万国平和会議

*この作品は1985年に書かれたものを加筆、修正したものです。

前の画面に戻る 初期画面に戻る


「ドカ―――――――――ン」
 会場の隅で爆発が起こった。
 すぐにTVカメラがそちらを向く。
 右腕を肩から吹き飛ばされたスペイン大使が血だらけで倒れていた。
 TVカメラの前で笑顔をくずさぬまま、私は隣の政治評論家の吉岡に聞いた。
「いやあまたテロですね、吉岡さん。これで今日は5件目ですよ。今のもPLOの仕業でしょうか?」
「違うでしょうね。スペイン大使が狙われたということはおそらくスペインからの独立を目指すETAの仕業でしょう。ただスペイン大使の隣は英国首脳席ですから、そちらを狙ったIRA過激派の犯行かもしれません。ただ昨日のスウェーデン首相誘拐未遂の時にも説明した通り、一連のテロは最近影響力が弱まっているといわれるPLO非主流派のPFLPによる示威行動という可能性も捨てきれませんが」
「はあ、なるほど」
 私はあいずちをうちながら、会場を見渡した。
 特設会議場が設けられているここ武道館には世界中から集まった元首、官僚、マスコミ関係者が何千人とひしめいており、なかなか壮大な眺めだ。

「しかし日本政府は普通の会議ならテロの噂だけで中止するのに、どうしてこの会議の開催にはこれほどこだわるんでしょう?」
「そりゃ、この万国平和会議には世界中の大統領、首相、書記長、総統、主席といった元首クラスが全て、世界平和の実現のために集まっているんですからね。ちょっとやそっとでやめるわけにはいかないでしょう。それに会議のそもそものきっかけは日本の鈴木善幸前首相の戦後40年の国連平和記念演説が元だったんだからね。日本としてひっこみがつかないでしょう」
「しかしあの国連演説には特に深い意味はなかったと言われてますよ。すでに首相を辞めた後の名誉職に近い国連特別大使としての演説でしたから。波風たてず、逆らわず。ただいつもの通り『戦争反対、平和推進』というお題目を繰り返しただけだったんですが」
「タイミングが悪かったですね。ガンジー首相が暗殺されたばかりで、平和を求める声が世界中に広まっていたんです。逆に今さらやめるなんて言い出したら弱腰日本政府の姿勢がまた格好のジャパン・バッシングの種になるだけですよ。日本政府としても貿易黒字がまた増えていることだし、不要の摩擦はさけなければいけません」
「そうですね。さあ、そろそろ時間です」
 まだざわめきの消えない会場にスピーカーの声が一杯に響いた。

「レディース、エン、ジェントルメン。ただ今より第1回万国平和会議を開会いたします。本日の司会は日本の首相であります私、中曽根康弘ことヤスがつとめさせていただきます。プリーズ・コール・ミー・ヤス」
 中曽根首相のあいさつと同時に拍手がまきおこった。
「まずはじめに主催国日本を代表して鈴木善幸前首相より、故ガンジー首相への追悼の言葉です」
 鈴木善幸が立ち上がった。
 久々の晴れ舞台でかなり緊張しているようで、汗をぬぐいながら壇上に上がった。
「えー、み、み、みなさま。わ、わたしが日本の前首相の鈴木であります。えー、そのー、一口で言ってガンジー首相はとてもいい方でした。それは、えー、あー、ぞ、象を日本に贈ってくれたからです。我が国に動物を贈ってくれる人に悪人はいません。パンダ、コアラにエリマキトカゲ。みんな、みんな、大好きです。はい、どうも」
 顔を真っ赤にしながら鈴木善幸は台を降りた。

 続いてチェルネンコ書記長がすたこらと壇上にあがり、いきなりレーガン大統領を指して怒鳴った。
「ガンジー首相の死はCIAの陰謀である!ついでに大韓航空機撃墜ポーランド戒厳令インドガスもれグリコ・森永事件もすべてCIAの陰謀である!卑劣な米帝国主義者どもを殲滅するために、万国の労働者よ、立ち上がろう!」
 東欧と中南米の共産国元首より、一斉に拍手。
 すぐにレーガンが立ち上がってこれに応酬する。
「しみったれのアカどもめ!アメリカを侮辱するとは許せん!アメリカは5分後にソ連を爆撃してやる
「ではソ連は3分後にアメリカを爆撃してやる!」とチェルネンコ。
「ではアメリカは1分後だ!」
 会議は最初から雲行きが怪しくなってきた。

