斉藤 龍一郎の近況です

2018年11月12日 月曜日午前9時4分。

退院して一週間が経った。毎日、体温と血圧を測定している。

先日の入院前に服用を開始した薬の影響で、指先の皮が角化したかと思ったら剥け始めた。手足に角化症治療薬の軟膏を塗った後、手袋・靴下を着用している。

手袋をしたままでは、PCを扱うのもたいへんで、この一週間、PCに向かう時間がかなり減った。その分、ラノベを読んでいる。



2018年11月5日 月曜日午前4時44分。

夜中の抗生剤点滴で、今回の入院での抗生剤投与は終わりのはず。この後の採血の結果がでないと、退院が確定しないので、「はず」としか書けない。

昨日は、小雨だった。病棟内は暖かいので、ちょっと外気にあたろうと建物を出たら、傘を差している人達が目に入って雨が降っていることを知った。病院の隣の医学部キャンパスでは学園祭をやっていたが、11月の雨に降られて風邪を引いた人もいたんじゃないかな?遠い昔、学園祭の日に雨に降られたことを思い出した。

友達のメールを見て、いつからハロウィンがイベントになったのかと思った。僕が大学生の頃、誰もハロウィンを知らなかったように思う。あの頃は、バレンタインデーにチョコレートというのもなかった。クリスマスだからケーキが定着したくらいの時期だったんじゃないだろうか?



2018年11月3日 土曜日午後2時39分。

10月も3週間近く、病院で過ごしてしまった。病棟の看護師とも顔なじみになり、先週末には、「一度、退院しましたよね?」なんて聞かれてしまった。

10月26日の発熱、急だった。前日夜、37.4度だったのが、起きて測ってみたら36.1度と平熱に戻っていた。それが、お昼を食べて、ちょっと熱っぽいかなと測ってみたら38.3度。アレッと思って2度測ったが、高熱を発していたのに変わりはなかった。

で、病院へ電話をしたら、救急外来にいらっしゃいとのこと。

冷蔵庫の中の水煮の豆、お昼に炊いたごはんの残り、午前中に買ったばかりのトマトと牛肉などなどをまとめ、着替えを持ってタクシーに乗った。

食べものは、友達のところで引き取ってもらい、40分ほどで救急外来に到着した。

診察前の検温では37.1度だった。

血液検査、インフルエンザの検査、CTなどを経て、入院が決まり、18時ごろ病棟のベッドで検温を受けた時は、36.4度まで下がっていた。

4日間、絶食して抗生剤投与を受けた。

今週水曜日の昼食から食事再開となり、まずは三分粥とおかず2品。魚を煮たもの、もしくは鶏肉を煮たものと野菜の取り合わせに、フルーツゼリーかヨーグルトがつくという食事が2日続いた。

食事が始まったので、栄養点滴が終わったが、まだ8時間ごとの抗生剤投与のために点滴の針が入っている。

明後日の朝の検査で問題なければ退院。退院して4日目に、検査と診察のために病院へ来ることになっている。



2018年10月16日 火曜日午後3時27分。

昨日、食事がお粥になり、シャワーもOKになった。

今日は、シャワーの時に頭を洗った。明日の外出届けも書いた。

夕方まで続くのかと思った栄養点滴、6時〜12時で区切りだった。この後、夕方、夜中、明朝と抗生剤投与の点滴があるが、明日は外出なので針を外してもらえるのだろう。



2018年10月12日 金曜日午前7時34分。

今年4度目の入院10日目。担当看護師が、「明日の検査結果で食事再開になるそうよ」と耳打ちしてくれた。

先週水曜日、授業のために大学へ向かうバスの中で頭がボーッとして身体がだるかった。大学の保健センターで体温と血圧を測ってもらったら、37.7度の発熱、血圧は普段と変わらない数値だった。で、病院へ電話をしたところ、検査・診察を受けに来るようにとのこと。授業レジュメを配っただけで早退し、一度部屋へ戻り着替えを用意して病院へ行った。

