読書ノート2004年〜2008年

今日は2004年2月12日、木曜日

本について書く時は、時系列のほうが便利そうなので、新たに読書ノートです。

桑島みどり著『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』集英社(2008年6月14日追記。文庫本が出ている)を、昨夜読み終えた。ローマに眠る史料を中心に、ヨーロッパから見える16世紀後半の日本を描いて、戦国末期・江戸初期の日本におけるキリシタンの姿を炙り出す大著だ(何と言っても、A5判2段組430p!)。面白かった。遠藤周作の『沈黙』、堀田善衛の『遠い海鳴りの底で』と言った古い作品のタイトルだけでなく、3年くらい前に日本経済新聞に連載された安部龍太郎『信長燃ゆ』のシーンがいくつも思い浮かんだ。

桑島さんの著作は、去年の秋、『お姫様とジェンダー』を読んで面白かったので、年末の新聞広告で著者の名前を見て、迷わず『クアトロ・ラガッツィ』を発注した。奥付を見ると、僕が入手した本は、すでに2刷であった。

桑島さん曰く、女性の書く歴史は視点が違って面白い。確かに、自画自賛、ごもっとも。そういえば林玲子さんの『商人の活動 日本の近世』(江戸の流通史)もおもしろかった。名前だけはずっと前から知っている脇田晴子さんの著作も読んでみよう、という気になっている。


今日は2004年2月14日、土曜日

「クアトロ・ラガッツィ」を「キリシタンの姿を炙り出す」大著なんていうのは、説明にもなっていなかった。
「天正少年使節」の四少年をめぐる人物模様を描きながら、日本とポルトガル、イエズス会、ローマ教皇などなどがどのような関わりを持ったのかをクッキリと浮かび上がらせている、と言えばいいのだろうか?
マニラを終焉の地とせざるをえなかった高山右近、キリシタンとして切腹ではなく斬首されることを選んだ小西行長、一代の軍師として著名な黒田如水、そして天正少年使節を送り出した大村純忠、有馬晴信といった歴史に名を残したキリシタン大名がいただけでなく、当時の九州の人口の三割30万人近くのキリシタンがいた、という史実の意味を問い直す書でもある。

話は変わる。
去年、読んだ本で印象に残っているものを並べてみた。


続きはまた。


今日は2004年2月19日、木曜日

先週末、石川准さんの新著『見えないものと見えるもの 社交とアシストの障害学』医学書院を読んだ。立岩さんの新著『自由の平等 簡単で別な姿の世界』の批判も書かれていておもしろかった。
読んでいて、旧・社会主義圏における生活保障の仕組みってどんなだったのだろうか?と考えた。旧・ソ連や現在の中国・キューバなどを見ると、革命によって平均余命が伸び、乳幼児死亡率や出産時死亡率がかなり減少している。現時点では、ソ連崩壊で平均余命が急激に短くなったと言われるロシアに比して、中国の平均余命は米国よりも長い。またキューバはアフリカ諸国にかなりの数の医者を派遣している。
もっとも、以前、北朝鮮を訪問したCP者が、「北朝鮮には障害者がいない。何でだ?」と当局者を問いつめたところ、「障害者が生まれないのです」という恐ろしいことばを聞いたそうだ。この辺は、旧社会主義圏や現在の中国、キューバはどうなっているんだろうか?中国では、障害者が生まれる生まれないという問題以上に、胎児の性別チェックをやっているなどという話があったが、こちらもどうなっているのだろうか?


今日は2004年2月20日、金曜日

橘木俊詔著『家計からみる日本経済』岩波新書を読み終わった。
最低賃金の引き上げ、ワークシェアリング、健康保険・介護保険などを一本化し全面的に税金で運営することによる将来の不安の解消といった施策が、過少消費の解消につながり、日本経済の活性化を促す、という著者年来の主張を判りやすく展開している。
自由の平等』で立岩さんが展開した「分配派」の哲学と論理を現実の政策に反映させていくうえで、非常に参考になるだろう。