 私はまた吉岡にきいた。
「吉岡さん、チェルネンコは心臓を患ってるそうですが、その割には元気ですね」
「ああ、あれはおそらくチェルネンコの影武者ですよ。本物はクレムリンの奥で静養中です。でもかわりはないですよ。どうせ演説原稿は党の事務局が作るんだからね」
 彼の説明に私はちょっとしたいたずら心をおこし、手許のマイクをつかんで言った。
「書記長、ただいまのモスクワ放送によると、書記長は病状が悪化して重体とのことです」
 チェルネンコはたちまち目を丸くした。
「う、うーむ。実は私は重体なのだ。く、苦しい」
 彼はのどをかきむしった。
 私はさらに悪乗りした。
「書記長、ただいまのモスクワ放送によると、書記長が死去したとのことです。ほら、聞こえるでしょ、この葬送曲」
 チェルネンコはさらに困惑した。
「う、うーむ。実は私はすでに死んでいるのだ。はべし
 チェルネンコが床に倒れた。
 側近がたちまち彼を外へ運び出す。

「これで静かに話が出来ますね」
 私が汗をぬぐうと、吉岡が私をつついてささやいた。
「まだ一人やっかいなのが残ってますよ」
 みるとレーガンが側近に当たり散らしていた。
「昔の強きアメリカは良かった。アカがキューバにちょっかいを出そうとした時も、ちょいと脅しをかけてやれば奴等震え上がって謝ってきたものだよ。あの頃の強きアメリカを復活させて悪の帝国をぶっつぶさねばならん。おい、スターウォーズの担当者を呼べ!」
 すぐ手許の電話が鳴る。
「はい、こちら、ジョージ・ルーカス」
「ばかもん!」
 受話器をたたき切ってレーガンが怒鳴った。
「誰が映画成金を呼べと言った!ペンタゴンだ!」
 疲れて汗をふくレーガンにモンデールが近づいた。
「やあ、大統領。お年のせいでお疲れですか?」
「モンデール君、君がここにくるのはまだ早いぞ」
「いえ、将来の大統領候補にも社会勉強をさせてやろうと思いまして」
 みるとフェラーロ女史があちこちで愛敬をふりまいている。

 これを見ていた中曽根首相総理は感心。
「なるほど先進国は女性の時代か。おい目白を呼べ。あ、もしもし、角さんですか?ここはあなたを男と見込んで頼みがあるんですが。・・・いえ、政治資金の話じゃなくて。実はあなたに女になっていただきたい。・・・え?もしもし?ちょっと!ちぇ、だから頭の古い男は嫌なんだ」
 ぶつぶつ言う中曽根首相に搶ャ平主席がにこにこしながら近づいてきた。
「男だろうと女だろうと金をくれるのはいいやつさ。ねえ同志、またちょいと我国に円を貸してくれないかな?」
「え、またですか?この間貸したのだってまだ返してもらってないのに」
「ふむふむ、ところで来月は南京虐殺記念日だったね」
「はあ、どうもすみません。ご援助させていただきます」
 中曽根首相は汗をふきふき答えた。
「ところで援助した金が軍備増強に使われていると聞きましたけど」
「ふむふむ、ところで教科書問題のことを覚えているかね」
「はあ、どうもすいません。もう結構です」
「はは、いいってことさ」
搶ャ平が中曽根首相の肩をポンとたたいた。
「またパンダでもあげようか」
「ありがたいことですが、エリマキトカゲかコアラにしていただけませんか。パンダはすぐに死ぬので」

 そこへオーストラリアのホーク首相が現れた。
「やあ、ホークさん。先日はコアラをどうも。うちの国民がすごく喜んでね。資金援助させていただきますよ」
 中曽根首相のこの声を耳にした各国元首が次々とまわりに群がってきた。
「我国にもお願いします。我国はラッコを贈ります」
「我国はブッシュマンを贈ります」
「我国はグレムリンを贈ります」
 中曽根首相は行列をてきぱきとさばいていく。
「はい、並んで、並んで。現物と交換だよ。これは傷物だからだめだね。はい次。きみ、こんなもので我国の女子供が喜ぶと思うの?はい次」
 と、横からレーガンがぬっとわりこんできた。
「こら、ヤス。そんな食えもしない動物をもらうより、もっと牛肉を買えよ。せっかくクジラをとれないようにしてるんだから」
「いや、その。農協様は神様ですから」
「では防衛費を増やしたまえ」
「はい、それはもう」
 中曽根首相はにこやかに手をすりあわせる。
 その時である。
「いか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

