斉藤 龍一郎の近況です 2001年



今日は2001年12月29日、土曜日午後6時ちょうど。
「ケニア、ソンドゥ・ミリウ水力発電事業へのODA支出に反対する署名」の署名用紙をようやく8人に郵送しました。まだ手元の手紙や住所録をチェックして送らなくてはなりません。
てなことをやっていたら、このページのことも書いたので、思い立って夕飯の前にパソコンに向かっています。
AJFのホームページは、かなりの頻度で更新しており、資料請求のメールなども来て、読まれている、という実感があります。
このページも、何日か前、解放書店に現れたお客さんから、以前
    p.s.斉藤様のお写真HPで拝見しました。
        お若いんですね
なんていうメールをもらっていますから、思わぬところで読んでくれている人がいるみたいですね。
さっき、鍼を打ちに出かける前に、入り口の靴箱の上に置きっぱなしのノートを見つけて手に取りました。開いてみると、一昨年の初夏にブリュッセル・ナムール・リエージュとベルギー国内を旅行した時に書いたノートでした。
この時買った下着はまだ使っています。そういえば、三枚刃のカミソリもこの時に買ったものです。
フランス語の本を何冊か買ってきたけれど、"ET SI L'AFRIQUE REFUSAIT LE DEVELOPPEMENT?"(アフリカは開発を拒んできたのか?)の最初の何ページかを読んだだけです。
こんなやって課題というか宿題というか、がどんどんと溜まっていきます。
この時は、ノートの書き込みのあるページの半分くらいは、フランス語練習帳の趣でした。
部屋までの帰り道、駅前のCDショップで、昨日片づけていたFinancial Timesで名前と写真を見た覚えのあるイギリスの女性歌手のCDを見つけたので、買ってきました。聞きながら、これを書いています。
この2年くらい、聞いたことのなかった歌を聴く(ウルフルズ、浜崎あゆみ、矢井田瞳……)のって、新聞の紹介記事を見てというのがほとんどです。

今日は2001年10月22日、月曜日午前8時44分。
仕事に行く前にページ更新をしています。
このページの更新は一カ月半ぶりです。
先々週末、苅谷剛彦著『階層化日本と教育危機 不平等再生産から意欲格差社会へ』(有信堂刊 興味を持ったらアマゾンへどうぞ)という論集を読み終わりました。著者とは昔々大学の中で顔を会わせていたことあり、数年前に日本経済新聞の教育欄で登場して以来、名前を見る度に気になっていました。
本そのものはつい先日出版されたものですが、収められた論文は1994年から2000年にかけていくつかの雑誌に発表されたものでした。読んで、以前からもやもやと引っかかっていたことがはっきりしました。苅谷さんが問いかけている高校生・大学生の学力低下ひいては小・中学校の問題は、それはそれで大きな問題に違いないのですが、僕自身の周囲を見渡すと「大学はマージャン学部だったけれど30歳で思い立って海外青年協力隊に行ってから変わった」と言って現在大学院に在籍している人や「電力問題・環境問題についてきちんと知りたいと思ったので英語を勉強するようになって、最近は英語の文章を翻訳して紹介もしている」という人もいて(いずれも40代)、学校へ行っている時点での「低学力」で全てが決まる訳じゃないんじゃないか、という気分がしているのです。
こんなこと書いている僕自身も、大学キャンパスには1年は住んでいて(お正月をキャンパス内で迎えました)、前後の併せて1年間もほとんど毎日キャンパス内にいるのだけれど講義に出席してはいなかった人間です。教室にビラまきに入り、教官が現れると教室を出る、という感じでした。
それでも、この何年か、アフリカについてもっと知りたい、アマルティア・センの本を読みたい、というので英文はそこそこ読めるようになりました。アフリカについて知るためにはというので、フランス語も読む努力をしています(僕ももうすぐ46歳)。
というようなことって、あちこちにあるだろうな、と感じています。