今日は2004年8月30日、月曜日

Ulrike Kistner 著"Commissionning and Contesting Post-Apartheid's Human Rights: HIV/AIDS - Racism - Truth and Reconciliation"を読みおえた。HIV/AIDS、South Africaで検索をかけていてひっかかった本で、版元はドイツにある。著者は、南アの研究者でドイツ系の公共学をベースにコロニアル、ポスト・コロニアル状況での基本的人権と社会的人権の乖離の拡大をテーマに論文を書いている。
冒頭のTruth and Reconciliation Committee(TRC;真実和解委員会)を扱った論文では、「語れば許せるのか?」「許すことを前提に語る場を設ける、というTRCのロジックが何をもたらしたのか?」と問いかけている。実際、拷問で殺された スティーブ・ビーコの遺族は、TRCで証言したビーコ殺害に関わった警察官たちを告訴しようと試みている。
また、TRCは個人の行為のみを対象としており、多くのアフリカ人から住居、職業を奪い、パスを持つことを強い、あげくには投獄や暗殺までをも合法化したアパルトヘイト法体制そのものによる被害をどのように回復・補償していくのか?という課題が持ち越されたままであることを強調している。
アパルトヘイト体制下でのメディアの果たした役割を「人種主義扇動」と断罪する政府委員会の報告を論じた第二章、現政権党ANCの民主化論に色濃い人民戦線論の背景を論じた第三章では、アパルトヘイトをナチズムになぞらえて論じる議論をたどりながら、アパルトヘイト独自の問題点が曖昧にされていることを問題化している。
第四章・第五章は、ムベキ大統領はじめANCの一部に根強くある「HIVはエイズの原因ではない」「国際的製薬企業は、アフリカ人を使ってARV治療という人体実験を行おうとしている」という主張の問題点を明らかにしつつも、それらの主張を「至高権力」形成の努力、植民地支配から脱却しアフリカ人自身による国家権力の形成の努力の中で位置付ける必要を論じている。
予備知識がほとんどない僕にとって、さして長くない論考(第四章も第五章も、註までいれて40pに満たない)の中で、疾病論、至高権力論に立ち返った議論を進める著者の論考を、今日の南アの政治・法制度・世論の中で位置付けて紹介することはできないが、アパルトヘイトを実施してきた組織をそのまま引き継いだ現政権が直面している課題の大きさに、今さらながらに思いがいたったことを記しておきたい(30年前に読んだ長谷川正安の憲法論に出てくる、「デ・ファクトとしての革命である日本国憲法制定・施行」という記述を思い出してしまった)。
最終章で、著者は、EU市民権の概念を手がかりに、「民族国家」にはなりえない南アフリカ共和国の国家形成の方向性をさぐっている。「民族」が「紛争」「戦争」と結びつくことの多い現在の世界のあり方を考える上でも参考になる。


今日は2004年12月16日、木曜日

高野史緒「アイオーン」を読みながら、『本の雑誌』で彼女の名前を知ったことを思い出した。これまでに読んだ「ムジカ・マキーノ」「カント・アンジェリコ」「ヴァスラフ」「架空の王国」の4作はどれも不思議な味わいがあって印象深い。音楽(特にオルガンとブルックナー)、舞踏に科学が絡む、という趣だった以前の作品に比すると、「アイオーン」は科学がグッと前に出ている。
『本の雑誌』 で知って読みなじんでいる別の名前に、鈴木輝一郎がいる。「白浪五人男」「美男忠臣蔵」「三人吉三」「死して残せよ虎の皮」……。
以前の「読書ノート」に書いた愛読書「なぎさボーイ 」「多恵子ガール」「北里マドンナ」の著者・氷室冴子の作品を読もうと思ったのも「本の雑誌」に掲載された、夢枕獏・大沢在昌との原稿料をテーマにした鼎談がきっかけだった。


今日は2005年1月10日、月曜日

障害学メーリングリストで、「手話でいこう−ろう者の言い分聴者のホンネ」秋山なみ・亀井伸孝著、ミネルヴァ書房刊の紹介を読み、早速http://www.arsvi.com経由でアマゾンに入って買った。
共著者の一人、亀井さんは、一昨年、昨年と日本アフリカ学会学術大会で行った報告(一昨年は「アフリカにおける手話」と題された特別報告、去年はアフリカ諸国でのろう教育の展開をレポートする一般発表)を行っている。僕はどちらも聞くことができた。
共著者のもう一人は、亀井さんの連れ合いさんで、手話を使って暮らすろう者だそうだ(中途失聴者には手話を使えない人がいる。僕も手話を覚えるのが先か、難聴が進行するのが先か、という状態で、時々、ちゃんと手話を覚えなきゃと気が急く)。
短いエッセイをテーマに沿ってまとめたスタイルの本で、どこを読んでも「面白い」のと「手話を使って暮らす人のことを何も知らなかったなぁ」と感じる。
亀井さんが、西アフリカのろう教育の資料を探すために、米国のろう者の大学、ギャローディッド大学に2ヶ月間特別研究員として滞在した時の体験を伝える文章から、西アフリカのろう者たちが米国に留学しているようすがうかがえる。また、秋山さんと一緒に国連本部を訪問した際の手話通訳を求めるやり取りには、いろんなことを考えさせられた。

