日々のすぎる中で 2000年


このページは脈絡のないページです。それでよければ見てください。
ずいぶん長くなったので切り分けました。このページは2000年に入ってからの分です。1999年までのページ(日々のすぎる中で 1999年まで)を作りました

今日は2000年12月26日、火曜日午後1時30分。
昨夜、介助で泊りに行ってびっくりしてしまった。
なんと、泊り先のおじさんが電動車イスを使っていたのだ。
この春から飼っている犬の相手をするために、電動車イスにしたという。
介助者に指示して犬の相手をしては、もどかしい思いをしていたようだ。

そんなびっくりもこめて、改めて去年、僕、吉田君、犬塚さんが書いた文章をいろんな人に読んでもらおうと思い立った。
  • 共生のイメージを探る
  • 共生社会を目指して
  • 介助をするということ
  • 友だち 吉田和彦・筆
  • 金井闘争を期に足立区に住む 犬塚勝二・筆


    今日は2000年12月22日、金曜日午前8時00分。
    仕事へ行く前にと、洗濯機を回しています。
    明日は大阪へ行く予定だし、明後日は昼に伯母の家へ行くことにしたので、今日、シャツにジーンズを洗っておかないと、まずい! のです。

    昨夜、部屋へ帰ってみると、友人から「年末状」というのが来ていました。年賀ハガキに、しっかりと「年内配達希望」のシールを貼った「年末状」を読んで、返事をメールで書きました。
    で、メールを書いていて改めて感じたのが、最近のパソコンお助けマンぶりです。
    指折って数えてみると
    1)AJF事務局のパソコン更新にともなうデータ移転(フロッピーディスクだけで100メガのデータ移転は大変だった)。
    2)AJF事務局でミニLAN構築。
    3)友達の家の中古PCへのウインドウ98インストール・ケーブルテレビでのインターネット接続(こういうのは勉強になってよろしい。ケーブルテレビでインターネットは速い!)
    4)子どもにPCを買ってやると言う友達のために、お牛さんマシンを発注し、やってきたのをセッティング。
    5)引っ越しをする友達の、PCからケーブルを外して動かし、再度ケーブルを装着する練習に付き合う。併せて、プロバイダー解約手続きを手伝う。
    6)友達の古いMACを速くするためにG3カードを装着。
    7)職場であいついだハードディスク・クラッシュ(どれも寿命でした)から復帰するために、ハードディスクを交換・ウインドウ95インストール(これは98に比べる大変でした)。
    8)職場でPC5台、プリンターをつなぐLANを構築。
    9)引っ越した友人宅のMACがインターネット接続できないというので、電話で指示して、システムCDから起動してディスクチェックをやってもらった(大当たりで、カタログエラーが確認され、無事修復されたようです)。
     まだまだあるけど、この辺で止めておこう。


    今日は2000年11月23日、木曜日午後10時30分。
    洗濯、洗濯、洗濯の一日でした。晴れてくれて助かりました。
    合間に、最近しっかりはまってしまった浜崎あゆみのコンサートツアービデオをかけておいたところ、ビデオの巻き戻し中に、映ったのがラグビーの早慶戦でした。
    慶應、強いですねぇ。ボールのキープ力、展開力で圧倒して、大差で早稲田を破るところまで見てしまいました。
    もう暗くなろうかという時刻に、3度目の洗濯が終わり、今度は画面に出たのが、鹿島アントラーズとガンバ大阪の一戦。ラグビーとは、ずいぶん感じが違いますね、やはり。
    で、思い出したのが、もう何年も前にホーチミン市のホテルで見たスターテレビの画面。サッカーボールのようなまん丸いボールを使ったラグビーをやっていて、しかも、抱えて走っているプレーヤーが前に向かってのパスしたので、びっくりしたことが、よみがえりました。そんなルールのラグビー?もあるんですね。
    スターテレビは南アジアをエリアにしているので、クリケットの試合の中継もあり、あれがイギリス流なんだな(インド・パキスタン・マレーシアだけでもすごい人の数ですよね)と思って見たことも忘れられません。

