AOLの会員はすべてバージニアで訴えられる? 裁判管轄
裁判の管轄権というのは手続き法上の問題であるため少しわかりにくいのですが、バージニア州のアレキサンドリアの連邦地裁が注目すべき判決を出したことをニューヨークタイムスが伝えています。

事件は、Steve N. Bochanがケネディー暗殺事件に関する"Oswald Talked: The New Evidence"という本の内容を争う意見を"alt.conspiracy.jfk"というニュースグループに書いたことかから始まりました。著者であるRay と Mary La Fontaine のテキサスの二人のジャーナリストをはじめ、同様に被告になったニューメキシコの Robert Harris らが、そのニュースグループ上においてBochanを性的異常者であるなどと攻撃したというものです。

そこで名誉毀損や計画的な感情侵害として裁判を起こしたのがこの事件ですが、連邦地裁のEllis判事が下した結論はそれがこれらに当たるかどうかではなく、この事件についてバージニア州の連邦地裁が管轄権を持つかどうかという点です。サイバースペース上の事件では被告と原告が同じ州に居住するとは限りません。むしろ国を異にすることも珍しくありません。その場合どこ州(国)の法律を適用するかという渉外法の問題とどこの裁判所が裁判をする権限を持つかという管轄権の問題を生じます。管轄権は手続き法上の問題であってそれによって法律の解釈に差が出るものではありません。しかし、実際上は被告と原告のあいだで大きな利害問題を生じます。

自分が住んでいる場所から離れた裁判所に召還されるのは事実上の負担が大きいという不利益が生じます。多くの場合、当事者は裁判所に出頭します。また、証人の尋問などにも立ち会う必要があります。そして弁護士もそのたび出張するとなれば、費用・時間の点において大変な負担を負うことになります。例えば、北海道の人が沖縄の人に名誉毀損されたとして、那覇地裁に裁判を起こさなければならないとすると、裁判が開かれるたびに沖縄まで弁護士さんと一緒に出かけたり、証人を那覇まで呼ぶ(民事訴訟では個人負担)などでは裁判費用だけで膨大になってしまいます。

米国の各州にはlong arm statute という法律が州外の住民を被告にできる場合を定めています。ところが、米国では憲法の適正手続きの保障が刑事事件だけではなく、民事事件にも適用されるためこの管轄権がこれに反するのではないかがしばしば問題になっています。いくつかの判例があるのですが(サイバースペースに関するものは少ない)、まず「最小限の接触の法理」(minimum contacs)が一般に認められています。「フェアプレーと実質的正義の伝統的概念を侵さないような一定の最小限の接触を被告が法廷地とのあいだに有している」ことを要求する法理です。最小限といってもほんのちょっとでも接点があればよいと云うのではなく、「活動の性格と質」によって判断されるというのは適正手続きという実質的な権利の保障を目的とする条項の解釈である以上当然なのかもしれません。(「判例 国際インターネット法」平野 普・牧野和夫著 プロスパー企画刊参照)

ところで、今回の事件はどうなったかというと Harris については彼のweb上のビジネスにおいてバージニア州と強く結びついているとして管轄権を認めていますが、このような関係がない Fontaines についても次の理由でバージニア州の裁判所に管轄権を認めました。
"Observing that the La Fontaines posted their comments to the newsgroup using a Texas-based ISP and their AOL account, the judge said that the allegedly defamatory messages were transmitted first to AOL's Usenet server in Loudoun County, Va. There the message was both stored temporarily and transmitted to other Usenet servers around the world. Thus, Judge Ellis said, because publication is a required element of defamation, and evidence showed that "the use of [a] Usenet server in Virginia was integral to that publication," there was a sufficient "act in Virginia" to allow for jurisdiction over the La Fontaines. "
要するに名誉毀損のメッセージはテキサスのプロバイダ(ISP)からAOLのアカウントでバージニア州の Loudon County のAOLのサーバにまずテンポラリーに登録され、そこから世界中に送信されている。そして公表されることが名誉毀損の要素として要求されているが、このバージニアのサーバがその公表のために必要である。そして Fontaines がバージニアの管轄権に服するのに十分な活動が認められる。というのです。