2003年夏、障害学研究会関東部会で「開発と障害」をテーマに、アジア経済研究所の森壮也さんが問題提起した。森さん自身はアジア諸国での研究、訪問が多いとのことで、アフリカについてはちょっと触れるという内容だったが、途上国ほど「障害者」が多い、「障害」の要因が多いという点、気になっている。
こういったことについての情報共有にも取り組んでいきたい、というのが僕の今年の抱負だ。
今年もよろしく。


今日は2005年1月25日、火曜日

本の雑誌でなじみの翻訳家・エッセイスト青山南さんの新刊「ネットと戦争 9.11からのアメリカ文化」のことをまだ書いていなかった。

2001年9月11日をはさんでの米国のインターネット雑誌の興隆衰亡や米国における桂冠詩人めぐる状況など、読み出すと思いのほかにおもしろい話がたくさん出てくる。意気投合してベッドを共にする参加者が多いので「ベッドサイド文学キャンプ」と陰で呼ばれている文学キャンプの話まで出てきてびっくりした。


今日は2005年1月26日、水曜日

アマゾンに注文した本が届いた。まず、コミック版「指先で紡ぐ愛」を読んだ。先週木曜日、福島さんが持ち出して川本隆史さんにサイン入りで贈呈した本だ。光成さんの原作をもう一ひねりして170pぐらいのコミックにしてしまうのだからなかなか感嘆物だ。光成沢美著「指先で紡ぐ愛 」と読み比べて欲しい。

今日、届いた「ヴェルダ・マーヨ通信」(友人がメールで送っている個人通信)は、網野善彦追悼号だった。僕も網野さんの書いた物はかなり読んでいる。「日本中世の非農業民と天皇」や「東寺百合文書の研究」も読んだ。友人は小学館版「日本の歴史」シリーズの「蒙古襲来」を、藤木久志さんに勧められて読んだのが初めての網野体験だと書いている。僕にとっては、綾瀬駅の古本市で買った岩波新書「日本中世の民衆像 平民と職人」が初めての網野体験だったことを思い出した。「農民だけが百姓ではない」ことを知ってなるほどと思った覚えがある。印象に残っているのは朝日百科の「日本の歴史」の一冊に載った古代国家の租庸調の図解だ。美濃の国の絹織物、瀬戸内海諸国の塩などが重要な租税であったことがよくわかった。能登の「無石の農民」時国家が日本海海運で財を成した商人であったことを明らかにした調査記録と論考は、どの本に載っているのか忘れてしまった。

藤木久志さんの書いた物もおもしろい。前述の小学館版「日本の歴史」では藤木さんが「織田・豊臣政権」を書いている。本願寺の僧侶の朝鮮の役従軍を伝える文書の紹介から始まる「織田・豊臣政権」は推理小説的なおもしろさに満ちている(現在、古本でなければ入手できないのは残念だ)。「雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り」は、上杉謙信の関東出兵が雪に埋もれた冬場の越後の口減らしでありまた奴隷狩りの「稼ぎ仕事」であったことを明らかにしている。


今日は2005年2月26日、土曜日

先日、たまたま手に取った岩波新書が2冊ともおもしろい。先に読み終わったのは、佐藤賢一著「ダルタニャンの生涯 史実の『三銃士』」。3巻本の「二人のガスコン」(文庫本では上下2冊になっている)執筆の副産物とでも言うのだろう。小説の方も面白かったが、ルイ14世の治世の雰囲気が伝わってくる評伝もおもしろい。以前、ベルギーに行った際に訪ねた城塞がルイ14世の軍隊によって包囲され、兵糧攻めで降伏したことを思い出した。去年読んだ集英新書「英仏百年戦争」との間の時期を描く歴史読み物も読みたくなった。

もう一冊は、森嶋通夫著「思想としての近代経済学」。森嶋通夫という名前は、以前から知っていたので、新書だったら読んでみようかという感じで手に取ってみたら、予想外の面白さにびっくりしている。

