こんな風に考えました。『昔、帝国主義(の時代)の前には、年齢集団、拡大家族、一門と一族の仕組みがあった。今日では、多くの種類の人々の組織がある。たとえば、ウジャマー・ワ・ムアフリカ、英語で言えばアフリカ社会主義があった。では、人食らいや人殺しはどこからやってきたのだろうか?』私の心臓は動悸し始めました。『聖霊たち、良いも悪いも存在しない。別の世界からやってきた生き物たちは存在しない。私たちの国ケニアには人殺しの人食らい、血をすすったり他人の影を盗む人々も存在しない。今日、人の血を飲むことも人肉を食べることもなくなった。聖霊や鬼や別の世界からやってきた生き物たちも、全部遠い昔にいなくなってしまった。祖国をたたえる曲を創りたいと願っているお前は、本当の話しの中に根拠とテーマを探さなくてはならない!』
 それで、その時以来、私はいつも落ち着かず、千と一もの疑問が私の中をかき回しいるのです。
 あなたがたは、昨日、私への手紙が置いてある大学の整理棚へ行って、何と言えばいいのでしょうか、ある物を見つけてどんなに驚いたか想像できますか?風に震える葦のようには震えなかったようなふりをしてるのでしょうか?今このマタツの中に座っていてさえも、私の目が見たものを信じられないのです。」
 ガツイリアが見たものが何か知りたい思いをたぎらせて、ワンガリが話しに割り込んだ。「いったいどんな不可思議なものを見たんで、あんたは何をしゃべっているのかも忘れ、神さまから人のもとへ遣わされたのにいつまでもうじうじとして持たされたメッセージを渡そうとしないカメレオンのようにぐずぐずしてるんだい?」
 「私の整理棚で」ガツイリアは、あわてて話しに戻った。「明日イルモログで開かれる悪魔の祭典への招待状を見つけたんです。それにはこう書いてありました。」ガツイリアはコートのポケットから招待状を取り出し読み上げた。

悪魔の祭典!

来なさいそして自分で見なさい
悪魔が主催するコンペ
盗人と強盗のエクスパート7人を選ぶ
賞金、多額!
さあ運試しをしよう
7人の最も狡賢い盗人と強盗を選ぶイルモログ・コンペ
賞金はすごい!
地獄の天使バンド出席!

署名:悪魔
地獄の王
盗人と強盗のすみかにて
イルモログ・ゴールデン・ハイツ

 ワリインガは悲鳴を上げ、ムツリに向かって倒れた。ムワウラは急に後ろを振り向いた。車は道路を斜めに走り始めた。
 「車を止めろ!誰か明りを持ってないか?」ムツリが叫んだ。
 「どうしたの?どうしたの?」ワンガリが聞いた。だが、誰も彼女に答えなかった。
 「懐中電灯はない!」ムワウラはそう言って、マタツをトランスアフリカハイウェーの脇に止めた。
 「マッチがあります。」ガツイリアが言った。
 「明りをつけてくれ!マッチをすってくれ!」ムツリは彼に言った。そしてみんな沈黙におちいった。まるで墓の側に立っているかのようだった。

7

 イルモログからやってきた車と向かう車が道路ですれ違い、時折リフト・バレーの平原にライトを投げかけた。しかし、光の後ろに閉じこめられた暗闇はいつもより密度が高いようだった。サングラスをかけた男は身動きもせず隅っこに座っていた。ムワウラは運転席にいた。他の3人はワリインガをのぞきこんでいた。
 マッチの炎がワリインガの顔をほんのしばらく照らしだし、揺らめいて消えた。で、ガツイリアは別のマッチをすった。しかし、ワリインガの目が開き、彼女が呼吸をしていて心臓も動いていることがわかったので、彼らは、それぞれに違う意見を出してしゃべりだした。
 「俺は、この女性は病気なんだと思う」ムツリは言った。「たぶんマラリヤか肺炎なんだろう。」
 「彼女の心臓はすごく速く動いてますね。」ガツイリアは言った。
 「妊娠してるのかもしれないぞ」ムワウラが言った。「信じられるかね?つい先だってこのマタツの中で子どもを産んだ女がいるぞ。」
 「なんであんたたちは彼女をこの車から抱え出して新鮮な空気を吸えるようにしてやらないだね?」ムワウラの話しを終わらせたいかのように、ワンガリがすかさず促した。
 その時、ワリインガが舌をどこか遠くへやってしまったようなか細い声で口を開いた。
 「すみません、私突然すごく頭がくらくらしただけなんです」ワリインガは彼らに言った。「どうか、出発しましょう。ここから動き出しましょう。」
 彼らは席へ戻った。ムワウラは車を出そうとした。車は動かなかった。ムツリ、ワンガリ、ガツイリアそしてサングラスの男は降りて車を押した。エンジンがうなって動きだした。彼らは車に乗り込み、乗客たちが黙ったまま、しばらく進んだ。
 ワンガリがワリインガのめまいのことに話しを戻した。「私たちが続けてきた話しで気分が悪くなったのかね?」
 「関係はあります。ええ、話しを聞いていたら……」ワリインガは答えた。
 「話題に気分が悪くなったのかい?」ムツリが聞いた。
 「はい、でも、違います」ワリインガは、迷いながら言った。
 「気にすることはないわ。」ワンガリが言った。「あれらのものはもう存在しない。鬼も、人殺しも人食らいも、良き聖霊も悪しき聖霊も、7つのホルンを持った悪魔も。あれらは全部ただの想像よ。言うことを聞かない子どもたちを怖がらせてやり方を直させたり、良い子どもたちにまっすぐで狭い道をたどって行くように励ますために考えだされたのよ。」
 ムワウラは口笛を吹き始めた。彼はその件について違う意見を持っているのか、あるいはちょっとばかりよく知っているけれども心の内に秘めているものを表わしたくないかのようだった。そして彼は歌い始めた。

