第三章

1
 ニャマキマは、ナイロビにある多くのマタツやバスの停留所と同じように、人々と車で混雑している。人々はそこからグローガン・バレーとの間を行き来している。グローガン・バレーでは全ての車両のどんな部品のスペアもそろえることができる。また人々は、労働者や農民、特にいなかから出てきた人たちが日曜日ごとに買い物に出かけると言われているリバー通りを行き来している。何人かはただのタマネギやじゃがいもやスクマ・ウィキ(野菜の一種)などの買い物客だ。中には、カリオコール、イーストライ、プムワニ、シャウリ・モヨ、バハチ、マカアンダラ、オファファ・ジェリチョ、カリオンバンギ、ダンドラといった場所(いずれもナイロビ市内の地名)への帰宅の前にバーやレストランでビールを飲んだり食事を取ろうとする人々もいる。しかし、多くは、ナイヴァシャ、ギルギル、オルカロウ、ニャウルル、ナクル、ルウワ・イニ、イルモログなどに向かうマタツを待っている旅行者だ。彼らや車で、そこはいっぱいになり、七つの市場のざわめきが辺りに鳴り響く。
 その土曜日、ルウワ・イニ、イルモログへ向かう乗り物はたいしてなかった。マタツが停まっては引き起こすざわめきを聞くたびに、ワリインガは期待を込めて視線を上げた。しかし、ナクルやニャフルルへの乗客が呼ばれているだけなのを聞いては、彼女の心は沈んだ。6時になり、彼女は自分が哀れだった、そして声をひそめて祈りをあげた。「ああ、聖なる処女マリア、神の母よ、私を憐れみ給え。もうこれ以上ナイロビで夜を過ごしたくありません。どうかバスが見つかりますように、たとえロバのひいた荷車でいいから、私をナイロビから連れ出しイルモログの家へ連れて行ってくれるものが見つかりますように。父なる神と、聖なる御子とそして聖霊に、始まりの時のように今も、さらにこれからも永遠に御栄あれ。アーメン」
 彼女が祈り終わったちょうどその時イルモログ行きのマタツが到着した。ワリインガは驚愕した。「これはグローガン・バレーのガラクタの山から組み立てられたばかりの車なのかしら。間違いないのは、すごく古いってこと。でもオーナーは車の両側をたくさんの目と心を引く広告を描き込んで、車の古さを隠そうと必死だわ。」車の横には、『もしあなたが、ゴシップや噂話しがお好きなら、ムワウラのマタツ・マタタ・マタムにお乗りなさい。あなたの行く手は私の行く手。急ぎ過ぎるとヤムを傷つけます。ゆっくりだけど安全に到着しましょう、楽しい我が家へ』
 彼女が全部の広告を読み終わるちょうどその前に、運転手が車から飛び出しマタツの宣伝を始めるのを、ワリインガは見た。彼はさまざまなことばと歌で注意をひいて、人々の目を車のお粗末な状態からそらせようとしていた。
 「さあ、マタツ・マタタ・マタム、フォードT型だよ。お乗りよ、乗れば、あんたは、まばたきを二度する前にリムル、サテリテ、ナイヴァシャ、ルウワ・イニ、イルモログに着いてるよ。若者がこんな歌を歌ってたよ。

神の王国が近いのなら
お前たち売春婦を裁判所に連れて行こう
神さまがお前たちにタダで下さったものを
お前たちは20シリングで売っている

若者よ、お前に秘密を教えて上げよう。『神の王国は、ムワウラのマタツ・マタタ・マタム、フォードT型で行きゃ近いんだ。悪魔の土地への旅行だって、マタタ・マタム、フォードT型にゃ何でもない』。お乗り、お乗り、イルモログはここだ、目から鼻までの距離もないよ。」
 「悪魔」ということばが発せられるのを聞いて、ワリインガはもう一度薄気味の悪い思いが沸き上がって来るのを感じた。彼女は悪魔の饗宴、盗人と強盗たちのコンペへの招待状を思い出した。そして自問した。「これはどういう祭りなんだろう?コンペでは何をするのだろう?私に親切にしてくれたあの人が盗人と強盗たちの組織に入っているなんてことがあるのだろうか?なぜ彼は私のハンドバッグを盗まなかったのだろう?」しかし、彼女はムワウラの口から溢れ出ることばを聞きながら、しばらくの間は、心に抱えた重荷を忘れていた。
 その頃になると、バーや店から出てきた何十人もの人々が曲がり角に立ってマタツのオーナーを直接見ながら、「えぃ、えぃ、何でも言え!」とけしたてていた。

2

 ムワウラのマタツ・マタタ・マタム、フォードT型、登録番号MMM333は、まさに地上で最初に作られた乗り物のようだった。エンジンは数百の刃を持つ斧が一斉に打ちつけられたようにうめき、叫んだ。車体は、風に揺れる葦のように震えた。車はアヒルが山を登るようによたよたと道を進んだ。
 朝には、出発する前に、このマタツは見物人たちにすごい見世物を見せた。エンジンがうなり、すると金属片がのどに刺さったように咳き込んだ。そして、喘息があるかのようにギーギーと音を立てた。そんな時、ムワウラはボンネットを芝居がかって開き、あちらこちらをつつき、このワイヤーあちらのワイヤーと触り、それから明けた時どうよう芝居がかってボンネットを閉めて、運転席へ戻った。彼が右足でゆっくりとアクセルを踏むと、エンジンはお腹をマッサージされたようにうめき始めた。
 しかし、このマタツはムワウラという大衆との伝達係を持っていた。人々は彼に聞いた。「ムワウラ、この車はノアの時代の代物じゃないのか?」ムワウラは笑い、頭を振って、車に寄りかかり、車の飛びぬけた性能を証明しては聴衆を惹き込もうとした。
 「正直に言うと、このフォードT型の設計思想に匹敵するような現代の車はないよ。車体の輝きだけを比べちゃいけない。美しさは肝心じゃないよ。現代の車、プジョーやトヨタ、キャンターなんかどころかボルボやメルセデス・ベンツでさえ使ってる金属は、雨が降ると紙みたいに粉々になって落ちちまう。でも、フォードT型は違う。こいつに使ってあるのは他の車に穴を開けちまうような金属だぞ。だからこの古い車を持ってたいのさ。年ふって固くなった石は雨ぐらいじゃ洗い流されやしないさ。借り物のネックレスをしてると、肝心の自分のを無くしちまう。新しい車は、日本、ドイツ、フランス、アメリカからやって来る。そいつらは2カ月は元気よく走りまわるさ、そして、そいつらはバラバラになっちゃって道の真ん中でフォードT型に道を譲るのさ。」
 しかし、ムワウラの目標は、もっとたくさんの客を運べてもっとたくさんのお金を懐に流し込んでくれる、もっと大きな車をできるだけ早く買うお金を作ることにあった。
 ムワウラはお金の神さまの聖櫃を崇拝する人間の一人だった。彼は常々、「お金という鋳造された神さまに忠実に従うためなら、どんな宇宙だって訪ねるし、どんな川だって渡るし、どんな山にだって登るし、どんな犯罪だって犯す」と言っていた。
 しかし、彼に祈りは注意を払われるどころか寛容に受けとめられてもいないようだった。というのは、ムワウラはこれまでマタツ以外のどんな乗り物も持ったことがなかった。その車は、彼らがニャンゲスと呼んでいたヨーロッパ人から彼に残されたものだった。時にはムワウラは悲しみにうち沈んで自問した。「俺は、成功の果実が俺の目の前にぶら下がっているのに、そしていつそれに手を伸ばして掴めばいいのかを判りさえすればいいのに、背伸びしてさえも届かない遠いところへそれが後ずさりしていくのを見ながら、ずっと道路の上にいたんだろうか?」
 ムワウラは人々にこう言っていた。「ヨーロッパ人がここに持ち込んだこの金はどうしようもなくひどいぜ。この金のせいでマリアの息子が十字架にかけられた、そいつがユダヤ人の神の長子だったというのに、というのを考えてみろ、他になんて言えるか?俺はだ、お袋がいい値になるのなら売っちまうさ!」人々は、これは軽薄な商売人のつまらないほらだと考えていた。たった一人の人間だけが、ムワウラはお金に関することで冗談を言わないというのを知っていた。しかし、彼はそのことを話すために帰って来ることはなかった。彼とムワウラは5シリングをめぐってけんかした。その男は、払うのを拒否した。それどころかムワウラを罵ってこう言った。「お前は、雨でずぶ濡れの肥やしの中のこがねむしみたいにいつもちょろちょろしてるんだ、で、お前が金持ちになることなんてありえない!」ムワウラは言い返した。「お前は納得ずくで75シリングで車を借りたのに、俺が二人他の客を乗せただけで、5シリング払うのを拒みやがった。車ごと借りたつもりか?俺はお前が俺の金を持ち逃げするのを許さないぞ。お前の前にいるこのムワウラさまは、マチェーテ(山刀)みたいに片方しか刃がないわけじゃないぞ。」
 ある朝、その男は自宅で吊るされているのが発見された。死体の近くには、こう書かれた紙が残されていた。「他人の財産を勝手に使うんじゃない。我々は悪魔の天使、プライベートな仕事屋」
 しかし、マタツ・マタタ・マタム、フォードT型、登録番号MMM333を運転することが、ムワウラのよく知られた仕事だ。