特に印象に残っていのるは、第一次世界大戦後の講和会議に英国大蔵省代表団の一員として参加したケインズが、負けたドイツに全てを負担させろという戦勝諸国国民・政府の声に抗しながら、敗戦国も繁栄への道をたどるのでなければ英米はじめ勝った国々の繁栄もありえないことを、統計や数理的手法を駆使して論じた、という話です。森嶋さんは、経済学者には冷静な理性と優しい心だけでなく勇気が必要だ、とケインズをほめたたえています。


今日は2005年5月20日、金曜日

佐藤賢一著「ジャンヌ・ダルク、またはロメ」読了。文庫本にもなっている出世作「傭兵ピエール」につながる表題作も面白かったが、レコンキスタを達成したアラゴン王・フェルディナントとカスティーリャ女王・イサベルの話がすごく面白かった。

旧知のAJF会員・高橋基樹さん(ミネルヴァ書房刊「アフリカ経済論」編者)が紹介してくれた広田照幸さん(東京大学大学院教育研究科助教授)の「教育不信と教育依存の時代」を読んだ。
あとがきに記された次のことばが、重要だ。

メディアが煽っていた「危機」像を、講座(岩波書店の講座『現代の教育 危機と改革』)の企画を立てる教育学者たちがそのまま鵜呑みにしてよいのか、といういらだちのようなものがあった。「学問的に踏み込むのであれば、まずはそこのところの検証や問い直しから始めないといけないはずだろ」という思いである。

しばらく前に読んだ、苅谷剛彦さん、西研さんの対談が元になっている「考えあう技術 教育と社会を哲学する」(ちくま新書)よりも、僕の問題意識にとってビビッドだった。


今日は2005年6月19日、日曜日

『グイン・サーガ』第102巻『火の山』を読んだ。第100巻からは3ヶ月連続発行だったが、あとがきによると、第103巻は8月出版予定。その後は、隔月発行を目指すとのこと。

先日からRosalind Pollack Petchesky "ABORTION AND WOMAN'S CHOICE -The State, Sexuality, & Reproductive Freedom"(Northeastern University Press)を持ち歩いて読んでいる。Planed Parenthood Foundation、Dr. Marie Stopesといった、近年なじみの深い団体名、人名も出てきて興味深い。

1920年代、「産児制限運動家」として日本でも著名なサンガー夫人が選択した「中絶反対、避妊促進」を掲げて医療専門職による支持を得るという路線の帰着について論じた部分を読みながら、ずいぶん昔に読んだ山本宣治の伝記(多分、新日本文庫)を思い出した。山本宣治も医師であった。

広田照幸著『思考のフロンティア 教育』(岩波書店)に、発展途上国との格差是正を課題化していくことがこれからの教育にとって必要だ、とあった。先進諸国が消費エネルギーを削減していくことを通して、途上国との格差を小さくしていくことをどのような道筋で実現していくのか、を考えることと、今すぐ教室の中に「もったいない」「省エネルギー」というテーマの教材を持ち込むこととはどのような関係にあるのか、丁寧に考えなくてはならないと思う。


今日は2005年8月13日、土曜日

アマゾンから、注文品発送の連絡メールが入っていた。『グイン・サーガ』第103巻『ヤーンの朝』が明後日には、届くようだ。一緒に注文した三島さんの本は、別便で届くと連絡もあった。

3ヶ月ほどかけて、Rosalind Pollack Petchesky "ABORTION AND WOMAN'S CHOICE - The State, Sexuality, & Reproductive Freedom"(Northeastern University Press)を読みおえた。現在、国際協力、グローバル・エイズ問題への対応の領域で、改めて大きな課題となっているリプロダクティブ・ライツについて理解を深め、具体的に考えていく上で、何度も読み返していく必要がある本の一つなのだと思う。

現代アメリカ社会の思想の根底にある「自律した個人」=カント的思考・論理をどう乗り越えていくのかという考察を読みながら、「私的所有論」で立岩さんが論じていたことを思い浮かべた。


今日は2005年8月24日、水曜日

最近、アマゾンへ注文して買った本。

  • ヤーンの朝 グイン・サーガ第103巻 栗本薫著
    外伝も含め、全巻読んでいます。

  • 児童虐待と動物虐待 三島亜紀子著
    出発点になった修士論文の該当部分を、昔読みました。

  • 熊夫人の告白 カトリーヌ・ド・ピンク、長谷川博史著
    2002年秋、新宿のお寺の地下で開いたセミナーで、花井十伍さんと並んで話をしてもらったことがあります。その時、長谷川さんを追いかけているんです、と言っていた出版プロダクションの人がいたのを覚えています。このセミナー以降、年に何度かはお会いする機会があります。この本のことは、友人のブログで知りました。