お嬢さん、頼んでいいかね、俺の望みをかなえてほしいって
けちけちしないでウンと言っておくれ
そしたら、後で子どもができたってあんたが言ったら
俺は逃げ隠れやしないよ

 彼は乗客が笑って違った話題に移ってくれると考えていた。そして人殺しや人食らい、聖霊や悪魔、強盗と盗人の競技祭典の話しを止めてくれるものと。ところが、ワリインガはまさにその話題に話しを戻して全員を驚かした。
 「でも、それらが存在してるとしたらどうでしょうか?これらは夜に子どもたちへ向かって話されるただの話しではないとしたどうでしょうか?あなたがたはどうしますか?教えて下さい、本当に悪霊や良き聖霊が存在したとしたら、悪魔が存在しケニアを訪ね地上で祭典を催し、この地上にいる悪魔の信奉者たちのために競技会を設定したとしたら、どうするのですか?」
 「俺か?」ムワウラは、質問がまさに彼に向けられたかのように飛び上がった。「俺か?」彼は確認したいかのように、もう一度聞いた。しかし彼は返事を受けもしないで続けた。「そうだな、俺は不思議なものを見た。うん、一度ちょうどこの車の中で俺はどろぼうどもに閉じこめられたことがある。しかし、このどろぼうども、3人の若造だったが、こいつらはへんてこな服を着てたんじゃなかったかな?俺はそいつらをリムルのファーマーズ・コーナーで見つけたんだ。夕方で、ちょうど暗闇が垂れこめる直前だった。そいつらは俺にキクユの町へ行きたいと言った。そいつらを一目見て、俺は幸運に出くわしたと考えた。俺は運賃を吹っ掛けた。ところがだ、俺たちがムタラクワの町に着くまでに、俺は大口をあけることになっちまった。そいつらはピストルを取り出し、俺の頭の後ろに押し付け、こう言ったんだ。『もし、お前が鉛の弾でお前の頭を木っ端微塵にしちまいたくなかったら、とっととキネニの森に行け。間違えてもわき見したり後ろを向いたりするんじゃないぞ。』と。俺の有り金全部と着てるもの全てを取られなかったなんて誰も言えないぞ。俺は産まれたまんまの姿で、すっぽんぽんで置いてかれたんだ。でも、運良くあいつらは俺の車の鍵までは持っていかなかったんだ。
 別の日には、アメリカ人の旅行者がこの車を雇ったんだ。このアメリカ人はほんとの年寄りだった。そいつの顔は深い谷でいっぱいだった。でからだの別の部分は皮がひだひだになっていて幾重にも重なっていた。ところがだ、こいつがちっちゃな女学生みたいなアフリカ人の女の子を連れていたんだ。そいつらは後ろに座った。で、お互いにあれこれしはしなかった。その男がしたのは、女の子のももを押してつまみ続けただけだ。で、女の子はそいつの顔をマッサージしてた。時々、女の子の指は皮のひだひだの中にすっかり隠れてたよ。女の子が痛みを感じたふりをしてちょっと声をあげると、そのアメリカ人の目がうれしさで輝いてたよ。よだれを口の両端から垂らしながら、そいつはほんとにやってるみたいにうなってたよ。そいつらをニュースタンレーホテルの前で降ろしたら、アメリカ人は100シリング札を取り出して女の子に渡してた。女の子はそのまま歩いて行っちゃったよ。アメリカ人の旅行者は、後に残ってて、俺がケニアの持ち主かのように俺にこの国の美徳を並べてみせたよ。『ケニアは偉大な国だ。夢のような野生の動物たち、そしてその後は夢のような女たち、すごく美しくて、私のような年寄りでも若い女の子をものにできる。私はもっと大勢の旅行者がケニアの野生の動物たち女たちをそれぞれに見れるように、連れて戻って来るよ。ほんとうに美しい国だ。安定していて、発展していて。』それから、そいつはホテルの中に入って行ったけど、俺にはたいして払ってくれなかった。
 だから、この世はたくさんの不思議でいっぱいさ。旅をしない男は野草を料理するのは自分の母親だけだと思っている。あんたは俺に悪魔の祭典に呼ばれてるかって聞いたよな?俺は行くよ。なんでなら、俺は他人が勘定してるのには満足できないからな。信じるというのは見て触るということさ。俺は現代のトーマスだ。俺、ムワウラはいろんなものを見たしいろんなことをした。だから俺をほっといてくれ、おじょうさん!太陽は沈んだところからは昇らない。」ムワウラは、たくさんのことをほのめかし、そして多くを隠したような口調で話しを終えた。
