みだれめも 第243回

水鏡子


○近況(7月)

 コロナがらみで書いてたことが想定を越える拡大でピントが外れてきたので全面的に書き直し。
 もっとも、ピントの外れ方は国の発表や報道するメディアの発言のほうがさらにひどい。
 都内の二千人近い一日の新規感染者について、ワクチン接種の60代以上は4%台だからこのままワクチン接種を続けていけば大丈夫といった発言は、それはそれで間違っているわけではないが、危機意識を高めなければならない状況下で弛緩効果しかないだろう。ワクチン接種が進む中での二千人というのは、都内における潜在蔓延率が史上最大規模、過去に習えば新規感染者数三千人にも相当しているということを誰も指摘していない。オリンピック継続への悪影響、政局での責任追及回避を目指したごまかし以外のなにものでもない。案の上の拡大に、慌てて弥縫策を打ち出すが、そもそも感染拡大が見えているなかで、解決策もないまま、安全安心と抽象フレーズを繰り返しても足元を見透かされるだけだと思う。少しは機会を待って打ち出す予定の打開策を隠し持っているはずだと思っていただけに、期待外れもはなはだしい。
 18きっぷを購入する。使い切れるかという心配の前に、加古川大阪間のJR回数券が半分近く廃棄対象となる。8月前半で大阪まであと3回行く必要がある。

 7月の購入額は27,000円、クーポン使用8,000円、184冊。ダブり本は8冊と久方ぶりの一けた台。
 新刊が12,000円。ビショップ、ハンド、中国史SFアンソロジーなど。今年も海外SFは質が高くて、なろうの水準に慣れてしまうとどこまで読めるか不安が先立つ。
 なろう本は69冊と激減。代わりに伸びたのがコミックで56冊。100円で3冊買った『マージナルオペレーション』漫画版が楽しめたのでそのまま一気に全巻揃え。最終巻の入手が少し遅れたため、家にあった原作本で補完する。
 原作通りの終わり方にもかかわらず、ミャンマー情勢にからんだ打ち切り説がネットで流布されている。騒ぐ人たちはこの程度のチェックすらしないで大声を出すのだなあと逆の意味で感動する。

 15年ぶりに読み返した吉村萬壱『バースト・ゾーン』は予想以上に面白かった。初読の印象は「クチュクチュバーン」の鮮烈に引き摺られて少し低めの評価だったが、厚く濃く塗り込む情景描写の熱量はやっぱり読み応え充分。そんな作風で800枚のボリュームに挑戦するのは無謀な部分があって、物語を進めることに傾いて、平板に堕した箇所もないではない。それでも芥川賞作家の処女長編とは思えない大衆小説的な読み物としての結構はきちんと計算されており、読ませどころの表現力は半端でない。
 Wikiを見ると『クチュクチュバーン』『ハリガネムシ』『ヤイトスエッド』文庫版にはボーナストラックがついてるらしく、慌ててブックオフをはしごをするが、なかなか著者の本に巡り合えない。というか『クチュクチュバーン』文庫版にはアマゾンとかとんでもない高値がついている。なんなのこれ。「クチュクチュバーン」が忘れられ消えていくとすると途方もなく残念なことだ。

 「クチュクチュバーン」をいれて芥川賞作家を集めたSFアンソロジーを伴名練に作ってもらったらすごいものができるだろうなあ。ちょっと思い浮かぶだけでも安部公房、吉村萬壱、円城塔、川上弘美、高山羽根子、村田沙耶香、上田岳弘など1冊に収まりきらない陣容になる。
 じつは著者の本は『クチュクチュバーン』と『バースト・ゾーン』しか読んでなくて、それでもいつかまとめて全部読みたいかなあとこつこつ集めている。
 小出版社の出版物もあり、現在の保有率は5割ほど。

○近況(8月)

 コロナ禍、8月豪雨の重なる中で、京都下賀茂神社の古本祭りが二年ぶりで強行された(8月11日~16日)。大阪以東の新快速が運行停止になったりする中、天気予報を確認しながら2度足を運んで近隣のブックオフを含めて50㌔ほど買い込む。この前書いたダブり本での動機分類に基づけば、「義憤と憧れ」に起因する。
 考えても見てほしい。ブックオフの単行本が220円になってしまって、この値段で愚にもつかない(言ってしまった!}なろう本を数千冊単位で買いあさっているというのに、保存状態こそとくに今年は湿気と埃ですこし好ましくないところはあるが、内容的に数倍立派なものが3冊500円で並ぶのだ。若い時分の憧れと、この値段で買えてよいのかという義憤が重なって、いろいろ端切れ本を買う。ミルチア・エリアーデ『世界宗教史Ⅰ』とか講談社『日本民俗文化体系』とかアラン・ムーア『フロム・ヘル 上』とか、いろいろ。その他キルケゴール、シャルダン、ハーバーマス、ウェーバーがらみなどの有名どころ。「司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦」という副題に惹かれて拾った片山杜秀『見果てぬ日本』はこう小松左京論もあるのだあなあ、という感想。
 ほかにも文庫新書10冊500円のところで、SFシリーズ『天翔ける十字軍』を見かけて、むりやり10冊買ったりする。
 8月22日は大阪古書会館の月一古本市。このところずっと保存状態のいいSF雑誌とSF文庫が出ている。高値のSF文庫はともかく、SFM、アドベンチャー以外のSF雑誌、つまりSF宝石、SFの本、イズム、NWといったところが基本500円で並んでいて、今回はSFM丸表紙が一律500円であったので、2冊買う。ついでに欠号のNWも拾おう」としたらこちらは800円だった。
 丸表紙よりNWの方が高いのか。うーむ。

