斉藤 龍一郎の近況です

2018年6月22日 金曜日午前11時8分。

今朝、もち米を蒸し、昨日作っておいたつぶあんと合わせておはぎを作った。おはぎを作る前に、蒸したもち米の一部とがんもの煮付け、豆腐で朝食を食べた。

小豆があと3合、もち米は1kgほどあるので、また作ることができる。次に作る時は、うるち米を少し混ぜて炊こうと考えている。

学生の頃読んだ本が、【増補新版】になって復刊された。先日、同じ著者の『ファシズムと文学』で知った本が、日本語になっていることを知って読んだところだった。

この著者が学祭でしゃべったのを聞いて著書を読んだのだった。呼ぼうという人間がいて、来て話をしてくれるという著者がいたのだった。



2018年6月1日 金曜日午後5時53分。

長らく参加できていなかった会議に久しぶりに出た。

日中、会議会場まで来る時は、暑くて汗だらけになった。帰りは、ちょうどいいくらいの気候のようだ。

ゴールデンウィーク直後に分担した作業、月末に追い込んでなんとかすませた。

まだまだ、やるべきことが山積みだ。ちょっと一息入れて、ボチボチと作業を進めたい。



2018年5月11日 金曜日午後2時21分。

超高齢犬の見守りをしながら、これを書いている。

副作用がきつくて長引いた入院、水曜朝の検査結果でかろうじてOKが出て、昨日、退院し部屋へ戻った。

図書館からの返却督促状以外には、入院が普段の生活に及ぼしていないことがわかり、ちょっと安心した(水曜日、外出許可を受けて大学で授業をやったので休講にもせずにすんだ)。

ずっと聞くことのできなかったKathrine Jenkinsの声を聞いて作業していると、少しずつ指先の感覚が戻ってくるのを感じる。

水曜の授業時に学生たちが書いたエッセイ、少し読んだ。どれもしっかりした文章で、内容も興味深い。ずっとまとまった本を読むのが億劫だったという学生が、『階段島』シリーズ5巻を一気に読みきって、文章を少しずつ読み進めることを覚えた、という内容のエッセイには、正直、驚愕した。読ませる文章を書く作家の力って、やはり重要なんだ。



2018年5月6日 日曜日午前5時36分。

前回更新以降、超高齢犬の見守りをしながらPCを動かすことが多くなった。

3月末には、4月末に入院・治療せざるをえないことが判明した。

11年目に入った大学での授業、履修者数が100を超えた。履修者がほぼ確定した後も、たくさんの学生が教室に来ている。この3〜4年とはちょっと雰囲気が違う。

4月も後半に入ってから、毎年集まっている仲間たちと一泊泊まりがけで出かけた。「寝てても良いよ」と言われながら、助手席に乗ってボーッとして走る車道、新鮮だった。

泊まり先は、もう20年近く毎年お世話になっているところだった。顔ぶれに変わりはないが、みんなが着実に重ねてきた年月が、泊まり先でも出先でも感じられた。

帰り道、運転者が普段聞いている音を聴きながら、車で音を流すシステムが、iPhoneに変わって何年くらいになるのだろうか? この車、以前は、けっこう大きなCDチェンジャーを積んでた、なんてことを思った。

15年以上前、妹の子どもに、何枚かMDコピーを作ってもらったことを思いだした。MDを活用した世代って短いのだろう・・・

4月25日に第3回目の授業をやった後、26日に入院し、27日に塞栓術を受けた。担当したカテーテル医が後でベッドまでやってきて、「薬多くなったから、ちょっときついかも」と言っていた。ということなのだろう、昨年3月の入院時には割に早くにもどった食欲が全く湧いてこず、3日目からは高熱を発して苦しかった(気分転換に、これまでの記録をまとめてみた)。

ということで、まだ病室にいる・・・



2018年3月19日 月曜日午前8時11分。

この半年ほど、月〜木の午後、見守りをしている超高齢犬が、昨日、発作を起こした。

朝、散歩の時にガードレールにぶつかったひょうしにバタッと倒れた、と連絡があって、行った。

行った時には、落ち着いていて、外へ出たがったので、かねてから用意していたカートを引っぱり出して、近くを一回りした。公園ではカートから降りて歩いた。

しばらく休んで、おしっこもしたそうだったので、外へ出た。40分ほどそれなりにしっかりした足取りで歩いた。

戻ってきて、2時間ほど横になっていた。ムクッと起ち上がったので、また散歩に出た。

外へ出て歩くことが元気のもと、と感じさせる振る舞いだった。



2018年3月15日 木曜日午前11時35分。

「アフリカNOW」発送用の封筒準備作業を終えた。

自転車のギア・チェンジ用ケーブルが切れたので、昨日、自転車屋へ持って行ったら、ギア・チェンジ部品一式交換だった。それでもそんなに多額ではない。15年使っていて、初めての交換だった。



2018年2月15日 木曜日午後2時25分。

今日は暖かい。お昼までは図書館へ行って作業をしたが、この暖かさだと、部屋で音を聴きながら作業できる。

昨日の朝、FacebookのTLに

先ほど、大学のサイトで成績記入を終わり、今学期の仕事に区切りがついた。
最後に届いたレポートの一つ、「3回提出した抜き書きをまとめて考えたことを書く」ことを指示したのに、授業の中で3回書いたエッセイをまとめたレポートだった。しかも、エッセイでとりあげたゲスト・スピーカーの名前を、レポートにする段で間違えている・・・自分で書いたレポート課題を思わず見返してしまった。

