【米国時代のフリッツ・ラング】

『激怒』
FURY


ナチスを逃れてアメリカに渡ったフリッツ・ラングのハリウッドでの監督第一作。ラングは渡米後にMGMと契約したものの、『Tomorrow』『The Man Behind You』『Hell Float』といった企画がMGMのセルズニックにことごとく拒否され、なかなか監督作品が実現しない。セルズニックがMGMを去った後、『Passport to Hell』という企画に携わるが、製作者と会社幹部の対立の板ばさみになり、消耗の日々の末にこのプロジェクトから外してもらう。そして、ようやくその次の『激怒』で監督する機会を得るのだった。同じくドイツから来ていた脚本家で監督のジョセフ・L・マンキウィッツの初めての製作で、シルヴィア・シドニーとスペンサー・トレーシーの二人の主演級俳優をスタジオからあてがわれて監督した。

ジョー・ウィーラー(スペンサー・トレーシー)とキャサリン・グラント(シルヴィア・シドニー)は愛し合っていたが、貧乏であるがゆえに結婚できない。二人は別々の街で働いて結婚のための資金をためる。一年後に金がたまり、ジョーはキャサリンに会うために車ででかける。だが彼は途中で田舎の保安官に誘拐犯と間違えられ、拘置されてしまう。噂を聞きつけた民衆は、ジョーをリンチにかけようと保安官事務所を囲む。保安官らは催涙弾で応戦するが、暴徒の放った火が建物に燃え広がる。ジョーを迎えに来ていたキャサリンは燃える炎の向こうにジョーの姿を見て、失神する。騒動の後、リンチの中心だった22人が逮捕され、第一級殺人で起訴される。ジョーの誘拐の嫌疑も晴れ、22人の裁判に注目が集まる。実はジョーは炎の中を抜け出し、生き延びていたのだが、リンチに加わった人々に復讐する為、あえて名乗り出ようとせず、ラジオの裁判中継に耳を傾けていた。裁判で22人はリンチに加わったことを否定し、保安官もリンチは街の外の人間の仕業だと嘘をつくが、リンチを撮影していたニュース映画が証拠となって、彼らが率先してリンチを行っていたことが判明する。有罪になれば、死刑は免れない。ジョーが生きていることを知ったキャサリンは、22人を助けるために名乗り出るよう懇願するが、復讐に燃えるジョーは応じようとしない。だがキャサリンが去った後、ずっと「死んだ」人間のままでいるべきなのか悩んだジョーは、翌日裁判所に出頭して真実を話す。そしてジョーとキャサリンは熱くキスする。

ストーリーのアウトラインは、無実の罪で民衆から面白半分にリンチを受ける青年の悲劇を描いた前半と、リンチに参加した民衆を裁く裁判とその青年による復讐を描く後半とからなる。ユーモアの入る余地のない内容だが、それゆえにラングはむしろコミカルさを随所に挿入し、陰惨な題材の割には見た印象は暗くない。出だしのジョーとキャサリンの恋愛の部分はほのぼのしているし、ジョーが街で拾って可愛がる犬の描写はコメディリリーフになっている。捕らえられた青年が誘拐犯であると人々が噂しあう場面も、大勢のあひるが鳴く場面と重ねられて笑いをさそうし、床屋でカミソリを持った親父が「時々、刃でのどを切ってしまいたい衝動に襲われる」ととぼけるところもブラックで笑える。(カメラが引くと、いつの間にか客が逃げてしまっている。)裁判の場面でも、信じていた夫がいかがわしい女の経営するカフェに出入りしていたと妻が知るところや、裁判長自身が証人として証人台に立って「真実を述べます」と誓う場面などもおかしい。全体のトーンとしては、製作された時代背景やラング自身の思いもあって、ファシズムへの批判が込められた作品であるが、それだけに留まらず人気取りに陥りがちな民主主義の弱点や大衆の無責任さも批判されている。

ラングはノーマン・クラスナが書いた『暴徒の規則(Mob Rule)』という4枚のあらすじを元に、バートレット・コーマックと共に脚本を書いた。数年前にサンノゼで発生したリンチ事件の新聞記事を集めたほか、フランス滞在時代にラング自身が目撃した暴動も参考となった。当初ラングは、主人公が自分の考えをきちんと説明できる人物としてリアリティがあるよう、その職業を弁護士にしようとしていたが、スタジオの幹部から「アメリカでは主人公は(観客の共感が得やすいように)、上流階級ではなく、一般大衆と同じ人間であんければだめだ」と言われ、職の見つからない貧乏な青年に変更した。またラストは主人公スペンサー・トレーシーの演説で終わらせようとしたが、マンキーウィッツの主張でトレイーシーが恋人シルヴィア・シドニーがキスする甘い終わり方になった。完成後もスタジオはラングの渡米初監督作品を重要視していなかったが、ハリウッド・リポーター誌の編集者だったW・R・ウィルカーソンが高く評価し、成功した。ラングの元にはリンチを題材にした別の企画が持ちこまれるほどだった。

36米/監督フリッツ・ラング/脚本バートレット・コーマック、フリッツ・ラング/撮影ジョゼフ・ルッテンバーグ/音楽フランツ・ワックスマン/出演シルヴィア・シドニー、スペンサー・トレイシー、ウォルター・エイベル、ブルース・キャボット、エドワード・エリス/94分/白黒


前の画面に戻る     初期画面に戻る

ホームページへの感想、ご質問はこちらへどうぞ

2002年8月6日作成