 「あなたはどうですか?」ワリインガはムツリに聞いた。「どうしますか?」
 「答えるのは簡単じゃない、とは言える」ムツリは答えた。「ギクユはこう言った。『雨粒を見下してはいけない。』またこうも言った。『人の目に触れることがないことほど、びっくりさせることはない。』俺たち労働者には家も、村も、国もない。この世界全てが俺たちの家だ。なぜなら、俺たちにとっては、どこで俺たちの労働力を買うやつを見つけることができて、ちょっとばかりの粉や安い野菜を買う小銭を稼げるかが問題なんだ。だがそれでも、この世界を作ったのは俺たちだ。だから、なんで俺たちの世界を悪魔や悪霊やその追随者たちに明け渡して、そいつらが好き放題するのをほっておける?あんたに今風のなぞなぞを出させてくれ。」
 「私に昔のと今のなぞなぞの違いが判ると思いますか?」ワリインガは答えた。
 「俺はこの道とあの道を歩いてる!」ムツリは言った。
 「狩人の道。」ワンガリがワリインガに代わって答えた。
 「違う!」
 「懸賞を取りなさい。」
 「建設者の道だ。じゃ別のなぞなぞだ!」
 「答えます!」
 「俺はこの道とあの道を歩いてる!」
 「建設者の道」
 「違う。懸賞をくれ。」
 「ええ、あなたのです。」
 「労働者の道だ。もう一つ。」
 「どうぞ。」
 「俺はこの道とあの道を歩いて革命に向かっている。」
 「労働者の道」
 「当たり、違う。あんたに懸賞は貸しだ。でも、あんたが半分は当てたから、俺は何も取らない。」
 「いいです。」
 「答えは抵抗の道だ。そしてこの道は労働者によって作られた道だ。何でこんなことを言うのかって?それは、この女性が俺に難しい質問をしたからだ。だが、簡単な質問でもある。というのは、難しいことは簡単で、簡単にみえることは難しいからだ。さて、俺は、俺がずっと働いていた先の雇用主よりひどい悪魔を知らないとは言える。御存知のように、俺は大工で、石工で、鉛管工で、ペンキ屋でそのたあれこれ全部だ。俺は本当は工事現場の責任を負う現場監督だった。俺の雇い主は1000万かそれ以上のビル建設契約を取ってたんだ。そいつの仲間に議員がいて、委員会でそいつに契約が落ちるよう圧力をかけてたんだ。ところがだ、この多分1000万かかってるビルを作ってるやつらの賃金ときたらただも同然だ。ほんの数シリング、200か300、それとも500、それ以上じゃない。それにあの物価上昇だ。俺たちが50シリングの賃上げと、今後の生活費上昇とリンクした賃上げを要求したことから、俺たちのトラブルは始まった。わかるかな、世の中には、生活費が上がっているのに賃金がそのままだったら、本当は賃金が下がってるってことを、判らないやつらがいるだ。だが、雇い主の利益は物価上昇と一緒に増えて行く。実際には、物価上昇よりも利益の上昇率の方が大きいっていうのもよくある。だから、物価が上がると、雇い主は儲かる。一方で、多くの労働者は苦しくなる。俺たちがストライキを打つと決めた時、俺たちの雇い主があわくってやって来た。そいつは俺たちにおべっかを使い、俺たちの不満と要求を考慮するから仕事に戻ってくれと言い、一週間後に返事をすると言った。返事をよこす日、そいつは、銃と棍棒と鉄の盾で武装した警官隊と一緒にやって来た。雇い主の野郎は、前の晩に女房とけんかした男みたいに、ひどい口をききやがった。すべてのストライキは大統領令で禁止された、と言うんだ。そして、仕事するのがいやなやつは家へ帰ればいい、仕事が無くて仕事を探してるやつはいくらでもいる、と言いやがった。ストライキの首謀者たちはくびになった。『お前たちは、ケニアで金を地面から拾うことができると思ってるのか?ムツリ、お前に関しては、そんなにうまくいくと思うなよ。秘密警察のお前の記録はこんなに長いんだ。我々はお前が一人じゃないことも知ってる。』だから、俺たちはバラバラになった。俺たちの銃は敵にだけ向けられる。空っぽの手じゃだめだ。それで、今日、あんたたちは俺がここかしこで仕事を探してるのを見るのさ。それに、俺が賃金奴隷になるのを拒んだからにすぎない。考えてもみろよ、ナイロビで月に300シリングの賃金で暮らすなんて!」
 「あなたが働いていたのはどの会社ですか?」ワリインガが聞いた。
 「チャンピオン建設だ。」