救急外来で診察を受け、血液検査、CTを受けて、入院が決定。19時すぎに5階の病室へ入った。

この日、昼食用に用意した弁当は食べずに部屋へ戻って処分。入院後は絶食。以降、絶食が続いている。

入院し絶食して抗生剤投与を受け始めた翌日は、起き抜け36.2度、午前10時37.1度、午後2時も同じく37.1度、17時36.7度という体温だったが、もう一日経ったら36.2度前後で安定した。

金曜日に病棟の担当医チーム、胆汁ドレーン手術の担当医が病室までやってきて、胆汁滞留を示す数値が出ているのでステント挿入先の変更などを行う必要があると説明してくれた。

で、発熱も収まり、炎症反応の数値も大丈夫と判断された火曜日にステントの挿入手術。8月に挿入されたステントを交換し、もう1本別の胆管にステントを挿入したとのことだった。

ステント挿入手術を受けて、まだもうろうとしている頃に、消化器外科の主治医がベッドまで来てくれた。まだ、話ができそうもないと見たようで、そのまま戻っていった。

水曜日の朝、前日話をしないで引き返した消化器外科の主治医がやってきて、再来週診察予約を入れておいた、それまでに考えておくようにと今後の治療計画の概要を説明してくれた。

木曜日の夕方、ステントを入れた肝臓内科の担当医が病室へ来て、ステントを2本入れていること、細いステントを2本入れるのがせいいっぱいだということ、胆汁滞留の可能性がある胆管は他にもあるので状態の変化によってはステントの差し替えが必要なこと、細いステントなので3カ月毎に交換が必要なことを説明してくれた。



2018年9月20日 木曜日午前2時36分。

夜が明けると退院。早くから横になってそのまま眠っていたからか、退院が決まって興奮しているせいか、夜中に目が開いた。

入院した火曜日から金曜日まで絶食。土曜日・日曜日と重湯。月曜日の朝、食事の皿が増えたのを見て、検査で判明する状態も良くなっていることを実感した。

で、火曜日は五分粥、水曜日は全粥と固形物が増えてきたところで退院。今回は、前回退院時にはなかった退院薬が処方されることになっている。

来週木曜日、前回退院時に設定された検査と診察の予約はそのまま生きているので、退院後、またまた発熱などなければ、来週木曜日に病院へ来ることになる。

秋学期、最初の授業に間に合うように退院できるのはありがたい。



2018年9月15日 土曜日午前5時1分。

火曜日に緊急入院して5日目。先週金曜日まで2週間を過ごした病室の隣の8人部屋。

先週金曜日、自室へ戻り、週末、梨を食べ、牛すじ肉を分葱・玉ねぎと煮て作った牛丼を食べた。大豆を煮て酢大豆にした。小豆を炊いてまんじゅうを作り、カボチャを蒸して食べた。

月曜日の朝、起きたらからだが重かった。久しぶりに入浴した後、朝食に卵かけ青ネギ牛丼を食べ、横になっていたらそのまま寝ていた。

昼食にそうめんを食べた後も、そのまま横になっているうちに眠っていた。

午後3時頃、目が開いたので、体温計を買ってきて測ったら、37.7度。

涼しかった病室から、急に暑いところへ出て3日ほど過ごしたので、疲れて熱が出たのかと思った。

退院時に、熱が出たら連絡するようにと注意されていたことを思い出し、病院へ電話をした。

お腹が痛い、熱がドンドン上がっていく、というのであればすぐに病院へ来て検査を受けるように、でなければ、一晩様子を見て改めて連絡するように、とのことだった。

火曜日早朝、ほぼ平熱に下がっていた。これで大丈夫かな、と朝食をとった後、念のために熱を測ったら、37.6度。

再度、病院へ電話をして状態を伝えたところ、入院の可能性もありますからその準備もして来るように、とのことだった。

着替えをバッグに詰め込み部屋を出た。幸い部屋の近くでタクシーをつかまえることができたので、40分はかからずに病院へ着いた。

電話で指示されたとおり、再来受け付け機に診察券を入れて、「当日診療」の受け付け票を受け取り、消化器・肝臓内科の受け付けへ。しばらく待って、処置室で検温・血圧測定・採血・採尿。体温は37.8度だった。血圧は普段と変わらず。

