【米国時代のフリッツ・ラング】

『緋色の街』
SCARLET STREET


ジャン・ルノアールが31年に映画化したジョルジュ・ド・ラ・フカルディエの戯曲『牝犬』の再映画化作品。

クリストファー・クロス(エドワード・G・ロビンソン)は銀行の出納係を25年間勤めてきた、さえない中年男である。口やかましい妻は何かといえば死んだ前夫を引き合いに彼をこきおろし、彼の唯一の趣味である油彩にも文句を言う。ある夜、会社のパーティーからの帰りに、クロスは女優の卵である美しい女キティ(ジョーン・ベネット)がヒモのジョニー(ダン・デュリエ)に殴られているのを助ける。これが縁でクロスはキティと会うようになるが、ジョニーはクロスから金を引き出すよう、キティをたきつける。クロスが妻のへそくりを密かに持ち出した金で、キティは新しいアパートに移り、クロスも自分の絵をそのアパートに移す。ジョニーはクロスの絵が金にならないかと絵を売りに行くが、思いがけない大金で売れた上、芸術性の高さに驚いた美術批評家がおしかける。ジョニーは絵の作者をキティだということにし、たちまち彼女の名前は新進芸術家として知れ渡る。自分の絵が画廊に飾ってあることを妻から聞かされたクロスはキティを問い詰めるが、金に困って絵を持ちこんだとの彼女の説明を鵜呑みにし、やがてキティに貢ぐためにクロスは銀行の金にも手をつけるようになる。ある時、クロスは探偵と名乗る男に呼び出され、恐る恐る出向くと、死んだはずの妻の前夫だった。自分が生きていることが分かれば現在の結婚は解消になると脅して金を要求する前夫に、クロスは怯えた振りをして、夜アパートに来るよう言う。やってきた前夫を妻の寝室におびき寄せ、二人が驚きの再会をしている間に自分はアパートを喜びいさんで出る。だがキティのアパートで目にしたのは、ジョニーと抱き合うキティだった。ジョニーが出て行った後、アパートに入ったクロスはジョニーとの関係をなじるが、キティに嘲笑され、発作的に彼女を刺殺する。クロスはアパートを逃げる際に戻ってきたジョニーをやり過ごし、現場を立ち去る。翌日、職場でびくびくしている彼は上司に呼ばれる。横領が発覚したのだった。長年の功労に免じて警察には訴えられずにすむが、クロスは会社をクビになる。一方、ジョニーはキティを殺した罪で逮捕され、絵画の作者はクロスだと真相を明らかにするものの誰からも信じてもらえない。しばらく後、地下鉄の中でクロスは知人から、ジョニーの死刑執行がその日行われると聞くが、名乗り出ようとはしない。その夜、ホテルの部屋に戻ったクロスは、キティやジョニーの恨みの声を幻聴で聞く。錯乱した彼は首を吊るが、発見が早く一命を取り留める。しかし、その後の彼は無気力に街をさまようだけの乞食に身を落とす。ある時、かつて自分が描いたキティの肖像画が高値で売られていくのを街で目にするが、運命の皮肉になすすべもなく、クロスは街の向こうに一人で歩いていく。

原作の戯曲はエルンスト・ルビッチが再映画化を希望して権利を手に入れたが、プロダクション・コードの関係で壁に突き当たり、途中で放棄した。ラングの映画化では、殺人を犯したロビンソンは、最後には全てを失って社会的に罰されていることから、コードにはひっかからずにすんだ。ルノアール版のエンディングも主人公がすべてを失って乞食になる点では同じだが、もっとトーンは楽天的で、主人公はブルジョア生活から解放されて伸び伸びし、同じく乞食になっていた妻の前夫と楽しそうに話しながら去っていく。ラング自身はルノアール作品を見たのは映画の完成後で、ルノアール作品から直接の影響は受けてはいないとしている。ラング版で印象に残るのは、ロビンソンがベネットをアイスピックで刺殺するシーンである。もちろん直接刺す場面は映さないが、ロビンソンがベッドのベネットを何度もメッタ刺しにする場面をロビンソンの背中越しに映し、ロビンソンの狂った愛情の悲劇を強調している。刺し殺す際の効果音もリアルで、45年当時としてはかなり際どい描写だった。ルノアール版では殺された女の死体を窓越しに映しているのに対し、ラング版では女の死体は出てこないが、刺殺場面の暴力の印象ははるかにすさまじい。(実際、ロスの美術館で上映されているのを観た際には、この場面で観客は騒然となった。)両者の全体の構成はほぼ同じだが、女性の描き方にやや差がある。ルノアール版の女ルルが無邪気で、ミッシェル・シモン演じるルグランを天真爛漫にだますのに対し、ラング版のベネット演じるキティは悪女の鑑ともいえる積極的な姿勢でロビンソンをだましている。

45米/監督フリッツ・ラング/脚本ダドリー・ニコルズ/撮影ミルトン・クラスナー/出演エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエ、マーガレット・リンゼイ、ロザリンド・アイヴァン/103分/白黒


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2002年8月6日作成