  • ジェンダー化される身体 荻野美穂著
    "ABORTION AND WOMAN'S CHOICE"を読んで、関連する日本の本を読んでみようと注文しました。ちょうどギフト券があったので、少し高いけどいいやとこの本にしました。まだ読んでいません。

  • 万博幻想 戦後政治の呪縛 吉見俊哉著
    近くの本屋で手に取って読んでみようと思いました。著者は同世代の人で、ずいぶん前から名前だけは知っていました。著者も関わった愛知万博をめぐる動きを、興味深く読みました。

  • ナトセンのこれが教師だ 名取弘文著
    今年が定年だったのですねぇ。ずいぶん昔(ブランコ事件でケガをした今、中学生の娘さんが生まれる半年くらい前)、藤沢の茶店で4人だったかで囲んで話を聞いたことがあります。茶店で話が終わらなくなり、彼の家へ行ったら、後から後からと客が来た記憶があります。その翌年だったかに、勤務校を訪ねたことも印象に残る思い出です。
    対談を読んで、まだまだおもしろい教師がいるじゃないか、と改めて思いました。

  • ゆらぐ食 食べる前に知っておきたいこと 日本消費者連盟編
    AJF食料安全保障研究会が、遺伝子組み換え作物をテーマにした公開セミナーを開催することになったので、参考に買って読みました。

  • 靖国問題 高橋哲哉著
    同世代の著者が、どんな風に問題を整理しているのか、興味深く読みました。

  • 歴史の話 網野善彦・鶴見俊輔著
    未読だったので、中沢新一の本と一緒に注文しました。対談相手が鶴見俊輔というところも買いです。

  • 僕の叔父さん網野善彦 中沢新一著
    友人が送ってくれるメール通信で、網野さんの追悼特集をしているのを読んで、読んでみようと思いました。中沢新一の父親・中沢厚さんの「つぶて」のことも思い出しながら、読みました。

  • セクシュアリティの障害学 倉本智明編
    倉本さん、横須賀さんの論考を興味深く読みました。体験を基に考えたことを感じさせる前田さんの論考は、非常に面白いものです。

  • 教育 広田照幸著
    グローバル化に対応するという志向性を持つ自由主義教育論に向かい合っていくためにも、過去から出発するだけでなく未来をイメージした教育について考えるべきだとの指摘に共感しました。

  • 火の山 グイン・サーガ第102巻 栗本薫著
    今年の月刊グイン・サーガ最終巻。4月、5月、6月と続いたのに、次は8月。

  • 龍平とともに 川田悦子著
    かなり前の本(1998年出版)です。川田さんとは、一昨年、一緒に在京南アフリカ共和国大使館を訪ねたこともあり、思い立って買って読みました。かつて参加した就学闘争のことのなども思い出し、いろいろと考えてしまいました。

並べてみると、6月以降買った本だけでもこのくらいになるのか、という感じです。アマゾンからは、250円分のギフト券が送られてきました。


今日は2005年9月24日、土曜日

東京新聞の書評欄で知って藤木久志著「刀狩り 武器を封印した民衆」(岩波新書)を読みました。西洋史家・村川堅太郎の言う「三度の刀狩り」の実態がどんなものだったのかを、最新の研究(著者の働きかけによる取り組みもあります)を基に判りやすく整理し記述した本です。

著者は資料を基に、豊臣秀吉による刀狩り、明治維新後の廃刀令のいずれもが、標識としての帯刀(二本差し)を特定の身分・職業に限定するものであり、刀剣の所持を禁じたものではなく、人々の家に江戸時代にも明治以降においても、大量の刀(1940年代において500万本以上、3軒に1本以上の刀)が所持されていた事実を鮮やかに描き出しています。

第2次大戦敗戦、連合軍占領下で、連合軍による軍事裁判の脅しを背景に取り組まれた武器拠出(日本刀、拳銃、小銃ほか)によって200万本以上の日本刀が機関車の動輪に打ち直されたり、海中に廃棄されたりしたそうです。

