vol.01『ウェットウェア』

大森 りんりん.生涯一SF者の大森っす.
水玉 くねくね.いさましいちびのイラストレータ(1)の水玉っす.
大森 ってことで,新装開店の本ページ,「SFに出てくるコンピュータ」をネタに毎度ばかばかしいお笑いを一席という.
水玉 さぁて行ってみよー.
大森 でま,とりあえず今月はラッカーなのね.ラッカーと言えばハッカー.ハッカーといえば,偶然にもラッカー最新長編の『ハッカーと蟻』がハヤカワ文庫SFから好評発売中だったりするわけですが.
水玉 なんか<blink></blink>タグついてるよ.
大森 ついてないついてない.せいぜい<strong></strong>ぐらいでしょ.まあしかし,いきなり担当者の訳書では公平性を疑われそうなので,ここはひとつ基本にもどって,ディック記念賞受賞作の『ウェットウェア』をとりあげたい,と.
水玉 解説書いてるしね.
大森 いいの,解説読むのはおたくな人だけだから.えーと,『ウェットウェア』は,『ソフトウェア』っていう,これまたごきげんなSFの続篇でして,手短かに言うとロボットが人間と戦う話―ていうか,月の地下に潜ってレジスタンスしてるロボットたちが(アジモフのロボット学三原則をバイパスして,めでたく自由意志を持つにいたった彼らは,「バッパー」と呼ばれてる),起死回生の最終兵器を地球に送り込むんですな.この人型決戦兵器がマンチャイルくん.
水玉 わりと美形.
大森 そうそう,彼はバッパーのソフトウェアを脳に埋め込まれて人間の子宮から生まれてくるハイブリッド・チャイルドなんですね.機械の心に人間の体ってやつ.遺伝子改造のおかげで尻尾が二本ある精子を持ってまして,この精子を注入されると九日間で出産,二十日で成人する,と.で,その子供が十人の女を妊娠させ,そのまた子供が十人を妊娠させ―と殖えてくと,地球上にたちまち百万人の「肉バップ」が出現する机上の計算.んで,やがて月から降りてくるバッパーたちを歓迎すると,そういう計画ね.ありゃりゃ,コンピュータはどこ行ったんだろう.
水玉 まあコンピュータって言えばみんなコンピュータだから.
大森 そうすね,バッパーたちは,匡体を自分で選べるコンピュータみたいなもんで.知性とか人格とかはソフトウェアのほうに入ってるから,高性能の機械の体に定期的にモデルチェンジしてる.
水玉 若松通商(2)の地下で新しいマザーボード買って,店出るなりチップ載せかえたりするような感じですかね.って近いことやる人は実際いるけど.
大森 でもデザインはわりと重要.
水玉 それでエイサーとか買う人がいるわけだ,なるほど,ぽん.
大森 ま,この小説の場合はみんなDOS/V自作機みたいな感じですが.
水玉 やっぱPentiumPro 200/MHzは速いよね,と.
大森 あー,この小説では処理速度の単位にフロップを採用してて,ふつうのバッパーはテラフロップ級.あこがれの的はペタフロップのモデルで,さらに開発中のボディだと,「最新の量子クローンひも理論記憶システムに基づくエクサフロップ」だったりする(笑). いまのスパコンがギガフロップ単位ですからね,ずいぶんえらいよ.
水玉 それにしてもラッカー先生ってば,女をモノとしか思ってないのでわ.
大森 ウェンディ(主役級で出てくるステイ=ハイの死んじゃった奥さん)のクローンがタンクの中で培養されてるシーンとか,思いきり 綾波(3)入ってましたね.「このウェンディはピンク=タンクの中に漂いながら,まったくの白紙状態で,白く輝き,厚い唇をわずかに開き加減にしている.想い出したように,ウェンディの筋肉が不随意に痙攣するところなど,まだ子宮の中にいる胎児の四肢のようだ」とか.ステイ=ハイくんはそのクローンを一体もらって,ウキウキしながらでろでろのえっちにふけったりする鬼畜な展開(笑).
水玉 綾波な人(の一部)にはウケそうでウケない展開だよね,あまりにも豪速球ド真ん中で(笑).つまり人格つーのはカラダの「ミ」と「フタ」なのかも.
大森 その点,ステイ=ハイくんはおのれの欲望に忠実ですね.もうカラダだけあればいいや,と.
水玉 そうか,ラッカー先生の描く女性は,松本零士キャラなんだ.髪が長い美女で顔はみんないっしょ.
大森 ごほん.えーとそれでコンピュータ関係でおもしろいのは,2001年の月バッパー叛乱のあと,地球ではAI規制法ってのが施行されて,地球上のコンピュータは厳重な管理下にある.自由意志を剥奪されたかわいそうな奴隷AIのことを,バッパーたちは「アジモフ」と呼んで哀れんでるんですね(笑).んで,地球のコンピュータには,悪いAIと接触しないように厳重に鍵がかけてあるんだけど,そのキーになるのが「カントールの連続体問題」や「フェルマーの最終定理」の証明だったり.政府がそのへんの証明をみんな買いとって,暗号化の鍵に使ってるという.そのへんがまた,理系おたくの心の琴線に触れるみたいっす.
水玉 なのにマンチャイルの息子が1日でそれを解いてハックしちゃう.「ちゃんと頭さえよけりゃ」とかゆって(笑).
大森 あと,人工知性がらみでわりと重要なのは,「人間には人間と同等またはそれ以上の人工知性はつくれない」ってことの論拠に,ゲーデルの不完全性定理を使ってることである―と数学のえらい人がゆってました.まあそういう理論がこういうはちゃめちゃなSFになっちゃうのがラッカーのいかすとこですね.ほかにも,でろでろに溶けて気持ちよくなるドラッグとか,頭のいい服の話とか,オカズ的にはまだまだたくさんありますが.
水玉 ま,そのへんの話は本を読んでくねくねしてね.りんりん.

(1) いさましいちびのイラストレータ
トーマス・M・ディッシュのSF『いさましいちびのトースター』に由来する.

(2) 若松通商
秋葉原ではかなり名の通った店.地下フロアでの扱いは,パソコンのパーツが主体.アダプテックの2940を1万円ちょっとで売っていたこともある.

(3) 綾波
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する14歳の女子中学生,綾波レイのこと.巨大人型兵器エヴァンゲリオンのパイロットのひとり.クローンなので,培養槽に無数の体が用意されている(このシーンの原画はマンガ家・うたたねひろゆきがゲスト作画したとか).シャギーの入ったショートカットの青い髪と赤い瞳.人間的な感情やその表現方法を知らず,ひどく無口で無愛想.「どうしてそういうこと言うの?」 大きいお友だちに人気が高く,等身大綾波フィギュアも発売された.


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