 コレクター・アイテムとして800円で買ったのが、日下翠『漫画学のススメ』(2000年)で、ぼくより5歳年上、九州大学の中国文学の先生で、98年くらいから少女漫画の啓蒙活動に乗り出したようである。アマゾンでは50円から買えるようだけど、まあよろしい。2005年に亡くなっているようだ。第一部「漫画で読む文化―少女漫画と少年漫画(少女・女性漫画にみる女性文化 ラブコメの恋愛観―少年漫画に見る恋愛)」第二部「少女漫画入門―作家と作品紹介」第三部「大陸・香港・台湾「新漫画」事情―中国語圏漫画の現在」と趣味と本業を重ねたような章立てで自分の読書体験を軸にしたしっかりとした書き込みだが、じつはそんな大枠はどうでもいい。
 第二部「少女漫画入門―作家と作品紹介」である。紹介される筆頭に三原順が挙げられている。内容は一般啓蒙を意図したあらすじ主体のものではあるが、この順番だけで意味がある。第一部は「24年組」による少女漫画の内容変化をテーマに据えて始めるのだが、ここでもそのいちばん最初に使われている図版が、『はみだしっ子』で、そのあとに大島弓子と萩尾望都が使われる。

 ブックオフとかでは見当たらなく古本市で入手できる本には、全集・講座本類、事典類、リスト本類がある。
 全集・講座本類はいわばジャンル包括型のアンソロジーであり、事典類は広義の意味でリスト本に含まれる。
 今月はそうした広い意味でのリスト本の収穫が多かった。
 いちばんの収穫は近藤出版社の「日本史小百科」。「神社」「荘園」などテーマごとに系統立てて整理された事典類で、2冊だけ持っていて目次のすばらしさに感動していたものだけど、これが一気に7冊手に入った。期待通りの目次だらけで、それぞれの目次をじっくり見て、中身をぱらぱら見るとそれだけで充足できる。第1期20巻、第2期20巻ということなので少し集めたくなった。
 『世界鳥類和名辞典』は、渡り鳥保護条約の締結のため、過去の鳥名の整理と和名のない鳥の命名の必要から作成されたものらしい。学名英名和名が1000ページ、ひたすら並ぶだけのリスト本。
 その他二木謙一『年表戦国史』、笹間良彦『江戸幕府役職集成』など、まるっきり興味がないわけでもないジャンルでの、先人の労苦の結晶と思うと手に持つだけで心地いい。
 今月の購入本は296冊、48,000円で今年の最高額である。クーポンの使用も12,000円。ただこのクーポン使用の大半はまんだらけでみつけたほとんど定価に近い『三原順 All Color Works』の購入費用。出ていたことを知らなくて衝動買いした。最近大阪に出向くことが少なくて、まんだらけのクーポンがまだ3万円近く残っている。あと3か月で使い切らないと。なろうが5か月ぶりで100冊越え。ダブり本も30冊近く。

● WEB小説作家別一覧(不完全)リスト 第6回

○ 「な行」の作家

 リストはこちら。 (※リンク先はOne Drive(Excel Online)です)

 猫がらみの名前が大量に並ぶ、な行である。今回は評価ABCが少ないので、評価Dの一部を加える。

評価A
中野在太 『康太の異世界ごはん』
評価B
長月達平  『Re:ゼロから始める異世界生活』
評価C
猫子 『転生したらドラゴンの卵だった』
のらふくろう  『予言の経済学』
評価D (一部)
七色春日 『ギャング・オブ・ユウシャ』
nama 『転生貴族は大志をいだく!「いいご身分だな、俺にくれよ」』
北下路来名 『ゴーレムの蛮妃』
のか 『ニンジャと司教の再出発!』
のの原兎太 『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』