 突然社会党の一団が会場に乗り込んできた。
 あっけにとられる一堂をしりめに石橋委員長が早口でまくしたてた。
「何を言うんだ、中曽根首相くん。非武装中立こそ我国の基本政策だ。自衛隊だって私は合法とは言ったが、合憲と言った覚えはない。敵が攻めてきたら白旗ふって歓迎しよう。『白旗もみんなでふれば恐くない。』さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。どこの国でも歓迎します」
 中曽根首相も反撃する。
「この非国民め。きみには愛国心がないのか。♪敵は〜幾万ありとても〜♪こうなったら何としても日本を不沈空母にしてソ連を封じ込めるしかない」
「そうだ、そうだ、ソ連は恐いぞ〜」
 レーガンが横からそっとささやいた。
 と、レーガンの電話が鳴る。
「もしもし。ああペンタゴンか。何もっと景気回復のためにもっと戦争が必要だと軍産複合体が騒いでる?グレナダの特需景気では足りないのか。今日本をたきつけているからうんと買わせちゃえ」
 レーガンは電話をおいて中曽根首相にまたささやく。
「やあヤス。メイド・イン・USA兵器を買わないか。今なら大特価大売出し実施中。貿易黒字の解消にも役立つぜ」

 にこやかなレーガンにイランのムサビ大統領が近づく。
「イランにも少し兵器を売ってくれないかな。イラクの奴けっこう手強くてね
「だめだめ石油も売ってくれないのに寝ぼけたこと言うんじゃないよ」
 ムサビはがっかりしてホメイニにだめだったと伝えた。
 ホメイニはコーランを片手に立ち上がると、げんこつをふりかざして叫んだ。
「死ね死ね、アメリカ帝国主義、死ね死ね」
 中曽根首相がさっそくホメイニのところへとんでいく。
「ええ、ごもっとも、ごもっとも。ですからどうぞ日本には石油を売って下さいね」
「イランから石油を買ってはいかん!」イラクのフセイン大統領が叫んだ。「そんなことをしたら、タンカーを撃沈してやるからな」
「イラクの言うことをきいてはいかん!」とシリアのアサド大統領
「シリアの言うことをきいてはいかん!」とイスラエルのペレス首相
「イスラエルを殲滅せよ!」とリビアのカダフィ大佐
 会場は混乱してきた。

 サッチャー首相が笑顔をふりまきながら会場をまわる。
ハリアーはいりませんか?極地紛争の必需品、ハリアーはいかがですか?その効果はフォークランド紛争で実証済み。すべての空母にハリアーを」
 ミッテラン大統領もまけてはいない。
「中東の皆様、あてにならない米英より、金さえ払えばいつでもOKのフランス製をどうぞ。本日の特売は、狙った獲物はのがさない対艦ミサイル、エグゾゼ。これさえあれば明日にもあなたはペルシャ湾の覇者になれます。さあいらっしゃい、いらっしゃい」

 一方、会場の反対側では金日成主席金正日総書記をつれてあいさつまわりをしている。
「こちらは後継ぎの不肖の息子、正日です。どうぞよろしく」
「偉大な首領金日成同志、万歳!親愛なる指導者金正日同志、万歳!」側近が叫ぶ。
 一行は石橋委員長とでくわした。
「これは金同志。立派な息子さんですな。是非朝鮮統一を実現させて下さい」
「は、ありがたきお言葉。おい、おまえ。主体思想の実現のために死んでくれ」
「はい同志」
 金日成の命令で側近の1人が爆弾をかかえて全斗ハン大統領に体当たりしようとした。
 しかしすぐ警備員に射殺され、死体はたちまち運び去られる。
「さて全くん、そろそろ冗談はやめよう。君がどうしてもと頼むなら、話合いに応じてもいいし、どうしても援助したいというのであれば、援助物資を受け取ってあげてもいいよ」
 しかし全斗喚はこれを無視して通りすぎるとあちこちを歩いて言ってまわった。
「今度うちで運動会をやります。是非来てね」
「ちぇ、おれは出ないからな」
 ぼやく金日成に息子の金正日がつぶやく。
「パパ、ぼくホテルに帰っていいかな。この間拉致した中学生の情報だと、この近くにいいレンタルビデオ屋があるらしいんだ」
 こちらも混乱してきた。