    最近、ページの相互リンク、メール交換をけっこうしている平尾君(ひらげの部屋主)に次のようなメールを送りました。

    > 君のページの日記帳に出てくるラーメン屋、どれもおいしそうで、近くまで
    > 行ったら食べよう、と思っています。
    > 僕の方は、しばらくグギさんと撮った写真をページのトップに置いておくつ
    > もりです。
    > あそこで買った"Community in Motion" by Dale Byamを読んで、いくつもの
    > 疑問(なぜtheatreなのか? カミリイズで一体何が起きたのか? ZACT
    > とは何ものなのか? etc)への回答が得られ、また、パウロ・フレイレ
    > "Pedagogy of the oppressed"へ立ち返りつつ進められていく、アフリカに
    > おけるtheatre for developmentの検証作業にすっかり興奮しています。
    >
    で、次の返事が返ってきたので、出して良かったな、と一人よろこんでいます。


    > いやはや、そんな本売ってたとは知りませんでした。
    > ぼくもせっかく写真ももらったことだし、「文学の部屋」に
    > 二人のグギさんとZACTについてのページをつくってみようかな、などと
    > 考えています。その本アマゾンで注文してみました。
    >
    > ラーメン屋は最近町田の「いくどん」と近所の「ななし」がマイブームです。
    > 昔ながらの醤油ラーメン、中華そば。
    >
    僕は、サインの入った本をこれ以上汚さないために、アマゾンの日本進出で、今割引キャンペーンをやっているスカイソフトに同じ本を注文しました。4週間から6週間かかるそうですが、アマゾンよりちょっぴり安い料金設定になっています。
    上記のメール引用で思い立って、「最近のメールから」というページを作りました(11月23日)は、こちらです。

    今日は2000年11月12日、日曜日午後1時45分。
    今日は、久しぶりに部屋にいます。
    昨夜は、今週中にはコートジボワールへ行ってしまう、という人が、「おいしいレバさしが食べたい」と上野まで現れました。一緒に来たいとこさんは、「私レバって苦手なんです」と言っていたのですが、AJF事務所近くの焼き肉屋さんで箸に取ったレバさしを食べて「これ、おいしいですね」と言っていました。
    サンチュで、ご飯と焼き肉、あとノリとかキムチとかをくるんで食べたのも、おいしかったし、気持ちよくいろんなことをしゃべったので、僕はすっかり満足して帰りました。
    今朝は、ホント久しぶりに布団の中でうつらうつらとしているうちに10時になりました。起き出して洗濯。
    昨日、AJFの事務局で始めたAJFのホームページ更新作業、ウインドウの上でやっていたら、ワードもフロントページもリンクの付け替えと文字修正だけをするには、扱いづらくて、部屋のMACの前で少しやりました。
    僕自身のホームページも、当分はグギさんと一緒に撮った写真を表紙に使うことにしました。


    今日は2000年10月10日、火曜日午前7時25分。
    週末、土曜日は京都、日曜日は日比谷公園、月曜日は来日中のママドゥさんを囲んで、楽しい時間を過ごしました。

    京都へは左の写真を撮るために行ったようなものです。
    隣に座っているのは、僕がこのページを開くきっかけになる翻訳のものもとの本を書いたグギ・ワ・ジオンゴさんです。京都で開かれた国際シンポジウム『開発と文化 21世紀のアフリカ』のために来日していました。
    この日、会場で見かけた人と、10月10日のザンジバル・コミュニティ劇団公演の会場でも会いました。劇団メンバーにジンバブエで世話になったので、ぜひと思って京都へも行ったんだそうです。そのあたりのことは、「ひらげの部屋」でお読みください。

    日曜日の日比谷公園、国際協力フェスティバルにアフリカ日本協議会もブースを出しました。会員だけじゃなく、何人もの人が会報・号外の配布、質問する人との対応、物品の販売に立ち通しで対応してくれました。


    月曜日は来日中のママドゥを囲むために、主としてセネガルへ行ったことのあるメンバーが上大崎の彼の宿舎に集まりました。
    持っていったデジカメが、パーティグッズとして大受けして、「何時、ホームページに載せるんですか?」「セネガルへ写真を送ってくれ」と質問・要請を受けています。→どんな写真があるか見たい人は右の写真を押してみてね。