こうした事実を背景に、著者は、武器を持っていても使用しないという民度の高さをこそ改めて継承すべきだ、と訴えています。

時々見ているブログ(筆者とはしばらく会っていないな)で紹介されていた浜野佐知著「女が映画を作るとき」(平凡社新書)とナショナル・ジオグラフィック9月号「特集アフリカ」日本語版も一緒に買いました。「第七官界彷徨 尾崎翠を探して」「百合祭」を撮った浜野さんの本は、ピンク映画を300本以上撮った経歴だけでも面白いのですが、浜野さんの作品、経歴に対するフェミニストたちの受けとめ方にちょっとびっくりしました。浜野さんのインタビューに応じた岩波ホール支配人・高野悦子さんが、一人しかいないと女性の代表をしなくてはならなかったのがたいへんだった、と語っているところは、実に耳が痛いです。


今日は2005年10月17日、月曜日

ちょうど一ヶ月前、関西大学千里キャンパスで開催された障害学会第2回研究大会会場で買ってきた朝霧裕著「命いっぱいに、恋 車いすのラブソング」、帰りの新幹線の中で読んで、そのまま友達に渡してしまっていました。

著者の朝霧さんとは、昨年12月に東大駒場キャンパスで開かれたシンポジウム「バリアフリーの東京大学」懇親会の際に初めて話をしました。シンポジウムの企画者であり、僕の介助仲間である市野川君とは以前にも何度か会ったと話していました。

養護学校卒業、専門学校進学という辺りで「アレッ」なんて思たのですが、朝霧さんのケースはうまくいったのですね。

自立生活センター、ヘルパー派遣事業所ができたことで変わってきたことの一端に触れた気分です。

ベアリーヌ・ド・ピンク/長谷川博史著「熊夫人の告白」も、前述のブログに登場していました。

「HIV感染を知ってから、むしろ私の人生は自由だ!」と語る熊夫人出生の地は長崎県島原半島、熊夫人が締め込みきりりと凛々しい若者とかけがえのない時間を過ごしたのは福岡。僕の生まれ故郷に近いこともあって、親近感も覚えました。

去年の夏、そろそろみんなして50代ということもあったのかな、10年ぶりくらいに昔の仲間たちと合宿をしました。その時、海渡君が紹介していた斎籐貴男著「安心のファシズム」をやっと読みました。

9月の総選挙の際、新宿・紀伊國屋前に斎籐貴男さん、森達也さん、石坂啓さんが並んで、福島瑞穂さん、保坂展人さん、辻元清美さんらが憲法めぐる国会内論争で活躍することへの期待を語っていました。なぜ、何を彼女ら彼らに期待するのかをコンパクトにまとめた論集になっています。

AJF会員でもある弁護士の土井香苗さんが、岩波書店から「“ようこそ”と言える日本へ 弁護士として外国人とともに歩む」を出版しました。

「エリトリアの大地から」と題された最初の章では、エリトリアでの体験、エリトリアという国の成り立ちなども興味深いですが、土井さん自身の変貌ぶりが印象に残ります。

土井さんは、2001年5月3日付の朝日新聞朝刊に、エリトリアで法律制定作業に関わるボランティアとしての体験を踏まえた「憲法の扱い、なおざりは残念」という文章を書いています。

「現代の鎖国」と題された章に登場するカザンキランさん、ドーガンさん一家とは、友達が企画したクルド料理の集いを通して少しですがつきあいがあります。


今日は2005年11月29日、火曜日

9月以降、アマゾンへ注文して買った本。

明日には、中公新書「丸山真男の時代」が届くかな、と待っています。


今日は2005年12月14日、水曜日

「部落差別に新しい光を当てる本」とでも呼べそうな本を2冊、読みました。角岡伸彦著「はじめての部落問題」文春新書と、上原善広著「被差別の食卓』新潮新書です。

角岡さんは、40代に入ったばかり、上原さんは、僕が高校3年生の年(1973年)の生まれだから30前半という世代の違いを一番先に感じたのは、二人とも食べることを、部落問題理解の手がかりとして積極的に使っていることです。

僕は、以前の職場が関わったイベントで、二人の文章に共通して出てくる「さいぼし」「あぶらかす」を食べたことがあります。熊本名物の馬刺の薫製は、「さいぼし」の一種と呼んでもよさそうです。

上原さんが、イラクに暮らすロマの人々、ネパールの被差別カーストの村を訪ねて書いたルポに、心が痛くなりました。

竹内洋著「丸山真男の時代」、森泰三著「安田講堂 1968-1969」(いずれも中公新書)を読んで、「立命」について考え始めています。


今日は2006年8月22日、火曜日

ずいぶん久しぶりの更新です。しばらくぶりにファイルを開けようとしたら、普段使っているエディターで「このファイルは開きません」と出るし、もう一つのエディターでは、本文が文字化けしているし、なかなか面倒です。