次いで、処置室奥の「予診室」とでも言うのか、小さなブースで待っていた病棟での担当医の一人から、CTを撮ること、入院もありえること、と説明を受けた。

次に処置室へ呼ばれた時、造影剤投入用の針を入れ、その針を通しての点滴が始まった。

CT撮影を終えて、肝臓内科の受け付け前で待っていたら、先日の内視鏡手術を主導した担当医がやってきて、診察室ではなく、処置室の事務スペースで、画像を見ながら、先日の手術で好転した肝機能の数値、また黄疸に関する数値は、退院時よりも良くなっているが、炎症発症を示す数値がかなり高くなっており、画像を見ると、肝臓の手術対象ではなかった部位に膿疱らしき影が見えるので、それが炎症を起こしているのだろう、と状態を説明してくれた。で、消化液で膿疱を刺激しないように絶食し、抗生剤を投与して炎症を抑える必要があるとのことだった。

その後、入院時にいつも受けている心電図検査へ行き、再度処置室の呼ばれたら、病棟から看護師が迎えに来てくれた。処置室で渡された診療案内には、14時10分に入院とあった。

この日、朝食以降、何も食べてなかったからか点滴がついただけで抗生剤投与も始まっていなかったが、病室のベッドで受けた夕方の検温時には36.7度と、熱はかなり下がっていた。

検温後、最初の抗生剤投与があった。

水曜日の朝には、すっかり平熱に戻っていたし、検査の結果も好転していたが、普通に食べても大丈夫な状態ではなかったようで、昨日まで絶食が続いた。昨日の朝の検査結果で数値がかなり良くなってきたので、今日から重湯が出ることになっている。



2018年9月6日 木曜日午後10時49分。

夜が明けると退院。ちょうど2週間の入院だった。

今回は、入院した土曜日の夜、翌日曜日の朝昼晩と普通食の後、術前の月曜朝から絶食だった。術後、火曜の検査で要注意が出、木曜にはCTも撮って患部の状態チェックが行われという事態だったので、絶食は金曜まで続いた。

土曜日に、重湯で食事再開。土日月と重湯。絶食期間と重湯の期間、シャワーだけでなく洗面所での洗髪も慎むようにとのことだったので、ずっとお湯を用意してもらってからだを拭き、頭にはドライシャンプーを使った。

月曜日の検査で改善が見られたことから、火曜日は三分粥、水曜日は五分粥そして今日は全粥と日ごとに固形物が増え、食事の満足感が高まった。シャワーも解禁。火曜日の朝、久しぶりのシャワーを浴びることができて気持ちよかった。

食事が粥になったところで、点滴停止。とはいえ、状態が悪化した時の備えに針が入ったままだった。今朝、11日目にして針が抜かれ、シャワーを浴びるために針をカバーしてもらう必要もなくなったのはありがたかった。

今朝の検査を受けて、点滴の針が抜かれたことで、病室で受ける治療がほぼ終わったことを感じたが、夕方、担当医がやってきて、「明日退院」と言明するまで、気持ちが落ち着かなかった。


入院した頃は猛暑、先週後半、天気が落ち着かず雨が降ったり、西日本に上陸した台風21号の影響で強風が吹いたり、という日が続いたこともあり、またずっと点滴が付いてたことから、動ける範囲が限られ、本を読む、iPodでゲームをする、MacBookで作業をする、くらいしかすることがなかった。で、入院時に用意した9冊を、最初の一週間で読み終わり、どうしようかと思ってたところに、友達が、平野啓一郎と中村文則の作品を計9冊持ち込んでくれたので、たいへん助かった。今日、6冊目を読み始めた。

生存学ウェブサイト・アフリカ関連データベースに関する作業では、南アフリカ共和国1970年代のファイルに、昔々作ったデータベースのデータを全て移行することができた。以前、作業を始めたものの途中で中断したままだった。

南アのアパルトヘイト体制に対し、国連、米国が強い姿勢を取り始めた頃、日本の企業が石炭、鉱物資源を求めて、また新規市場を求めて南アへの関わりを深めつつあったことの一端が垣間見えるニュース(といっても、ほとんどタイトルだけ)に、久しぶりに触れた。