 「チャンピオン建設ですって?」ワリインガが繰り返した。「ボス・キハラが経営してる?」
 「そうだ。何で聞くんだ?何でそんなに驚いてるんだ?」ムツリはワリインガに聞いた。
 「私も同じ会社で働いてたんです。」
 「本社でか?」
 「ええ、キハラが私の上司でした。でもなんていう上司なんでしょう!今日、私も新しい仕事を探してる最中なんです。」
 「あなたもストライキをやったのですか?」ガツイリアが聞いた。
 「いいえ、私は彼のシュガーガール(愛人)になるのを拒否したんです。」ワリインガは言った。
 「彼女もやはりストライキをやったのよ。ボスのベッドルーム支配に抗して。」ワンガリが、まるで質問が自分に向けられていたかのように言った。
 「わかるかね?もうわかったろう?」ムツリは聞いた。「何で俺が、悪魔が思うままにこうだああだと振り回せるように俺たちの世界を明け渡すことができない、というのかわかるだろう!悪魔の祭典!俺は行って悪魔に挑戦してやる!」
 ワリインガはガツイリアの方を向いた。「あなたはどうですか?ほんとにそんな祭典があると思いますか?」
 「僕はそこへ行くんです。」ガツイリアはゆっくりと答えた。「明日が悪魔の祭典の日です。」
 「明日?日曜日?」ワンガリが聞いた。
 「ええ、明日、10時に始まります。」
 「あなたは怖くないんですか?」ワリインガが聞いた。
 「何を?」
 「悪魔が。7つのホルンを持っているというじゃありませんか?」
 「そこが僕の話したことの一番の問題なんです。悪魔は存在するのかどうか?僕は疑問に決着を付け作曲を進めれるよう、そこへ行くんです。とめどない疑問に悩まされていては先へ進めませんから。平穏!作曲家には精神の平穏が必要なのです!」
 「そうよ、私たち全ての心に平穏あれ!」ワンガリが応じた。
 「あなたはどうしますか?」ワリインガはワンガリに質問を向けた。
 「あなたはまだそうやって聞いてるの?」ワンガリは聞いた。「私は、呼ばれてようが呼ばれてまいが、かの有名な悪魔に出くわせたら、この地上の真の建設者を抑圧するんじゃない、と教えてやるよ!でも聞かしておくれ、なんであんたはそうやって聞いてまわってるのかね?あんたの心にはどんな重荷があるのかね?」
 ほかの人もみんな同じ疑問を心に抱いていた。この人はどういう種類の女なんだろう?ナイロビを出発してからずっと黙ってた。突然、悲鳴をあげて気を失った。そして今度は気を取り戻すと延々と質問している。
 「そうですよ。ほんとに、なぜあなたは同じ質問を私たち全員にしているのですか?」ガツイリアが聞いた。
 ワリインガは言った。「私も心の中に解けない疑問を持っているからです。」
 「疑問?」ワンガリとガツイリアが一緒に聞いた。
 「私もあなたが持っているのと同じような招待状を受け取ったのですけれど、どうやってこれが私のところへやって来たのか全く判らないのです。」
 「何ですか?言ってることを説明して下さい。」
 「私もイルモログで明日開かれる悪魔の祭典の招待状を持っています。今日、私はあんまりたくさん不思議なことを見たので、夢を見ていたのか、それとも単に調子が悪くて熱に浮かされていたのか、判らないのです。ナイロビのセント・ピーター・クラバース教会近くのカカで、一人の男の人が現れました。私が……、私は身体も心も調子が悪かったのです。この人は私にこのハンドバッグを渡してくれました。私はこれをリバーロードで落してしまったのです。でも、彼の顔、彼の目を見、彼の声を聞いて私の心は素直になれて、私は彼に私の問題を全部話したんです。そして、話し終える頃には、私の心は軽くなっていました。彼は別れる時に、このカードをくれました。私はニャマキマへ着き、カードに何が書かれてるのか見たのです。それがこれです。」
 ワリインガはハンドバッグからカードを取り出した。それはガツイリアの持つ招待状とそっくりだった。
 「なんだって!冗談じゃないわよ!」ワンガリが言った。「それに、雨の一粒だって見下しちゃいけない。ちょうど今日、警察署長に話さなかったかしら?この招待状によれば、強盗たちと盗人たちが悪魔の祭典のために集まる準備をしてる。あいつらを集まらせなきゃ!」
 ワンガリは脅しとも、嘆きとも言えるようなことをうめくように言った。そして、歌い始めた。

