今年の春、裁判官を退官して研究者になった夏井さんの2冊目の著書です(前著:裁判実務とコンピュータ:日本評論社刊)。夏井さんは、おそらく日本で一番コンピュータやネットワークに詳しい裁判官だったと思います。その意味では惜しい人材を最高裁は失った?かもしれません。裁判官だったころから法律とコンピュータに関する膨大な論文を書いています。
前著がタイトルに「裁判実務」とあるように現行法を実際に裁判で適用する場合の解釈が中心だったのですが、この本はネットワーク社会の文化的側面から近未来を予測してそこで生ずる法の問題を書いています。法律ではなく法というのは、国会が作る法律よりももう少し広い範囲の法的な問題を扱っているからです。
この本は主権国家の崩壊(過激な言葉ですね)と情報化社会の標準化単一化を柱にしています。
主権国家というのは聞き慣れない言葉ですが、ここにいう主権というのは国民主権などとは違う概念です。国家は外に対しては対外独立性を持っていて、例えば領空侵犯とか内政干渉などというのは、その侵害を指します。また、対内的にはそれが民主的である場合にも国民の支配、課税権、通貨発行権などの国家権力を持っています。主権国家というのは、こういうものを持った国家を意味しています。ネットワーク社会ではこういう主権国家のこれまで当然とされてきた性格が希薄になっていきます。例えば、電子マネーはこれまで国家だけが独占してきた通貨発行権に対して大きな空洞を作る可能性があるわけです。
次に情報化社会の単一化というのは、現在のインテル&マイクロソフト中心のパソコン業界を見れば分かるようにコンピュータの世界は寡占化に向かっており、それはCPUやOSの世界だけでなく、いろいろな分野で起きることを予想しています。現在の法律の中では、寡占とか独占の問題ですが、それが1国の中だけでなく世界的な規模で起きていきます。
これを前提に法をどのように考えるべきかについて書いてあります。いろいろな人によって、「ネットワーク社会ではこれまでの法律では処理できない」といわれてきましたが、多くは抽象的だったり、単なる印象に過ぎなかったりしていました。それをこのふたつの視点から理論化して、具体的にどのように処理できないかを明らかにして問題提起をしています。最終的な結論を出さずに問題提起に終わっているところも多いのですが、それは今後の議論に任せると言うことなんでしょう。近未来というと現実感がありませんが、数年後には起こることと考えるとよいと思います。
著者は、おそらく大学の教科書あるいは参考書として使うことも考えているんでしょう。ネットワークの文化的についていろいろな文献を上げて説明していますから、その入門書とも見ることができます。法の部分については、多少法律の知識が必要です。法律学辞典を脇に置いて読むというほどではありませんが、あったほうが分かりやすいでしょう。
思いつきみたいな「ネットワークと法」の議論が多い中でひとつの方向を示すと思います
本書引用のホームページのURLの補筆・変更