リチャード・レイモン『逆襲の〈野獣館〉』(扶桑社ミステリー)訳者あとがき(1998年7月)


   訳者あとがき


大森 望  



 お待たせしました、『殺戮の〈野獣館〉』の続編、『逆襲の〈野獣館〉』(The Beast House, 1986)をお届けします。
 ……と胸を張って言えるタイプの小説かどうかはともかくとして、リチャード・レイモンのデビュー作にして本邦初紹介長編となる『殺戮の〈野獣館〉』は、さいわいにも(?)好評(?)をもって迎えられたようで、まったく世も末というか、訳者と担当編集者にとってはありがたい話である(版元にとってありがたいかどうかは、いましばらく時間を置く必要あるかと思われる)。
 個人的にいちばん気に入ったのは、NIFTY-Serve某所に書かれていた感想の「本年度最低傑作」ってフレーズ。いやまったくそのとおり。
 ちなみに、『STUDIO VOICE』誌九八年八月号の特集「恐怖・絶対主義」でリチャード・レイモンにインタビューした風間賢二は、その前フリにこう書いている。

 モダンホラーなんて、もうどれも同じで食傷気味だというあなた、『殺戮の〈野獣館〉』を読みなさい。モンスターとサイコ・キラーとがひとつのステージで描かれるこのセックスとヴァイオレンスに満ちた物語のダウンビートなラストに腰を抜かすこと請け合い。

 訳者個人としては、あのラストは怪物小説の明るく正しいハッピーエンドだと信じてたりもするのだが、他の翻訳ホラーではめったに見られない種類の結末であることはまちがいない(フランス書院ナポレオン文庫の初期タイトルなんかだとたまにありました)。
 こういう鬼畜系お下劣ホラーがなぜアメリカであまり書かれてないかというと、ひとえに出版社の保守性に由来するらしく、レイモン自身も原稿を送ってはつっかえされのくりかえしで、デビューまではかなりの辛酸を舐めたらしい(ま、当然の報いという気もする)。じっさい今も、マキャモンの生活を支えているのは主としてイギリスとオーストラリアからの印税収入だそうで、本国のアメリカでは著書のほとんどが絶版状態。ようやく最近になって、ハードカバー版に関しては状況が好転しつつあるものの、アメリカのレイモン・ファンは高いイギリス版の輸入ペーパーバックを買うことを余儀なくされているのだとか。

 ……と、このあたりで前作の内容をおさらいしておくのが訳者あとがきの勤めなんだけど、じつは『殺戮の〈野獣館〉』のストーリーまったく覚えてなくても(オチしか覚えてない人が大多数だと思う)、あるいは読んでなくても(読んでないほうがふつうだと思う)、本書を楽しむにはまったく不都合はない。じっさいアメリカでは、『殺戮』がCellar、『逆襲』が The Beast Houseと、一見なんの関係もないタイトルで出版されてしまったこともあって、それぞれ独立した長編と見なされているらしい。ちなみに著者自身は、当然のことながら〈野獣館〉シリーズ一作めにThe Beast Houseのタイトルをつけてたんですが、ジョン・ランディス監督の「アニマルハウス」(National Lampoon's Animal House)の公開と出版時期が重なってしまったため、版元が混同を恐れて改題を要求しちゃったらしい。本書の中で、ノーラがビーストハウスについて、「アニマル・ハウスと混同しないこと」とギャグを飛ばすのは、その故事を踏まえた楽屋落ちなんですね。
 ともあれそういう次第なので〈野獣館〉シリーズなんて知りませんというあなたも、安心して本書をご購入いただいて不都合はない。ただし、本書を読んでしまってから『殺戮』を読むと前作のインパクトが著しく減殺されるおそれがあるので、両方とも読んでみようという奇特な方は、できれば『殺戮』から着手することをお薦めする。