この判決に対しては、それではAOLの1700万人の会員はバージニアの裁判所の裁判を受けなくならないのでしょうか?
オタワ大学のロースクールの助教授の Michael A. Geist は、この判決によればプロバイダやサーバの所在地が管轄権を決定することになり ("This case suggests that the location of an ISP or a server can be a determining factor in finding jurisdiction")
もしバージニアにある幅広く利用されているサーバの場所によってバージニアのlong arm statute が各地に散らばっているインターネットユーザへと適用が広がるのであれば、バージニアの法と裁判所は何百万人のインターネットユーザーの支配者になってしまうといっています。("If the reach of Virginia's long-arm statute is extended over scattered Internet users owing to the location of widely used servers in that state, the courts and laws of Virginia could effectively become the rulers of millions of Internet users.")

しかし、Ellisは、単にサーバがバージニアにあるという理由だけで管轄権を認めたわけではありません。第1にBochanはバージニアに住んでいること。第2に損害がそこで発生したこと。第3にLa Fotntaineは、被害者であるBochanがバージニアの市民であることを知っていて、バージニアで訴えられるとことを予知できたこと。を理由として上げています。long arm statute は適正手続きの保障のもとで認められるためこのような実質的な判断が入っているわけです。(Analyzing the issue further, Judge Ellis concluded that under Federal due process standards, jurisdiction was justified for three reasons: Bochan lived in Virginia; the harm, if any, would be suffered there; and the La Fontaines knew Bochan was a Virginia citizen, despite their contentions to the contrary. As a result, they could "reasonably foresee" being sued in Virginia, Judge Ellis said. )

Seton Hall大学ロースクールの教員でサイバースペース法の専門家であるDan L.Burkは、前向きにとらえていて「バージニアにある出版社が他の人を中傷する冊子を発行した場合と大きく異なるものではない」としています。その出版社がある土地の裁判所が管轄権を持つのと同じというわけです。

この判決は米国の訴訟法の専門家でなければ、正しく評価することはむずかしいでしょう。Bochanが真実被害者であれば、法廷地が彼の救済に適したバージニアであることは肯定すべきかもしれません。しかし、彼が被害者かはさらに実質審理をしてみなければ分かりません。むしろ、La Fontaine に対して「名誉毀損だ」と不合理な言いがかりをしている可能性もあります。また、long arm statute の延長には国際的訴訟もあります。適正手続きの精神からすれば簡単に管轄権を認めるとは思いませんが、日本在住の加害者がバージニア連邦地裁への出頭をを求められた場合を考えると必ずしも合理的とは言えないでしょう。

いずれにしても、インターネットにかかわる企業やユーザーはとかく民法などの実体法上どのような法的解決が可能かに注意がいきがちですが、サイバースペースの裁判ではこのように裁判所の管轄権が問題になる可能性があることを記憶しておくべきです。

それでは日本の民事訴訟ではどうでしょうか。まず、同じプロバイダーの会員相互、あるいは会員とプロバイダのあいだの訴訟では、規約上合意管轄としてプロバイダの所在地の裁判所が指定されてますから、問題は生じません。しかし、インターネットではそのようなケースばかりではなく、異なるプロバイダの会員間で紛争が生ずることも十分考えられます。

このケースのような名誉毀損は、民法上の不法行為として扱われますが、それについて民事訴訟法不法行為地の裁判所に管轄を認めています。この不法行為地とは加害者のパソコンがある場所か、サーバの所在地か、結果が発生した被害者のパソコンがある地なのかはっきりしていません。

そもそも、隔地者間の紛争が状態のインターネットのばあい、その管轄権については特別の配慮が必要になる可能性があります。米国の long arm statuteが原則として管轄権を認め、それを適正手続きの保障で柔軟に制限する方法は、その一つの解決を示すものかもしれません。

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