    今日は2000年10月5日、木曜日午前8時5分。
    今朝はリンク先の追加を一つだけ。
    友達の行きつけの店で、僕も時々お邪魔している鬼女の栖(おにのいえ)のオフィシャルページです。
    このお店、水曜日は「女たちの日」で、男は入れません。


    今日は2000年9月29日、金曜日午前10時35分。
    最近、デジカメを持って歩いています。
    撮った写真を何枚か載せました。

    解放書店の仕事が終わると、この事務所でAJFの仕事をしています。
    山手線上野駅・御徒町駅、地下鉄日比谷線上野駅・仲御徒町駅から歩いて5分くらいのところです。電話や住所はアフリカ日本協議会を見てください。地図もあります。
    左の写真を押せば、扉が開いて事務所の中を見ることができます。
    同じ部屋の中に、市民フォーラム2001、自然エネルギー推進市民フォーラムも事務所を構えています。


    今日は2000年9月10日、日曜日午前11時10分。
    見て欲しい、知って欲しいことが二つ。
    と思って、このページの更新日を確認したら、すでに1カ月が経っていたのですね。
     初めまして。解放的な(差別のない)ページを、いつもありがとございます。
     私事ですが、このほど、ダブル(部落と部落外のカップルの間に生まれた子ども)
    のことを綴ったホームページを開設しました。こちらはまだまだ解放的とは言い難い
    ページではありますが、まずはご報告までと思いメールしました。もしお時間がござ
    いましたら、一度お立ち寄りください。
     では、健康に留意され、ますますご健闘されますようお祈り申し上げます。
    
    というメールを受け取りました。
    早速見たところ、開設して間もないトップページと日記のページが2枚の小さなページでした。
    僕が作っているページのどれかを見てくださったのか、メーリングリストの参加者(人権や部落問題に関わるメーリングリストがあるのです)に送って下さったのか、よくわかりませんが、伝わる人に見て欲しいという、気持ちが感じられるページです。

    話は変わって、ジンバブエからやってくる劇団の話です。
    僕もメンバーになっているアフリカ文学研究会がジンバブエから劇団を呼んで、大阪・東京で公演をします。

    さきほどまで不通だったJCA−NETのサイト、無事復旧してメールが入っていました。一体、何が原因だったのでしょうかねぇ?
    やってきたメールを読んでいたら、最近、もっと話したいな、僕がどんなことやっているのか知って欲しいな、と、思っている人が、この11月に結婚式をあげる、なんてことがわかってしまいました。だからといってなぁ、だからといってなぁ、という気分です。


    今日は2000年8月11日、金曜日午前6時10分。
    お知らせが二つ。
    昨年9月、日暮里サニーホールで趙寿玉さんを中心にした韓国舞踊公演『五方舞』を主催したチュムパンの会が、今度は10月29日、紀尾井ホールで趙寿玉さんの先生に当たる李世煥先生を中心にした琴律学会日本公演を行います。詳しくは
    琴律学会日本公演『清聲濁聲』をご覧下さい。
    もう一つは、先日、友人が長年の懸案であった"Simians, Cyborgs, and Women" by Donna J. Harawayの翻訳を終えて、青土社から『猿と女とサイボーグ 自然の再発明』のタイトルで出版しました。註・参考文献込みで600pになる大冊ですが、面白いですよ。この本に収録されている書評を読んで、僕はブチ・エメチェタを読むようになりました。