みんなやって来い
不思議な見物を見に来い
私たちが悪魔を追い払うのを
悪魔の追随者全てを見に来い
みんなやって来い

 ムワウラは叫んだ。「へい!俺から金を盗り俺をひん剥いて丸裸にしたあのごろつきどもが明日そこにそろってることを願ってるぜ!」しかし、彼の声は、他の人が知らないことを知っているかのような、ちょっとばかり皮肉な響きを帯びていた。ムツリも悪魔の祭典への招待状にたいして驚きを見せなかった。
 ムワウラは静かになった。彼らの全員が、イルモログの町がさして遠くないことを意識して、声をひそめた。ムワウラのマタツ・マタタ・マタムT型フォード、登録番号MMM333、は静かに道を進んで行った。車の動きは、「急ぎ過ぎてはヤム芋を損なう。辛抱が富をもたらす。無事に着くのがベターだ。マタツ・マタタ・マタムで旅するのは安心だ。イルモログは他のどの町より好まれている。我々は悪魔の祭典に出席するんだ。」と言っているかのようだった。

8

 その時、サングラスをかけた男が、聖書にあるバラームの尻のように口を開いた。「失礼!」彼は言った。
 ムワウラを除く旅行客全員が、彼が言おうとしていることを聞こうと彼の方を向いた。
 「私にその招待状というのを見せて下さい。」彼はガツイリアとワリインガに言った。
 ガツイリアは招待状を取り出し彼に渡した。その男はガツイリアにマッチをすってくれるよう頼んだ。彼は招待状をまじまじと見た。そしてワリインガに向かって行った。「あなたのも見せて下さい。」
 ワリインガはハンドバッグを開け招待状を取り出した。彼女はその招待状をその朝にデビルズ・エンジェルから渡された紙切れと一緒に掴んでいた。紙切れの方は、そうとは知らずにムツリの足元に落してしまった。招待状は、サングラスの男に渡した。
 男は、招待状をよくよく見て、ガツイリアが渡したのと見比べた。それから彼はスーツケースを開けガツイリアやワリインガのと同じ大きさの別の招待状を取り出した。彼はそれをガツイリアに渡し、注意して見て、声を出して読み上げるように言った。ワリインガはマッチの箱を取ってガツイリアのためにマッチをすった。ガツイリアはこう読み上げた。

大きな祭典!

来なさいそして自分で見なさい
現代の盗人と強盗のエクスパート7人を選ぶコンペ
銀行融資と融資機関の役員任命を含む賞!
さあ腕を試そう!
さあ運試しをしよう!
あなたは現代の盗人と強盗の王冠を持って返れるかもしれない!
地獄の天使バンド出席!