岩波新書新赤判を2冊買って読みました。苅部直著「丸山眞男−リベラリストの肖像」と伊東光晴著「現代に生きるケインズ−モラル・サイエンスとしての経済理論」です。いずれも、死後に初めて刊行された著作を活用し、また、時代の中で生きている人間が感じ、考えたことに迫ろうとする好著です。アメリカの大学院では委託研究費あるいは寄付の対象とならない研究は行われない、ケインズ理論批判の研究には企業が資金を提供する、という伊東さんの指摘は、現在の科学・学術研究の抱えている問題点を明快に指摘しています。


今日は2007年6月26日、火曜日

前回の更新から10カ月経った。mixiの日記、おすすめレビューに読んだ本のことを書くようになったので、こちらの更新が止まってしまっていた。

アマゾンのアフィリエイト・ページを見ると、このページや「アフリカに関する本」のページからアマゾンにアクセスしてくれている人もいるみたいなので、こちらにも書こうという気になっている。

この数年、基本的にアマゾンで本を買っているので履歴が残っている。見ると、こんな本を買っていた。

今朝はここまで。


今日は2008年1月13日、水曜日

mixiの日記、おすすめレビューで紹介した本

  • あなたのTシャツはどこから来たのか?−誰も書かなかったグローバリゼーションの真実
    ピエトラ リボリ著 雨宮寛・今井 章子訳 東洋経済新報社 2100円 331ページ 2007年1月
    救世軍が米国の高級住宅街で行っている活動によって集められた古着が、家族経営の業者によって集荷され分類されて行く先には、日本、東欧、アフリカがあるという話から始まり、タンザニアの古着ビジネスから商業複合体を立ち上げた立志伝中のビジネスマンや、執筆者が訪問した時点で最も当たっている古着ショップのオーナーへのインタビューもあり、タンザニアの市場の熱気が伝わってきます。

  • チョコレートの真実
    キャロル・オフ著 北村陽子訳 英治出版
    チョコレートは、コーヒーに次いでフェアトレード商品が大きなシェアを占めているという。なので、フェアトレード、オーガニックで有名になったブランドが、ネスレ、キャドバリー、ハーシーなど大きなチョコレートメーカーに相次いで買収されていることに衝撃を受けた。
    読み終わった頃、職場の女性が、ジュネーブ出張のお土産にチョコレートを持ってきた。職場のすぐ下のコンビニでもチョコレートのコーナーがほかのお菓子に比べても広いことに気が付いた。チョコレートって、そんなに人気があるんだと、改めて感じてしまった。

  • 難民 (思考のフロンティア)
    市野川容孝・小森陽一著 岩波書店
    タイトルがrefugeeではなくexileとなっているところがポイント。
    市野川さんの文献学的アプローチを踏まえた、「難民」の四分類は、難民問題を考える上で役立ちそうです。

  • アフリカン・ポップスの誘惑
    多摩アフリカセンター編 春風社 1,680円
    お葬式が出会いの場で、徹夜で踊りまくるという話に、何だか感動しました。

  • マウマウの娘−あるケニア人女性の回想
    ワンボイ・ワイヤキ・オティエノ+コーラ・アン・プレスリー著, 富永智津子訳 未来社
    十代でケニア土地解放軍の闘いに参加し、ケニア独立後は政治家としても活躍した女性の自叙伝の前半。
    後半の翻訳も待たれる。
    70歳を超えて、ケニア独立の理念を高く掲げた政党を立ち上げた著者から目が離せない。

  • 開発フロンティアの民族誌 東アフリカ・潅漑計画のなかに生きる人びと
    石井洋子著 御茶の水書房
    サブサハラ・アフリカで最も成功したと言われてきた国家的潅漑計画の歴史と、1990年代末から始まった新しい動きを伝える標記の本を興味深く読みました。
    農民組合によるコメの集荷・販売に対する弾圧によって、個々の農家がどのようにしてコメを販売しているのかを伝える第3部は、八郎潟を埋め立てて誕生した大潟村に入植した人びとの減反反対闘争、自主販売の取り組みを思い浮かべさせました。

