●「惑乱チキンの午後――『フリーウェア』より」解説(SFマガジン1996年11月号掲載)/大森 望



 本誌では94年5月号の個人特集以来ひさしぶりのルーディ・ラッカーである。といっても、ごらんの通り独立した短編ではなく、来年五月にAvon Booksから刊行予定の新作長編、Freewareの一部。
 本来は、『ハッカーと蟻』の邦訳刊行に合わせてなにかラッカーの短編をひとつ……という話だったが、なにしろ最近のラッカーは全然短編を書いていない。新しいものはみんな『ラッカー奇想博覧会』(ハヤカワ文庫SF)に収録済みだし、さてどうしたものかと著者にメールで相談したところ、すかさず送られてきたのがこの原稿。用意がいいと思ったら、この抜粋は、"Tre's First Gig"のタイトルで、雑誌Infobahn(一号きりでつぶれてしまったらしい)に掲載されたものだとか。ともあれ、おなじみスタアン・ムーニイも登場するこの章で、LIVE ROBOTSシリーズ最新長篇の雰囲気をひと足はやく味わっていただきたい。

 さて、近場で開かれたにもかかわらず今年のワールドコンには参加しなかったラッカーだが、大会のあと運よくサンフランシスコで会うことができた。待ち合わせ場所にヘイトストリートのBooksmithを指定するあたりがいかにもラッカーで、短パンにプリントシャツ、革のサンダルというこの日のファッションは、『ハッカーと蟻』の主人公ジャージーそのまま(サンダルはバーケンストックじゃなくてリーボックでしたけど)。

 ヘイト・ストリート沿いのカフェ、Black Roseに腰を落ち着け、しばし雑談のあと、「日本の読者に、Freewareがどんな話なのかざっと説明してくれませんか」と切り出してみたところ、「ちょっとそれを貸して」と大森が持っていたサブノートパソコンを奪いとり、その場でタイプしてくれたシノプシスによると――

『フリーウェア』は、『ソフトウェア』『ウェットウェア』の直接の続篇で、舞台は二〇五三年。トレ・ディーツと妻のテリ・スタグナーロ(注:単行本刊行時にパーシスプと変更)は、サンタクルズでモーテルを経営している。そこで従業員として働いているのが、イミポレックス製のロボット、モニク。彼女は、明滅被覆が二〇三〇年にチップ・モールドに感染した結果生まれたモールディだ。モニクはまもなく、ランディ・カール・タッカーという名の変態モールディ強姦魔に誘拐される。この手の連中はチーズボールと呼ばれてて、モールディとセックスするのが趣味。ランディは盗んだモールディをルーニー・モールディ(月に住んでいるモールディ)に売っている(この時代、イミポレックス資源は非常に貴重だから、こういう商売が成り立つ)。
 ランディはまた、インド人の数学者スリ・ラマヌジャンとも接触があり、ふたりはやがて、トレの開発した4D惑乱チキン(注:文庫版刊行時に、Perplexing Poultryの訳語を「くるくる鶏」と変更)を使って、モールディ上で走る非常に特殊なプログラムをつくる。本来の目的はモールディを奴隷化することだが、このプログラムはのちに、〈ガードル復調〉に使用されることになる。つまり、これを使うことで、モールディの肉体を一種のアンテナとして機能させ、異星生物の魂の暗号化された情報を解読するわけだ。信じようと信じまいと、このエイリアンたちは、宇宙線に姿を変えて、僕らのまわりをしじゅう旅している。つまり、これが#フリーウェア#というわけ。あんまりありがたいものじゃないかもしれないが、とにかく無料{フリー}。ステイハイ・ムーニイやその妻のウェンディも登場して、後半は月を舞台に一大スペクタクルが展開される……。

 というわけで、『ソフトウェア』『ウェットウェア』に輪をかけたドタバタが展開されることになりそう。シリーズはこれで完結というわけではなく、まだつづきがあるそうなので、今世紀中は安心かも。なお、ラッカーは現在、ノンフィクションを二冊並行して執筆中。一冊はWindows関係のまじめな実用書(!)、もう一冊は『無限と心』の系列に属する科学エッセイで、Cosmic Computationというタイトル。これは今までの科学ノンフィクションの集大成的なものになるらしい。二年かけてこの二冊を書き上げて、それから『フリーウェア』の続篇にとりかかる予定とか。




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