2018年9月2日 日曜日午後0時33分。

今朝、病棟で全入院者を対象に体重測定。30数年ぶりの数字が出た。5日間の絶食、点滴による利尿促進、すごく効いてる。

火曜朝、木曜朝、金曜朝と採血・採尿があり、一連の検査の結果、昨日から食事再開となった。とっていっても重湯。

重湯をすすったという記憶、ない。これが初めてのようだ。昨日の朝はだしつゆ、昼はパンプキンスープ、夜はみそ汁がおともについてきた。どれも具はない。

入院時に用意した本、どれも読んでしまった。ロブ・ダン著・高橋洋訳『世界からバナナがなくなるまえに 食糧危機に立ち向かう科学者たち』(青土社、2017年)は、キャッサバの害虫の大発生、ココア、コーヒー産地で発生した病害・虫害の記録と考察が分かりやすく記されており、アフリカに関わる人にとっては必読書の一つと言える。



2018年8月28日 火曜日午前7時1分。

昨日の「内視鏡的逆行性膵胆管造影」、胆管の狭窄部が固くて通常挿入する太さのステントが通らず、細いステントを通したとのこと。細いと詰まりやすいので、10月か11月に、より太いステントへの交換手術が必要と説明があった。

現時点でできることはやったので、これで合併症が出なければ、今週中にも退院できるとのこと、ありがたい。



2018年8月25日 土曜日午後6時25分。

今年2度目の入院。初めての6D。3人部屋。

先週、久しぶりに会った友達が持って来てくれたクマモン・グッズ・セットの一つ、うちわが役に立っている。

今朝、汗をたっぷりすったシーツとタオルケットを洗濯・乾燥した後、冷蔵庫に残っていた玉ねぎと長ねぎを炒めて朝食をとった。炊いたごはんの残りは梅干しと海苔、とろろ昆布でおにぎりにし、昼食用に持って出た。

最寄り駅前からバスで50分。終点でバスを乗り継ぎ、部屋を出てから1時間半で病院に到着。待合室で持って来たおにぎりを食べた後、入院手続き。

病室に入る前に体重測定をしたところ、4月から5月にかけての2週間あまりの入院時に減量したまま、ということらしく、この数年見たことのなかった数字。2012年〜2014年に毎年入院しては受けていた開腹手術後、4〜5日の絶食、その後お粥食が退院するまで続いた時、退院時の体重がこのくらいだったことを思い出した。

病室で着替えた後、最初の定時検査。体温は平熱、血圧は少し高めだった。

その後で、採血、採尿、レントゲン撮影。今日はこれで終わり。明日の午後、点滴の針が入り、夜中27日になった時から点滴が始まるとのこと。

夕方の検温、少し高め。血圧はいつもの水準。



2018年8月11日 土曜日午前8時25分。

ずっと乾物入れに入れたままだったパスタをゆで、タマネギみじん切り、トマト煮をあわせ、塩とオリーブオイルとパルメザンをかけて食べた。タマネギ重要!

先日来、甘酒を冷蔵庫に常備して飲んでいる。製造元はどこも味噌醸造会社。粒々感しっかりのカネコミソ、粒々をすりつぶして滑らかなミヤコミソ、それぞれに味わいがある。

昨日、春学期の成績を提出したら、ちょうどのタイミングで、来年度の講師受諾に関する連絡が送られてきた。来年度も、春学期・秋学期と授業を持つつもりだ。

春先に、1,200字でエイズ治療薬の特許権論争の現在的意義についてまとめ、また、視覚障害者たちが開発してきたスクリーンリーダーが非識字者や本を持ってめくるのが困難な肢体不自由者にとっても重要なツールとして活用されていることを紹介した。今度は、400字で、調理しないと食べられない、どこで食料を手に入れるのか、について書く。短い文章にまとめるために、どんな書き方をすればいいのか、考えている。