    今日は2000年7月20日、木曜日午後0時20分。
    パーッと晴れ上がって絶好の洗濯日和。タオルケットを洗ったら、干すところがなくなったので、ジーパン、ジージャンが残ってしまいました。
    先週末は、金曜夜のパソコンの世話人(友達の家へ行きました)、土曜昼間にAJF事務所に寄って名簿の整理、遅れて勉強会に参加、夜はそのままP−AFRICAオフ会に突入、夜中に布団に潜り込み、朝から交流会、お昼も食べずに移動して、午後はAJF主催の学習集会、最後はビールを飲みに行って、部屋へ帰ってきてバタンキューでした。
    月曜日、何とか仕事に行ったのですが、眠くて眠くて、どうしようもありませんでした。
    火曜日は火曜日で、泊まりの介助先で犬の鳴き声に起こされて、水とエサをやり、時計を見たら午前3時。もう一寝入りと布団の上にころがっても、鳴き声が続くので、ウンウンうなっていた感じです。あの鳴き声は、相手して欲しいよ、もっと駆け回りたいよ、の鳴き声なんでしょう。

    今日は2000年6月23日、金曜日午前7時50分。
    新しいリンクを一つつけました。
    アフリカの水を飲んだ人は再びアフリカへ帰ってくると言うタイトルの石川義雄さんのページです。
    職場のページへのアクセスが、一日平均200を超えました。
    下記した部落解放同盟東京都連のページから入ってくる人が増えた分、という感じです。
    一昨日、職場の目録を下版して、これで一息、と思ったら、新聞がどっと来て、今日も一日発送作業です。
    AJF(アフリカ日本協議会)の会員総会を18日に開いたので、その報告もまとめなくてはなりません。宿題がいっぱい出たので、どこから手を付けるのか、幹事会で相談することになっています。
    下のリンク集にAJFのページへの入り口あります。更新が滞っていますが、見てもらえるとうれしいです。


    今日は2000年6月10日、土曜日午前10時50分。
    職場の目録を作っています。
    本はどんどん増えていくものなので、絶版になった本以外にも外さないと、新しい本を収録できない、というところで頭が痛くなります。
    既に4ページ挿入しているので、逆に100冊くらい削らないと、予定のページ数に収まりそうにありません。
    職場のホームページのアクセス報告が今朝メールで来ました。
    10日間の一日平均アクセス数が常時100を超えるようになってきました。
    細かく見ると、今回は「部落の歴史 地域史」のページへのアクセス数が多いです。
    前回まで3回くらいは「差別の実相 障害者」のページが一番アクセスの多いページでした。
    本の注文も久しぶりに入っています。
    週刊金曜日のために書いた『被差別部落の青春』の書評、手直しが入って返ってきていました。なるほど、こんな風に手が入るんだな、という感じでした。6月16日号(来週出る号)に載るそうです。
    ずっとOCR作業をやっている「不平等の再検討」、いよいよ最終章と訳者解説を読み込み終わって、語句チェックを残すだけになりました。
    こういう形で本を読むというのは、初めてですが、ことばがぐっと迫ってくる、という実感はあります。センのこの本のおもしろさは、きちんとした言葉遣い=用語法に支えられていると言うことを痛感しました。


    今日は2000年5月28日、日曜日午後0時25分。
    メールマガジン「AFRICA ON LINE」のバックナンバー管理が滞ってしまっていました。やっと第50号・第51号の整理をして、これからアップです。
    そういえば、先週は、高槻から帰ってきてすぐにAJF幹事会。続いて、モザンビーク洪水被害者支援ネットワークのリーフレットを作成し、一方で、「足立区九・一四決定を撤回させる会」の来週の会議に向けた連絡作業なんて言うのもやっているうちに、週末の釣りの予定をすっかり忘れてしまっていました。

    25日木曜日には、高校の「東京同窓会」なってものが開かれ、今年は行きました。
    高校を卒業してから何度もお邪魔になった地学の先生が、77歳とは思えない元気さで姿をみせていて、会えてうれしかったです。
    全体会が終わって、同じ学年だったメンバーだけで二次会に行ったところ、高三の時のクラスメイトが6人もいました。全体会にはまにあわず二次会で合流した某なんぞは、ほとんど高校時代と印象が変わらず、何だかびっくりしてしまいました。