3

「飛んでいる途中疲れた鳥は、どんな枝にも止まる」ということわざがある。ワリインガは、他にイルモログへ向かう乗りものがないのを分かって、ムワウラの車に乗った。そして、ワリインガが乗って来るのを見て、ムワウラは彼の歌とせりふにさらに付け加えた

若きおとめよ、私が願ったら、
妊娠しているなんて言わないでおくれ
というのは、私がどうやってバイクを止めるのかを知っているように
あなたへのブレーキを使えないと想像しないかね?

彼は一息入れ、ため息をついた。そして彼の回りにいる人々をまじまじと見た。彼は微笑み、手を腰にあてて立っていた。それから頭を振り言った。「怠け者のブレーキはまがいものだ。どこにもマタツ・マタタ・マタム、フォードT型に付いている位しっかりしたブレーキはない……」
 人々は笑いに我を忘れて大声ではやし立てた。ムワウラは客引きを続けた。「リムル、ナイヴァシャ、ルウワ・イニ、イルモログ!さあ、出発だ。覚えておきな、あんたの行く手は俺の道…」
 その土曜日、ムワウラはリムルとナイロビの間を行き来したが、ガソリン代に見合うほどの客も拾えなかった。それで午後遅くなってから、彼はニャマキマへイルモログへのガソリン代を払えるほどの客を拾いに行こうと決めたのだ。だから、彼は今声を枯らして叫んでいる。「覚えてな、ここはあんたの国だ。これはあんたのマタツだ!その辺の道を走りまわっているプジョーのことなんか忘れちまえ、そいつらのせいで女たちが流産してるぞ。よたよただけどたどり着く……」
 客がもう一人乗ってきた。彼は青い作業着を着ていた。それは、膝と肘が擦り切れていた。彼の靴は、灰のような汚れだらけだった。彼はワリインガに向かい合って腰掛けた。ムワウラも乗り込み、運転席に座りエンジンをかけた。そして、エンジンをかけたまま、もう一度外へ出た。彼は何をやってもむだなような気がした。たった二人の乗客しかいない……。
 いらだちながら、彼は考えた。「俺はヒツジみたいにメーメー鳴きながら、このまま一生を終えちまうのか?他の連中みたいに新しい車を手に入れることができる時はやってこねえのか?この頃じゃ、荷車を押してるのやロバ車で仕事してる連中だって、靴磨きだって、道端で旅行客相手にトウモロコシを焼いたりウサギや果物やヒツジの皮を売っている連中だって、俺より金を持って家へ帰るわ。結局の所、俺はどうなるんだ、ロビン・ムワウラよ?今夜は車を出すのを止めた方がいいな。今夜はナイロビに部屋を借りて、明日の朝、イルモログへ行くか。」
 しかし、すでにガソリンに使ってしまった金の事を思い出すと、ムワウラは鋭いナイフを突き刺されたような気がした。ムワウラはたとえ5セント玉であっても光っているコインが道に転がっているのを放って置けない人間の一人だった。それを拾うためだったらドブにも入っただろう。彼は自問自答した。「おい、この二人分の料金を無駄にするのか?だめだ、リムルへ着くまでに、夜道で立ち往生している客を見つけるかもしれねえ、いつもだったらムタラクワ・ステージでOTCのバスを待っている人間をだ。そしたら、俺はうまく立ち回ってそいつらを客にすることができる。それにだ、ほんとは今夜をイルモログで過ごした方がいい。そうすりゃ、明日は向こうで一番車だ。ちゃんと見てるやつは見逃しっこない。」
 彼の豊かさへの希望はすぐに甦り、彼の心臓は激しく打ち始めた。彼は、激しい思いに突き動かされて叫びを上げた。「おいてけぼりをくらうぞ、マタツ・マタタ・マタムはもう出発するぞ!おいらはあんたの召し使いだぞ。神さまのところでも悪魔のところでも行きたい所を言っとくれ!安全を選んだ方がいいぞ。出発した方がいいぞ。あんたは自分でイルモログへ行くべきだぞ。そうすりゃ、あとで噂に頼らなくてもいいぞ。自分でイルモログへ行って、自分で聞いて来るんだ。幸運は藪のちょうど向こう側に潜んでるかもしれないぞ!このマタツであんたと幸運の間にある藪を回ればいい!今がその時だ。イルモログへ出発すべきだ。幸運が不運に変わってしまうかもしれないぞ。幸運は二度も早々にはやって来ないぞ……」
 「彼は出発するのかね、それとも一晩中ここで話し続けているのかね?」青い作業着を着た男が聞いた。
 「マタツっていうのは、ゴシップと噂話しと無駄話しの溜り場なの」と、ワリインガは答えた。
 ムワウラは車に乗ってきて、エンジンをふかし、警笛を鳴らし、出発しようとした。
 急に、周りに固まった人々のあちらこちらから高いのも低いのも混じった口笛のコーラスが起こり、運転手に停まるよう警告した。ムワウラはブレーキを踏んだ。
 スーツケースを抱えた青年が車に駆け寄り、息を切らしながら乗り込んでワリインガと青い作業着を着た男に加わった。「これはイルモログへ行くのですか?」まだ息を切らしながら彼は聞いた。
 「そうだ、イルモログへ帰るんだ!」ムワウラはうれしそうに言った。
 「おー、あやうく乗りそびれるところだった。」スーツケースを抱えた男は言った。しかし、誰も応えなかった。一瞬の沈黙があった。
 「あんた、連れはいるかね?」ムワウラは聞いた。
 「いいえ!」スーツケースを抱えた男は答えた。
 その男はスーツケースを膝の上に置いた。ワリインガはそれをちょっと眺めた。スーツケースの蓋には彼の名前と住所が書かれていた。ガツイリア、ナイロビ大学アフリカ研究科。
 大学!ワリインガは不愉快さが身体の奥底にある気持ちの中に沈んでいくのを感じた。
 ムワウラは3人の客を乗せて出発した。ワリインガ、ガツイリア、そして青い作業着を着た男だった。彼は、マカアクを通り、駅のバス停を通ったが一人の客も拾えなかった。彼はハイレ・セラシエ通りを通り、ついでンゴング通りに入った。彼は、他の客が見つかるかもしれないという期待を、全く捨てたわけではなかった。
 ガツイリアという男はスーツケースを開き、3冊の本を取り出した。ハロルド・C・シェーンベルグ著『偉大な作曲家たちの生涯』、P・カヴュ著『カンバ・ミュージック入門』、グラハム・ヒスロップ著『東アフリカの楽器』だった。彼は、それぞれを眺め、『偉大な作曲家たちの生涯』を読み始めた。
 定められた運命だけが人に付いてくる。ムワウラがワンニィー氏族の土地の近くのダゴレッティ交差点を通った時、カンガを被ってサイザル麻製のかごを抱えた女性が彼を止めた。彼女は靴を履いていなかった。
 「イルモログ?」彼女は聞いた。
 「乗りな!」ムワウラはうれしくなって言った。「おっかさん、入りな。出発するぞ。連れはいるかね?」
 「いいや」女性は言って、車に乗り込んだ。座り込んで、彼女は左手でほおづえをついた。ムワウラは口笛を吹きながら運転を続けた。
 ゴルフ・クラブ近くのシゴナ・バス停で、ムワウラはもう一人客を拾って全部で5人になった。彼はグレーのスーツを着て赤い花柄のネクタイを締めていた。彼は右手に、光るアルミの線が入った小さな黒い革のスーツケースを提げていた。彼の目はサングラスに隠されていた。
 ムワウラは気持ちがはずんでくるのを感じた。もう少し車を走らせると、あと5人客が拾えて10人になるかもしれないな、そうすりゃガソリン代は大丈夫だ、と心の中で言い聞かせていた。
 しかし、彼がムタラクワに着き、リムルに着く頃には、あきらめが彼を捕らえていた。西へ向かう人など一人もいなかった。煩悶と不安が彼を再び捕らえた。「この暗い中を5人の客のためだけにイルモログへいかなきゃならないのか?」と、彼は考えた。「こいつらに車が故障したからカミリズで一泊して明日また走ろうと嘘をつくべきじゃないのか?」しかし、別の声がこう言った。「ムワウラ、幸運をじゃけんに扱うんじゃない。お前が眠っている間に、彼女は気分を変えるかもしれないぞ。コインの切れっぱしだからって見下しちゃだめだ。たかがしれた金額とはいえ乗ってるやつがいるんだ。腹の中じゃ少しずつの部分が集まっていっぱいの食事になるんだ。小銭が集まって、財産作りのポケットの中の札束になるんだ。」
 ムワウラはアクセルをふかし、5人の客を乗せてイルモログへと進んだ。ワリインガ、ガツイリア、青い作業着の男、カンガを被ってバスケットを持った女、そしてサングラスの男。
 車は進んで、旅は進行した。