2018年8月8日 水曜日午後3時38分。

一週間くらい少し速足のウオーキングをしていたら、階段を降りる時、膝に違和感を覚えるようになった。で、先週末から、起き抜けに少し散歩するか、自転車を漕いで一回りしている。

春学期の期末試験を実施してからちょうど2週間、期末試験に代わる課題を提出していない履修者が一人、期末試験を受けたのに抜き書き・エッセイを規定数提出していない履修者が二人。先週初めに、それぞれにリマインドを入れておいたので、今週末までに提出がなければ、成績を確定し教務課に提出するつもりだ。

9月末に始まる秋学期最初のレジュメに、エッセイの見本(2014年度履修者のエッセイ)を収録し、特にタイトルに関する注意書きをこまごまと書き込んだ。タイトルスペースを用意しないで書き始める履修者がいなくなってほしい。



2018年7月24日 火曜日午後3時26分。

昨日、久しぶりにウォーキングを再開した。走ると膝が痛むので、歩く。

今朝は、雲が出ていて歩きやすかった。朝食後もそんなに日が強くなくて、しばらくウトウトしていた。

雲が切れたら、日ざしが暑くて、汗だくになって目が開いた。で、図書館に行って、来学期最初の授業用のレジュメを作った。

お昼にうどんをゆで、あるものをかけて食べた。うどんは、そういった食べ方がしやすいのがよい。



2018年7月15日 日曜日午後6時41分。

暑い日が続く。

昨夜も21時ごろゴロッと横になったら眠っていた。23時ごろ、暑くて目が開いたので、水浴びをして、近所を一回りしたついでに洗濯もした。

洗濯物を干して横になったのが2時過ぎだったと思う。4時ごろまたまた目が開いたので、シャワーを浴びた。で、横になったら良く眠っていて、目が開いたら7時40分だった。

朝食を食べて、PCを持ち、近くの図書館へ行った。PC使用席、先客がいたので、ネットカフェのマッサージチェアで『ダンス・ダンス・ダンスール』の6〜9を見て部屋へ戻った。

昼食後、暑い部屋で横になったら、しばらくウトウトしていた。汗だくになって目が開いたので、まずあせもの薬を買いに行った。



2018年6月22日 金曜日午前11時8分。

今朝、もち米を蒸し、昨日作っておいたつぶあんと合わせておはぎを作った。おはぎを作る前に、蒸したもち米の一部とがんもの煮付け、豆腐で朝食を食べた。

小豆があと3合、もち米は1kgほどあるので、また作ることができる。次に作る時は、うるち米を少し混ぜて炊こうと考えている。

学生の頃読んだ本が、【増補新版】になって復刊された。先日、同じ著者の『ファシズムと文学』で知った本が、日本語になっていることを知って読んだところだった。

この著者が学祭でしゃべったのを聞いて著書を読んだのだった。呼ぼうという人間がいて、来て話をしてくれるという著者がいたのだった。



2018年6月1日 金曜日午後5時53分。

長らく参加できていなかった会議に久しぶりに出た。

日中、会議会場まで来る時は、暑くて汗だらけになった。帰りは、ちょうどいいくらいの気候のようだ。

ゴールデンウィーク直後に分担した作業、月末に追い込んでなんとかすませた。

まだまだ、やるべきことが山積みだ。ちょっと一息入れて、ボチボチと作業を進めたい。



2018年5月11日 金曜日午後2時21分。

超高齢犬の見守りをしながら、これを書いている。

副作用がきつくて長引いた入院、水曜朝の検査結果でかろうじてOKが出て、昨日、退院し部屋へ戻った。

図書館からの返却督促状以外には、入院が普段の生活に及ぼしていないことがわかり、ちょっと安心した(水曜日、外出許可を受けて大学で授業をやったので休講にもせずにすんだ)。

ずっと聞くことのできなかったKathrine Jenkinsの声を聞いて作業していると、少しずつ指先の感覚が戻ってくるのを感じる。

水曜の授業時に学生たちが書いたエッセイ、少し読んだ。どれもしっかりした文章で、内容も興味深い。ずっとまとまった本を読むのが億劫だったという学生が、『階段島』シリーズ5巻を一気に読みきって、文章を少しずつ読み進めることを覚えた、という内容のエッセイには、正直、驚愕した。読ませる文章を書く作家の力って、やはり重要なんだ。



