みだれめも 第220回

水鏡子


西村寿行リスト失敗苦労譚

〇近況(7月)

 云十年ぶりに青春18きっぷを買う。7月20日から9月10日までの期間限定。若いころは大垣発の快速や、深夜バスドリーム号での東京行きによく使っていたのだが、社会人で金より時間と疲労が貴重になって新幹線に頼りだしてからご無沙汰になった。利用していたころより値段は若干上がって11,850円。5回分なので1回2,370円。意外だったのは、5枚綴りでなくなって、1枚の切符で5回分のスタンプを押す形態に変わっていたこと。緊急時に金券ショップでバラ買いが出来なくなっている。2,370円というのは微妙な額で、毎週の大阪例会での往復交通費が回数券活用で1,800円ほどなので普通に使えば割高になる。しかし乗り降り自由というメリットは近隣の古本屋回りには途方もなく大きく、7月20日からの10日間だけでも、大阪に行くのに姫路から京都まで酷暑をおして8つのブックオフその他を覗くことができた。残念ながら寄る年波には勝てず、JR駅から1キロ以上離れているのが当たり前の店行脚は一日に覗ける店は2、3店、買って持てる本の量は十数sが限界になった。昔なら4,5件回って20数キロ持ち帰るのは平気だったのに。今、20数キロ買ったら託送便に頼らざるを得ない。

 30日。「山野浩一さんを偲ぶ会」で東京に行く。何十年ぶりの人たちにいろいろ会う。牧夫妻や志賀、新戸、永田さんら旧SF論叢の面々とお茶。昔話をする。優待券ではじめてユニゾホテル銀座に宿泊。2700円で買った株価が公募増資で2000円に急落している。いつものサムティよりワンランク上のホテル。カードキーのセキュリティが強化されている。カードキーがないとエレベーターに乗れないし、宿泊階でしか開かない。1泊でのとんぼ返りだったので、30冊くらいしか拾えない。「偲ぶ会」で『花と機械とゲシュタルト』『レヴォリューション』や「トーキングヘッズ」などを頂く。

 7月に拾った本は211冊。うち、なろう本は114冊。200冊を超えていても収穫と呼べるものは皆無。西村寿行の単行本を8冊買う。

 WEB版を最新稿まで読んだものには
 『辺境の老騎士』〇、
 『ラピスの心臓』◎、
 『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』〇、
 『呼び出された殺戮者』『よみがえる殺戮者』〇、
 『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く!』〇、
 『リアル世界にダンジョンができた』〇、
 『オール1から始まる勇者』
などが新たに増えた。『辺境の老騎士』『ラピスの心臓』の書籍版は打ち切りになっている。

〇西村寿行リスト失敗苦労譚

 『本の雑誌』7月号に西村寿行著作リストを載せてもらった。
 リストを作るのは楽しい。
 記憶が整理され、視野が俯瞰され、不分明だった細部が見えて、新たな補完がなされていく。

 寿行のリスト的なものを作成するのは実は3度目になる。最初は30代のころ。西村寿行を刊行順に一気読みするための参考資料として、採点表のかたちで並べた。2度目は数年前。「本の雑誌」の連載コラム『この作家この10冊』で「西村寿行の10冊」を書くときに参考資料として作成した。ちなみにこのとき確認した最初の時の採点表で高評価をした作品のうちのいくつかは、読み返すと耐えられない部分が見えて評価できなくなった。
 いずれも文章を作るための裏資料だったので、きちんとした形でのリストは今回が初である。ただ、僕のリスト作りは俯瞰性にモチベーションがかかって、正確さが甘くなりがち。今回も二桁に及ぶ記載ミスを犯してしまい、本の雑誌編集部には多大な迷惑をおかけした。多謝。