 評価A中野在太『康太の異世界ごはん』(ヒーロー文庫)は、異世界転移した居酒屋店主がエルフの娘さんの助けを借りて貧窮した村落にうまいものを提供していく話。定番のひとつである料理人系だが人類学系知見が大きな役割を占める。もともとこの世界は「白神」と呼ばれる転移者によって文明が発展してきたというカーゴカルト基礎設定があり、そうしたなかで、主人公康太は、彼の料理が「冷たい社会」である村落の構造を毀損するのでないかと悩むことになる。異世界料理系は、安直なものも多いが、『異世界料理道』『異世界食堂』『辺境の老騎士』など料理の描写、食事風景等をじっくり書き込んだ文章力のあるものが多く、追随する作家たちも、いたずらにテンプレートがあるものだから雛型に則り書き込んで、物語に奥行きを加えていくものが多い。
 長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』を評価Bとしたのは15巻くらいで読むのが止まってしまっているため。死ぬと過去に戻るという能力を得た主人公が経験した知識と技術を積み重ね未来を切り開いていく物語。最後数冊は新刊で買っていたのだが、挫折している間にどんな話だったか忘れてしまって、とりあえず保留状態。
 評価Cの猫子は、た行で挙げた棚架ユウと同タイプ。個別の作品評価はDだが、とにかく安定して楽しめる。若干棚架ユウより物足りない部分はあるが、作品量が彼に倍する。同じように期待していた月夜涙は量産体制に移るに従いE判定の作品が増え、初期の作品と合算で評価D にかろうじて留まる。
 のらふくろう『予言の経済学』は魔力の存在する世界で、予知能力のある姫巫女のあいまいな未來視を魔力のない転生者で商人の主人公が科学の方法論で補佐し災厄を防いでいく話。主人公が博識すぎたり周囲が素直すぎたりするが質の高い蘊蓄がご都合主義を心地よく許していく。web版は完結している。
 評価D(一部)として挙げたのは、発想の面白さとか、小説としての頑張り度からCもありかなと迷ったもの。それでも世界構築の甘さ、文章や小説としての雑さとか、ヒロインの多さやアクションだけでの進行とか、個々に少し物足らなさがあって、並評価に留めたものである。
 これがあったかと発想が気に入ったのは、ポーションを健康な人間が飲むと麻薬になるという設定で麻薬密売組織の抗争を描くノクターン小説『ギャング・オブ・ユウシャ』、ウィザードリィ経験者ならよくご存じの入手したアイテムの倉庫用に作られたキャラたちが、メインキャラの全滅で右往左往する『ニンジャと司教の再出発!』など。一応気に入った時点でのweb最終更新まで読んでいる。

 レーベル別のお勧めは、『康太の異世界ごはん』に合わせてヒーロー文庫の主婦と生活社。
 なろう本の商業出版に先鞭をつけたのが、アルファポリスとエンターブレインなら、現在のなろう本出版及びその後架かれるなろう話の在り方を決定づけたのがヒーロー文庫であったのだと思う。良くも悪くも、である。
 主婦と生活社の単行本レーベルは二つある。ひとつはヒーロー文庫の成功に乗せて展開したプライムノベルス。一つは、女性向けアニメ雑誌PASH!の関連シリーズであるPASH!ブックス。傾向的にはプライムノベルスは男性向け、PASH!ブックスは女性向けだが厳密なものではない。プライムノベルスは興行的にいまひとつ成功しなかったようで打ち切られた模様だが、一応収録作品はヒーロー文庫に移行している。またプライムノベルスの打ち切りに合わせてPASH!ブックスにも男性向けが入るようになった。
 ということで、ヒーロー文庫10点、単行本5点を挙げる。なお、古書価が下がらないので、『薬屋のひとりごと』がまだ未読である。著者の他の作品は10冊近く拾っているが、これをきちんと読んでないので評価は保留にしている。

ヒーロー文庫の10作

中野在太  『康太の異世界ごはん』
麻倉英理也  『小さな魔女と野良犬騎士』
渡辺恒彦 『理想のヒモ生活』
小東のら 『転生者の私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』
山下湊 『ウロボロス・レコード』
甘酒之瓢 『ナイツ&マジック』
真島文吉 『棺の魔王』
三嶋与夢 『セブンス』
唐澤和希 『転生少女の履歴書』
青生恵 『聖王国の笑わないヒロイン』

プライムノベルス・PASH!ブックス

上宮将徳  『たのしい傭兵団』
塚本悠真 『サトコのパン屋、異世界へ行く』
鏑木カヅキ  『アンリミテッド・レベル』
明石六郎 『地味な剣聖はそれでも最強です』
鍋敷 『クズ異能【温度を変える者≪サーモオペレーター≫】の俺が無双するまで』

 選んでみると、思いのほか小粒なものに終始した。3か月後にはへたをすると7割くらい変わっていそう。とくにPASH!ブックスは、発想は買うけど小説としてどうなの?というところがあり、鍋敷は、今回のな行おすすめからもこぼれている。プライムノベルスから選んだ3点はすべてヒーロー文庫に落ちているけど、ヒーロー文庫枠で考えると選出は微妙かもしれない。


○WEB小説作家別一覧(不完全)リスト (※リンク先はOne Drive(Excel Online)です)

 ※ 凡例、表の説明などはこちらにあります。追加・修正についてはこちら


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