マルカム・マクダウェルと『時計仕掛けのオレンジ』

2001年6月にハリウッドのエジプシャンシアターで、俳優マルカム・マクダウェルの特集上映が1週間にわたって行われた。6月21日はスタンリー・キューブリックの『時計仕掛けオレンジ』の上映で、マルカムはゲストとして来場した。当日、会場はファンで一杯で、前売りを買っておかなければ入場できなかっただろう。マルカムは上映前に簡単に挨拶した他、上映後に作品について解説したり、観客とのQ&Aを行った。マルカムは歳は多少とっていたものの、映画の頃の悪童の雰囲気はそのままで、アレックスの語り口でキューブリックとの思い出などを語ってくれた。残念ながら写真は禁止されていて撮れなかったが、解説の模様をメモで採録したので、お届けする。

上映前の挨拶
キューブリックのことは好きだよ。とても素晴らしい監督だ。嫌いになった時もあったけどね。この映画は撮っている間はコメディだと思ってた。完成した映画を観たら、すごい暴力だったんで驚いたけどね。冒頭のミルクバーの場面の撮影には一日かかった。ドリーとズームレンズを使って、彼が自分で撮影した。ラッシュを見た後で彼が「マルコム、どうしてミルクをカメラに向けて乾杯したんだ?」。私は「あれは映画の観客に『この映画にようこそ!(Welcome to the hell of a live!)』っていうつもりでやったんだ」。「分かった、分かった」ってスタンは言ってた。

上映後の解説
キューブリックとの出会い
キューブリックから昼食を一緒に食べようという招待があった。わーおと思ったよ。『2001年』の監督だしね。会ってみて、いい人だと思ったよ。彼がアンソニー・バージェスの本をくれて、読んでみるように言った。最初に読んだ時は理解できなかった。3回読んで初めて分かったよ。で、役をくれるのかなと思って、スタンに電話して聞いてみた。沈黙の後、彼は「そうだ」と答えた。

キューブリックについて
彼は親切だったよ。また自分でライティングをやるんだ。ポラロイド写真を7万枚撮った。映画のセットはコロナバーの場面だけだったはずだ。あとはスタンの自宅の近所でロケを行った。スタンときたら、車で5マイル以上は出さないんだ。だから渋滞を見かけたら、その先頭にスタンがいると考えていい。

作品について
30年たってから見ても、素晴らしいね。セリフがいい。私はリチャード三世のイメージでやったんだ。シェークスピア劇団に所属してたからね。スタンの演出の姿勢はこうだ。「私は役を与えるだけだ。どう演技するかは自分で考えてくれ。(I cast you. You figure out how.)」てね。彼は技術的なことにかかりきりになる。

オーディション
楽しかったのは女性のオーディションをやった時だな。スタンから女性のビデオを見るけど来るかって聞かれて、喜んで駆けつけた。20〜30人の女性のオーディションビデオを見た。それが何と全員トップレスで、シェークスピアをやってるんだよ。3人選ぶ必要があって、スタンが「きみから選んでくれ」って言うから、わくわくして写真を見たら、どれも胸だけで顔がなかった。

ルドビコ療法の撮影
スタンが写真を見せてくれた。あの場面みたいに目に装置を付けてるやつだ。で、私にそれをやらせようとした。映画に出て隣で目薬をたらしていた医者は、実際にその装置を使っていた眼科医だった。1回の撮影に10〜15分ほどかかった。その間、目が乾かないように、10〜15秒ごとに目薬をたらすんだ。その医者ときたら、ハンカチで眼球をふいたりしやがったよ。ところがスタンは彼にもセリフを与えたんだ。「やあ」とか何とか簡単なセリフだったけど、眼科医は素人だから慌ててた。目薬をたらさなきゃいけないってのに、セリフに注意がいっちゃってね。とうとう、私は目を傷つけてしまい、モルヒネを打つ羽目になった。スタンに連絡して、撮影を休まなきゃならないって伝えたら、「1週間は休んでくれ。保険の適用を申請するから」だとさ。

アドリブ
『雨に唄えば』はアドリブから生まれた。アドリブは多いよ。最後に食事を食べさせてくれる大臣に口を開けてみせるところもアドリブだ。スタンは笑ってたよ。サウンドトラックにも彼の笑い声が入ってしまった。作家を演じたパトリック・マギーが「ワインはどうかね」と勧めるところもアドリブだ。パトリックは酒が好きで、最初撮影の現場にギネスビールがないと文句を言ってたから準備したら、あっという間に飲み干してしまった。

ウィリアムテルの場面
あそこは撮影に28分かかった。その間中、スタンは叫ぶ続けてたよ。「そこで服を脱いで」とか「もっとピストン運動を!(Pump Action)」とかね。最後にようやく「OK、もう十分だ(That's enough)」と言って撮影は終わった。

アンソニー・バージェス
バージェスは医者から病気のために残り9ヶ月の命と診断された。で、家族に遺す金を稼ぐために小説を5つ書いたんだ。そのひとつが『時計仕掛け』だ。彼はペンネームを使って批評も書き、小説を称賛した。彼はその後30年も生き続けてるけどね。

上映について
スタンは素晴らしいプロデューサーだ。『時計仕掛け』は製作費が300万ドルだったが、未だに金を稼ぎ続けている。去年のロンドンでの再公開でも、1400万ドルの収益が上がった。ロンドンでは初公開時に1年ほど上映されたんだが、その後スタンに生命の脅迫があって、28年間ロンドンでは上映を行わなかった。

警官によるリンチ場面
アレックスが警官に頭を水の中に押さえつけられる場面では、水の中には酸素ボンベが隠されていて、それで呼吸してた。ところが、水の中のボンベの吸い口がなかなかみつからないんだ。何しろ寒くてね。11月のイングランドだよ。カリフォルニアの人間には分からないかもしれないけどね。結局カットを割ることでごまかした。

キューブリックの演出理論
スタンは俳優にどういう演技をさせればいいのか、分からないんだ。リンゼイ・アンダーソンは反対だ。彼はすべて自分でやってみせる。(特集上映では、アンダーソンの『if、もしも』も上映された。)スタンはただリピートさせるだけだ。何回もやってると俳優も飽きてきて、自分を楽しませるために面白いことを始めるんだ。(『博士の異常な愛情』の)ピーター・セラーズもそうだったね。逆に脚本にこだわると、問題のもとだよ。でも苦労しても、一日の終わりにいいカットが撮れて、みんなで喜ぶと、苦労したことも忘れてしまうよ。


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2001年7月27日改訂