署名:実行委員長
盗人と強盗のすみかにて
イルモログ・ゴールデン・ハイツ

 「この招待状とあなたとではいくらか違いませんか?」おとこはガツイリアに聞いた。「私があなたに渡した招待状が正式な招待状なのです。この招待状には、悪魔については一言も触れてありません。しかもですね。この祭典に出席する人たちの多くは神を信じています。たとえば、私はソゴトにあるPCEAの教会、松明の教会へ日曜ごとに通っています。この偽の招待状を印刷した連中は、現代の進歩の敵なのです。彼らは祭典をめちゃくちゃにしたいのです。」
 「じゃ、祭典をだめにしたがっているのは誰なのですか?」ガツイリアは聞いた。
 「誰かって?大学生達に違いありませんよ。尊敬すべき人々に対してこんな子どもじみた悪口を言いふらすことを考えだすのは学生みたいでしょう。」
 「私には、二つの招待状に何の違いも感じないけれどね!」ワンガリが言った。「どうやったら学生たちが強盗や盗人の評判を傷つけれるというのかい?」
 「この祭典を、悪魔の祭典と呼んでるでしょう。そして、これが地獄の王である悪魔によって主催されると言ってるでしょう。しかも、こっちの招待状には、これが現代の盗人と強盗のコンペだってことが書いてありません。」
 「やっぱり、違いが判らないな。」ムツリが言った。「盗人は盗人で、強盗は強盗だ。」
 サングラスの男はムツリとワンガリの態度に傷つけられたようだった。彼は信仰を失った人々に説教するかのように話し始めた。
 「私の名はムウィレリ・ワ・ムキラーニといいます。私はヨーロッパ風の名前に我慢できなくて、何年か前に、私の名からジョンを取ってしまいました。一寸前に言いましたように、私はイルモログに向かっています。私の車プジョー504(燃料噴射装置付)はキクユで止まってしまいました。私は車をウンディリ・ホテルの外に置いてきました。シゴナまでは友人に乗せてもらいました。今夜コンペへ向かう他の大切なゲストを見つけれると思ったのです。でも、誰とも会いませんでした。ゲストの多くは明日の朝到着するつもりだと言っていましたから。でも、お酒を飲んでいる人たちと一緒では間違いなく静かにできませんから、マタツで先に行こうと考えたのです。
 私はシリアナ高校を出て、マケレレ(大学、ウガンダの首都カンパラにある)が今みたいにアミンにめちゃくちゃにされてしまう前の本当にマケレレだった頃に教育を受けました。マケレレで、私は国家に富を産み出す科学である経済学を学びました。ウガンダで、卒業して経済学士号を得ました。その後、この国の大学に入学しました。そして商業の学位、つまり商学士号を得て卒業しました。さらには、アメリカで、ハーバードと呼ばれるすごい大学へ行きました。そこで、経営について全てを学びました。そして、経営学修士号を得ました。だから、私のフルネームは、ロンドン大学経済学士、ナイロビ大学商学士、ハーバード大学経営学修士、ムウィレリ・ワ・ムキラーニです。こうやって並べると、ガツイリアには間違いなく私の言ってることの重要性が判ると思います。当時、私の望みは大学で教えることでした。現在でも何人かの教授は友人です。しかし、その後周囲を見渡したところ、ビジネスの分野には教育を受けたケニア人がほとんどいないことに気がつきました。だから、私は商業の分野に進むことを選んだのです。
 自慢するみたいな話しで自己紹介をしたのはなぜだか判りますか?
 私は、あなた方みんなの話しを聞き、あなた方の何人かが出した論理や疑問を聞きました。
 私は何も隠す気はありません。あなた方がしてたようなおしゃべりがこの国をだめにしているのです。その手の話しはコミュニズムを根拠にしています。私たちの心を悲しませ不安にさせるよう仕組まれているのです。そうした話しは私たち黒人を灰だめの中へと導くでしょう(黒人をだめにするでしょう)。それに私たちがどんなに神を信じているのか、キリスト教を信じているのかを知らなくてはなりません。ケニアはキリスト教国なのです。だから、私たちは祝福されているのです。
 まず第一に、祭典は悪魔の祭典ではありません。悪魔が組織したのでもありません。この祭典はイルモログにある現代盗人と強盗組織が西側世界の「国際盗人強盗機構」と呼ばれる盗人と強盗のための組織からのゲストたち、特にアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデンそして日本からの訪問を記念するために用意したものです。
 第二に、わが国の大学生たちはたいへん間違っています。彼らは、現代の盗みと強盗が本当のところ何であるのかを知らないまま盗みと強盗を貶める手段を考えています。これらの学生たちが、今私がワンガリやムツリから聞いたばかりの話し、つまり、盗みや強盗は終わらせるべきだという話しをあちこちでしゃべっているのです。