 そこで生じた苦労譚失敗譚を並べてみよう。

 @ 現物の行方不明
後期の作品や短編集を中心に3割くらい持っていない本があるのだが、再読三読している本が何冊も見当たらない。83年までの小説はコンプリートだったはず。『滅びの笛』とか『犬笛』とか、ないこと自体があり得ない。どうやら「西村寿行の10冊」を書くときに読み返した本の一部が、別置のまま行方が分からなくなったらしい。書庫は今回整理して居所不明には成り得ないのだ。謎である。しかも古書店行脚の甲斐もなく『滅びの笛』はいまだに未入手状態である。
 A ネット検索
 まずはネットにリストが掲載されているかどうかの確認をする。リストはなかった。ウィキペディアにシリーズ別リストはあったが、刊行順のリストはなかった。作風が変転した作家だけに、きちんと読むのに刊行順リストは必須だと思う。正直意外だったのだが、安堵もした。もし、WEB上で見つかれば、原稿料を頂く以上、WEB版にはないオリジナルな工夫を加える必要があるからだ。
 B 刊行順について
 「西村寿行の10冊」作成時に刊行年別リストを作っていたのだが、気がついたのはこの人が毎年10冊前後本を出していたということ。ここを毎年ランダムで並べたのでは刊行順リストにならないよねっと。
 順番付けをどうするか、悩んだ結果、国立国会図書館サーチで西村寿行を検索し、古い順に並べ替える。76年までは出版年の記載しかないが、そのあたりは現物(ただし文庫版)にあたることでなんとかしのぐ。70年代前半以前に活躍した作家だとどうしようもなかったなあ。77年以降についても正確に刊行年月順になっているわけではなく、単純にその年に刊行された本が集まっているだけで、刊行月はばらばらだったが一応の年月記載があるのでリスト作りに支障はない。ただ出版年月であって、出版年月日でないということ、短編集の収録内容の記載がないことに不満が残った。
 これらがあとで微妙に問題を生じてくる。
 C リストの作成、記憶のリフレッシュ
 家にある西村寿行をリストの順に積み上げて、あらすじと解説、たまに本文にも目を通しながら刊行時の著者や時代の空気を記憶の中によみがえらせ、記憶をリフレッシュしていく。繰り返すけど刊行順ということが大切で、それをつなぐことで作家のイメージが重なり合って見えてくる。さらに解説というのが重要で、貴重な内部情報や、書誌情報が散りばめられている。
 たとえば『妖魔』(徳間文庫)の解説によると、『世界新動物記』は当初元上野動物園園長の監修で出版予定だったという。それが「動物園の動物は哀れであり、檻に動物を閉じこめているのは間違っている」とする著者の思想が随所に見受けられ、監修者となることをとりやめたとの言がある。氏の動物小説を読む中での指針ともなる挿話である。
 また、どこで読んだかわからなくなったが、寿行が最初に出版社に持ち込んだ長篇は動物小説だったという。内容に難色を示した編集者が筆力に感心してミステリの執筆を提案し『瀬戸内殺人海流』ができたといった記述がある。
 この持ち込んだ小説が『老人と狩をしない猟犬物語』だったのではないか。あるいはミステリの様式ではなかった『屍海峡』という可能性もある。
 解説のついた文庫版の方が好きなのだが、こうやって並べていると単行本も欲しくなる。ハードカバーはやっぱり物理的にしっかりしているし、文庫本だと底本データとして単行本の出版年月を載せていて、初出の掲載誌データがないのだ。
 D 作品リストの発見(以下先行リストと表示)
 西村寿行の評論本や全特集雑誌の類も、WEBもウイキペディア以外ちゃんとした総括的なものもみつからず、安心していたのだが、75年から順に眺めて、85年にたどり着いたところで愕然とする。
 『無頼船、極北光に消ゆ』(角川文庫版88年)に詳細な作品リストが載っていたのだ。
 シリーズ作品の簡単な紹介と関係作をきちんとまとめ、刊行年月順に作品を並べ、さらには文庫化新書化などの再刊データも判型、出版社、刊行年月まで書き込んでいる。
 作成者名はない。角川文庫でありながら、徳間書店の西村寿行選集の記述が目立つデザインから判断するに著者事務所関係によるものだろう。『鷲の巣』(徳間文庫88年)にも同じものが載っているが、こちらはシリーズ作品リストだけで、ショックを受けた刊行年月順リストはない。
 ショック@は、国会図書館サーチを使って一行づつ2週間くらいかけて作成していた作業が、先にこのリストを見つけていたら3日ですんでいたことへの虚脱感。
 ショックAは、至れり尽くせりのリスト内容。
 先に書いたように、原稿料を頂く以上、先行リストにはないオリジナルな工夫を加える必要があるのだが、角川文庫や西村寿行選集の一覧など、普通の作品リストには載せないだろうと考えて、こつこつ書き記していたものがすでに載っていたのは衝撃だった。
 備考欄のいくつかや、出版時の年齢、電子書籍化などは、先行リストにないものを、ということで寿行を読むのに役立つかなと加えてみた要素である。結果、年齢については9歳ずれるという大失敗をしでかすのだが。
 ショックBとこれは小さい部分だが、作ってきたリストとこの先行リストで順番がいくつかずれていたこと。