と書いたところ、「一学期間担当した教員の名前を書けない学生もいっぱいいますよ。」「科目名をかけない学生も。」とコメントがついた。

上記の事態との遭遇もあって、今学期、重要なことを学んだ。
特に重要なのは、レジュメに書いただけではダメということ。
ここにこんな形で書き留めたのはこれこれだからと説明し、重要だから覚えてねと念を押すことが必要であることを、ことあるごとに思い出さなくてはならない。



2018年2月7日 水曜日午後2時3分。

月に2回と決めた、シーツとタオルケットの洗濯をすませた。

昨日、30%引きで買った豚肉、鍋にして食べた残りを、ポークビーンズと肉じゃがにした。



2018年2月1日 木曜日午前10時4分。

足下に湯たんぽを置いてページ更新作業をしている。足が温まると作業を進めようという気になる。

先週末くらいから、また、Josh Grobanエンドレスモードに入ってしまった。"You Raise Me Up!"が流れてくると、口まで動き出す。

今学期、初めて追試をやることになった。といっても、教務課の指示にしたがって、レポートの課題を教務課宛てに送っただけだ。再来週、レポートが戻ってきたら採点をすることになる。

追試の対象となった履修者、いくつもの試験を受けることができなかったようだ。

一人、期末試験を受けたものの課題を提出していない履修者がいる。このままだとこの履修者の成績、評価できない・・・



2018年1月24日 水曜日午前9時20分。

昨日、2018年度春学期・秋学期のシラバスを記入した。春学期に使うメインの教材も用意できた。

今朝、メールを開いたら、今日の試験に間に合うようにと課題提出が3件。良かった。

春学期、初めての試験実施だったので、どの程度の問題を出したら良いのか見当がつかないまま実施した試験で満点が続出した。それ自体は良いことだが、問題づくりにはもっと工夫が必要と感じた。今期は2度目の試験実施。少し作り方を変えたので、どんな結果になるのやら・・・



2018年1月13日 土曜日午前11時12分。

今朝、起きたら-2度。寒い。

「(自分の行為で)恥をかかせた」のでつらい、と書かれたメールを受け取って、何と返したいいのかと考えてしまった。



2018年1月9日 火曜日午前11時53分。

今月末まで受検できる、区民検診の受診券を持って近くの診療所へ行った。

9時に診療開始というので8時45分ごろ行ったところ、すでに、受診待ちリストに20名以上の名前が並んでいた。

「待ち時間長いですよ」と受け付けで言われ、受けた検査のチェック表を渡された。

で、1時間半。検査を受けるので朝食抜きで診療所へ行ったので、おなかが空いて苦しくなりそうだった。

診察室で向かい合った医師は、かつて、定期的に検査・診察を受けていた医師だった。おなかの切った痕きれいですね、と言っていた。



2018年1月1日 月曜日午前9時42分。

起き抜けにonにした灯が点かなかった。LED電球も寿命を迎えるくらい長いこと交換していなかったんだな、と思って近所のコンビニとスーパーを回った。4軒目のローソンにあった。

部屋へ戻って付け替えたのに点かない。アレッと思って器具周り探ってみたらスイッチらしきものがあった。押したら点灯した。今朝まで装着していたLED電球に戻したらこちらも点灯した。一体何だったんだろうか?


去年、高校生の時、仲の良かった、何度か下宿に泊めてもらったこともある友達が死んだ。エッあいつが・・・と思った。でも、僕は、数えてみれば6年間で7回(検査入院も含めると9回)入院して治療を受けている。たまたま検査で早くに病変につながる変異が判明したので、早期発見・早期治療を受けて元気にしているが、3度は全身麻酔をかけての開腹手術で、9時に手術室に入室して麻酔をかけられ、意識が戻ってみたら18時半だったという手術だった。手術が終わった日の夜はICUで2時間おきに看護師が状態を確認しに来ていたし、翌日病棟に戻っても病室ではなく看護センター隣のHCベッド上で2泊3日を過ごした。重大な病状変化の可能性を念頭においた処遇を受けてきたということだ。

小学4年生の秋、両耳の鼓膜再生手術を受けるため40日近く入院した時のことを覚えている。中学1年生の夏休みの終わり、腹痛が続くので病院へ行ったら、急性盲腸炎と診断され、そのまま入院して手術を受けた。この時は1週間くらいの入院だったと記憶している。入院中に新学期が始まったので、高校生だったいとこが学校帰りに立ち寄ってくれたことを覚えている。

どちらも遠い昔のことだ。これから、今まではなかったのに、ということがドンドン起きてくるのだろう。またいつかがあるさ、と簡単には言えない、そんな年齢になったのだな・・・




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昨年、亡くなったスティ−ブン・J・グ−ルドの本を買ってもらいたいと思っています。
紹介文をボチボチ書いていくつもりです。まずは机の側にころがっていた「THE MISMEASURE of MAN」のことを書きました。


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