 だから、私は言いたいのです。私は、人間は歯のように同等ではありえない、という確信を持っています。人間の本性は平等を拒否してきました。宇宙の本質でさえ、平等についての不条理なナンセンスをいっさい拒否してきています。神のいる天国を見てごらんなさい。神は玉座に座っています。神の右側に聖なる御子が、左側には精霊が立っています。神の足元には天使たちが座っています。天使の足元に聖者たちが座っています。その聖者たちの足元に全ての修行者たちが座っているというように、続いていきます。一つずつ階梯が下りていってこの地上の信者たちの所まで来るのです。地獄も同じようにできています。地獄の王は、火を付け、薪を運び、燃えている死体を回してる者ではありません。ええ、彼はこういった仕事を、彼の天使たち、監督者たち、追随者たちそして召使たちに任せています。」
 「ちょっといいかな。」ムツリが彼の話しを遮った。「あんたは、天国に行ったことがあるのかい?」
 「いいえ。」
 「じゃ、地獄は?」
 「いいえ。」
 「だったら、あんたが俺たちのために描きだしてくれたこの図を、あんたはどこから引っ張りだしたんだ?図というより、木の影みたいだね?どこに木そのものはあるのかね?」
 「あなたがこの世をよく見たら、私の言っていることが全く真実だと判るはずです。」ムウィレリ・ワ・ムキラーニはすかさず答えた。「背の高い人々がいて、背の低い人々がいます。色の白い人々がいて、色の黒い人々がいます。お金のことで言えば、うらやましいような生活をする人々がいて、まったくツキのない、10セントさえままならない人々もいます。生まれつき怠惰な人々がいて、生まれつき勤勉な人々もいます。生まれつきのVipで富をうまく切り盛りする人々がいるかと思えば、生まれついての屑で、富を破壊してしまう人間もいるのです。文明がどういうものか判っている人々がいて、全く何も判らない人々もいます。どうやって自分たちを組織するのかを知っている人々がいて、自分自身のことに気も使わない人々がいます。大多数の人々は、首に縄を付けられるか、鼻に輪を付けられるかして、引きずられてやっと現代の社会に入ってくる。一方で、ごく少数の人だけが引っ張るために生まれてくる。どの国にも、二つのタイプの人間がいるのです。管理する者とされる者、掴み取る者と残り物を期待している者、与える者と受け取るのを待っている者とが。」
 「失礼、」ワンガリが彼の話しに割り込んだ。「何事も永遠に続くことはない、ということをご存じないですか?ギクユが昔々、かつて踊っていた者は今他の者が踊るのを見ていることしかできない、と言ったのを聞いたことがありませんか?また、かつては川を飛び越えていた者が、今は川の中を歩いて渡ることができるだけだ、と言ったのは?放牧民は一か所に留まってはいません。変わりなさい、瓢箪の種は全部が同じ種類ではないから!」
 「私は、私が隅から隅まで研究したこと話しているのです。」ムウィレリはワンガリに言った。「ビジネスと経済の話しに戻りましょう。質問があります。盗みと強盗は、いつでも、どこでも、誰にとっても悪いことなのでしょうか?
 信じて下さい、盗みと強盗は国家の発展の指標なのです。なぜなら、盗みと強盗が栄えるためには、盗むべきものがなくてはなりません。そして、盗まれた人は、持ち物を盗まれてしまってしかもいくらかは残りがあるようにするためには、一生懸命財産を作るために働かなくてはなりません。歴史は、これまで盗みや強盗の基礎の上に築かれなかったどんな文明もないことを教えてはくれませんか?盗みや強盗がなかったら、アメリカは今日どこへ行っていたでしょうか?イギリスはどうでしょうか?フランスは?ドイツは?日本は?西側世界の発展を可能にしたのは盗みや強盗なのです。社会主義者の戯言に騙されてはいけません。ある国から盗みや強盗を一掃することは、進歩を押し殺すことなのです。
 話しはこれで最後にします。富は、国中で一番成功した人々、眠っている間でさえ財産を管理する力を持って生まれた人々の手にあるのがふさわしいのです。もし国家が屑たち、破壊者たち、怠惰でみじめったらしく、爪先についた糸屑を取るために身をかがめるのさえ、あるいはベルトの下の虱を殺すのやハエを追い払うのでさえむずかしいと思う弱虫な連中の手に落ちてしまったらと、考えてごらんなさい?高価な真珠を、石を泥に踏み込むだけの豚に投げ与えるのと同じようなことではないでしょうか?昔、ムクングワ・ダンサーはこう歌ってました。