 具体的には、同じ出版年月の作品の順番が前後したのがいくつか。奥付の出版年月日まで確認すればいいのだろうし、著者事務所の作成ならそちらが正しいとは思ったのだが、とりあえず誤差の範囲内ということで自分の作ってきた順番のままで押し通した。
 E 断念した項目
 相当頑張ったのだけど最終的に断念した項目が3つ。
 4ページという枠組に入りきれないということで、断念したものが2つ。
 ひとつは短編集の収録作品で、これは先行リストにも載っていない。それどころか、先行リストは長編と短編集の区別さえ記載がない。これは先行リストの数少ない欠点といえる。
 備考欄に収録作品を書き入れたが、全作品を書き込むスペースはなく適宜3,4篇を選び出した。
 二つ目はシリーズ物のとりまとめ。こちらの方は、先行リスト以外にウイキペディアでも確認できることと、総じて3作目以降は評価に値しないことが多いことから(例外は宮田雷四郎シリーズくらい)、備考欄に簡単に記載するにとどめた。
 一番時間をかけたものの、6割しか把捉できず断念したのが初出の掲載雑誌の調査。
 先に述べたように、文庫版には初出の掲載雑誌の書誌情報が載っていることが非常に少ない。解説内の書誌情報と、初刊行時の単行本に頼るしかない。市内にある3つの図書館を回り、それぞれの書庫にあるすべての西村寿行本を大迷惑にも借り出して書誌情報を書き写し、ブックオフ等で単行本を探し回ったりしたものの、6割の把捉が精いっぱいだった。初刊行時の単行本なのに雑誌掲載情報がついてないものもいっぱいあるのだ。
 ちなみに西村寿行のブックオフ価格は基本100円200円である。60年代以降の小説は概ね最低価格が基本である。
 ということで、せっかく調べた中途半端なデータ、わかった限りの初出雑誌情報と、短編集の収録作を加味したリストがこちらのものとなる。(リンク先はExcel Onlineです)
 F 楽天ブックスのサイトについて
 持っていない短編集の内容確認には苦労した。図書館での調査も国会図書館サーチも足りず、いろいろ検索した結果、発見したのが楽天ブックスだった。
 アマゾンの作家リストだと掲載されているのは購入可能リストだけれど、楽天ブックスは77年以降に限定されるものの、「ご注文できない商品」という記述をつけて(たぶん)全作品リストになっている。刊行年月もきちんと記載されており、ちゃんとその順番で並べることができる。国会図書館サーチいらないじゃんと悔しがる。
 短編集の収録内容は残念ながら最初記載はなかったが、86年2月以降については商品説明の項目が新たに増えて、あらすじと収録作品が記載されるようになり、この年以降に再刊された短編集なら収録内容の確認がとれるようさらに詳細データが確認できるようになった。
 ただし、この発売情報、前回のヒーロー文庫のリストを作っていてはじめてわかったのだが、この発売日はなんと奥付ではなくほんとに発売日らしい。
 これはねえ、ずれは知ってたけれど、あくまで奥付という活字資料で発売日を規定してきた立場としてはつらいものがある。奥付9月1日なんて本は基本的に8月25日くらいになるわけで、発売月までちがってくるのだ。
 G お勧め30について
 ◎10、〇20のお勧めについては、◎はともかく〇はかなり流動的。50点くらいお勧めできるのだけど、多すぎるので適宜選んだ。ハードロマンの時代とか70年代の作品でほとんど埋め尽くせたのだけど、それも著者に失礼だと動物小説時代小説に比重をかけつつバラエティを目指した。
 『虚空の影落つ』『牛馬解き放ち』の連作どちらにも◎をつけたのが攻撃的評価なのだが、まるで反応がなかった。
 H ミスについて
 たくさんのミスをして編集部にみつけてもらった。
 年齢のミスについては8月号の三角窓口で陳謝したのだが、その後、本稿のため短編集リストを整備していたところ、再録短篇集とした最後の短編集『碇の男』が再録本でないことがわかった。
 第一短編集『原色の蛾』に収録されていた「刑事」が入っていたので勘違いしたのだが、ほかの作品は未収録ぽい。だけど逆になぜ「刑事」が入っているのかがわからない。同じ題名の別の話だったり、主人公が共通したりするのかもしれないが、現物を持ってないので判断保留。
 編集部で見つけてもらったたくさんのミスは、リストに落とし込んでいただいたのがひとつ書き込めキレなかったものに、『鬼が哭く谷』という短編集がある。 
 この収録作品なのだが、ぼくは所持している角川文庫版に基づいて6篇収録としていたのだが、じつは単行本は8篇収録、徳間版は7篇収録と内容が転変していたとのこと。備考欄に書き込むにはごちゃつきすぎるので、単行本時点の8篇収録だけを書いた。
 なお今回掲載のリストについては、元原稿に初出情報を加えたものなので、なにぶん雑駁な性格で編集部でみつけてもらったミスを直しそこなったところがあると思います。できれば本の雑誌と照らし合わせてご覧いただければと。
 I リスト作成後の発見
WEBでとんでもない情報量の西村寿行紹介記事を発見する。
「はる坊の雑記」というサイトの「昭和後期の作家 西村寿行本当に凄すぎた」という長文記事で、年代順に西村寿行の生涯を綴っている。ぼくの知らなかった話も大量に載っていて、リスト作成前に見つけていたら大量に援用できたなあと後悔する。寿行に興味を持ったなら一度覗きに行くことをお勧めする。

THATTA 363号へ戻る

トップページへ戻る