ニーヴン、パーネル、バーンズ『アヴァロンの闇』(創元SF文庫)解説


   解 説

大森 望  

 本書は、ラリー・ニーヴン、ジェリー・パーネル、スティーヴン・バーンズの三人による合作長編、The Legacy of Heorot(一九八七年)の全訳である。
 ニーヴン&パーネルといえば『神の目の小さな塵』『インフェルノ――SF地獄篇――』『悪魔のハンマー』『忠誠の誓い』『降伏の儀式』、ニーヴン&バーンズといえば『ドリーム・パーク』『アナンシ号の降下』――それぞれ、絶妙のコンビネーション・プレーで、エンターテインメントSFの傑作を陸続と世に送っているのは、みなさん先刻ご承知のとおり。SF界のベスセラー・メイカーたる強力コンビ二組三人が、今回はなんと一堂に会し、三人いっしょに一冊書いてしまったというわけで、これでおもしろくならないわけがない。ポール&コーンブルースのむかしから、ブリン&ベア、ワトスン&ビショップ、スターリング&ギブスンなどなど、SFはことのほか合作が多いジャンルとして知られているのだけれど、さすがに三人連名で一冊の長編を書いたという話は寡聞にして知らない(リレー長編ならあるけどね)。SF史上(たぶん)初の快挙、空前絶後問答無用傍若無人掟破りの大バトルロイヤル小説なのである。
 しかも、有象無象が三人集まったのとはわけが違う。それぞれにソロでも長編を発表している人気作家が三人。単純に考えても、ふたりのときの一・五倍、ひとりのときの三倍おもしろいという計算になる――かどうかは知らないが、毛利元成の三本の矢の故事にもあるとおり、三人力を合わせればとにかく強い。くじけない。半端じゃない。そんなこんなで、ここに、近来まれなストロング・スタイルの大長編が誕生したわけなのである。
 テーマはなんと、「異星の怪物と戦う人間」。超古典的なこの設定と真っ向からのストレート勝負。腕に自信がない人にはちょっとまねできない。そりゃね、『降伏の儀式』なんかでも、異星人侵略ってやっぱり古典的なテーマに挑んでいたのだけれど、大ボケの宇宙人とか、大活躍するSF作家たちとか、随所にくすぐりをいれたあの長編は、抜いた感じのチェンジアップという印象だった。そこへいくとこちらは、もう剛球一直線。腕も折れよとばかりにちぎっては投げちぎっては投げ、沢村賞ものの超本格派。八〇年代も終わろうってこのご時世に、恥ずかしげもなく堂々とこんなことができるのは、やっぱりこの人たちをおいてない。
 物語の舞台は、鯨座タウの第四惑星、アヴァロン。アーサー王が死出の旅路に赴いた美しい島の名を冠した、地球からはるか二十光年の彼方のこの星に、 年の歳月をかけ、植民にやってきた百六十人の人々。彼らは、キャメロットと名づけられたとある島に、コロニーを築いて、生活をはじめる。人間よりも大きな生物はまったく存在しない、その名のとおり美しい、平和そのものの世界――であるかに見えたアヴァロンだけど、そう簡単に話が進んではおもしろくない。予想どおり、恐るべき怪物がコロニーに襲いかかる。その怪物の正体はいかに? はたして主人公たちはコロニーを守り切れるのか? はらはらどきどきのスリリングな上巻は「エイリアン」、さらにスケールアップして派手なドンパチのはじまる下巻はさしずめ「エイリアン2」――おっと、あんまりいいすぎると、未読のかたに申し訳ない。まだの人ははやく本文を読んでね。
 そのほかにも、主人公の「ランボー」的な孤立ぶりとか人妻との三角関係とか、冷凍睡眠の後遺症でみんなすこしずつおバカになっちゃってるとか、いろんなサイド・ストーリーにも趣向が凝らされているんだけど、基本的なプロットは、怪物をやっつけて平和を守る、ほとんどこれだけ。それを上下あわせて六百ページの大長編にしたてあげ、息つくひまなく一気読みさせるテクニックは、まさに肉食人種ならではの力技。無理やり押し倒されて、文句いうひまもあらばこそ、最後まで読まされてしまうのである。
 主人公のキャドマン・ウェイランドは、もちろんゴーイング・マイ・ウェイのアメリカン・ヒーロー。ジョン・ウェインの姿がもろにだぶってくる。保安要員として選ばれた、軍隊上がりの戦士である彼は、平和な世界じゃ無用の長物とさんざんばかにされるのだけど、その彼の予言が不幸にも的中、怪物の猛威を目のあたりにした仲間たちが頼りにしはじめたとたん、いまさらそんなことをいわれても、とひとりですねちゃったりするのもかわいいところ。でも、男の子だったら気持ちはわかるよね。
 アメリカSFのコアにあるのがフロンティア・スピリットであるとするなら、本書はまさにそのエッセンスを凝縮した、波瀾万丈の惑星{せいぶ}開拓ストーリー。万難を排して、植民地を築きあげていく男のロマン。強いアメリカここにあり。ハワード・ホークス映画に拍手を送った元アメリカン・ボーイズの心に迫るこの感動。幼児的だ帝国主義的だといいたい人は勝手にいえ。どうせ「スター・ウォーズ」だって戦争肯定映画、痛快西部劇のおもしろさは、やっぱりSFの原点なのだ。血沸き肉躍らせて、存分にお楽しみいただきたい。