 その時、息せき切ってチェルネンコが再び会場に姿を現した。
「やあ諸君、さっきの放送は誤報だったよ。でもご心配なく。ちゃんと放送者を粛清してきたからね」
「ではチェルネンコ君」
 レーガンがにこやかに立ち上がった。
「少しは平和についての話合いといこうじゃないか」
 レーガンとチェルネンコは握手をしようと互いに歩み寄った。
 ところがちょっとした拍子にレーガンはつまづいてチェルネンコの足を踏みつけてしまう。
「いてて、わざと踏んだな」
「そちらこそ意図的に足をだしたな」
「これはCIAの陰謀だ」
「これはKGBの陰謀だ」
 二人はぎっと相手をにらみ合った。
「戦争だ。我国は合衆国に宣戦を布告する。詳しくはモスクワ放送を聞くように」
 そう言ってチェルネンコはさっさと退場した。
「我国もソ連に宣戦を布告する。詳しくはCNNを見るように」
 レーガンも続いて退場した。

 会場はたちまち大混乱に陥った。
 私は逃げ惑う人々の間をぬって中曽根首相にインタビューした。
「総理、日本としては一体どういう行動をとるのですか」
「ううむ、NHKでもききたまえ。受信料を払っていればだが」
 あっという間に会場はがらんとなった。
 静かになった会場で私達はTVカメラにしゃべり続けた。

「いやあ吉岡さん、大変なことになりましたね。平和会議上で宣戦布告ですよ」
「まずいですね。これはもう核戦争ですよ。じきミサイルがここ日本にもとんでくるでしょう。下手をすれば人類はこれで滅亡するかもしれません」
「そうなると今後の展開が心配ですね。さてそろそろ時間のようです。吉岡さん、今日はどうもありがとうございました。本日は万国平和会議を会場より生中継でお送りしてまいりました。来週のこの時間はいつも通り『おれたちひょうきん族』を放映致しますので、どうぞお楽しみに。それではみなさん、さようなら!」
「さようなら!」

                          <おわり>

(初出「埼玉県立川越高等学校 生徒会報第36号」1985年3月9日発行)


[解説]
 1985年の作品。高校誌に載ったものである。受験勉強にうんざりした時に気晴らしでこつこつとエピソードを書き綴り、後で構成したもの。今回ホームページ掲載にあたり、登場人物や主要なギャグはそのままで全面的に加筆、修正し、わかりにくいと思われたところには注を入れている。

 筒井康隆に「日本以外全部沈没」という短編があり(これはもちろん小松左京の「日本沈没」のパロディだが)日本以外の全ての国が海面下に沈没した後で世界中の有名人が日本に集まり、どんちゃん騒ぎを繰り広げるという内容だが、世界中の元首が一堂に会するというアイデアをいただいて当時の世界情勢をもとに書いてみた。

 東西冷戦終結によりここ数年で世界政治の流れは一変し、それに伴い政治手法も大きく様変りした。そのひとつがCNNに代表されるマスメディアの巨大化であり、もうひとつはサミット外交の日常化である。現代はかつて歴史にないほど、世界の元首たちが集まったり集う機会が増えている。最近ではラビン首相の葬儀に世界中の元首が集まる光景が、メディアを通じて世界中に放映されたのは記憶に新しい。日本でも昭和天皇崩御の際に各国の元首たちがずらりと勢揃いした。そうした元首レベルの交流はかつてないほど活発化しているのだが、反面官僚や大企業等のエスタブリシュメント支配の固定化した現在の体制は政治家たちの手にはおえなくなりつつあり、政治家自身もそれを承知の上で外交を票集めのための華々しいショーの舞台としてメディアを通じて国民に幻想を与えている。そういう意味でこの短編はすでに現実に追い抜かれてしまっている。

 ここに出てくる各国の首脳の中で未だにその地位にいるのはラビン首相の暗殺で再び首相に返り咲いたイスラエルのペレスを除けば中東の某独裁国家群の元首たちぐらいである。政治の世界はまことうつろいやすいものである。この作品を90年代の顔ぶれで書いたら、また違った人物による違ったストーリー展開になるに違いない。クリントン、ロス・ペロー、エリツィン、江沢民、ジリノフスキー、アラファト等といったところか。日本からは橋本首相、小沢新進党首あたりが顔を出すのか。オウム真理教のサリン攻撃で会場が修羅場と化すエンディングだけはいただけないが。


前の画面に戻る   初期画面に戻る

ホームページへの感想、ご質問はこちらへどうぞ

96年2月1日作成