【米国時代のフリッツ・ラング】

『恐怖省』
MINISTRY OF FEAR


グレアム・グリーン原作のスパイ小説の映画化で、過去に傷のある主人公が謎の組織の陰謀にまきこまれるサスペンスを独特の暗い画面による異様な雰囲気で盛り上げているラングのアメリカ時代の最高傑作。

第二次大戦中の英国。午後6時になり、スティーブン・ニール(レイ・ミランド)は2年ぶりに精神病院を退院した。列車を待つ間、駅の近くの「自由国家の母の会」の慈善バザーを見に行く。占い師のベレイン夫人にケーキの重さ当てコンテストの答を教えられたスティーブンは、言われた通りの重さを答えて賞品のケーキを受け取る。入れ違いに会場に男(ダン・デュリア)が入ってきて、バザーの係員はケーキを取り戻そうとする。スティーブンを誰かと間違えてケーキを渡してしまったらしい。だがスティーブンはそのままケーキを持って列車に乗る。出発直前にスティーブンの客車に初老の盲人男性が乗ってくる。列車は出発するが、途中で空襲を受け、郊外で止まる。盲人はステッキでスティーブンを殴ると、ケーキを奪って、空襲中の野原を逃げる。追ってきたスティーブンにピストルの銃弾を浴びせるが、隠れていた小屋に爆弾が直撃し、男はケーキもろとも吹っ飛ぶ。後日、ロンドンでスティーブンは、事実の真相を調べようと探偵を雇う。二人で「自由国家の母の会」本部を訪ね、オーストリアからの亡命者であるウィリー(カール・エスモンド)と妹カーラ(マージョリー・レイノルズ)からベレイン夫人の住所を聞く。スティーブンはウィリーと共にベレイン夫人を訪ねるが、彼女はバザーの人物とは別人だった。驚くスティーブンを夫人は降霊術に誘う。スティーブンとウィリーは政府の顧問を務めるフォレスター博士をはじめ10人ほどの招待客と共に手をつなぐが、バザーに顔を見せた謎の男コスタが開始直前に加わる。会が始まり、会場が暗くなると、謎の女の声がスティーブンの過去の罪をなじる。逆上したスティーブンが叫ぶと同時に銃声が聞こえ、明るくなった時にはコスタが撃たれて死んでいた。自分は殺していないとスティーブンは主張するが、状況は彼に不利だったため、ひとまずその場を逃げる。探偵の事務所に行くが、探偵の姿はなく、家捜しされた後のように、事務所は荒らされていた。事務所の外には爪を磨ぐ怪しい男の姿があった。カーラを電話で呼び出したスティーブンは空襲に巻きこまれ、二人で地下鉄の駅に避難する。スティーブはカーラに、自分の過去―病苦の妻が苦しむのを見かねて毒薬を準備し、彼女がそれを飲んで自殺した事実と、そのために2年も精神病院に入れられていたこと―を告げ、二人の間は急速に親密になる。夜を明かした二人はカーラの知合いの本屋に行き、フォレスター博士がナチの心理学者だと知る。おりしも博士から本屋に電話があり、本を持っていくように頼まれた二人は博士のアパートに行くが、誰も住んでいる形跡はなく、荷物を開けると爆発した。スティーブンが気がつくと、いつかの爪を磨ぐ男がベッドの側にいた。彼はスコットランドヤードの警部で、スティーブが探偵を殺したのではないかと疑っていた。スティーブンはすべてを説明し、自分が正しいことを証明すべく、盲人が吹き飛ばされた野原に警察を連れていく。そして長い捜索の末、吹き飛ばされたケーキを見つけ、その中からマイクロフィルムを発見する。フィルムには英国の対独戦における重要な機密が写されていた。政府内部にナチスのスパイがいることが分かり、フォレスター博士に疑惑の目が向けられる。仕立て屋のトラヴァースが捜査線上に浮上し、スティーブンは彼に会いに行く。トラヴァースに会ったスティーブは、彼が死んだはずのコスタだったので驚く。警察に囲まれたトラヴァースは、逃げようとして何者かに殺される。死ぬ前にトラヴァースが連絡していた電話番号をスティーブンがかけると、出たのはカーラだった。スティーブンはカーラのアパートに直行して、スパイの件で兄妹につめよる。スパイの正体はウィリーだった。彼はスティーブンとカーラに銃をつきつけて逃げようとするが、スティーブンと格闘になり、逃げようとしてカーラに撃たれる。ほっとする間もなく、フォレスター博士の一味がアパートにやってくる。スティーブンとカーラは屋上に追い詰められるが、一味はかけつけた警察に逮捕され、二人は無事にハッピーエンドを迎える。

ラスト、部屋の明りを消して「兄は撃てまい」と言い捨てて逃げようとするウィリーを、カーラがドア越しに撃つところが、映画の見せ場である。闇の中で銃声が一発響き、暗い画面に小さい点の明りが見える。よく見るとカーラの銃弾がドアに開けた穴で、同時に人間が倒れる音がする。そしてドアを開けて、外の明りの下に撃たれたウィリーが倒れているのが見え、カーラの一弾が裏切り者のスパイを始末したことが分かるのである。派手なアクションはないが、観客の想像に任せる部分は任せ、しかも一見地味だが映像的には大胆ともいえる銃弾の描写が、真に映画的な場面を創造している。

44米/監督フリッツ・ラング/脚本セトン・ミラー/撮影ヘンリー・シャープ/出演レイ・ミランド、マージョリー・レイノルズ、カール・エズモンド、ダン・デュリア、ヒラリー・ブルック/85分/白黒


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2002年8月6日作成