わさび漬け

安倍川上流、有東木は、わさび栽培発祥の地といわれ、加工されたわさび漬けは静岡の名物です

わさび漬け像

宝暦の頃、新通(東海道)で味噌屋をしていた田尻屋和助が山に行き、そこの農家で山葵の茎と葉を糠味噌に
漬けたものをお茶受けに出してくれた。食べてみると捨て難い風味があったので、茎と葉を持ち帰り、色々と
工夫をして加工している中に酒粕に漬けるのが一番よいことを発見した。それで駿府の街でぼつぼつ売り出したが
その需要は知れたものだった。「これは江戸に出して宣伝するほかはない」と思いついて荷を江戸に送り、浅草の
繁華街で通る人を呼び止めては試食させながら賣広めた。これが評判になって諸国大名が参勤交代の帰りに
「国の土産に」と大量に買って行くようになり田尻屋の事業は軌道に乗ってきた

この田尻屋の初代和助は静岡県志太郡和田村田尻の出身で、同郷出身の新通の田尻屋という味噌屋に奉公した
主家の田尻屋は「カネ十味噌」の稲森家の前の屋号である(現大井川カネジュウ食品・株)
郷土史家の飯塚伝太郎氏著「静岡の人びと」より              
田尻屋の由来記には「利助」となっている

田尻屋

由来書ー1
由来書ー2
田尻屋和助は代が替わってからも年々江戸に宣伝に行くことを怠らず、行くときは水杯をして清水から船に乗って
いった。ある年、出かけた和助が何ヶ月経っても帰って来ないので使いの者をやって方々探したら、江戸で呼び賣
りしているのを商家の娘に見込まれて、そこの婿になって納まっていたことが判り、使いの者が駿府に帰って知らせ
たので皆で大笑いしたという話もある。
(静岡の人びとより)
その後、東海道線が出来て田丸屋が桶鮓の桶から工夫した容器に入れた山葵漬を駅売りするようになってから
全国的に知られるようになり、静岡の山葵漬は有名となり名物となりました。

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