4

 カンガを被ってバスケットを持った女性が口火を開いた。マタツはングイルビを通り過ぎたところでちょうどキネニに入るところだった。彼女はせき払いをして、「ドライバー」と、声をかけた。
 「ロビン・ムワウラと呼んで下さい」とムワウラは応えた。
 「いいわ。あんまり遠くまで行かないうちに私の抱えてる問題を出しておきたいわ」
 「叩けよ、さらば開かれん」ムワウラは答え、「この女性はマタツではよくあるようなおしゃべりをしたいんだな」と思い、「心に隠された知恵では訴訟には勝てませんよ」と付け加えた。
 「これは精神の問題です。よいですか。この世ではお互いに助け合うことほどに大切なことはありません。私はあなたの車に乗ってますが、一セントも持っていないので運賃を払えないのです」と、彼女は悲しそうに言った。
 「何だって?」ムワウラは叫んだ。
 「私は運賃を払えないのです!」
 ムワウラは急にブレーキをかけた。サングラスをかけた男の乗っている側のドアがそれと一緒に開いた。サングラスをかけた男がキネニの斜面に投げ落されなかったのは、青い作業着を着た男の一瞬の反射的な動きのおかげだった。彼が危険に気付いてもう一人の男に飛び付いて掴まえたのだった。
 ムワウラは道路脇に車を止めた。
 「何でお前はこの人をンゴング送りにしようとするんだ?(1975年にンゴング丘陵でJ・Mが暗殺されたことに引っ掛けた台詞で、「何でこの人を殺そうとするんだ?」)」と青い作業着を着た男はムワウラに聞き、「お前は彼の敵から金をもらっているのか?」と付け加えた。サングラスをかけた男は、ムワウラに文句を言うにしろ、青い作業着の男に礼を言うにしろ、一言も口をはさめなかった。
 「全部この女のせいだ!」ムワウラはすかさず言い返し、彼女の方を向いた。「俺はけんかする気なんかない。この車は小便で動いてるわけじゃない。」
 「イルモログに着いたら、必ず運賃を貸してくれる人を探します。」
 「ケニアじゃタダのものはないんだ。ケニアはタンザニアや中国とは違う。」
 「ムゼー(おじいさん、男の人への呼びかけの一つ)、私はひとの汗で暮らしたことなどありません、でも私がナイロビで見たこと経験したことを知って下さりさえすれば……」
 ムワウラは彼女のことばを遮った。「俺は一つ目の人食い鬼の話しなんか聞きたくない。金を吐き出せ、さもなきゃ降りろ。」
 「ほんとに、この山の真ん中に私を置き去りにするんですか?」
 「あんた、降りてイルモログまで歩いて行きな。もう一度言う、この車は小便で動いてるわけじゃない。」
 「私はほんとに、この国の独立のためにこの自分の手で闘ったんです。なのに、暗い森の中で野獣と一緒に夜を過ごさなきゃならないなんて?」その女性は、まるで何度も何度も出くわしてもいつも答えを見つけれなかった問題が振りかかったように、暗い表情で聞いた。
 「このごろじゃ、土地は切り拓いた人のものじゃなくて、すっかり開拓が終わった後にやって来た連中のものなんだ。」ムワウラは彼女にそう言った。「独立は過去の物語じゃなくて誰かのポケットの中のお金の響きなのさ。冗談言ってんじゃない。降りろ、さもなきゃ先へ行けるようにお金の甘い響きを聞かせるんだ。」
 騒ぎを解決したのは青い作業着を着た男だった。「出発しなよ、ドライバー。傷ついてなけりゃどんな動物だって悲鳴を上げやしないよ。俺が彼女の分は払う。」
 ガツイリアという名の男が大きな声を上げた。「そうだ、エンジンをかけて出発しなよ。僕も彼女の運賃にいくらか払うよ。」
 「私もいくらか払うわ。」ワリインガも、ハンドバッグをリバー通りで無くしていたら運賃も持っていなかったことを思い出して、急いで言った。
 「負担を軽くするために、運賃を三等分することもできる。自分の分担を払いたくないという人がいる時だけ、大荷物が重荷になるのさ。」と青い作業着の男が言った。
 ムワウラは車を出発させ、キネニから離れて行った。
 彼らはしばらく沈黙の中で進んだ。感謝のことばで沈黙を破ったのはあの女性だった。
 「どうもありがとう。でも私にはあなた方の助けになりそうなことを何も伝えることができません。私の名はワンガリです。私はイルモログのンジェルカ村の出身です。イルモログへ着いたら、あなた方に返すお金を手に入れるつもりです。でも、私、胸につばきを吐きかけてしまいました。どうぞ、いつも豊かな土地を耕すことができますように。」
 「俺の分は気にしなくていい。」青い作業着の男は彼女に言った。「俺たちはお互い助け合わなきゃ、獣と同じになっちまう。だから、マウマウのころには『私は一人だけ食べることはありません』と誓いをあげたじゃないか。」
 「僕の分も、ええ〜、僕のも同じく、忘れて下さい。あ、いや、僕の分も忘れて下さい。」ガツイリアは言った。ガツイリアは英語とギクユ語を交ぜて使うを恥じていて、そうしまいと懸命に努力していた。「僕も、この人の言ったことに賛成です。」とガツイリアは付け加えた。「ところで、お名前は何とおっしゃるんですか?『この人』と言わなくていいように教えて下さい。僕の名は、ええ〜と、僕の名はガツイリアです。」
 「俺はムツリだ。」青い作業着の男は返事した。「俺は労働者で、大工と石工と鉛管工事が得意だ。つまり、俺は鉛管工で、大工で、石工だ。でも、俺はこの二本の手でやることなら何でもできる。働くのが生活だ。」
 「あなたはどうでしょうか?お嬢さん」ワンガリはワリインガに聞いた。
 「私はワリインガ、ジャキンタ・ワリインガと言います。私もイルモログの出身です。」
 「どちらですか?」ワンガリが聞いた。
 「ニューエルサレム、ンジェルカの近くのンガイデイチアという村の出です。」
 「あなたは、おっしゃっていることの意味がお判りなんですか?」ガツイリアはムツリに向かってしゃべり始めた。一息入れて、せき払いをし、ムツリに尋ねた。「教えて欲しいのですが、え〜と、お願いします」彼はもう一度息を次いだ。彼は自分が何を尋ねたいのか判らないようだった。彼は再びしゃべり始めた。「ハラムベ思想がマウマウの到達点と目的に根ざしていると言えるのでしょうか?」
 「ハラムベ?君はニャアキニュアのダンサーが歌うのを聞いたかい?