2018年5月6日 日曜日午前5時36分。

前回更新以降、超高齢犬の見守りをしながらPCを動かすことが多くなった。

3月末には、4月末に入院・治療せざるをえないことが判明した。

11年目に入った大学での授業、履修者数が100を超えた。履修者がほぼ確定した後も、たくさんの学生が教室に来ている。この3〜4年とはちょっと雰囲気が違う。

4月も後半に入ってから、毎年集まっている仲間たちと一泊泊まりがけで出かけた。「寝てても良いよ」と言われながら、助手席に乗ってボーッとして走る車道、新鮮だった。

泊まり先は、もう20年近く毎年お世話になっているところだった。顔ぶれに変わりはないが、みんなが着実に重ねてきた年月が、泊まり先でも出先でも感じられた。

帰り道、運転者が普段聞いている音を聴きながら、車で音を流すシステムが、iPhoneに変わって何年くらいになるのだろうか? この車、以前は、けっこう大きなCDチェンジャーを積んでた、なんてことを思った。

15年以上前、妹の子どもに、何枚かMDコピーを作ってもらったことを思いだした。MDを活用した世代って短いのだろう・・・

4月25日に第3回目の授業をやった後、26日に入院し、27日に塞栓術を受けた。担当したカテーテル医が後でベッドまでやってきて、「薬多くなったから、ちょっときついかも」と言っていた。ということなのだろう、昨年3月の入院時には割に早くにもどった食欲が全く湧いてこず、3日目からは高熱を発して苦しかった(気分転換に、これまでの記録をまとめてみた)。

ということで、まだ病室にいる・・・



2018年3月19日 月曜日午前8時11分。

この半年ほど、月〜木の午後、見守りをしている超高齢犬が、昨日、発作を起こした。

朝、散歩の時にガードレールにぶつかったひょうしにバタッと倒れた、と連絡があって、行った。

行った時には、落ち着いていて、外へ出たがったので、かねてから用意していたカートを引っぱり出して、近くを一回りした。公園ではカートから降りて歩いた。

しばらく休んで、おしっこもしたそうだったので、外へ出た。40分ほどそれなりにしっかりした足取りで歩いた。

戻ってきて、2時間ほど横になっていた。ムクッと起ち上がったので、また散歩に出た。

外へ出て歩くことが元気のもと、と感じさせる振る舞いだった。



2018年3月15日 木曜日午前11時35分。

「アフリカNOW」発送用の封筒準備作業を終えた。

自転車のギア・チェンジ用ケーブルが切れたので、昨日、自転車屋へ持って行ったら、ギア・チェンジ部品一式交換だった。それでもそんなに多額ではない。15年使っていて、初めての交換だった。



2018年2月15日 木曜日午後2時25分。

今日は暖かい。お昼までは図書館へ行って作業をしたが、この暖かさだと、部屋で音を聴きながら作業できる。

昨日の朝、FacebookのTLに

先ほど、大学のサイトで成績記入を終わり、今学期の仕事に区切りがついた。
最後に届いたレポートの一つ、「3回提出した抜き書きをまとめて考えたことを書く」ことを指示したのに、授業の中で3回書いたエッセイをまとめたレポートだった。しかも、エッセイでとりあげたゲスト・スピーカーの名前を、レポートにする段で間違えている・・・自分で書いたレポート課題を思わず見返してしまった。

と書いたところ、「一学期間担当した教員の名前を書けない学生もいっぱいいますよ。」「科目名をかけない学生も。」とコメントがついた。

上記の事態との遭遇もあって、今学期、重要なことを学んだ。
特に重要なのは、レジュメに書いただけではダメということ。
ここにこんな形で書き留めたのはこれこれだからと説明し、重要だから覚えてねと念を押すことが必要であることを、ことあるごとに思い出さなくてはならない。