    序論 フィールドからの問い/開発フロンティアの人類学/本書の構成
    第1部 ケニア山南麓の景観と歴史
     1章 ケニア山南麓における人類学調査
     2章 ギクユ人社会の植民地経験
     3章 ムエア開拓をめぐる葛藤(1910〜40年代)
     4章 植民地政府との対立(1950年代)
    第2部 開発フロンティア社会の形成と変容
     5章 開発フロンティアへの入植
     6章 ムエア潅漑事業区の生活世界
     7章 開発計画の運営 その成立から「崩壊」まで
    第3部 生計維持のための社会的実践
     8章 第二世代の経済的実践
     9章 親族と姻族のネットワーク
     10章 資源としての「伝統」 クラン講の成立をめぐって
     総括と展望 ケニアの開発と地域社会

    以下、「総括と展望」からの引用です。

    本書の冒頭に触れたように、日本政府は90年代の7年間にムエア潅漑事業区への援助を実施した。そこでは、30億円に上る無償資金援助が提供され、インフラ整備やコメ生産技術の研究・教育などが試みられた。これらの努力に対する現地の人びとの評価は、概ね良好であった様に思われる。しかし同時に、「日本は仕事を終える前に退散してしまった」という、批判めいた声も一部で聞かれた。約束していた水田の拡張が行われる前に、開発計画が終了してしまったと言うのである。筆者が確認したところ、日本政府は、コメ自由化への要求が高まりつつあった社会の風潮を背景に、混迷するであろう現地に止まることは難しいと考え、予定していた同計画の延長を中止していた。

  • モザンビーク解放闘争史−「統一」と「分裂」の起源を求めて
    舩田 クラーセンさやか著 御茶の水書房
    これだけ書き込まれた日本語のモザンビーク現代史は初めてであるだけでなく、著者自身が足を運んで聞き取った「記憶」「証言」を検討しているという意味で、オリジナルな現代史。
    自分たちが選びとったわけではない領域内に定着を強いられた民衆にとって国とは何か、獲得されるべき「統一」とは何か、を考えることの重要性と考えていくための手続きを提示しようとしていることに好感を覚えた。
    英訳、ポルトガル語訳が待ち望まれる。

今日はここまで。アフリカ審議官に会いにいかなくてはならない。


今日は2008年4月27日、月曜日

職場の若い人に勧められて“SIDEWALK”を読んだ。ニューヨーク・グリニッジビレッジ路上で本売り、雑誌売りをしている人びと、本売り・雑誌売りのスペース確保のために路上で眠っている人びととの交流を通したインタビューによる仕事で、おもしろかった。

新宿駅南口近くの歩道、上野駅前のマルイ脇の路地に台車を並べて週刊誌、漫画雑誌を売っている人たちのことが頭に浮かんだ。


今日は2008年5月11日、日曜日

タイトルを覚えている本。

この半年くらいの間に読んだ本なんだと思う。



今日は2008年6月14日、土曜日

今日は地下鉄の中。この間、著者名を見ると手に取っている垣根涼介、山本幸久の本。



今日は2008年8月15日、金曜日

昨日、今日と電車がすいている。

先日、訪ねた友人宅で、Donna Harawayの新刊"When species meet"を教えられ、読み始めた。

誉田哲也の新刊にも手が出てしまう。

たまたま手に取った五十嵐貴久「年下の男の子」、おもしろくてびっくりしました。


今日は2008年8月31日、日曜日

誉田哲也「武士道セブンティーン」を読んだら勢いがついて、「武士道シックスティーン」、佐藤多佳子「一瞬の風になれ 1〜3」を再読した。山本幸久「カイシャデイズ」も面白かった。

北方謙三「楊令伝 6」も出ている。

竹内真「ビールボーイズ」に出てくる「自称ボーイ」含めたボーイたちの初恋の行方に、子どもの頃のことを思い出した。


今日は2008年9月6日、土曜日

山本文緒の6年ぶりの小説集「アカペラ」、おもしろかった。高齢者介護、高齢者虐待のテーマに独自のアプローチをしているアカペラ、ネロリ、「20年目の放蕩息子の帰郷」を描いたソリチュード、どれも今一番切迫した問題としての家族の姿が考察の対象(?)になっている。

高野史緒「ムジカ・マキーナ」、文庫本になっていた。


今日は2008年11月24日、月曜日

大学の図書館には、近くの区民向け図書館には置いてないような本もあって助かります。


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作成:96.6.13
by 斉藤龍一郎 僕あてのメール