ハラムベ、あなたは見ている
ハラムベ、あなたは見ている
それは、ゴシップ屋と噂好きのためのもの

だから、俺は今時のハラムベについてゴシップや噂を広げる気にはならないよ。今時のハラムベ?ふ〜む!俺は何もしゃべらないよ。沈黙の国から来た人間は沈黙に助けられる、と言うからね。でも、一言言わせてもらえるなら、俺はニャアキニュアのダンサーにこう歌って欲しいね

お金のハラムベ
お金のハラムベ
それはお金持ちとその友人たちのもの

俺たちが独立のために闘っていた時、ハラムベ、そうだな組織された統一とでも呼ぼうか、は二つの形をとった。一方にホームガードと帝国主義者の組織があり、もう一方にマウマウに結集した愛国者たちの組織があった。愛国者たちの組織はこう歌ったものだ

我らは素晴らしい愛に出会う
女たちと子どもたちの中で
一粒の豆が地に落ちれば
我らはそれを分けあう

ホームガードと帝国主義者たちの組織はこんな風に歌った

自分がかわいい、物を売るのはうれしい
俺たちゃ土地への裏切り者
俺たちが民衆から盗んだ豆を
誰が全部掴み取れるか必死で見ている

判るかね、ホームガードと帝国主義者たちのハラムベは貪欲を煽るための組織だった。そこでは、人は子どもたちと障害者たちを火の中に投げ入れて、帝国主義者たちの残り物、おこぼれに殺到したんだ。マウマウのハラムベは人間らしさを広めるための組織だった。マウマウのメンバーは子どもたちや障害者を守るために命を投げ出したものだった。ホームガードの組織の目的は俺たちの国を外国人に売り渡すことだった。マウマウの目的は俺たちの国を守ることだった。判るかね、若いの!俺は言っただろ。俺は今時のハラムベについてしゃべることはない。今時のハラムベはお似合いの持主たちがいる。」
 ムツリは突然口をつぐんだ。彼は作業着を這っていたハエをピシャリと叩いた。車の中を、再び完全な沈黙が支配した。ムワウラはリフト・ヴァレーの谷底へ向かってキネニの坂のでこぼこやカーブに合わせて車を運転するのにかかりきりだった。暗闇が深くなり、ムワウラはヘッドライトのスイッチを入れた。
 ワンガリが舌を鳴らし、せき払いをして重苦しい声で話し始めた。「一粒の豆が地に落ちれば我らはそれを分けあう、と言いましたよね?私たちが、ケニアの人民のものであったマウマウの運動のために血を流したのは、子どもたちをおなかいっぱい食べさせたかったから、寒さに震えないですむように服を着させたかったから、トコジラミのいないベッドで寝かせたかったから、とも言いましたよね?そして私たちの子どもたちは、人民のために富を産み出すことを学ばなくてはならない、ともね?教えて下さい、愚か者か裏切り者以外に誰がこの素晴らしい目的のために犠牲を払わなかったというのでしょうか?私、あなたの目の前にいるこのワンガリは、そのころほんの小さな女の子でした。しかし、この手足で森にいる私たちの戦士たちにたくさんの弾丸を銃を運びました。私は恐ろしくはありませんでした。たとえ、敵とホームガードが手を結んで作った前線を通り抜ける時でさえも。今の私たち、私は昔のことを思い出すと、心が締め付けられて叫びたくなります!ムツリ、あなたは何を言ったのですか?今時のハラムベは金持ちとその仲間たちのものと言ったのですか?