2018年2月7日 水曜日午後2時3分。

月に2回と決めた、シーツとタオルケットの洗濯をすませた。

昨日、30%引きで買った豚肉、鍋にして食べた残りを、ポークビーンズと肉じゃがにした。



2018年2月1日 木曜日午前10時4分。

足下に湯たんぽを置いてページ更新作業をしている。足が温まると作業を進めようという気になる。

先週末くらいから、また、Josh Grobanエンドレスモードに入ってしまった。"You Raise Me Up!"が流れてくると、口まで動き出す。

今学期、初めて追試をやることになった。といっても、教務課の指示にしたがって、レポートの課題を教務課宛てに送っただけだ。再来週、レポートが戻ってきたら採点をすることになる。

追試の対象となった履修者、いくつもの試験を受けることができなかったようだ。

一人、期末試験を受けたものの課題を提出していない履修者がいる。このままだとこの履修者の成績、評価できない・・・



2018年1月24日 水曜日午前9時20分。

昨日、2018年度春学期・秋学期のシラバスを記入した。春学期に使うメインの教材も用意できた。

今朝、メールを開いたら、今日の試験に間に合うようにと課題提出が3件。良かった。

春学期、初めての試験実施だったので、どの程度の問題を出したら良いのか見当がつかないまま実施した試験で満点が続出した。それ自体は良いことだが、問題づくりにはもっと工夫が必要と感じた。今期は2度目の試験実施。少し作り方を変えたので、どんな結果になるのやら・・・



2018年1月13日 土曜日午前11時12分。

今朝、起きたら-2度。寒い。

「(自分の行為で)恥をかかせた」のでつらい、と書かれたメールを受け取って、何と返したいいのかと考えてしまった。



2018年1月9日 火曜日午前11時53分。

今月末まで受検できる、区民検診の受診券を持って近くの診療所へ行った。

9時に診療開始というので8時45分ごろ行ったところ、すでに、受診待ちリストに20名以上の名前が並んでいた。

「待ち時間長いですよ」と受け付けで言われ、受けた検査のチェック表を渡された。

で、1時間半。検査を受けるので朝食抜きで診療所へ行ったので、おなかが空いて苦しくなりそうだった。

診察室で向かい合った医師は、かつて、定期的に検査・診察を受けていた医師だった。おなかの切った痕きれいですね、と言っていた。



2018年1月1日 月曜日午前9時42分。

起き抜けにonにした灯が点かなかった。LED電球も寿命を迎えるくらい長いこと交換していなかったんだな、と思って近所のコンビニとスーパーを回った。4軒目のローソンにあった。

部屋へ戻って付け替えたのに点かない。アレッと思って器具周り探ってみたらスイッチらしきものがあった。押したら点灯した。今朝まで装着していたLED電球に戻したらこちらも点灯した。一体何だったんだろうか?


去年、高校生の時、仲の良かった、何度か下宿に泊めてもらったこともある友達が死んだ。エッあいつが・・・と思った。でも、僕は、数えてみれば6年間で7回(検査入院も含めると9回)入院して治療を受けている。たまたま検査で早くに病変につながる変異が判明したので、早期発見・早期治療を受けて元気にしているが、3度は全身麻酔をかけての開腹手術で、9時に手術室に入室して麻酔をかけられ、意識が戻ってみたら18時半だったという手術だった。手術が終わった日の夜はICUで2時間おきに看護師が状態を確認しに来ていたし、翌日病棟に戻っても病室ではなく看護センター隣のHCベッド上で2泊3日を過ごした。重大な病状変化の可能性を念頭においた処遇を受けてきたということだ。

小学4年生の秋、両耳の鼓膜再生手術を受けるため40日近く入院した時のことを覚えている。中学1年生の夏休みの終わり、腹痛が続くので病院へ行ったら、急性盲腸炎と診断され、そのまま入院して手術を受けた。この時は1週間くらいの入院だったと記憶している。入院中に新学期が始まったので、高校生だったいとこが学校帰りに立ち寄ってくれたことを覚えている。

どちらも遠い昔のことだ。これから、今まではなかったのに、ということがドンドン起きてくるのだろう。またいつかがあるさ、と簡単には言えない、そんな年齢になったのだな・・・




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