パパはウルトラマン!

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 ある朝、ハヤタは隊長から一通の辞令を受け取った。
「○月×日をもって、科特隊中央サービスへの出向を命ず」
 やれやれ、とハヤタはため息をついた。
 怪獣退治に命を張って、がんばりつづけて10数年。そのあげくがこれだ。まあ、今の隊長代理というポストにいても先はなかったのだし、いずれ時間の問題だったのだが。
 科特隊中央サービスは、科特隊やウルトラマンがやっつけた怪獣の死骸の始末をする関連会社だった。もとは科特隊の一部門だったが、何年か前にアウトソーシングの一環で関連子会社になったのだ。
「怪獣をやっつけるときに、なるべく破片を散らさないようにして下さい。」ハヤタは時々彼らから要請がきていたのを思い出した。
 その時は、てやんでえ、こっちは怪獣相手に命をかけてるんだ、そんな管理部門の要請なんかきいていられないよ、と思ったものだった。
 しかし今度は自分がその社員となるのだ。
 異臭怪獣や汚物怪獣の死骸を処理すると、1週間は身体から臭いがとれないという話を聞いたことがある。いやそれはまだいい方で、ウランやプルトニウムを体内に含む放射能怪獣だったりしたら下手をすると命にかかわる。
 市民からも文句が出ることが多いし、現場の士気も高くはない。
 だが、とハヤタは考えなおした。
 怪獣退治しか知らない自分に、いまさら他に何が出来るというのだ。ウルトラマンも光の国に帰ってしまったし、もう自分には何の特技もないではないか。行き先があるだけまだましだ。
 そうハヤタは自分に言い聞かせた。

 その日の午後、ハヤタは隊長の代理で全国隊長会議に出席した。
「また会議か。近頃じゃ怪獣退治より、会議の方がずっと多いじゃないか」
 ぼやくハヤタに北海道支部の部隊長のイデがささやいた。
「もっぱら世論対策さ。科特隊の評判が落ちると、本部から民間への天下りに響くからな」
「お静かに」
 本部のキャリア組の課長が会議を始めた。丸の内のサラリーマンのように、銀メガネに背広姿をしている。
「本日の議題をご説明します。まず先月のバルタン星人退治の際に破壊されたビルの持ち主からの損害賠償請求訴訟について。それから動物保護団体からの宇宙人や怪獣への虐待禁止の要望について。また、インターネットやデリバティブを利用した新型怪獣への対応マニュアルをお手元に配布していますので後程説明します」
「やれやれまた新しい怪獣か。ついていけないよ」
 イデがぼやく。
 ハヤタが質問する。
「損害賠償って、科特隊が訴えられているんですか?」
「そうですよ、ハヤタさん。あなた、市街地で使用が禁止されているナパーム弾を使ったでしょう。あれの一部がはずれて、100億円のビルが灰になったんです」
「でも、あの時バルタン星人は地球を破壊する爆弾を作動させるって脅してたんですよ」
「とにかく今後は気を付けてください。怪獣さえ倒せば喝采された昔とは違うのですよ」
 メガネは冷たい目つきでハヤタを見た。
「税金を使って怪獣の死骸を始末することを快く思わない人達も多いんですからね。民営化されるようなことになれば、厳しい競争になって大変ですよ」
 明らかにハヤタへのあてつけだった。
 ちきしょう、あいつがなんでおれの出向のことを知ってるんだ。いや、あいつが出向を仕組んだ張本人かもしれないぞ。ハヤタは黙って下を向いた。
「科特隊の怪獣退治が怪獣への虐待にあたるのではないかとの批判が、ニューヨークの怪獣権利擁護委員会から寄せられています。甲殻怪獣に対する有効な武器のひとつ、爆裂型被甲弾が怪獣に必要以上に苦痛を与える非人道的な武器だと非難されています。また国内の教育団体からは、怪獣への一方的な攻撃が子供たちの間のいじめの原因にもなっているという報告が出ており、国会の教育問題委員会でも取り上げられています・・・」

 その夜、ハヤタは久しぶりにフルハシを呼び出して、新宿で痛飲した。
「久しぶりだなあ、フルハシ。そちらの調子はどうだい」
 フルハシは3年前に科特隊データ通信に出向していた。
「うちは大変だよ。科特隊への通信機器の納入も、独占納入だった昔と違って、海外の大手業者と競争しなければならなくなったんだ。ハヤタは相変わらず第一線で怪獣退治か。うらやましいよ」
 ハヤタは自分の出向の話を打ち明けた。
「そうか、ついにハヤタもか。でも科特隊中央サービスなら悪くないじゃないか。怪獣の死骸処理には特殊技術が必要だから、民間との競争にまきこまれることはない。当分独占でやっていけるよ。給与体系も本隊と同じだしね」
 うらやましそうなフルハシに、ハヤタは本部の課長が口にしていた民営化のことは黙っておいた。
「それにしても近頃の若い隊員ときたら役にたちやしない。自分の手で怪獣を倒そうという責任感に欠けるんだ。この間なんか、空中怪獣と闘っている際中に、レーダー係が定時になって帰っちゃってさ。援護がなくてあやうく返り討ちにあうところだったよ」
「それはひどい」
 二人はあれこれと話に花を咲かせた。
「もっと早くウルトラ警備隊に転職していればよかったかなあ」
「知らないのか。あそこは今リストラで大変なんだ。あのモロボシも退職勧告を受けて仕事を替えられて、今では日の当たらない部屋で一日一人で新聞記事の整理をさせられてるそうだ・・・」

 その夜、帰宅したハヤタを妻のアキコが出迎えた。
 二人は職場結婚で、結婚後しばらくはアキコも仕事を続けていたが、子供の出産で不本意ながら退職したのだった。
 ハヤタはアキコに出向のことを告げた。
「勤務地は変わるの?」
「ああ。だがここから片道2時間くらいだから通勤できないことはない」
「よかった。家の頭金も払ったばかりだし、ノブオもやっと友達ができてきたみたいだから」
 ハヤタは小学校にあがったばかりの息子の顔を思い出そうとした。しかし浮かんできた顔は遠い昔の思い出のようにおぼろげなものだった。
「これ、ノブオの作文よ。みんなの前で読んでほめられたんですって」
 アキコがテーブルの上の原稿用紙を指して言った。
 彼女が寝室へ消えると、ハヤタは息子の作文を読んだ。
「おとうさん。うちのおとうさんはかとくたいにいます。かとくたいはわるいかいじゅうをやっつけて、うちゅうのへいわをまもります。ぼくはそんなおとうさんがかっこいいのでだいすきです。おとなになったらおとうさんみたいにかとくたいにはいって、うちゅうのせいぎとへいわをまもりたいです。1年3組 ハヤタ ノブオ」
 そうとも、守らなくちゃ。お父さんもまだまだがんばるよ。
 ハヤタは作文をそっとテーブルに置くと、顔を洗うために洗面所へ出ていった。

                            <おわり>


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96年3月1日作成