今日は2001年8月27日、日曜日午後2時47分。
AJF事務局のパソコンが、サーカムにやられてしまいました!
出した覚えのないメールが10本も返送されてくるは、「ウイルスメールがAJF事務局から来たので捨てました」という連絡が来るは、という状態になり、一昨日夜中に、抜本対策を施しました。
データをLANでつないだ別のマシンに待避させ、ハードディスクのフォーマット、ウインドウ98のインストール、作業環境の構築、という大仕事(MACで同じことをやるのに比べると、たいへんだ!と感じます)を貫徹したのです。といっても、まだ待避させたデータをチェックするという面倒な作業が残っていますねぇ……。
不審な添付ファイルにはくれぐれも気を付けましょう!!

こちらも新聞をにぎわせているCode Redに関しては、次のような警告が友達の所から回ってきました。

個人の端末や自宅のルーターが攻撃を受けて感染すると、
自らが他の IIS に対して、膨大な攻撃をしかけます。
しかも、Code Red の新しい変種は、バックドアをしこみますから、
今後何が起こってもおかしくありません。

私の知り合いで、自宅からダイアルアップ接続をしているマシンが
感染したという例もあります。cafe のログに残っている IP アドレス
を調べたら、自宅なり SOHO なりで接続しているらしいものがたくさん
あります。

Windows NT, 2000, XP ベータのマシンは、何も考えずに、
マイクロソフトのパッチを当てるべきでしょう。

ほんとは、素人さんはこういうマシンを使わない方がよいのだけれど、
(素人さんは、Mac か FreeUNIX を使いましょう。)
自分のマシンのポート80が空いているかどうかも知らないで使っている
人が多いです。Web サーバー立ち上げてないから大丈夫と思ったら、
大間違い。

Windows 95, 98, ME だとまあ大丈夫でしょうけど、MS の対策ページを
見て、一応チェックしてみてください。


西表へ行く前に、
「すいへい・東京」第16号 版下作成・入稿・完成品受領・発送
AJF会報「アフリカNow」第57号 編集・入稿・完成品受領・発送
「就職差別撤廃」東京集会報告集 編集・入稿
までは済ませていたのですが、帰ってくると、さっそく報告集が納品されてきました。この後、「アフリカNow」第58号編集、「エイズとアフリカ資料集」第二集に向けた翻訳と、作業が待っています。
春は僕のところから呼びかけを回した、ケニアのソンドゥ・ミリウ水力発電事業への円借款問題での要請文については、ジュビリー九州の寺嶋さんが文面作成・集約をやってくれるというので、こちらはちょっと一息です。

友達が「ゆっくり大きくなればいい」(紹介は子ども医者石橋涼子のページ)という本を書きました。ホームページに書いているコラム「子育てつれづれ」(一番新しいコラムには孫ができても不思議じゃない歳なんていう表現が出てきます!)を整理し、加筆したものです。
おもしろいなと思いながら読んだのですが、「(一人の人間が)母に押し込められていく」という表現(本を友達の所に置いてきたので、正確な引用ではありません)には、的確さに改めて感心しました。


今日は2001年8月21日、火曜日午後0時57分。
今日は職場からです。
先々週末から一週間、西表で海に浮いてきました。まだ、潜れません。
窓の下に海の見える部屋で一週間を過ごしました。
持っていった読みかけの「カトリーヌ・ド・メディシス」は、途中で地名および王族と貴族の関係がこんがらがってきたので、そのまま持って帰ってきました。
しばらく前に買ったまま積んであった「かたづけられない女たち」は、行きの飛行機の中で読み終えて、泊まった宿においてきました。
本の雑誌の最新号によると、十二国記シリーズの中編集が出ているというので、東京へ帰ってきた翌日に本屋で探しました。
7月に出た長編の方は、まだ話が途中だし、中編集はどれもすぐに終わってしまって物足りないし、と不満が募る読後感です。
ちょっとずつ読み進めてきたスティーブン・J・グールドの"Rocks of Ages"が佳境に入りました。科学と宗教の関係を問いかける、という彼のテーマは、現在、アメリカ特有の進化論問題だけでなく、現在の科学の進展ぶりをどうとらえるのか、どのように考えていくのか、その中で私たち自身の身の振り方をどのように決していくのか(cf. 遺伝子医療、延命遺伝子発見など)? にもかかわってくるビビッドな話題です。
このページを見てメールをくれた人があったので、ちょっとせき立てられる思いで更新しました。