    今日は2000年5月11日、木曜日午前9時10分。
    これから仕事です。
    今週に入って、新刊ニュースの印刷終了、解放書店のページ更新、AJF関西・会員の集い案内送付と事務作業が続き、今夜は撤回させる会の報告集会です。
    先週、ぎりぎりになって撤回させる会ニュースを発送したけれど、さてさて何人来てくれるかな?
    先週末、大阪へ行って「モザンビーク洪水被害者支援ネットワーク」の会合に出ました。呼びかけ人の船田さんのモザンビークに寄せる思いがストレートに伝わってきて、やる気が湧いてくる集まりでした。
    今月は、来週末も関西へ行きます。今度は高槻です。


    今日は2000年4月30日、日曜日午後11時5分。
    もうすぐ5月1日。
    3月11日のAJF総会から始まったパソコンの世話と引き継ぎと事務所になれる日々に、やっと余裕らしきものが感じられるようになってきた。
    今度は、解放書店の新刊ニュースの作成・発送という大仕事が待っている。
    もう一方で、5月11日の撤回させる会報告会に向けたニュース発送もそろそろやらないわけにはいかない。
    からだが三つ欲しいと思う、今日でした。


    今日は2000年4月12日、水曜日午前8時5分。
    昨夜もAJF事務所から帰ってきたのは、やがて12時。
    今朝、6時に起きだしてメールチェック。
    「象牙貿易規制で被差別部落のはんこ屋の生活がなりたたなくなるから部落差別だ」という話があるが、ほんとうか? というメールを読んで、一気に目が覚めてしまった。
    議論封じのために「部落差別」を持ち出す、議論の場とは別のところでうわさにしたてて「部落解放同盟が出てくるぞ」と匂わす、こういう手口が未だに使われているんだ?!
    新しいリンク先ができました。Voice of Africaです。見に行ってください。

    火・水・金の午後6時半から午後8時くらいまで上野駅から5分くらいのAJF事務局にいますので、顔を見に来てください。場所の案内・連絡先は http://www.ajf.gr.jp に出ています。
    電話は03-3834-6902(留守電になっていますので、大きい声で「斉藤、いるか?」と聞いてください)です。


    2000年3月4日(土)午後3時半
    
    スワヒリ語メーリングが始まりました。
    昨夜来ていたお誘いメールから転載します。
    -------------------------------------------------------------------
    スワヒリ語メーリング・リスト へようこそ
    -------------------------------------------------------------------
     スワヒリ語を習ってみたい、または習ったことがあるという方。
    スワヒリ語に興味や関心のある方。或いは、
    スワヒリ語ってなに?という方。
    そんな方たちが情報交換できるスペースにしたいと、
    『スワヒリ語メーリングリスト』を始めることにしました。
    投稿は日本語で大丈夫です。無論、スワヒリ語もOKです。
    日本ではまだまだマイナーなスワヒリ語に市民権(?)を
    与えるのを目標に、スワヒリ語談義をいたしましょう。
    お友達も誘ってくださいね。
    
    nyamburra@Africa想い出部屋
    http://village.infoweb.ne.jp/~karibuni/
    http://www.ne.jp/asahi/kiswahili/nyamburra/
    
    
    -------------------------------------------------------------------
    参加方法
    -------------------------------------------------------------------
    
    参加を希望される方は、以下のURLにアクセスして下さい。
    http://www.freeml.com/r.cgi?act=cnfm&ml=kiswahili&pid=ILgMJjg&uid=zcCA
    
    参加を希望されない場合は、このメッセージは無視してください。
    
    -------------------------------------------------------------------
    質問など
    -------------------------------------------------------------------
    
    kiswahili@freeml.com に関するお問い合わせは、ML オーナー
    owner-kiswahili@freeml.com 宛にメールをお送り下さい。
    



