菅浩江『鬼女の都』(祥伝社)書評
 ミステリ作家がSFを書くのは最近の流行だが、SF出身の作家が本格ミステリを書くのは(山田正紀をほぼ唯一の例外として)珍しい。だから、二度の星雲賞受賞を誇る人気SF作家・菅浩江がミステリを書き下ろすと聞いてちょっと驚いたのだが、「本格推理の超新星誕生!」の帯つきで出版された『鬼女の都』は、意外にも(?)著者らしい趣向を凝らした端正な「本格」だった。
 物語の主役は京都。歴史小説系同人誌(コミケに代表される即売会での流通を主とするタイプ)の人気作家・藤原花奈女が、プロデビュー目前に自殺する。花奈女の熱狂的なファンだった女子大生・吉田優希は、葬儀に参列するため、同人仲間たちと京都を訪れる。
 京を舞台にした歴史小説を書き続けていた花奈女には、京都の生き字引として厳密な考証を加える〈ミヤコ〉なる助言者がいた。花奈女は、商業出版用に準備した新作のプロットをミヤコに酷評され、それを苦にして自殺したらしい。自分の手でこのプロットを小説化し、花奈女の名誉を回復しようとする優希のまわりで次々と起きる奇怪な事件。花奈女の死に隠された真相とは……。
 物語の中核は、花奈女の自殺の動機探し。密室殺人やアリバイトリックとは無縁だが、テイストはまちがいなく本格ミステリのそれだろう。京都という街の魔に憑かれた人間の悲劇をたどる物語は、能の「葵上」をなぞるかたちで進行してゆく。
 真夏の京都を歩く眩暈にも似た感覚が小説全体を包み、幻想小説的な彩りもあるが、京都という都市自体の特異性を鍵に、すべての謎は探偵役により明晰に解きほぐされる。このあたりの手続きは京極夏彦の作品を連想させなくもないが、執拗なまでに描き込まれる年風景と饒舌な京都論によって、ほとんど都そのものが小説化されたような印象がある。
 ところで、登場人物のひとりが、
「この街にいるとどうしても古き時代にこだわてしまう。廃れてしまったもの、失くなったもの、そこにしがみついている自分の嫌らしい誇りを、否が応でも思い知ってしまう。何の誇りだ? ここはもう古都なのに。どう意地を張っても都ではないのに」
 と語る古都・京都は、とうに黄金時代を過ぎた本格ミステリとどこか共通する部分がある。つまり本書は、「京女」による京都論であると同時に、よそ者(SF作家)による本格論と読めなくもない。だとすれば、物語のバランスを崩してまで使用される旧本格的なモチーフは、「古き時代」の本格へのこだわりの結果なのか。京都の呪縛について語りながら、本格の呪縛(東野圭吾流に言えば「名探偵の呪縛」)について語る『鬼女の都』は、そのきらびやかな外見とは裏腹に、したたかなメタミステリかもしれない。