静岡市羽鳥1840

おとうけんさんと親しまれる名刹、もとは馬鳴大明神の社僧寺で、真言宗喜慶庵といった。
一時廃寺となったものを享徳年間(1452〜55) 今川の臣福島伊賀守の創建にかかり、
遠江国森町大洞院恕仲天ァ和尚(だいとういんじょちゅうてんぎんおしょう)の法嗣石叟禅師が開いた寺で、
開山に恕仲天ァを迎える。その時寺号を洞慶院と改め、石叟は師の恕仲をこの寺の初世とし、自らは第二世になった。
石叟は同年七月八日創業半ばに没したが、法嗣大厳が三世となり、その門弟賢窓これを行う。
回天等の徒弟らが末寺を開きその数百二十ケ寺の多きに及ぶという。
第七世以来輪番住職であったが明治五年から独住職の寺となった。本尊は千手観世音菩薩で、
当村石上宗俊の寄進によるもので駿河一国第二十八番の霊場である。
近年寺の後ろの山に三十三体の観音の石像を祀り1時間足らずで西国三十三番の礼拝ができる。
また、ここから、久住砦跡―安倍城跡への登山口がある。

参道の入り口に「不許入葷酒山門」(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)の石柱があり老杉の間を進んで龍門橋へと続く、
大杉は洞慶院の山門のかわりに植樹されたものといわれ樹齢約310年にもなる巨樹として知られている。
一番大きい杉は「樹高40メートル・目通り周囲4.2メートル・枝張り5メートルある。
毎年7月19.20日の開山日の開山忌には夜遅くまで参詣人が絶えず、静岡地方の民芸品の若竹で作られる玩具
「オカンジャケ」40センチ程の若竹を三分の二くらい叩き潰し、赤・黄・紫等の絵の具で染めて、
采配風にしたもの、が参道で売られる。

杉の参道から本堂へ向かう荘厳な龍門橋
このらんかんの柱の疑宝珠に幕末のこの地方の豪農達の名が彫ってある。

鐘楼

根切り地藏尊




また、寺内に梅樹千余本あり、観梅の名所として名高いが行った時はすでに梅園の全体は
花も終わり所々に僅かに咲き残った何本かがあった程度だった。