今日は2001年7月17日、土曜日午前8時20分。
あゆのベスト・アルバムをかけながら、書き始めました。
土曜日の南部アフリカ研究会、日曜日のモザンビーク・ネット、昨日の夜のソンドゥ・ミリウに関する勉強会を、途中転けずに貫徹しました。
今週は、何とか会報「アフリカNOW」第57号に決着を付けたい、という気持ちでいっぱいです。
発送日は、来週土曜日にして、そのまま花火というのが妥当な線かな〜?
先日、更新したAJFのページも見て欲しい。
AJFページインデックス
今一番、力を入れているのは「エイズとアフリカ資料集」ページです。


今日は2001年5月5日、土曜日午前9時28分。
先週、DVDプレイヤーを買いTVとつないだので、ずっと聞いていなかったキース・ジャレットによるバッハ・ピアノ平均律集を聞きながら書いています。
このページを更新するのは、実に2カ月ぶりです。
職場(解放書店)のページ、夜は詰めている事務所(アフリカ日本協議会〈AJF〉)のページは、少しずつですが更新しています。
連休直前の4月27日に、AJFの当面の取り組みのあり方をほぼ決めることができたので(一緒にやろうと考えている相手のあることですので、こちらの都合・気持ちだけでは決定できません)、自分のページ更新も考えられるようになりました。
こうやって書きながら、載せるべきもの、紹介すべきものを整理していこうと思っています。
AJFの取り組みの一つに関連して、エイズ治療薬と特許めぐる南アの裁判とその波紋を紹介する記事・解説を集めています。アフリカ各国のインターネットで配信している新聞社の記事を集めたサイトallafrica.comヤフー・アメリカのエイズ特集ページから記事を集め、4人の翻訳分担者に割り振って日本語訳を出してもらっているのです。
次の週末に予定されているAJF代表・吉田さんの京都での講演の際には、資料集にして配布ないし販売したいと考えています。その前にAJF会員に送らなくちゃなりません(書いていたら気が付いた)!
連休に入っていくらか余裕ができたので連絡を入れてみたところ、ケニアのソンドゥ・ミリウ水力発電事業計画への日本政府・JBICによる融資計画の第二フェーズに対する取り組みが急を要することが判り、5月1日・2日の二日間、あちこちへ電話を入れ、資料をまとめてプリントして読み、4月26日にケニアで、NGO連合が出した声明文を翻訳する、なんて泥縄で動き回りました。
こちらの方も、まとまった資料集を緊急に作成する必要があります。緊急要請署名を集めるためのお膳立てもしなくてはなりません。協力の募り方も考えなくてはなりません。
課題整理と、次のステップへ踏み出すための充電で終わりそうな連休でした。


今日は2001年3月4日、日曜日午後8時44分。
洗濯を済ませて、ちょっとと思って布団の中で横になっていたら、夜の7時。
横浜まで行っても、チキリカのステージには間に合わないので、今夜はパス。
去年の暮れから何度も見ている浜崎のコンサートビデオをかけながら、メールを読んで一本まとまったメールを書いたところです。
昨夜は、半年ぶりに光が丘まで行きました。
光が丘に住む友達の誕生日、娘たちのひなまつりには加わらなくては、と思い、ケーキを抱えていったのです。
6の字型の地下鉄路線が通ったおかげで、乗り換えはずいぶん楽になりました。上野御徒町なんていう駅から乗って都庁前へ、ここで向かいのホームに来た電車に乗ると終点光が丘までたいして時間もかかりません。
行く時は、そんなに感じなかったのですが、帰りに同じコースを通ったら、乗り換えが4回から2回に減った分だけでも早いことを実感しました。
14階建ての14階に住む友達の部屋には、お風呂場・トイレの上に屋根裏スペースがあります。何と、そこに床を張り壁に補強材を入れて屋根裏部屋(物置)ができつつありました。

