『スラデック言語遊戯短編集』(サンリオSF文庫1985年12月刊)解説




   マッド・サイエンス・フィクショニストの冒険/大森望



 スラデックは変である。
〈マニアのアイドル〉とは、水鏡子師匠が、かのバリントン・J・ベイリーにつけた称号なんだけれど、そのデンでいけばこのスラデック、さしずめ「すれっからしマニアのアイドル」とでも呼べそうだ。フツーのSFじゃ満足できない、何を読んでもムカシ読んだことのある話に見えてしまう、あーあ、SF読んで驚いたことなんて、もう十年以上ないもんなあなどと呟くかわいそーなマニアたちが狂喜し、「スラデックって、ぽんとにバカだねえ」とか「ありゃ絶対アタマおかしいよ」とか言いながらも、スラデックの短編が訳されるたびに、ふだんは見向きもしないSF雑誌やアンソロジーのぺージをめくり、「いやしかし『蒸気駆動の少年』ってカッコいいね」だの、「『教育用書籍の渡りに関する報告』は傑作(笑)だよ」だのとついつい熱っぽく暗い喫茶店の片隅であるいは深夜の電話口で語ってしまう、ジョン・スラデックとはつまりそーゆー作家なのである。
 邦訳はそんなに少なくない。二・五冊ある訳書(〇・五冊はディッシュとの共著)はいずれもミステリー関係だけれど、雑誌やアンソロジイで十編を越す短編が訳されているし、SFマガジンで小特集まで組まれたことがある(一九七九年六月号)くらいだから、SF界でも結構人気があるといっていい。その割りになぜいまいちマニア向けマイナー作家の印象がぬぐいきれないのか――その答えは本書をパラパラ読んでみればたちどころに見つかる。
 スラデックのSF(?)の面白さは、伝統的SFの枠組を徹底的に踏みはずす――それも文学的洗練とかラディカルな実験とかの高尚(そう)な方向にではなく、限りなく無意味かつバカバカしい方向に――ところにあって、そこからマッドとかアブサードとか評される彼一流の奇妙なユーモアが生まれるのだが、これはそんじょそこらの駆けだしSFファンがちょろりと読んで百人が百人ともくすくす笑えるような万人向けのヤワな代物ではないのである。いや、といっても決して難解なわけではない。単に、面白く読むことに失敗する人が多いというだけの話。どこが面白いのかさっぱり分からないという人に、ぽらここが面白いんだよと説明してもしょうがないし、だれにでもわかるユーモアはどつまらないものはない。ただ、スラデックのSFを楽しむためのコツを二、三あげるとすれば、@マジメに読まない。Aストーリーばかり追わない。Bパズルと思って解いてみる。C一度にたくさん読まない。D解説に惑わされない。これでダメならまあ相性が悪かったと思ってアシモフとかハインラインでも読んでいること。世の中わからないことはまだまだたくさんあるのだから、小説の一冊や二冊わからなくてもどーとゆーことはありません。

