【米国時代のフリッツ・ラング】

『条理ある疑いの彼方に』
BEYOND A REASONABLE DOUBT


ラングのアメリカでの最後の作品となった映画。製作中の会社や俳優とのゴタゴタから、ラング自身は嫌っているが、興行的には成功した。証拠をでっちあげて自分と無関係の殺人事件の犯人として捕まり、わざと死刑囚になるというアイデアが秀逸。また撮影中もぎりぎりまでスタッフやキャストに伏せられていたというラストのどんでん返しも見物。

死刑制度に疑問を抱く作家のトム・ギャレット(ダナ・アンドリュース)と新聞社の社主スペンサーは、無実の人間が死刑になる可能性について議論した末、あるアイデアを思いつく。トムがまったく関係ない殺人事件の犯人としてわざとつかまって死刑宣告を受け、その後に真実を発表して、世間に問題提起を行おうというものだった。二人が目をつけたのは数週間前に殺されて山中に捨てられた踊り子の事件だった。二人は、スペンサーの娘でトムの婚約者でもあるスーザン(ジョーン・フォンテーン)が計画の邪魔をしないよう、一計を案じてトムとスーザンの婚約を破棄するように仕向けた。そしてトムは殺された踊り子の同僚に接近し、わざと怪しまれるような言動をとる。一方で死体発見現場にトムのライターを捨てたり、トムの車の指紋を全部ふきとるなどして状況証拠をでっちあげる。二人は、その模様を全部写真に撮って、後で真実を発表する際の証拠にしようとした。やがて踊り子の告発でトムは逮捕され、裁判が行われる。数々の不利な証拠のためにトムに有罪の評決がくだり、第一級殺人で死刑を宣告される。ところが目的を達成して真実を発表しようと裁判所へ向かっていたスペンサーが途中で交通事故で死に、証拠の写真はすべて燃えてしまう。驚いたトムは周りの人間に真実を話すが、それを裏付ける証拠も証人もないため、判決は覆らない。トムを信じるスーザンは、父からひきついだ新聞でキャンペーンをはるものの、効果はない。彼女は刑事に依頼して、以前はエマという名だった踊り子の身辺を調べるが、有力容疑者と思われた男性はすでに数年前に死んでいた。万策尽きたかと思われた時、真実を明らかにするスペンサーの遺書が発見され、トムの無実が明らかになる。トムの死刑中断の手続きが進む中、スーザンはトムに会って喜びを共にする。ところが、トムは知るはずのない殺された踊り子の本名を口にする。トムが真犯人と知って驚愕するスーザン。彼女は真実を世間に伝えるべきか悩む。やがてトムや刑事、検事の目の前で知事が赦免状にサインをしようとする寸前、かかってきた一本の電話により、トムの赦免は中止される。

脚本家のダグラス・モローは、コロンビア大学で法律を専攻し、49年のサム・ウッド監督の『蘇る熱球』で、アカデミー・オリジナル脚本賞を受賞している。死刑制度をめぐるギャラップ社の世論調査にヒントを得て、脚本を書いた。ラング自身は死刑について「人の生命を奪う権利は誰にもないし、(死刑制度が)犯罪を防ぐということもなかった」と、死刑に反対する意見を述べている。

『激怒』や『暗黒街の弾痕』などでも見られた「無実の罪で裁かれる男」のモチーフがここでも重要な役割を果たしている。また迫りくる死刑執行に対して、何とか無実を証明し様とする人々の行動を見せ、「運命」との戦いのテーマも色濃く表れる。

主演のダナ・アンドリュースはアル中で、毎朝ひどい二日酔いの状態で撮影に現れたため、スタッフは彼にコーヒーをがぶ飲みさせて、昼近くにならないと撮影を始めることが出来なかった。プロデューサーはアンドリュースに酒を止めることを約束させ、スタッフに彼を尾行させたが、アンドリュースは尾行をまいて、酒を飲んだという。ラングは結末をめぐってプロデューサーのバート・E・フリードロブと対立した。フリードロブは脚本の段階からアンドリュースが電気イスで処刑されるラストを求めていたが、ラングは観客には彼が処刑されるのは明らかだから不要だと主張。最後まで二人の対立は続いた。その他にもフリードロブからの細かい干渉は続き、これにうんざりしたラングは撮影終了後、フリードロブの元に行った。ラングはプロデューサーに悪態をつき、彼やアメリカ映画と二度と関わりを持たない旨を宣言した。そして事実、アメリカでは二度とメガホンを握ることはなかった。

56米/監督フリッツ・ラング/脚本ダグラス・モロー/撮影ウィリアム・スナイダー/出演ダナ・アンドリュース、ジョーン・フォンテーン、シドニー・ブラックマー、フィリップ・ボールネフ、バーバラ・ニコラス/80分/白黒


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2002年8月6日作成