●『インターネットとんでも活用マニュアル』(徳間書店)用原稿(95年9月)


 時代はHyperDiaryなのである。

 だいたいさあ、すかした企業ページとか見て面白いか? そりゃ見た目は洗練されてるだろうけど、そんなのが見たきゃGQかコスモポリタンでも立ち読みすりゃあいいわけで、閲覧に手間のかかるWWWってメディアをわざわざ使って、ほかのメディアで提供可能な情報にアクセスするのはネットワーク資源の無駄遣いってもんでしょ。

 WWWの本質は、歴史上もっともお手軽につくれてコストゼロで流通させることの可能なパーソナルメディアだって点にある。無料でブースが出せて新刊を毎日搬入できる電子コミケみたいなもんで、個人ホームページサービスを提供しているプロバイダと契約しさえすれば、あなたも今日から参加可能。ま、コミケだって、ぶらぶらブースを見てまわってるだけでもじゅうぶん面白いんだから、わけのわかんない個人がつくった謎のページをぱらぱらブラウズするだけでもいいんだけど、コミケと同様、WWWもブースを出す=ページを持つことではじめてその本質が理解できる。というか、そうじゃなきゃ半年で飽きるでしょ、ふつう。

 というわけで、ハイパーダイアリーである。要するにWWW上の日記ね。なぜいま日記なのか? 説明しよう。

 まず第一に、日記は毎日書かれるものである。つまり、定義的には毎日更新されることが前提。毎日Netscape立ち上げてnetsurfするのが日課のWeb Junkyにとって、もっとも許しがたいのは更新のないページ。「クリックするだけ無駄なんて」とシャ乱Qの替え歌を歌いながら一週間前に見たのとおなじページをブラウズしていく殺伐とした気分を味わった人は、毎日新しいデータのあるページに対する感謝の気持ちを忘れまい。WWW個人ページはつくればいいという時代はすでに去り、いまやリピーターをどうケアするかが問題なのである。とはいえホームページで食っていけない以上、すべてのページを毎日更新するのは不可能。そこでとりあえず日記を書いて、お客さんをつなぎとめるわけである(というか、毎日更新するページを「日記」と名づけてみました――的な例もすくなくない)。

 第二に、日記はその性格上、だれにでも書ける。個人ホームページサービスを使ってindex.htmlをputしたはいいが、コンテンツがない。なにを置けばいいのかわかんない――という人はすくなくないと思う。サーバの東西を問わず、個人ページにやたらにおたく系が目につくのは、そもそもおたくの人はこれまでの生涯でデータを蓄積しているから。

「おれが握手会に行く。それがコンテンツだ」

 てなもんで、人生に目的を持つおたくの生活は、それ自体WWWページの内容を保証する。おたくには仲間がいるからアクセスも確保できるし、それまで大量の金と時間を投資して培ってきた情報交換のノウハウはそのままページに投影できる。

 しかし、青春をテニスやスキーに費やし、いまは勤勉なサラリーマンとして日本社会を支えるあなたにとって、世界に向けて発信する情報をさがすことは困難かもしれない。そこで日記が登場する。おれの日記なんか読んでも面白くないよと卑屈な気持ちになるかもしれないが、なに、WWWでは、「全世界で5人以上の人間が関心を持つデータには存在意義がある」(WWWデータに関するモロトミの第二法則)。そして、日記ならなんでも読むという物好きな人がぼくの知るかぎりでも7人はいるので、「今日も満員電車に揺られて会社に行った。となりに立っていたおやじの息がくさかった」という日記でも立派に存在価値がある……というか、いまんとこWWW日記の世界では学生と業界関係者が圧倒的多数を占めているから、サラリーマン日記はそれだけで希少価値が高いという事情もある。通産省    課・岡林課長の日記が最近人気急上昇だったりすることから考えても、これからは接待日記とか営業日記が来るんじゃないすかね。

 ではただの日記とハイパー日記とはどう違うのか。ハイパーテキストマークアップランゲージ(html)で書かれた日記はすべてHyperDiaryであるという身も蓋もない定義も可能なんだけど、基本的にはやはり、日記間のinterconnectedness、つまりhtmlの利点を生かした相互リンクと他人の日記についての言及から生じる日記のnetworkってことですね。

 活字メディアでも昔から日記文化は存在する。しかし、実生活における「日記」がきわめてパーソナルなものとして位置づけられている関係上、活字の日記はつねにスタンドアロンな存在だった。山田風太郎の日記は永井荷風についてなにも語らない(当たり前だって)。活字の世界でHyperDiaryの名に値するものといえば、たとえば宅八郎「業界恐怖新聞」が連載されていた当時の雑誌『噂の真相』の田中康夫「東京ペログリ日記」などがそれに該当すると思われるが、まあこれは数少ない例外でしょ。