あなたはよく言った
あなたはよく言った
私がミルクを持っていたら
あなたをミルクで洗ってあげるのに

 何でもありません……何でもありません……でも、私たち、私は私の胸に聞かずにはおれません『このお金、日ごと日ごとに寄進される数千シリングものお金は、一体どの海の深みからやってくるのだろうか?毎日数十万ものお金を使える人、その人は自分と子孫のためにどれだけのお金を蓄えているのだろうか?尽きることなく収穫のできるこの園は、一体どういう園なのか?水の涸れることのないこの泉は、どういう泉なのか?そしてその人の仲間たち、決して人目に触れることのない彼らは、誰なのか?この人たちの名前は明らかにされたことがない、彼らは誰なのか?この人たちは暗闇の覆いの中でだけうごめくのが好きだ、彼らは誰なのか?』と。でも、全ての隠された動きは、いつの日か人々に良く見える山の頂にぶちまけられる。だから私は言いたい『私たちが独立のために闘った時、闘いを支えたのはお金ではない、愛だった。私たちの国ケニアへの愛こそが、若者たちに敵の銃弾になぎ倒されるかもしれない危険に立ち向かう勇気を与えた。そして彼らは無に帰しはしなかった。私たちが独立のために闘った時、私たちは人がどんな服を着ているかなんて見なかったしこんなことは言わなかった《こいつはぼろを着ている、監獄に放りこんでしまえ》。実際には、ぼろを着ている人は前線にいる人だった、そして彼は退却ということばを知らなかった。しかし、ネクタイを締めている人は前線から打たれた銃弾で落ちた帝国主義者の帽子を拾いに走って行き権力を握った。』私がこんな風に言っているからといって、私がアルコールやマリファナに酔っていると思っちゃいけないよ。私は立ち去ったばかりのナイロビで出くわしたことのために、こんな風に言っているんだよ。今時のハラムベ、どこへ私たちケニアの民衆を連れていくんだろうね?」
 ワンガリは話しするのをやめた。ムツリ、ワリインガ、ガツイリアはワンガリの声に悲しみと苦しみを感じて同情を覚えた。サングラスをかけた男は自分の席で身を縮めていた。ムワウラは、車からワンガリの話しを掃き捨てたいと願いながらアクセルをふかしていた。
 「言ってくれないか、ナイロビで何があって、あんたの心をそんなに沈ませたんだね?」ムツリは彼女に聞いた。
 「あんまりにもびっくりしてか、恐ろしくなってか身も心も震わすような話しをしていいのかどうか迷うよ。」ワンガリはすぐに答えた。
 そして、ワンガリは彼らにケニアの首都、ナイロビで経験した言い表しようのない恐怖のことを話した。
 「ナイロビへ、一体どんな気分になってイルモログを出てナイロビへ行ったのか今でもわからない。今日ではケニアのどんな遠い僻地であれ、貧乏人が貧しさから逃れられる場所なんて一ヵ所もないものね?イルモログ、モンバサ、ナイロビ、ナクル、キスム、どこへ行っても水は私たち農民や労働者には苦くなるばかり……
 私の2エーカーの小さな土地は、改良品種の雌牛を飼うために借りた借金を返せなかったので、ケニア経済開発銀行のオークションにかけられてしまった。5000シリングの借金だった。私は支柱とフェンス・ワイヤーを買った。で、妊娠六ヶ月の雌牛を買った。それから、いくらかを息子の学校の授業料に使った。雌牛は雄牛を産んだ。牛乳は月々の銀行への利払いをまかなう位の稼ぎがあった。そうしたら、雌牛が赤痢にかかった。獣医が来た時には、雌牛は死んで埋葬してしまっていた。私は借金の四分の一さえ払えなかった。
 だから、土地が売られ、耕す土地が無くイルモログで仕事がないのがわかった時、私は仕事を探しにケニアの首都へ行かなきゃと思った。なぜかって?だって外国から借金をして、ナイロビや他の大都市を建設するのに使ったからだよ。農民が食べ物を作ると、それはナイロビへそして他の大都市へ行ってしまう。私たち農民に関わる限りでは、私たちの働き全てがナイロビや他の大都市を太らせるだけだわ。だから、私は小屋の中で一人で、自分にこう言ったの『ナイロビではきっと仕事を見つけれる。少なくとも私はオフィスの掃除したり、子どもたちのズボンを拭いたりはできる。どんな仕事だろうが、それは気にならない。だって、肉を一切れ投げ与えられる人は、多くを望まないものだから。それにたぶんナイロビにはイルモログの労働者や農民を夜も昼も邪魔しいじめている盗人たちと強盗団はいないだろう。』と。
 だから、私は少しのお金を服に縫い込み出発した。
 びっくりしたわ。あんなにたくさんの車が舗装路を草原に広がる洪水みたいに流れて行くのも、雲に届くといわれた伝説のカインの塔より高い建物も見たことがなかったから。ナイロビは石とタールと車でできた庭園みたいだ。お店を見て、ホテルと車を見て、私は独り言を言った。『たしかに私たちのケニアは発展している。きっとここで仕事が見つかる。』だから、最初に出くわした店に入って行った。店にある服は虹のように輝いていた。インド人が帳場に立っていた。私は彼に、店の掃除をさせてもらえないかと尋ねた。彼はそんな人間は必要ないと言った。私は子どもの世話をさせて欲しいと頼んだ。彼はその仕事も頼まないと答えた。私は再び通りに出て、高い高い建物だけを見た。それから私はホテルに入った。それは大きなホテルで、ケニア山ほどの大きさだった。そこでは、テーブルにはヨーロッパ人だけしかついていなかった。私は事務室に入った。そこにもヨーロッパ人がいた。彼は私に仕事はないと言った。私は彼に、あの白人たちの靴を磨いても平気です、彼らがバッタほどに多くとも大丈夫です、と言った。彼は笑ってそれは不可能だと言った。白人のためにトイレ掃除をするのはどうか、とも聞いたが、返事は、ノー。だから、私はまだ仕事がなかった。
 それから私は店から店へと、黒人を雇ってくれるところを捜してさまよった。一つの家族と世代の仲間はけして縁がきれることはない、私たち黒人はみんな同類、仲間ではないのかしら?私は家庭用品と園芸用品を扱っているらしい店に入った。鍬、マチェーテ(山刀)、庭用のフォーク、やかんにシチュー鍋が棚の上にいっぱいだった。黒人がいた。店には黒人がいた。私の心は期待で膨れた。私は彼に私の問題を全て話した。信じられるかしら?彼は笑いころげてしまった。彼は私に言った。彼が私に与えれる仕事は、足を広げることだけだ、大人の体をしている女なら得意な仕事だ、と。私は涙が流れ落ちるのを感じた。
 私は通りをさまよった、何をすればよいのか、どこへ向かえばよいのか、判らなかった。別のホテルがあった。私は入っていった。事務室をたずねた。黒人がいた。彼に仕事を頼んだ。彼はこう言った。『あなた、残念だったね。もう少し前に来ればよかったのに。私がヨーロッパ人のオーナーからあなたのような女性に向いた仕事はここにはない、と言われてなければよかったんだけど。』私はすごくショックを受け恐くなった。私はぐるぐる回って、さっき行ったばかりのホテルに戻ってしまったのだった。私が飛び出そうとしたら、さっきの男が呼び戻した。彼は私を椅子にすわらせ、彼の知っていると言う私たちのような人間に向いた仕事に人を捜している所に電話をした。私はうれしくてどきどきした。独立はほんとに私たちの国にやってきた。私はうれしい知らせを漁師の辛抱強さで待った。
 お〜、あなたたちへ私は何を言えばいいのだろう?私が二度くしゃみもしないうちに、警官たちが事務室に入ってきた。あの黒人は私を警察に引き渡したのだ。警官たちも私と同じ黒人だった。あの黒人は警官たちに私がホテルの様子を見ていたと言ったのだ。彼は白人のオーナーに呼ばれた時も同じことを言った。つまり、私がすきあれば盗みを働こうとして一日中ホテルの回りをうろついていたと言うのだ。オーナーはあの黒人の肩を叩き、鼻から抜けるような声で『よくやった、ムグワテ、よくやった』といったようなことを言った。そして、警察官もこう言いつづけた。『そうです、こういう女が盗人たちや強盗団に雇われて店やホテルや銀行をスパイしているのです。』
 私は警察の車に押し込められ、留置所に入れられた。でも、そこは留置所というより蚊とシラミ、ノミ、そしてナンキンムシのねぐらと言った方がいい所だった。私、ワンガリは他人からじゃがいも一つ盗んだこともない!私は、命を私の国に捧げた!今あなたたちの前でこうやってカンガを被りバスケットを持っている私は、糞尿の悪臭に息が詰まりそうになりながら三晩を過ごした!
 私は、今朝になってやっと裁判所に連れていかれた。そこで、私は、盗みを意図したと言って、またナイロビを宿泊先がなく仕事がなく家も許可もないまま歩き回ったと言って告発された。浮浪だとかなんだとか、彼らは言っていた。でも、あなたたち、考えてごらん。このケニアで生まれた私、ワンガリが、なんで私の国で浮浪者にならなきゃならないんだ?なんで私が外国人でもあるかのように私の国で浮浪者だと告発されなきゃならないんだ?私はどちらの告発も認めなかった。仕事を捜すことは犯罪じゃない。
 裁判官はヨーロッパ人だった。ブタのように赤い肌をしていた。彼の鼻はトカゲのからだのように皮が剥けていた。彼はフレームの大きな眼鏡をかけていた。
 ホテルのヨーロッパ人のオーナーが証人として振る舞った。外国人の奴隷のムグワテも証人だった。
 裁判官は私にこう聞いた。『判決を下す前にこの裁判所で言っておきたいことはないかね?』
 今でも、どこからあの時急に私を捕らえた勇気(それとも痛みだったのかしら?)が出て来たのかわからない。私は裁判官に言った。『私を良く見て下さい。私はあなたとは違ってここでは異邦人ではありません。だから私はケニアでは浮浪者ではありません。そして、ケニアでは私が異邦人になったり浮浪者になったりすることはありえません。ケニアは私たちの国です。私たちはここで生まれました。私たちは神さまから土地を与えられ、そして私たちは私たち自身の血を流して敵の手からその土地を取り戻しました。今日、私たちはぼろを着ています。でも、私たち農民そして労働者は、キマチの頃に活躍していた人々と同じ人間なのです。ええ、私をもう一度良く見て下さい。私は盗人ではありません。強盗でもありません。ほんとの盗人と強盗がどこにいるのか知りたいのなら、私について来なさい、イルモログにある彼らの住処と巣窟を見せて上げますよ。私に何人か警官をつけて下さい、そしたら、私たちをいつも悩ませている盗人や強盗たちをすぐさまに逮捕しますよ。私はナイロビや他のところは知らないけれど、イルモログでは、私たちのイルモログでは盗人たちも強盗たちもわざわざ隠れもしませんよ。』
 私は座った。
 裁判官は眼鏡をはずし、赤いハンカチで眼鏡を拭いた。それから皮の剥けた鼻の上に戻した。そして私をもう一度見た。私は心の中でこう言っていた。『そう、ワンガリのような農民の言い方を聞いたことがなかったとしても、そうやって私のことをちゃんと見なさい。生きている時代が違えば、あんたは銃の砲列を見下ろすことになってただろう、この悪魔めが』。彼は私にイルモログの盗人と強盗たちのことを繰り返すように言った。私は言った。『ほんとですとも、何で私が嘘をつかなきゃならないですか?この盗人たちや強盗たちが監獄で歯ぎしりするのを聞けば、あなたと私のどちらがもっといい気分になれるんですか?私に何人か警官をつけて下さい、そしたらどこに盗人たちが住んでいるのか教えてあげますよ。』
 裁判官は、私がこの国の盗人や強盗を根絶やしにするために警察と協力することを申し出たので投獄しない、と言った。私は許可なくナイロビを歩き回って浮浪禁止令を破ったことへの罰金は払わなければならなかった。
 信じられますか?あんたがたの心の中で、起こったことをよく考えて下さい。私がナイロビに入るのに、ちょうどヨーロッパ人の抑圧者たちが私たちにパスブックを持たせた非常事態の頃みたいに許可を受けなきゃならないなんて、まっとうなことですか?
 裁判官は主任警官に、イルモログにいる全部の盗人と強盗を逮捕する手配をするように、言った。私が『協力を申し出た』ので6カ月の禁固はなしになった。
 裁判所からそのまま警察署に連れていかれた。間違えないでよ、彼らは今度は甘い文句できげんをとろうとしたんだ。私をおだてた。もし全部の市民が私みたいで、ヤムイモが木を支えるみたいに、警察に協力してくれたら、国中から盗みや強盗やなんかが一掃されて、持てる者は誰しもが財産があることをおおぴらにできるし、あれやこれや気にやむことなく気持ち良く眠れるだろう、と言ってた。
 私がまず自分でイルモログへ帰り、いつどこへ盗人や強盗たちがいつも集まるのかを正確に調べることが、決まった。私は情報を得たら、イルモログ警察署に行って伝えることになっている。ナイロビ警察が、イルモログ警察署長のガコノ警視に連絡をとって、私が報告すればすぐに動き出せるように私のことを伝えることになっている。
 そう決めて、私は警察と別れた。でも彼らはバス賃のために半セントだってくれなかった!
 しかも、私のお金は全部、200シリングはあったのが裁判所にあるのよ。それで私は歩いてイルモログへ向かうことになってしまった。だから、もし神さまがあなたたちを私のところへ送ってくれなかったら、私は今夜どこで眠れたのやら、何を食べれたのやら?
 今日、そう今日のこの日、あなたたちと私がここで一緒に座っているこの時、もし誰かが天から落ちて来て私にお金のハラムベをたたえる歌を歌うようにと頼んだら、私はそいつに忘れられないようなことばを言ってやるわ……」
 ワンガリは突然話しを止めた。まるで彼女の想いはまだ留置所と裁判所、裁判官と警官たちの間を漂っているかのようだった。
 ワリインガは、ハンドバッグを開けてカカバス停で渡されたカードを取り出すところだった。「ワンガリはイルモログで開かれる盗人と強盗のための悪魔の祭典のことを知っているのかしら?」疑問がワリインガをためらわせた。彼女はワンガリを見て少し震える声で聞いた。「教えて、あなたは本当にイルモログのどこに盗人や強盗たちのねぐらや巣窟があるのか知っているの?」
 「なあに?あんたはイルモログのンジェルカの出だと言ってたでしょう!どこの辺りなの?」ワンガリは問い返して来た。
 「それは、ほんとうは私は知らなかったの」ワリインガは躊躇しながら答えた。
 「じゃ、今わかったわね」ワンガリはワリインガに言って、口を閉じた。