    今日は2000年4月6日、木曜日午前9時5分。
    先日のAJF総会で幹事および事務局長になったので、3月半ばから見習い、そして今週からは実際に仕事をするために、昼間解放書店の仕事をした後、上野の事務所へ行っています。
    先週から今週にかけては、古いパソコンから新しいパソコンへのデータ移動に四苦八苦しました。
    結局、一番原始的なフロッピーにコピーないしバックアップ・アーカイブを作って、新しいパソコンにコピー・復元をするという作業をえんえんと繰り返しました(データ総量が100メガを超えていました)。
    で、わかったことが三つ。
    きちんと教わっていないと、バックアップを取る習慣がない(AJF事務所にあったバックアップは、2000年問題対策で昨年末に緊急に作ったものだけでした。それも、いつもの状態で使えるバックアップではありませんでした)。
    メールのデータが大きい(これはAJFがそれだけメールを活用していると言うことですね)。
    DOSから使い慣れている人でも、バックアップ復元は初めてだったりする(二人、ウインドウマシンを使っている、それもかなり使っている人に手伝ってもらいましたが、バックアップ復元は初めてといっていました)。


    今日は2000年3月12日、日曜日午後2時5分。
    昨日、AJF(アフリカ日本協議会)定例総会が開かれ、参加しました。
    午前11時開会、午後5時の会場退出時間までに肝心の人事が確定せず、すぐ近くのアフリカ料理屋へ移って議事進行。幹事の選出を終わり、代表・副代表を決めて全部の議事が終了したのは、やがて7時という長いながーい総会でした。
    この総会で、僕はAJFの幹事および事務局長になりました。
    3月31日の幹事会から、6月に開くことになっている次回総会の準備に入らなくてはなりません。


    今日は2000年3月3日、金曜日午前8時25分。
    仕事に行く前に、メールの確認とドル相場の確認をして、ついでに自分のページを見ていたら、書こうと思い立ちました。
    ほとんど、僕の日記みたいなページですので、その点はよろしく。
    先日、介助の交代先で渡された雑誌「現代思想2000年3月号」は特集が「介護 福祉国家のゆくえ」で、手渡してくれた友人はインタビューで登場していました。安楽死めぐる戦後の事件史、尊厳死協会の男女構成比の意味するもの、なんていう話もおもしろいインタビューで、一読を勧めます。
    で、読んでいると「2年くらいは介護を義務づけてもいいくらいだと思っている」なんていうフレーズ(これはインタビュアーがまとめたことばですね)が出てきてました。
    介護保険でお金が動くことになった(高齢者が対象ですけれど、将来的には障害者施策もこういう方向で動くのかな?)けれど、一体誰が介護をするんだ、という話が下敷きにあって、現在の問題で言えば、在宅・施設暮らしで「自立した生活」どころではなく街に出かけるのすらままならない多くの障害者がいる中で、健常者には成人儀礼もかねて「介護従事義務」を与えたい、と読める文脈でした。
    で、思い出したというか、感じたのが、「これが文理研の作風」ということでした。
    僕は、障害者解放運動との関わりで言えば、第二世代に当たる(すでに全障連が結成されていた)のですが、第三世代に当たる僕らの一回り位下の世代の一部(ごく一部ですけれどね)は、大学に入ってそれらしきところに出入りするようになると、「君はこの人の介護の行けるだろう」と順番が回ってきて、何人かしらの障害者の介護に入っていたのですね。
    本人が文章化すると、こういうフレーズにはならなかったろうし、そもそもそういう趣旨のフレーズ自体が出てこなかっただろうな、と言う意味で、インタビューはおもしろいですね。


    今日は2000年2月24日、木曜日午前7時5分。
    先日、"I have read Ngugi"というメールをもらいました。このページに合わせて作った英文ページを見た人がくれたメールです。ほとんど何も書いていないページですが、ああやってメールをもらえるのなら、作っておいて良かった、と思いました。
    で、2年ぶりに更新して、リンクだけ張り直しました。

    先々週の週末、金沢へ行きました。
    昨年の春に障害学研究会を通して知り合った福島智さんという盲ろう者(見えない、聞こえないという人)に会いに行ったのです。
    福島さんは、現在金沢大学教育学部の助教授をしています。彼の研究室で、初めて点字ディスプレーを見ました。ディスプレーといっても、キーボードの下に敷いてある黒いボックスで、ちょうどキーボードの手前に一列、ピンが上下して点字を表示する部分があるのです。入力の方は、キーボードでやっていました。
    キーボードから入力して、点字ディスプレーに表示させ、それをもとに手直しをしていく、のはなかなかたいへんだ、と言っていました。
    福島さんは、9歳までは片目が見えて、18歳までは聴力もあったので、声を出すのは大丈夫です。指先で点字ディスプレーを読みとっているのを見ていると、そのスピードに驚きます。
    福島さん、つれあいさん、指点字通訳者に案内していただいて、金沢の有名な忍者寺を見ました。その後、研究室に立ち寄り、本を何冊もいただき、夜は、すごいご馳走をしていただきました。行って良かったなぁ、余韻を楽しんでいます。