 いろいろ書いても興をそぐだけだから、本書についてはこのくらいにして、ここで著者のこれまでの作品を――と、リストをつくろうとしてはたと困った。なにせくっついたり離れたりで活動している人たちだから、ひとりずつのリストにすると、合作の処理が問題になってくる。ええい面倒だ、というわけで、三人まとめて面倒を見ることにした。YMO関係アルバムのリストみたいでしょ。ニーヴン、パーネル、バーンズのベストセラー・トリオは、SF界のYMOだったんですねえ。知らなかった。ただし、短編集とか非SFまで入れてるとたいへんなことになるので、SF長編にかぎってリストアップした。

World of Ptavvs, 1966 ニーヴン『プタヴの世界』小隅黎訳(早川)
A Gift from Earth,1968 ニーヴン『地球からの贈り物』小隅黎訳(早川)
Ringworld, 1970 ニーヴン『リングワールド』小隅黎訳(早川)
The Flying Sorcerers, 1970 ニーヴン&デイヴィッド・ジェロルド
Protector, 1973 ニーヴン『プロテクター』中上守訳(早川)
The Mote in God's Eye,1974 ニーヴン&パーネル『神の目の小さな塵』池央耿訳(創元)
Inferno,1976 ニーヴン&パーネル『インフェルノ―SF地獄篇―』小隅黎訳(創元)
Birth of Fire, 1976 パーネル
A World Out of Time, 1976 ニーヴン『時間外世界』冬川亘訳(早川)
West of Honor, 1976 パーネル『アララットの死闘』石田善彦訳(創元)
The Mersenary, 1977 パーネル『宇宙の傭兵たち』石田善彦訳(創元)
Lucifer's Hammer, 1977 ニーヴン&パーネル『悪魔のハンマー』岡部宏之訳
Exiles to Glory, 1978 パーネル
Janisaries, 1979 パーネル『地球から来た傭兵たち』大久保康雄訳(創元)
King David's Spaceship, 1980 パーネル『デイヴィッド王の宇宙船』山高昭訳(早川)
The Ringworld Engineers, 1980 ニーヴン『リングワールドふたたび』小隅黎訳(早川)
The Patchwork Girl, 1980 ニーヴン『パッチワーク・ガール』冬川亘訳(創元)
Dream Park, 1981 ニーヴン&バーンズ『ドリーム・パーク』榎林哲訳(創元)
Oath of Fealty, 1981 ニーヴン&パーネル『忠誠の誓い』峰岸久訳(早川)
The Descent of Anansi,1982 ニーヴン&バーンズ『アナンシ号の降下』榎林哲訳(創元)
Janissaries: Clan and Crown, 1982 パーネル&ローランド・グリーン『地球から来た傭兵たち2/トラン攻防戦』古沢嘉通訳(創元)
Streetlethal, 1983 バーンズ
The Integral Trees, 1984 ニーヴン『インテグラル・ツリー』小隅黎訳(早川)
Footfall, 1985 ニーヴン&パーネル『降伏の儀式』酒井昭伸訳(創元)
The Kundalini Equation, 1986 バーンズ
JanissariesV: Storms of Victory, 1987 パーネル&グリーン
The Smoke Ring, 1987 ニーヴン 『スモーク・リング』小隅黎訳(早川)
The Legacy of Heorot, 1987 ニーヴン、パーネル、バーンズ 本書
Prince of Mercenaries, 1989 パーネル
The Barsoom Project, 1989 ニーヴン&バーンズ