5

 他の乗客も口をつぐんでいた。まるで彼らにはワンガリの話しそしてワリインガの質問に何も付け加えることがないという風だった。しかし、沈黙してしばらく進んだところで、ムツリが話しを始めた。
 「この国、俺たちの国は、孕んでいる。何が産まれてくるのかは神しかご存じない、考えてもみろ!俺たち労働者の子どもは日にさらされ、腹を空かし、着る服もなく、グーグーとうなる腹をなだめるために、取ることさえもできない木に熟れた果物をじっと見つめるように宿命(さだ)められている!食べ物が食堂で湯気を立てているのを見ながら、ほんのちょっとの分け前を受けるためになべにひょうたんを差し入れることさえできないように宿命(さだ)められている!一晩中起きて互いに涙と悲しみの物語をしながら、来る日も来る日も同じなぞなぞ『あれは何だ』と尋ねあうように宿命(さだ)められている!」
 「熟れたバナナ!」ワンガリは、ムツリがほんとになぞなぞを出したみたいに、答えた。
 「まだある!」ムツリは言った。
 「人の家の地下室にあるフレッシュで冷たい水」再びワンガリは答えた。
 「ワンガリ、あんたの話しは、この国が、俺らの国がずっと昔に産み出すべきだったものを教えてくれる」ムツリはさっき言ったことを繰り返した。「今足りないのは産婆だ」と彼は付け加えた。「問題は、誰が孕んでいる世話をするのか?だ。」
 「悪魔は自分の仕事をしているぜ」ロビン・ムワウラは突然話しに割り込んで来た。
 ムワウラは、キネニで彼が見せた悪意に少しきまり悪さを感じていた。ムツリ、ワリインガそしてガツイリアがワンガリの運賃を払うことに同意した瞬間から、ムワウラは話しの向きを変え、ワンガリと彼女の問題から話しを引き離すきっかけを探し続けていた。それで、彼は歌いだした。

悪魔を倒そう
悪魔を倒そう
悪魔に言ってやる、俺にかまうな
俺は悪魔のものじゃない

 ワリインガは、その日に起きたすべてのことを思い出して身体全体がかーっと熱くなるのを感じた。彼女は自問した。「今日の出来事が繰り返されているように見えるのはなぜかしら?それとも、ただのおしゃべりかしら?」
 ガツイリアはムワウラにずっと歌って欲しいようなようすで見つめていた。ガツイリアは、ワンガリの話しに恐ろしく困惑していた。それで、彼は繰りかえし自問していた。「今日のケニアであのようなことが本当に起こるのだろうか?」それから、実際にケニアには浮浪禁止法があることを思い出して、彼はワンガリの話しを信じた。しかし、彼にムワウラが歌い続けることを望ませたのは、彼が気持ちの中に抱える重荷と関係しており、また一方彼の抱えるスーツケースの中の荷物にも関っていた。
 サングラスをかけた男はさらにからだを縮めて隅に身を寄せていた。彼は他の人たちはみな一緒だと思っていて、他の人たちが注意を向けるのを恐れているようだった。
 ムワウラは急に歌うのをやめた。歌は中途半端に打ち切られた。
 ムツリは彼に聞いた。「何で途中でやめるんだ?」
 「違うよ、続きはあんたが歌いなよ」ムワウラは答えた。
 ムツリは言った。「俺たちはこの歌はこんな風に歌ってた。というより、同じ曲にこんな歌詞で歌ってたと言ったがいいかな。

白人を倒そう
白人を倒そう
白人に言ってやる、さあ家へ帰れ!
ケニアは帝国主義者のものじゃない!」

 ムツリが次の節に入ろうとするに合わせて、ワンガリが加わった。そして、彼ら二人の声は美しく融け合って、ちょうど同じ種類の香油をミックスしたようだった。

ケニアはお前たち帝国主義者のものじゃない!
ケニアはお前たち帝国主義者のものじゃない!
荷物をまとめて出ていけ!
祖国の主人は今帰る!

