ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』.書評

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」18年12月号掲載
 2018年12月1日発行


 青々とした木々の生い茂る小山を思い浮かべよう。長さは一・八キロ、一番高いところは二百三十メートルほどの小山だ。テオシンテ市の、バナナやメロンが栽培される広大な谷間の中に横たわり、その背の上には小川が流れ、小さな集落もそこにある。それが竜のグリオールだ。ある魔法使いによって、何千年も前にこの地に封じられ、ずっと動かないまま生き続けている巨竜。
 本書はその竜のグリオールに関わった人々を描くルーシャス・シェパードの連作短篇集である。初訳一編を含む、短篇二編と中編二編が収録されている。なおこれは、シリーズの前半四作にあたる。

 竜がいて、魔法もあるのだから、ファンタジーには間違いない。それも、少し不思議どころか、かなり不思議なファンタジー。けれども、その不思議は直接的というよりも、人の心を通じて現れてくるようなものなのである。じっと動かない竜が放つ、暗く重い、言葉にならない霊気が、空気となってこの世界の人々の心を静かに支配し、拘束し、動かしていく。その実在感ときたら――。日常自体がその上に成り立っているのだ。それはもはやファンタジーというよりも現実そのものである。

 表題作「竜のグリオールに絵を描いた男」では、この死なない竜を退治するため、毒のある絵の具を使って絵を描こうとする男が登場し、何十年にもわたるそのプロジェクトの様子が描かれる。意気揚々だった男も長い年月の間に変わっていき、そして竜は……。

 中編「鱗狩人(うろこかりゅうど)の美しき娘」は、とある事件がきっかけで竜の体内に閉じ込められ、そこで暮らす奇妙な人々と共同生活しながら、何年もかけてグリオールの体内を探検し、研究することになる娘の物語である。これはほとんどSFだ。彼女たちは竜の体内に囚われ、さらにその思念に囚われている。

 中編「始祖の石」は弁護士が主人公の法廷ミステリだ。グリオールをあがめる教団の僧侶が、竜の口から出たという〈始祖の石〉で殺される。捕まった犯人は、自分の意志ではなく、竜に操られたのだと主張する。主人公は彼を弁護しようと調査を進めるが、犯人の娘を中心に、まるで迷宮のような闇が広がっていく。

 初訳の「嘘つきの館」も傑作である。ここには人間の美女に姿を変える、グリオールとは違う女の竜が登場する。彼女はグリオールの肩の上で、粗野な人間の男と出会う。いわゆる異類婚姻譚だが、そこにもグリオールの意志が影を落としている。それにしても美しく迫力ある文章だ。うっとりとしてしまう。

 本書は、本としての出来も素晴らしい。グリオールの恐ろしさと魅力を余すところなく伝える見事な表紙。作品と作品の間に挿入される黒いタイトルページ。そして、おおしまゆたか氏の作者と作品への愛に溢れた、力のこもった解説が素晴らしい。シェパード自身による、作品に関する覚え書きも収録されており、解説と合わせて読むととても面白い。

 ところで、『多々良島ふたたび ウルトラ怪獣アンソロジー』には、田中啓文の「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」という作品が収録されている。これが作者いわく「竜のグリオールに絵を描いた男」へのオマージュなのだ。本当かと思った人、読んで驚け。

 2018年10月


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