 と、いささか結論を急ぎすぎたようだ。ここで、スラデックは初めて、とおっしゃる善良なSFファン、〈サッカレー・フィン〉シリーズしか知らないミステリー・ファンのために、彼の経歴をざっと紹介しておこう。
 ジョン・T(トマス)・スラデックは、一九三七年、アイオワ州ウェバリーの生まれ。ミネソタ州で育ち、同州セントポールのセント・トマス・カレッジ、ミネアポリスのミネソタ大字で、機械工学と英文学を専攻。かなり飽きっぽい性格だったらしく、一九五九年に大字を卒業してからは、製図家、鉄道員、バーテンダーなど、さまざまな職業を転々とする。この間、やはりアイオワ出身で三つ年上のトマス・M・ディッシュと合作でゴシック・ロマンを書いたりもしている。そして一九六六年、そのディッシュと一緒にアメリカをを脱出、イギリスに移住して本格的作家活動に入る。
 さて、一九六六年のイギリスSF界と言えば、おりしも二ューウェーブ運動のまっさかり。二年前、弱冠二十三歳のマイクル・ムアコックを新編集長として迎えたばかりのニューワールズ誌のもと、旧来のSFの枠を打ち破る革新的SFを目指す作家たちが結集、苦しい経済状況にもめげず、野心的な作品群をエネルギッシュに量産していた。バラード、オールディス、M・J・ハリスン、ラングドン・ジョーンズ、ジョン・ブラナー、バリントン・ベイリー……この頃のニューワールズを飾った作家たちをあげていくとキリがない。今から思えば古き良き、熱い時代である(二ューワールズをめぐる状況に関しては、本文庫既刊、ラングドン・ジョーンズ編『新しいSF』の野口幸夫氏による解説を御覧いただぎたい)。そしてスラデックは、渡英した六六年、「アイオワ州ミルグローブの詩人たち」で二ューワールズにデビュー、以後も精力的に作品を発表し、ディッシュととともに、〈新しい波〉の一翼を担う有望な若手アメリ力作家としてその名を知られるようになる……。
 もっともスラデック自身には、ニューウェーブなるムーヴメントに参加しているという意識はなかったようで(まあ、作品を見れば、およそどんな運動とも縁がありそうにないことは一目瞭然だが)、チャールズ・プラットのインタビューに答えてこう語っている。
「小説の流派だとか、文学ジャンルといった考え方には、とうとう最後までついていけなかったね。たしかに、世界一革新的で素敵な雑誌〈二ューワールズ〉が、ぼくの書く小説をみんな買ってくれるっていうのはいいもんだった。でもそれだけさ。ニューワールズに載る小説はひとつのこらず読んだけど、ぼくと同じことやってるなと思ったのはゼロだった。バラードは、当時も今もぼくの好きな作家だが、彼だって、ぼくとはまるきり違う」『ドリーム・メイカーズ2』より)
 このあとスラデックは、七〇年にイギリス人の嫁さんをもらい、女の予をひとりもうけているが、このへんから先は作品りストを見てもらった方が手っとり早い。非SFも含めてこれまでに刊行された彼の著作を年代順に並べてみる。

1. The House That Fear Built (1966) トマス・ディッシュと合作。カサンドラ・ナイ名義のゴシック・ロマン。
2. The Catsle and the Key (1967) カサンドラ・ナイ名儀のゴシック・ロマン。
3. The Reproductive System (1968) 米版タイトル Mechasm(Pooo)SF長編。
4. 『黒いアりス』Black Alice (1968) トマス・ディッシュと合作。トム・デミジョン名義。寓話的な現代ミステリー。(各務三郎訳、角川文庫/絶版)
5. The Muller-Fokker Effect (1970) SF長編
6. The Steam-Driven Boy and Other Strangers (1973)第一短編集。
7. New Apocrypha: Guide to Strange Scinence and Occult Beliefs(1973)疑似科学、オカルト等を扱ったノンフィクション。
8. Arachne Rising: The Thirteenth Sign of the Zodiac (1974) ジェイムズ・ヴォー名義。ノンフィクション。
9. 『黒い霊気』Black Aurra(1974))長編ミステリー。(風見潤訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
10. Keep the Giraffe Burning (1977)本書。
11. 『見えないグリーン』Invisible Green (1977) 長編ミステリー。(真野明裕訳、ハヤカワミスリ文庫)
12. Alien Accounts(1977)第三短編集。
13. Roderick; or, The Education of a Young Machine(1980)SF長編。
14. The Best of John Sladek (1981) 6及び10から編集したアメリ力版の傑作選。
15. Roderick at Random; or, Further Education of a Young Machine (1982) SF長編。
16. Tik-Tok(1984)SF長編。
17. The Lunatics of Terra(1984)第四短編集。
18. The Book of the Clues(1984)推埋パズル集。