踊り子の鈴は弱虫から取り立てなければならない
それは英雄に与えられるべきだ

 問題は、誰が現代の英雄なのか?なのです。それは、私たち金を持っている人間なのです。外国から盗人や強盗が金や財産を奪いにやって来た時打ち負かせることを、私たちは証明しました。目を大きく見開くと、盗みと強盗が現代の進歩と発展の本当の基礎だということが明確に判ります。だから、私はイルモログでのこのコンペ、大学の小僧どもに貶められているこのコンペに大きな重要性を与えるのです。それだから、ここにいるあなたがた全員が明日のコンペに出席して自分の目で見てほしいのです。誰かが、舞台に上がって腕を見せようと思ったら、自由にすることができます。私自身は、掴み取れる者は掴み取ることを許されると宣言する民主的な原則を信じています。あなたが掴み取り、私が掴み取り、そして、誰がゲームに勝ったかが判るのです。噛みつくことのできる人は、公開の場へ出て、誰が最も鋭い歯を持っているのかという疑問を払いのけるべきなのです。しかし、人々の幸福をこのように秘密のやり方で損なおうとするのは止めさせなくてはなりません。大学生たちが作ったその偽の招待状を放り捨てて下さい。私が正式な招待状をさし上げます。」
 ムウィレリは一息入れて、ハンカチを取り出し顔と鼻を拭った。他の乗客はみんな静かだった。今聞いたばかりのことが信じられないようだった。ワンガリが最初にみんなが陥ったマヒ状態から気を取り直した。「心の痛みでは死ねないというのは、本当のことだったんだね。あんたは本気で私たちのことを『屑』と呼ぼうというのかい?恥ずかしげもなく農民や労働者のことを『ブタ』と言うんだね?あんたは、私たちは祖国の真珠(のような富)を盗まれるべきだと言いたいんだね?誰がその真珠を育て上げたんだね?種を蒔き作物を刈り取る人間と、他人が育てたものを食べる人間と、どちらが怠惰だと言うんだね?そのどちらがこの地上で一番輝く真珠を作り出しているんだね?」
 「君は」ムツリが続いた。「君はほんとにたくさん教育を受けている。でも、俺にも言わせてくれ。猿が赤ん坊を盗られたら、その代わりに一口の食べ物が与えられる。しかし、君たちのような人間はそんなじゃすまない。君たちは俺らが作ったもの全部を取り上げて、ほんのちょっとした分け前もよこさない。君らが俺たちの川上にダムを作るので、俺たちのところには一滴の水もやってこない。君らの足腰がどれだけ強いかを知る機会なんて神にもない。俺は、地球が常に回転していて一ヵ所に静止することがないと言われているのを聞いたことがある。生きてるというのは血液が循環していることで、死ぬとは血液が血管の中で凝固することだ。生きてるというのは心臓が打っていることで、死ぬとは心臓が止まることだ。母親の子宮の中にいる赤ん坊が体内で動きまわっていれば、死産しないことが判る。判るかな!新しいものが、前夜には何もなかったところへ夜明けに現れるかもしれない。大衆をばかにしてはいけない。イレギ世代はまだ生きていて反抗的だ。シンガーはかつて何と言った?君たちは気を付けたがいい、俺たちはキマチと一緒だったんだ。」
 「なぜそんなに驚いているのです?」ムウィレリ・ワ・ムキラーニは話しを始めた。「神の書(聖書)を、終わることのない生命の書、宣教師たちが持ち込んだ本を、読んだことはないのですか?これらのことは全て聖書に予言されているではありませんか?『目ある者に見させよ、耳ある者に聞かせよ』と言います。」
 ジャキンタ・ワリインガ、ガツイリア、ムワウラ、ムツリそしてワンガリは一言も聞き漏らすまいと見を乗り出した。マタツ・マタタ・マタム、フォードT型、登録ナンバーMMM333は教会のようだった。乗客たちは、彼らを乗せて車がトランスアフリカンハイウェーをよたよたと、現代の盗人と強盗の大コンペの所在地であるイルモログへ向けて進みながら出す音を聞かなかった。
 ムツリは彼の足元で紙切れがカサカサいうのを聞いた。彼はかがんでそれを拾いポケットに入れて話しを聞き続けた。
 ムウィレリ・ワ・ムキラーニは声をひそめた。彼はゆっくりとやさしくソフトな声で話した。まるで、聞いている人々の魂と精神を眠りに就かせる子守り歌を歌っているかのようだった。
 「天国へ向かうことは、遠くの国へ旅することのようだ、それで人は召使たちを呼び、彼の持ち物を彼らに分け与えた。ある者には5タラントを、別の者には2タラントを、さらに別の者には1タラントを……」

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