自警団

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            震災の翌日、生き残った男たちで自警団が結成されました。
            混乱に乗じて朝鮮人が反乱を企てているという噂がたったためです。
            10人程の男たちが街を警らしてまわることにしました。
          「鮮人見つけたら、ぶち殺してやれ」
            震災で家と妻と娘を失った、団長のとびの親方がつぶやきました。

          「おい、見ろ」と誰かが叫びました。
            瓦礫の向こうに見たことのない、とても汚い格好をした男がいます。
          「おい、そこの男」
            男は声をかけられてびくっと自警団の方を向きました。
          「こんなところで何をしている」
          「へえ、生き別れになった家族を探してます」
          「見たことがない顔だぞ。どこに住んでいるのだ」
          「その、すぐそこでして」
            男は自警団の持っている鎌や棒を見て落ち着かなさそうに
          「怪しいものじゃありません」
            と付け加えました。

            自警団は顔を見合わせました。
          「どう思う」
          「見たことのないやつだぞ」
          「よそものだ」
          「どうも怪しい」
          「こいつ本当は鮮人じゃないのか」
            あわれな男はぶるぶる震え始めました。
          「あたしは朝鮮人じゃありません。東京生まれの辰五郎っていう大工で、
          住まいは葛飾です。親戚の家に遊びに行っていた妻と息子を探しているんです。
          本当です。鮮人なんかじゃありません」

            自警団は鎌や棒を身構えながら、男を取り囲みました。
          「怪しいな。嘘をついてるかもしれない」
          「そうならただじゃおかないぞ」
          「鮮人はあちこちで井戸に毒を入れてるそうだ」
          「女を犯したり、子供をかどわかしたりしてるそうだ」
          「殺っちまえ、殺っちまえ」
          「そうだ、そうだ」
            男は何か言おうとしましたが、ぱっと逃げ始めました。
          「逃がすな!」
            自警団がその後を追います。

          「待て、鮮人!」
          「逃げるな」
            自警団の一人が逃げる男の背中に鎌の切っ先を振りおろしました。
          「ぎゃっ」
            男は地面に倒れました。
            自警団は男を取り囲んで、棒やら刀やらで滅多突きにしました。
            男はすぐに動かなくなり、息絶えました。
            あたりには山犬を殺す時のように血がたくさん流れていました。
          「ざまあみやがれ」
          「鮮人じゃないだなんて嘘をつきやがって」
          「だから鮮人は信用できないんだ」
            自警団は口々に死んだ男をののしりました。

            夕暮れの薄闇があたりを包み始めています。
            自警団は歓声をあげながら、暗い廃墟の中に消えていきました。


                                                        <おわり>

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96年3月1日作成