ムツリとワンガリは歌手のように一緒にデュエットを終わらせた。
 ムワウラは言った。「俺にしてれみれば、あの時歌わなかった歌はないよ。今だって、どんな歌だった歌うさ。この世界はまあるくつながってるだよ。もし、あっちへ傾いたら俺も一緒にあっちへ傾くさ。まっすぐに立ってるなら俺もまっすぐに立つ。うなっているなら、俺もうなるし、口をつぐんでいるなら、俺も口をつぐむさ。ハイエナの国の第一の法は、『選り好みするな。あるものを食え。』なんだ。もし俺がアクリム教徒の中にいたら、俺はアクリム教徒になる。救済された者たちと一緒なら、俺も救済される。ムスリムと一緒だったら、イスラムを喜んで受け入れる。パガン教徒の中にいたら、俺もパガン教徒さ。」
 「ギクユは、片方を燃さずには二つの鍋を一緒に料理することなどできない、と言ってるじゃないか。」とムツリは言った。「しかし、ムワウラ、君は一時に二千もの鍋を料理できるように見えるな!君はほんとに全部の鍋の中の食べ物を見ることができるのかね、それとも最後には黒焦げになった残り物で終わるのかね?」
 「口は災いの元だよ!」ムワウラはこう言って笑った。彼の心は、話題がワンガリと彼女の問題から離れた瞬間から軽くなり朗らかになるのを感じた。「そのことわざが新造されたのは俺たちマタツドライバーのせいみたいだね。俺たちはでっかい口とよく動く舌とで知られている。なんでかって?漁師は流れのどこで釣れるのだか正確には知らないから糸をあちらこちらと投げてみるじゃないか。俺たちマタツドライバーにとっちゃ、俺たちの舌が釣り針なんだよ。」
 「金をつかむためのかね?」ムツリは話しを遮った。
 「そうだ、金をつかむためだ。」即座にムワウラは応じた。「で、みなさん。言わせてもらえば、俺たちの舌は金を持っている人間への餌だよ。というのは、金は人間から来るものだからな。だから、もしあんたが俺たちがしゃべっていることにあんまり注意を向け過ぎると、あんたは空いっぱいのお日さまの光を失うことになるだろう。ここにいる女性のことを例にあげよう。俺がさっき彼女を森の獣たちの中に置いていくと言った時、俺は本気だと、彼女は取ったんだろう。でも、俺はちょいとばかり脅したかっただけだよ。俺たちをだまそうっていう客がいるものだから、ちょくちょく興奮しちまうんだ。俺はいつも二つのバッグを持っている、一つは蜂蜜で一つは苦い汁のバッグだ。」
 「で生と死のバッグなんだろう?」ムツリは声に皮肉を潜ませて決めつけた。
 「あんたは際どいところにいるよ。」ムワウラは、皮肉には気付いていないような態度で、あっさりと答えた。「あんたが考えていることは、俺らをこの道の上で生き延びさせてくれるかな?」
 「俺は、君が言ったことはほんとうだろうと認める。」ムツリは言った。そして、強調して付け加えた。「なぜなら、ニャマキマで君は、お金のためならどこへ客を連れていくことも拒まない、と歌っていた。『神の国へだろうが、悪魔の待つ地獄だろうが。』と。でも教えてくれ、君はどちらの側に付くんだね?」
 「神か悪魔か、ということか?」
 「そうだ、それが質問だ。」ムツリは答えた。
 「俺はどちらの側でも同じように落ち着くさ。あんたが今言ったばかりじゃないか、俺は二つの鍋を同時に調理するやつだって?あんたは正しい。俺はどちらの鍋も焦げ付かせたくないだけだ。神か悪魔かという質問に戻れば、俺はどちらの側も狙っちゃいないさ。でも、どちらもあるってことを認めようや。どちらもそれぞれに力を持っている。そしてどちらもずっとこの地上で、人間の心に問いかけられた投票で支持を得ようとしてきたのは確かだ。だから、どちらもこの地上であんたの運命を良くも悪くもすることができるってことが判るだろう?ちょうど、選挙の時候補者たちが票を求めて互いに争うのを見てるみたいに、俺たち商売人は神と悪魔を互いに競わせてうまい汁をすうのさ。俺たちはどちらも怒らせたくないのさ。俺たちはどちらにも祈るんだ。」
 「君は道を見失った旅行者みたいにしゃべるんだな。誰も二人の主人に使えることはできない、と言われてるのを聞いたことがないかね?投票する人だって最後は一人の政治家に票を投じることになる。」
 「商売人はたくさんの主人を持つんだ。そして主人全部に従わなきゃならない。もしこちらの人が俺を呼べば、彼のところへ行くし、別の人が呼ぶのならそいつのところへ行く。」
 彼ら二人は口をつぐんでしまった。道のでこぼこやカーブが気にかかったので、ムワウラは慎重に運転していた。石油タンク車や木炭、ジャガイモ、野菜などを積んだトレーラーやトラックが道路をひどく使っていた。
 彼らはキジャン・ミッションと第二次世界大戦中にイタリア人捕虜によって建てられた教会へ向かう道路を通り越したところだった。そして、リフト・バレーの底へ向かって下り続けていた。
 ムツリはムワウラに別の質問をぶつけた。「君は何も信じないのかね?君の心が悪だとか善だとかと考えるものはないのかね?」
 ムワウラは最初黙っていた。まるで質問を全く聞かなかったかのようだった。「俺は、イエスこそ我が救い主と言わんばかりの宗教的熱狂心を持っているか?」彼は自問した。
 他の乗客は黙ってムワウラの返事を待っていた。というのも、彼ら自身がムツリの質問をそれぞれの心に向けていたからだ。
 ムワウラには、彼の答えを待っている熱い思いがわかった。彼は咳払いした。「あんたは俺の信仰について聞いた、そうだろ?心(ギクユ語で、「心」はいろんなことを意味している。精神、魂、認識、配慮、内的人格、本質など)の問題は簡単には測りきれない。人の心は、モグラの穴のように互いに通じ合ってはいない。心の中は見通しのきかない密林だ。だからだれも通り抜けることもできない。だいたい、あんた自分に聞いてみな、心って何だ?どこにあるんだ?肉でできた器官なのか、それともただの息なのか?俺が子どもの頃、ばあさんがロバの心をくったら病気が直ったライオンの話しをしてくれた。俺はすごく悲しかった。俺はばあさんに聞いた。『そのロバはイエスが帰って来て死者を起こす時に何をするんだ?』と。ばあさんは、『うるさいね、あんたの動物は復活しやしないよ。』と言った。
 人は一度は捨てた故郷に帰ってくるかもしれない。先日、俺は「タイファ・レオ(今日の国家)」という新聞で、この頃じゃ心臓が人から取り出されて別の人間の中に植え付けられるというのを読んで、子どもの頃聞いたあの疑問をまたいだいたんだ。疑問というのは、『そいつは、前からのと同じ人間なのか、それとも新しい心を持った新しい人間なのか?復活の日が来た時、二人の人間のからだが一つの心を自分の物だと主張したら、二人はどうするのだろう?』ということだ。二つのからだに分けられた心を考えてみろよ。心が正直で、従順で、明晰だとしたら、二つのからだがそれを取り合うのを何が阻むんだ?
 俺は疑問でいっぱいだ。心臓が一つのからだから別のからだへ移される時、それは最初のからだの全ての高潔さや邪悪さと一緒に移るのだろうか、それとも新しからだの堕落を決めてしまうのだろうか?
 さて、金持ちと貧乏人の住んでいる土地を考えて見ようじゃないか。金持ちはあらゆる悪事にふけっている、しかし、死にそうになったら病院へ行って貧乏だけど正直な人間の心臓を買う。そうすると金持ちは貧乏人の正直さのおかげで天国へ行き、貧乏人は金持ちの邪悪さのせいでか魂がないせいでか地獄へ行く!ハ!ハ!ハ!」
 ムワウラは長話しを笑いで打ち切った。彼は、何かおもしろいことを話し出す瞬間に、話そうとするのだけど、話す中身のおもしろさに笑い出してしまった人のように笑いに笑った。笑い続けながら、ムワウラは「俺は心臓の商売を始めたいな、人間の心臓の市場、店、スーパーマーケット、売出中。俺の心臓なんかがいくらになるんだろうか、と思うよ。」
 そう言いながら、ムワウラは笑い崩れた。
 しかし、乗客は誰も笑わなかった。
 それまでに、彼らはナレ・ンガレとナロクへ向かう道路を通り越していた。サテライト局(電波中継局)は左に、キジャベ・ヒルは右にあった。ロンゴノット山が前方だった。暗闇が土地全体を包んでいた。しかし、ムワウラのT型フォードからの光、そして同じ方向に行くのやすれ違う他の車からの光が通り道を明らかにし、暗闇を二つに引き裂いた。ドライバーの中には(すれ違うのに)減光しないのもいた。ムワウラは、光に目が眩むと、母親の名を叫び、長い引用できないようなことばを使ってドライバーをののしった。一度はこう言った。「売りに出されている免許証のせいで道路が危なくなるんだ!あんた、信じられるか、今時はほんの若造でさえ500シリング払えば免許証をポケットにねじ込むことができるだぞ。そいつがハンドルを見たことさえなくてもだぞ。」
 「水は濁ってしまった!」ムツリは彼に言った。
 「そして人々の心は空っぽになってしまった!」ワンガリが続けた。ムツリとワンガリは一緒に歌い始めた。