 SFの分野での処女長編となった3の『再生産システム』は、分裂増殖する機械生物を使って世界征覇を企るマッド・サイヱンティスト、スライマックス博士の野望を、美女と青年のコンビが打ち砕くというハチャメチャ・スラップスティック・コメディ。続く第二SF長編『ミューラー・フォッカー効果』(5)もこれに劣らぬ怪作で、浅倉久志氏の言葉を借りれば、「前作以上に奇妙な大ぜいの登場人物の奇妙な行動が、語呂合わせ、楽屋落ち、アナグラム、タイポグラフィ、フローチャートのパロディなど、おもちゃ箱をひっくり返したような手法で、平行して語り進められていく」(SFマガジン一九七一年一月号SFスキャナー)。しかし、一部で絶讃されたこの二長編も、商業的には失敗で、そのせいかスラデックは、このあと十年ばかりSFから遠ざかることになる。
 7の『新・聖書外典』は、疑似科字、オカルト、民間信仰のたぐいに関する、二年半にわたる研究の成果をまとめたもの。この分野の彼の知識は、本書所収の「神々の宇宙靴」や、降霊会で起きた殺人事件に材をとった『黒い霊気』などにも遺憾なく発揮されている。しかし懐疑的立場に立って書かれたこのノンフィクションが、さほどの反響を呼ばなかったため、頭にきたスラデックはぺンネームを使って嘘八百のホラ話をでっちあげ、ノンフィクションとして出版する。これが、8の『上昇するクモ』で、十二宮の十三番目に〈蜘蛛宮〉なる星座があった、という説をまことしやかに論証したもの。編された人間も結構多く、実際良く売れたとか。このあたりの発想はやはりただものではないというか、常軌を逸している。
 邦訳のある『黒い霊気』と『見えないグリーン』は、どちらもロンドンに住むアメリ力人の素人探偵サッカレー・フィンが密室殺人や不可能犯罪の謎に挑むオールド・ファッションドな道具立ての謎ときミステリー。一九七二年、ロンドン・タイムズヒジョナサン・ケイプ社が主催するミステリー・コンテスト第一席に輝いた短編「見えざる手によって」(風見潤訳、ミステリマガジン一九七五年七月号)が、ミステリー作家スラデックのデビュー作。この短編に登場するキャラクターを使って書いたのが前記二長編で、昨今稀れなストロング・スタイルの正しい謎とき探偵小説としてミステリー界でも高く評価されている(らしい)。特に今年邦訳が出たばかりの後者は鮎川哲也氏が絶讃、週刊文春のオールタイム・ミステリー・ベストの50位内に顔を出す健闘ぶりを見せた。
 SF界ではおよそ正統派とは対極の場所にいるスラデックが、こうした古風な結構のミステリを書くのは一見奇異に映るかもしれないが、彼のパズル指向、形式美重視の作風を考えれば、むしろ当然といっていい。パズラーと呼ばれる本格ミステリーは、スラデックにとって腕をためす格好の素材となった感がある。名探偵の相手としてふさわしい"名犯人"を捜し求め、一堂に会した関係者の前での、「さてみなさん」に始まる完壁な事件解決を夢想するサッカレー・フィンには、形式刀美しさにこだわるスタイリスト、スラデックの一面がうかがえる。
 さて、八〇年代に入って、スラデックは突然、ロボットを主人公とするSFンリーズを書きはじめる。十年ぶりの長編SFとなった『ロデリック:機械児の教育』は、世界初の意識を持った機会として誕生したロデリックが、成長途中(?)で突然の計画中止のうき目にあって社会の荒波に投げだされ、さまざまな試練を経て大きくなってゆくという心暖まる(?)ぽのぼのユーモアSFで、『ロデリック・アト・ランダム』はその続編。最新長編『チクタク』もやはりロボットもので、アシモフのロボット工学三原則第一項が欠落した殺人ロボット、テクタクがなぜか合衆国初の副大統領候補に……というブラック・コメディ。
 スラデックは一昨年、十年以上連れそった奥さんと別れて住みなれたイギリスをあとにし、十七年ぶりに古巣のアメリカに戻った。現在はニューヨークに住んで、次作を執筆中とのことである。