 ところがWWW上では他人が毎日書く日記を毎日読み、それに対する感想/いちゃもんを毎日書くことができ、読者はクリック一発でその元発言を参照できる。テッド・ネルソンの理想がパーソナルメディアに結実したのがHyperDiaryなのである。

 さて、現実にどんな日記が書かれているのか。とりあえずは、WWW日記コレクターの津田優が蒐集する日記リンクからhyperDiaringをスタートするのがてっとりばやい。ぼくの知るかぎりでは、HyperDiaryという言葉を最初に使ったのは早稲田大学の大森英司だが(Internet User 95年10月号105ページ参照)、それが明確な実体を備えはじめたのは、この「日記なページリスト」と、日記ランキングの登場による。

 だいたいこういうものを書いてWWW上に置くからには、ひとりでも多くの人に読んでもらいたいとみんな思っているわけで、アクセスランキングが発表されはじめたとたん、日記者たち全員が燃え燃え状態に突入。更新頻度が光速化し、日記の域を超えた大量の文書ファイルがあちこちに出現しはじめる(なお、HyperDiaryの歴史については、Internet User 95年11月号   ページにくわしい)。

 もっともこのリンクにリストアップされている100人以上の人々全員がハイパーダイアリーを意識しているかどうかはよくわからない。たとえば大原まり子の物書き日記はほとんどスタンドアロン(他日記への言及がない)だし、ここにリンクされている事実そのものを知らない人だっていないとはかぎらない(ただし、先だって実施した日記者アンケート結果によれば、ほとんどのメンバーが日記ランキングの順位を細かくチェックし、他日記の存在を強く意識しながら書いているようだ)。それでも、このファジーな日記ネットワークの中核をなんとなく構成するheavy HyperDiaristたちは毎日マメに他人のページの更新状況をチェックして自分の日記に反映させる。最近では合従連衡によるチームづくり(たとえば高知出身者/在住者日記をインテグレートする岡林ページの土佐日記リンクや、高知大学助教授菊地時夫ページの「高知日記応援ボタン」など)とか、日記間論争などの動きも浮上。IRC(インターネット上のチャット)の#にっきチャンネルでは専用線接続者を中心に日夜日記者が集まり、ほとんどパソコン通信のフォーラム的な盛り上がりを見せている。

 なんだそれじゃBBSといっしょじゃんといえばその通りで、人間と人間のコミュニケーションであることに変わりはないのだから、それぞれが独立に運営されている個人ページではあっても、相互接続によってネットワーク化されれば、そこに一種のヴァーチャル・コミュニティが発生してくるのは当然のなりゆきというべきだろう。

 では具体的に、いったいどんな日記が存在しているのか。なにしろ現在のエントリはすでに100日記を越えているため、ぼく自身とても把握しきれていないのだが、百人いれば百人の日記の書き方がある。

 たとえばメディア環境学者の桝山寛はカシオQV-10で撮った写真を加工して、文章のない写真だけのユニークな日記を書き(?)つづけているし、大森英司のおたく日記に感動したパソコン誌編集者の三輪山サスケは自分の日記中で長文の「大森英司日記論」を展開する。キノトロープの河合あみこは、HyperDiaryに参入するなり爆発的な更新速度と爆発的な文体で一週間にしてWWW日記界のアイドルの階段を昇りつめ、コミケでオフラインミーティングを自主開催し、日記界の交通を積極的に活性化させている。学生ページ界ではやくから注目の的だったピクルスピンの寺本秀雄は日記ページ製作者のおたく訪問を実行、他人の日記に乱入したり、その顛末を自分の日記で報告したり。

 ヴァーチャル・コミュニティ的にいえば、日記ページのネットワークは一種のご町内的な内輪社会を形成する。ただし閉鎖的なムラ社会とは正反対に、物理的距離を超越して(原理的には)全世界に向かって開かれている。おなじ東京に住む実の弟の近況を知らないのに、会ったこともない九州大学の学生が誕生日になにを食ったかまで知っているという奇妙な逆転も生じるわけだけれど、このようなコミュニケーションのありようそのものが、おそらくWWWの未来を示している。自然発生的に誕生した日記のネットワークがやがてそれ自体のダイナミズムを獲得し、だれがリーダーシップをとることもなく、インタラクティヴな相互運動によって日々変貌し流動しながら拡大をつづけていく。個人メディアの集大成ともいうべきHyperDiaryは、それ自体、インターネットの縮図なのである。

(文中敬称略。なお本稿は、デジタルボーイ95年10月号発表の原稿を大幅に加筆訂正したものです)


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