中村基樹「惚れたぜライオンズ」/子門真人「ぼくらの憧れライオンズ」

太平洋クラブライオンズ、江藤監督の時代、福岡のラジオ局RKB毎日放送のアナウンサー中村基樹さんが応援歌を出したものです。中村さんはスポーツアナではなく、「歌謡曲ヒット情報」という番組の担当が記憶に残ります。スポーツアナの渡辺篤アナ(今CSのsports-iESPNでダイエー戦を放送している)や山下忠道アナなどと一緒にやっていました(やはりsports-iESPNでダイエー戦を放送している隈部アナも後に加わったような気もします)。中村アナはフリーになったらしく、2002年頃に、福岡のもう一つのAM放送、KBCラジオで番組を持っているのを、福岡でたまたま聞きました。現在はダイエーホークスを応援しているようです。
歌の内容は、「誰が付けたかどんたく打線」「倒せ蹴落とせ南海野郎、来るか近鉄血祭りだ、ロッテ阪急たたいてつぶせ、焼いて食べよか日本ハム」というようなものです。作詞:本間繁義、作曲:高田勝、編曲:神保正明。
ジャケットの裏面は歌詞ですが、ほかに、なんと「振付」がついています。「此の曲は軽快に力強くライオンズの士気を鼓舞する意味で胸を張って元気一ぱいにおどってください」とのことです。当時このレコードに合せて躍った博多のおばちゃんたちが居たのでしょうか(いなかったでしょう。踊ってくれとおじちゃんに頼まれたおばちゃんなら居たかもしれませんが)。

B面は、なんと子門真人。「コーラス:少年ライオンズ」というのもついてますが、なかなか威勢のよい曲です。「江藤監督あのファイト」「加藤、田中に東尾が」「基、国貞、竹之内」「白にビュフォード、土井、アルー」
東宝レコードAT-1113。


「甦れ! 俺の西鉄ライオンズ/平和台おお騒ぎ─ライオンズ昭和54年─」

西鉄ライオンズが消えて六年目、太平洋クラブライオンズを経てクラウンライターライオンズとなった、在福最後の年に発売されたレコードです。中山大三郎作詞作曲。「野球に関する歌……一番創りたかったのはこの歌でした……中山大三郎談」。京建輔編曲。
 クラウンを応援していた私はすぐには買いませんでしたが、西武への身売りが決まってから買いました。
 題名からはノスタルジーを感じさせるだけのもののようですが、「おれたちの手にライオンズをとりもどそうよ あたらしい名前はたとえば九州ライオンズ」という提言を含むものでした。ライオンズが身売りされて埼玉へ行く、という噂は西日本新聞(夕刊、マスケンの「くるま座」。たしか昭和53年のシーズン初めではなかったか)などでも書かれていたのですが、結局何も出来ないまま西武に取られてしまった九州財界があったわけで、この歌の提言は生かされませんでした。

 B面の「平和台おお騒ぎ─ライオンズ昭和54年─」は、その提言が実現されたものという仮定のもとに、昭和54年のライオンズの活躍を歌ったものです。架空実況放送(構成:中山大三郎とライオンズ狂団、アナウンス:諸岡青二=青俳)が泣かせます。
一番の二番の間奏では、プレーオフで阪急と闘い、秋晴れの平和台球場でリーグ優勝を決めます。山田投手から立花が決めてくれます。観客が一斉にグランドになだれ込んで来るところなども平和台らしいところです。二番の後は日本シリーズです。後楽園で二連勝し、平和台でも一勝し、第4戦も九回表ツーアウト、「ピッチャーはここまで一安打に押えている永射」。勝利の瞬間、永射と若菜が抱き合って歓びます。そしてそこに駆け寄る選手の名前を絶叫連呼。大田・楠城・竹之内・東尾・吉岡・鈴木・広瀬・土井……。
 西武への身売り後にこれを聞いた私は、この状況が決して実現されることのないことを思い、本当に涙が出ました。今聞いてもじんとします。聞かずに思い出すだけでもじんとします。
なお、A面には昭和33年日本シリーズの実況放送(東京放送)が入っています。これもなかなかよいものです。特に稲尾のサヨナラホームランなど。
唄は黒田武士(たけし)、コーラス:中山大三郎とライオンズ狂団、ミノルフォンオーケストラ。ミノルフォンレコードKA-1123