    以前ウィーンに行った時にすっかり世話になった友達が、年末に急死してしまいました。
    家族で集まるクリスマスパーティに姿を見せないので、気にしたお母さんがアパートを訪ねたところ、倒れていて、すでに還らぬ人となっていたそうです。
    新年早々、1月7日にお葬式があったので、お花と香典だけは送りました。
    やはり彼にはずいぶん世話になった友達と一緒に、先週末、お墓参りにウィーンへ行って来ました。金曜日に東京を出て、月曜日にはウィーンを発つ、という慌ただしい旅でしたが、一緒に行った友達の仲良しさんで、死んでしまった友達とも親しかった人が空港へ迎えに来てくれ、お墓へも死んでしまった友達のお母さんの家へも連れていってくれたので、お墓参り・お母さんへの挨拶、とちゃんとすますことができました。
    彼が住んでいたアパートの部屋の前まで行き、お墓へ行って、ホントに死んでしまったんだな、と実感して帰ってきました。すごく寂しいですね。


    今日は2000年2月2日、水曜日午前8時25分。
    年末にディスプレーをかえました。画面がちらつくようになったので、17インチフラットトリニトロン管の広い画面にかえたわけです。で、ブラウザーを見ると、このページがバーッと横長に広がるのですね!!
    それじゃ見づらいので、テーブル設定をして幅を決めました。小さい画面で見て、切れるようであればメールを下さい。(今時、640×480なんて画面で見ている人もそうはいないでしょうけれどね)

    先週末、高校のOB・OG会をやるから来い、という誘いがあって池袋まで行きました。
    その手の会は、全然出たことがなく、「おじさんばっかだったらいやだな」、なんて、自分もおじさんなのに思いながら、「いったい何を着て行けばいいんだ?(普段はジーパンに、ワークシャツそしてスタジャン=本屋さんみたいな肉体労働者には似合っている)」なんて一瞬考えたのですが、いつもの通りのジーパン・ワークシャツで行きました。
    会場へ入ったらでっかい男がとんできて、声をかけるので、一瞬アレッ?アレッ?とはてなマークが頭の周りを飛び交ったのですが、面影を見いだしました。高校時代、通った電車で一緒になった友達で、昔はスリムだったのにな〜、という感じでした。
    指定されたテーブルにつくと、向かいに座っている人、あ〜なつかしい人だ、と思いつつ名前がパッと出てこない。こまってしまいました。
    そんなこんなでうれしい集まりでした。

    今日は2000年1月13日、木曜日午後8時52分。
    2000年を無事迎えることができました。みなさん、ほんとにおめでとうございます。
    昨年暮れ、ほんとに久しぶりに大阪へ行きました。大阪で、障害学研究会関西部会第4回研究会に参加しました。
    研究会の報告は、別の形でしようと思っていますが、終わった後の飲み会で、いろいろ考えて(というか、それ以前から考えていたことがグッと煮詰まって)、近々、info-jsdsメーリング(仮称)を始めるつもりでいます。
    当初は、jsds-infoメーリングの名前で始めようと思っていたのですが、今日、「頭にjsdsがつく名称は、管理用アドレスと紛らわしいから、別の名前で」という要請があり、順番を入れ替えたのです。
    こちらの中身は、始める時に改めてアナウンスしたいと思います。

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  • アマゾンのアソシエイツになりました。
    昨年、亡くなったスティーブン・J・グールドの本を買ってもらいたいと思っています。
    紹介文をボチボチ書いていくつもりです。まずはアマゾンのサイトでのグールドの本の紹介を読んでください。