 以上三十作品。ソロ長編がたくさん訳されてるニーヴンとパーネルについてはいまさら説明するまでもないけど、スティーヴ・バーンズ選手は、かわいそうにこれまでずっと無視されているので、ちょこっとだけ紹介しておく。
 スティーヴン・エモリイ・バーンズは一九五二年ロサンジェルス生まれ、というから、三三年生まれのパーネル、三八年生まれのニーヴンとくらべても、一回り以上年下ということになる。SF作家の写真を集めた Faces of Science Fiction に載っている写真を見ると、SF作家にはめずらしい黒人で、どことなくジャイアンツのクロマティに似ている。もともと映像畑の人で、ハリウッドのコロンビア放送でツアー・ガイドをつとめたり、出身大学のAVマルチメディア学部のマネージメントをやったり、「アメリカ物語」を監督したドン・ブルースのアニメ・プロダクションでクリエイティブ・コンサルタントをやったりしている。そのかたわらSFを書きはじめ、デビュー作は、七四年、弱冠二十二歳のときにエルウッドのアンソロジーに買ってもらった Moonglow。七九年、ラリ・ニーヴンの知遇を得、合作で中編 The Locusts を発表(この作品は、八〇年版のウォルハイム年間SF傑作選にも再録されている)したのをきっかけに本格的作家活動にはいり、ニーヴンとともに前述二長編を出版したあと、八三年、荒廃したロサンジェルスを舞台にした凄惨な復讐物語、Streetlethalで一本立ち。ついでにいうと、マーシャル・アーツの専門家で、東洋にもかなりの関心をもっているらしい。(長編第二作のThe Kundalini Equationには、マーシャル・アーツの達人が登場する)。キャリアは長いが、年令的にはまだ三十代のバリバリ。これからの活躍は乞うご期待というところ。

 最後に、本書のタイトルの由来ともなっている英雄叙事詩『ベーオウルフ』Beowulfについてひとこと。もともとは、宮廷詩人によって口伝えに伝えられていたもので、七世紀から八世紀にかけて現在の形にまとめられ、十世紀末ごろに書物の形に残されたとされている。『バージェスの文学史』(西村徹、岡照雄、蜂谷昭雄訳)によれば、
「偉大な作品、かつ壮烈な作品であって、典型的な戦士の物語である。主人公ベーオウルフ――その名は蜜蜂の甘美さと狼の逞しさを兼ね備える――はグレンデルという忌まわしい怪物と奮戦する。グレンデルとはユトランド――ブリテンへのゲルマン民族植民に寄与した盟邦の一であるジュート族の国――のフロスガル王の大宴会場を掠めて、フロスガルの戦士をさらっては喰らっていた。ベーオウルフはスウェーデンから船出して王を助けに赴く。グレンデルおよびそれに劣らず恐るべきグレンデルの母と彼の奮闘が詩の主題をなしており、詩の凄絶な音楽は牙の折れる音、骨の砕ける音であり、その彩りとは流血の赤色の走る北国の冬の灰色である」
 原題のヘオロトは、フロスガル王の宮殿の名称(現在デンマークの首都コペンハーゲンが置かれているジーランド島にある)。怪物グレンデルはカインの末裔とされている。




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