 最後に本書についても少し。もっともスラデック自身のまえがきにあるとおり、単純に面白がればそれでいいわけで、特に解説する立要もないのだが、野暮を承知で書かせてもらうと、まず、原題の「キリンを燃やしつづけろ」は、言うまでもなくかの有名なダリの「燃えるキリン」にひっかけたもの。だからといって本書がシュールレアリスムの影響を強く受けていると考えるのは早計で、むしろシュールとは対極の、論理の産物である。あとがきでフロイト流の作品分析を披歴しているカサンドラ・ナイはすでにお気づきのように、スラデックのべンネーム。もっともらしく自作を分析してみせたうえ、ビントがはずれている、と評するあたりスラデックの面目躍如といったところ。収録短編十七編のうち、「人間関係ブリッジの図面」「マスタープラン」「平面俯瞰図」「時空とびゲーム」「書評欄」などは、小説の形をしたパズルみたいなもの、頭の体操のつもりで図なんか書きながら取り組んでみることをおすすめする。特に「マスタープラン」は、このまま通読しても何のことやらちんぷんかんぷんだろうけれど、九一ぺージの注にあるとおり、九つのレベルから語られる物語をバラバラにしてつなぎあわせたもので、それぞれのレベルではちゃんと筋が通っている。原書では七種の活字を駆使してそれぞれの区別がつくようになっていて、ちなみに、注の分類に従えば、12345678434567865………981という配列である。将軍の最後の言葉である「シット(くそっ)!」のSHとITの間に物語全体がサンドイッチされる構成になっているわけ。ま、だからどうしたと言われても困るんだけど。
 この他の短編にもいろんなところで本筋に関係なくさまざまなパズルやパラドックスがちりばめられていて、それだけとりだしても楽しめる。ぼくのいた大字のSF研では、「悪の槌」に出てくる囚人ABCのパラドックス(一三二ぺージ)をめぐってまる一力月も大論争が続いたくらい。
 一筋縄ではいかない短編集であるのは確かだが、楽しみ方さえまちがえなければこれほど面白い本はまたとない。とにかくくつろいで、のんびり読んで下さい。御健闘をお祈りします。

 一九八五年十一月


■『スラデック言語遊戯短編集』収録作品一覧(*は『蒸気駆動の少年』に収録)

「義足をつけた象」 Elephant with Wooden Leg (Galaxy 1975/6)
「人間関係ブリッジの図面」 The Design (Ambit, 1968)
「顔人間」 The Face (F&SF 1974/12)
「マスタープラン」 The Master Plan (New Worlds 1969/2)
「平面俯瞰図」 Flatland (New Worlds Quarterly 5, 1973)
「時空とびゲーム」 A Game of Jump
「悪の槌」 The Hammer of Evil (New Worlds 9, 1975) *
「密室」 The Locked Room (New Worlds Quarterly 4, 1972) *
「いま一度見直す」 Another Look (Other Times 1, 1975)
「神々の宇宙靴」 Space Shoes of the Gods: An Archaeological Revolution (F&SF 1974/11) *
「アイオワ州ミルグローヴの詩人たち」 The Poets of Millgrove, Iowa (New Worlds 1966/11) *
「書評欄」 The Commentaries (Ambit, 1969)
「十五のユートピアの下に広がる天国」 Heavens Below: Fifteen Utopias (The New Improved Sun, 1975)
「いなかの生活情景」 Scenes from Rural Life (Bananas, 1975)
「古くなったカスタードの秘密」 The Secret of the Old Custard (If 1966/11) *
「非十二月」 Undecember (1976)
「メキシコの万里の長城」 The Great Wall of Mexico (Bad Moon Rising, 1973)




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