 さて、なんといっても前作のポイントは、まったく無関係なふたつの話を合体させちゃったこと。一方の主役は、悪逆非道の幼女強姦魔。もう一方の主役が野獣≠ニ呼ばれる謎のモンスター。早い話、人間の鬼畜vs化物の鬼畜。サイコサスペンス+化物ホラーの強引な合わせ技で、モダンホラーやスプラッタパンクがそれなりの地位を占めた今でこそ、「なるほどそう来るか」てなもんですが、一九八〇年の段階でそんな小説を書いてデビューしちゃったレイモンは相当の変わり種と言うべきだろう。しかもあの結末のあとにこの続編を出すのだから、まったく見上げた鬼畜魂である。
『殺戮の〈野獣館〉』から五年後の一九八六年に刊行された本書は、前作であんなことやこんなことをされたにもかかわらず無事に生き残ったウェルカム・インのひとり娘ジャニスの手紙から幕を開ける。事件のあと、モーテルの一室に残されていたエリザベス・ソーンの日記を拾った彼女、これはひょっとして一攫千金のチャンスかも、ってことで、実話ホラーのベストセラーを飛ばした作家ゴーマン・ハーディに、「この日記買いませんか?」と手紙を書くわけですね。
 手紙の内容にカネのにおいを嗅ぎつけたハーディが助手のハンサム青年ブライアンを連れて、野獣の町マルカサ・ポイントへと取材に出かけるところから話が動きはじめる。
 レイモンの作品にはホラー作家が登場する頻度が高いんだけど、本書のゴーマン・ハーディはインパクトではぴかイチでしょう。目的のためには手段を選ばず、金儲けのことしか考えてない徹底的にいやなやつ。この手の悪役を書かせたら、レイモンの右に出る人はそうそういない。悪魔のようにずるがしこい前作の幼女強姦魔にこっそり拍手を贈った覚えのある人なら、きっとハーディを好きにならずにいられないはず。
 一方、善玉方面の登場人物は四人。タイラー(前作の冒頭に登場した警察官の元恋人)とノーラの女性司書コンビと、海兵隊を除隊したばかりのマッチョ系男性コンビ、エイブとジャック。若い男女が出会えば恋が芽生え肉体関係が生じるのがレイモンのお約束で、もちろん期待を裏切らない。
 もちろん、影の主役たるわれらが野獣についても衝撃の新事実が明かされるし、死体の数と血しぶきも大幅に増量。前作同様楽しんでいただければさいわい(?)です。

 ところで、今年、この〈野獣〉シリーズの第三作が出版された。といっても現物はまだ見てないんですが(アメリカ版は九八年七月、イギリス版は八月に刊行予定)、タイトルはThe Midnight Tour。さる六月に収録された『MASTERS OF TERROR』掲載のインタビュー(http://members.aol.com/andyfair2/laymon.html)で、レイモンはこの作品についてこう語っている。

 (The Midnight Tourは)〈野獣館〉シリーズの究極の一冊だと思う。前の二冊も、わたしがその時点で書けるベストの作品だったと思ってるけどね。初期の長編群はどれも短くてテンポが速いかわり、ディテールが貧弱だった。『逆襲の〈野獣館〉』を書いたのは、素材をもっときちんと発展させようとしはじめていた時期で、作家としての自信もかなりついてきていたから、前ほどめまぐるしく場面転換する必要を感じなくなった。だから『逆襲』は『殺戮』の倍近い長さになってる。
『逆襲』を書いたあと、シリーズの三巻めを書く計画はずっとあたためてたんだが、これならいけるというネタをなかなか思いつかなくてね。The Midnight Tourのアイデアを思いついてからも、書き上げるまでにはずいぶん時間がかかった。途中でいったん中断して、あいだにべつの長編を一冊はさんだぐらいだよ。でも、ようやく書き上がった。タイプ原稿で九百十九頁。いままでのわたしの本で最長記録だね。それにたぶん、最高傑作だろう。究極の〈野獣館〉本というだけじゃなくて、究極のレイモン作品だと思う。他人がどう思うかは知らないけど、今後これを越える作品を書くのはきっとたいへんだろう。

 レイモンによれば、The Midnight Tourの主役はサンディ。毎週土曜の夜、野獣館では未成年お断り≠フスペシャルツアーが開催されている。百ドル払うと、敷地内のピクニックに参加して、特別上映の映画を見ることができる。そして真夜中には、屋敷内のガイドつきツアーが……。
 ってことで、もし本書『逆襲の〈野獣館〉』がふたたび好評をもって迎えられるようなら、いずれThe Midnight Tourも翻訳紹介の機会があるかもしれない。

 なお、インターネット上には、いくつか内容の濃いリチャード・レイモンのファンページが開かれている。オーストラリアの公式サイト、『Richard Laymon Kills!』(http://www.crafti.com.au/~gerlach/rlaymon.htm)は、レイモン自身もメッセージを寄せている最新情報欄が充実。レイモンTシャツを制作する計画もあったりするので、購入希望者はデザイン人気投票に参加しよう。ここからレイモン・メーリングリストにも入れる。『BODY RIDES』(http://www.geocities.com/Area51/Vault/8014/tryit.html)はアメリカの公式サイト。
 どちらも旧作の内容紹介が充実しているので、翻訳が待てない読者はそれを参考に海外注文する手もある。ただし、前述のようにアメリカ版は入手困難。イギリス版は『The Internet Bookshop』(http://www.bookshop.co.uk/hme/hmepge.asp)などのオンライン書店を通じて簡単に買うことができる。




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