光が丘で聞いてきた話をここに記録しておきます。
『進化と人間行動』への論評と併せて、以下のことを言っていました。

○主敵は長谷川真理子さんではない。『進化と人間行動』に引用されている社会科学者の基本認識(今手元に本がなくてページを特定できないのですが、序章か第一章の見開き右側のページ=奇数ページのトップに置かれた一覧)をまとめたアメリカの社会生物学会の中心人物たちの出しているテーゼを、きちんと問題にしていくことが重要。

○上記からも判るように、長谷川真理子さんが自ら日本の社会科学の文献を通覧して持った認識を基に「社会科学と自然科学の融合」を論じているわけではない。

○社会科学の側が自然科学にアプローチする時に選ぶ相手として、長谷川真理子さんらを選んではいけない(ここのところで、適切な見取り図を書いてくれる人が必要になりますよねぇ)。

○昨年、岩波から出ている科学の6月号に載った長谷川真理子さん執筆論文の成立経緯を、2000年12月17日、本人がしゃべっていた。「あれは用意されていたデータを読み解いただけだ」とのこと。歴史的な背景にもう一歩踏みいってデータの点検を行ったとは思えなかった。


最後の、科学の論文、今、読んでいる"Development as Freedom"(日本語訳は「自由と経済開発」日本経済新聞社でしたね)で、センも"Missing Women"を論じた論文を書いていること、関連した研究が紹介されています。
センはほんとに貪欲です。


今日は2001年2月18日、日曜日午後1時10分。
こんな時間に自分の部屋にいるのは、今年に入ってから初めてのような気がします。
今、洗濯機を回しています。これがあるので、今日はまだ動けない……。
この後、メールマガジンの編集とページの更新もやる予定です。やっと4人目の編集メンバーが出てきてくれたので、4週ごと当番になる予定です。
忘れちゃいけない。
2月4日に横浜へチキリカの公演を聞きに行ったら、僕のページを通ってチキリカにたどり着いたというお嬢さんが友達と二人で大阪から来ていました。「う〜む、何だかすごいぞ!」と思ってしまいました。
チキリカの音とパフォーマンスは、僕にはよくなじむものでした。なんだか懐かしい音を聞いた、という気がしました。
次回公演は3月4日、同じ場所(関内駅からだと、横浜スタジアムを通り越したすぐ通り向かいのメガネスーパー地下・7th Avenue)だと言っていました。


今日は2001年1月5日、金曜日午前10時00分。
新年明けましておめでとうございます。
年が替わって初めての更新です。
昨年10月、京都精華大学へ行って参加したシンポジウム会場で配布された「アスマラ宣言」を訳してみました。
年末に概訳を作り、何人かの人に見てもらったところ、読みとりの誤り・勢いのつきすぎたところのチェックなどが返ってきましたので、ここでウェブ化してしてみました。英文、僕の概訳をそれぞれアップしておきますので、見比べていろいろと教えてもらえるとうれしいです。
Asmara Declaration
アスマラ宣言概訳


昨年暮れにアップした以下の文章も読んでもらえるとうれしいです。
  • 共生のイメージを探る
  • 共生社会を目指して
  • 介助をするということ
  • 友だち 吉田和彦・筆
  • 金井闘争を期に足立区に住む 犬塚勝二・筆



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  • アマゾンのアソシエイツになりました。
    昨年、亡くなったスティーブン・J・グールドの本を買ってもらいたいと思っています。
    紹介文をボチボチ書いていくつもりです。まずはアマゾンのサイトでのグールドの本の紹介を読んでください。



    作成:96.6.13
    by 斉藤龍一郎
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