飢饉が私たちの国に広がった。
しかし、それは違う名前を与えられている、
人々が知ることのないように、
どこに全ての食べ物が隠されているのかを。

二人のブルジョワの女が
貧しい子どもたちの肉を食べていた。
彼女らには子どもたちが人間であることがわからなかった。
なぜなら彼らの心臓がなかったから。

たくさんの家と、広い土地、
そして盗み取った金の山
そんなもので人に平穏はやってきやしない。
だってそれらは貧しい人々から奪われたものだから。

さあ金持ちを見るのやめよう
貧しい人々を、そして子どもたちを見よう。
彼らはみんなハイウェーをふらふらしている。
だって彼らの心臓は空だから。

 ムツリは言った。「金持ちは食べ過ぎたせいでふらふらしている。」
 ワンガリは続けた。「そして貧しい人々は飢えてふらふらしている。」
 彼らは声をそろえて歌った。「…だって彼らの心臓は空だから…」
 ムワウラは再び自問した。「俺は、どんな種類の宗教的熱狂心を持っているか?こいつらはみんなディープ・ウォーター宗の信者なのか?」
 「あんたたちは人間の心の問題に戻ったのか?」、ムワウラは、ムツリとワンガリに対する苛立ちを隠し切れない声で聞いた。「心、心、心!心って何なんだ?そよ風、一陣の風、声?違う、心は、貧乏に押しひがれた人間の夢の力で、神の天国に続く黄金の階段にか、それとも下降して神の敵の地獄へ導く赤熱する石炭のはしごにか、姿を変えた通り過ぎる雲だ。俺の心臓を、いくらでも出したがる愚か者に売りつけれる市場はどこにあるんだ?」
 ムツリは即座に答えた。「人間の心?そよ風、一陣の風、通り過ぎる雲?貧しさに眠れない人間の精神の中に作られた夢の階段?違う!人間の心は肉であり、また肉ではない。心は人間を創るし、人間が心を創る。心は肉体に宿り、逆に心が肉体になる。人間の中には心臓と呼ばれる器官がある。この器官は一種のエンジンで、血液を動脈から静脈と送り出していて、この血液がからだの全ての細胞へ食べ物を運び、からだのあらゆる部分から老廃物を取り除いている。この器官はからだの中の全ての他の器官と共同している。人間が見て、触って、聞いて、匂いをかいで、味を見て、しゃべり、腕を振り回し、歩き、生き始めるために、これらの器官は一体になって働かなくてはならない。
 人を人たらしめているのは、別の心というものだ。心は俺たちがこの手で創り出し、この目で耳で鼻・口で育てた人間性だ。心は俺たちの仕事と行動の産物だ。俺たちの精神に導かれて仕事や行動は自然を作り変えて、物事を俺たちの必要に応じるように作って来た。たとえば雨を避けるための小屋や寒さや日光から身を守るための服やからだを育てる食べ物や、他のたくさんの必要なものを作って来た。
 また、この人間性というのは、一緒に働く多くの手が産み出したものだ。なぜなら、ギクユが言っているように、一本の指ではしらみは殺せない、一本の槙では夜通し火を燃し続けることはできない、一人の人間ではどんなに力強くとも川に橋を架けることはできない、しかし、多くの手があれば、どんなに重くとも重荷を持ち上げることができる、からだ。俺たちの努力の結合が、俺たちが自然の法則の言いなりなるような生活をする代わりに、自然の法則を変えることを可能にし、自然法則を俺たちの生活の必要に合うように使いこなすことを可能にした。だからギクユはこうも言っている。『変化せよ、なぜならひょうたんの中の種はみな同じ種類ではないから。』
 自然を従わせようと一緒になって努力する俺たちの手と精神のたまものである、この人間性が、人間を、獣や木やその他の自然の王国の全ての創造物とは違うものにしている。
 どうだ?他に風や水や光や蒸気を捕えて飼い馴らすことのできる生き物はいるか?脚や腕を鎖で繋ぎしかもそいつらを拘禁して、従順で要求に従う囚人にすることのできる生き物はいるか?いやしない。人間と動物は全く違う。動物は自然の前に身を屈して、火にかけられたソーセージが小さな子どもの手でまわされるように、自然によってあちらこちらへ振り回されるままにしている。しかし人間は自然と格闘し自然を従えようと努力する。
 見てみな、たくさんの手が一緒になって作り出したものを。道路、鉄道、車、列車、野ウサギや森に住む最も素早い動物よりも人間を速く走らせれるようにしたいろんな種類の乗り物、空翔ぶどんな鳥よりも強力で速い翼を人間に与えた飛行機、音や光よりも速いミサイル、ガリレアの海でペトロが沈んだのとは違って、深い海でも奇跡のように浮いている巨大な船、電話、ラジオ、テレビ、といった人間の声や姿を捕えることのできる道具、こいつらのおかげで、人の顔や声は肉体が死に埋められて朽ち果てても残っている。これよりびっくりするようなことってあるか?俺たちが作った町を見てみろ。モンバサ、ナイロビ、ナクル、エルドレット、キタレ、キスム、ルウワ・イニ、そしてイルモログ。コーヒーやお茶、サトウキビに綿、米、豆にメイズ、みんな一握りの種から俺たちが育てたんだ。ルイル、アチからサガン・リバーに延びている銅線の中に封じ込められた火(熱エネルギー)のおかげで、本物の太陽や月や星が眠りについた後も、街の中、家の中に太陽や月や星を持つことができるじゃないか!もしこの共同作業の成果が寄生する連中にひったくられてなければ、俺たち実際に物を作る人間が現在どうなっていたと思う?俺たちは未だに寒さ、空腹、渇きそして着るものの無さの意味を知らなきゃならなかったろうか?
 この人間性が人の心だ、というのは、人間の心はどうにもならない位に人間としての性質の成長と結び付いているからだ。だとしたら、君は心にどれだけの値段を付けることができるんだ、安っぽい愚かな商売人さん?」
 ムツリは、話したことと彼の頭の中にある考えのに興奮して少し息を切らしていた。彼はそうした考えを心の中では何度も検討していた、しかし、それまでは考えをことばで表わそうとしたことはなかった。彼は自分自身に驚いていた。なぜなら、彼はこうした哲学的な考えがどこから湧いて来たのか判らなかったからだ。
 ムワウラは乗客たちに向かってアピールした。彼はムツリに言った。「あんたの見解によれば、いい心とか悪い心ていうのはないんだな。どの心も俺たちの人間性の一部というわけだ。思い出してみろよ、俺たちは善と悪とについて論議してたんだぜ。この世の中には善も悪もない、この世の中にはいい心も悪い心もない。心は心だ。天国や地獄のことをしゃべるのは、ガキどもを怖がらすための話しを集める以上のことではない。何について議論するんだ?平和のことか?金のことか?」
 「天国と地獄?」ムツリはすかさず議論に応じた。「二つとも存在する、そしてその二つの間には、ちょうど善悪の違い、良い心と悪い心の違いがあるのと同じで、違いがある。聞いてくれ、俺たちが生きるてる間、ずっと闘いが続いているんだ。俺たちの人間性に従おうとする力と、人間性を打ち壊すことになる力とがせめぎあっているんだ。人間性を守るために壁を築こうとする者と、人間性を引き落とそうとする者が闘っている。人間性を築こうとする者と、人間性を打ち壊そうとする者が闘っている。俺たちの目を開かせ、俺たちに光と明日を見させ、そして俺たちの子どもたちの未来を問いかけさせようとする者と、俺たちを騙して目を閉じさせ、俺たちの国の明日を考えることなく今日の食べ物のことだけを考えさせようとする者とが争っているんだ。
 これは見物人のいない戦争だ。というのは、どんな人間も、俺たちの人間性を創造し、築き上げ作って行き、そして俺たちの人間性を慈しんで俺たち自身の天国を創るために花咲かせるよう徴兵されている軍の一員、つまり神と同じように創造者の一族に与しているか、さもなければ破壊の軍隊に属して、建設者たち・創造者たちを裸にし、いたぶり、抑圧している、そういう俺たちの人間性を押さえつけようとし、俺たちを地獄を創り出す獣に変えようとする軍隊の一員として悪魔の性格に染まっている、つまり寄生虫の類の軍なのだ。この二つの軍隊が、それぞれの種族の性格に応じた心を造っている。だから、二つの心がある。寄生虫の類が造った心、邪悪な心と、創造者の一族が造った心、善良な心だ。
 俺たちがどちらの側についているのか、つまりどんな心を造っているのかを、明らかにするのは、俺たちの行動だ。なぜなら、俺たちの手、いろんな器官、からだ、そしてエネルギーは鋭い剣のようなものだ。この剣は、創造者の手にあれば、土地を耕し、食べ物を育て、そして耕作者を守って彼らの汗の賜物や成果が彼らからひったくられないようにすることができる。しかし、その同じ剣が寄生虫の手に入ると、作物を痛めつけたり、生産者たちに彼らの努力の産物を使わせないために使われるのだ。
 創造者の手にあれば、炎の剣は善をなす力を持つ。そして寄生者の手の中では、炎の剣は悪をもたらす力を持つ。行動が炎の剣の邪悪な面も、善良な面も描き出す。剣は子どもたちを殺すために突き刺さるだろうか?それとも、剣は敵を殺すために突き刺さるだろうか?
 ギクユは昔言った。『豹はどうやって爪を立てるのかを知らなかった。それは教えられたのだ。それはほんとだ、しかし豹はいつだって立てる爪と力を持っていた。豹は子どもたちを殺すために爪を立てるだろうか?それとも、豹は敵を殺すために爪を立てるだろうか?
 一つだけ確かなことがある。なされてしまったことは、取り返しがつかない、ということだ。俺たちの行動は、俺たちが良い心あるいは悪い心を積み上げるのに使う煉瓦なのだ。
 だから、心という鏡を通して、俺たちはこの地上での俺たちの姿そして俺たちの仕事を見ることができる。もし君が良いも悪いも写す鏡を見たくないというのであれば、この地上には居場所がない。急げ、君の心臓を急いで市場へ持っていけ、そして君は人間の抜け殻になるんだ。君らみんなが知っているあの頃、俺たちはこんな歌をよく歌った。

犯した罪のために
君がすすり上げ、涙を流していようとも、
国を守るために、愛国者の務めを果たすまで
君は居場所を見出すことはない
君が行く手を見失い、
生きる道筋が見えない時、
案内人は唯一の道を指し示したものだ
人民の組織された団結を

 ドライバー!二つの道がある。一つは人々を死へと導く、そしてもう一つは人々を生へと導く。君が死への道を見せるなら、俺が生への道を見せてやる。君が生への道を見せるなら、俺が死への道を見せてやる。というのは、人が自分の欲しい心を作ろうとする時、この二つの道は誰の行動の中でも交わるからだ。ムワウラ、君はハイエナの第一の法則のことを話したな?俺は君に聞こう、二つの道を同時に歩こうとするハイエナはどこへ行き着くんだい?ムワウラ、どちらかを選ばなきゃならない、そしてその道を行くんだ。」ムツリは話すのを終えた。
 「俺は俺の道をずっと昔に選んだよ」ムワウラは答えた。
 「どっちだい?」ムツリは聞いた。
 「死への道さ!」ムワウラは答えて、ちょっと笑った。まるで冗談でも言ったようだった。「あんたは今どこへ向かっているつもりなんだ?」ムワウラはからかうように聞いた。全くの沈黙がマタツを蔽った。

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