静岡市葵区春日3-2-15
妙栄山安立寺・日蓮宗
駿府代官・柴村藤三郎の墓・・森田鶴堂の漆喰彫刻があり、墓もある。


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昭和6年現在地春日町に 移転する前は静岡県県庁 から安倍川に向かって まっすぐ伸びた路は静岡の 繁華街七間町の突き当たり にあった.。 移転後駒形通が出来て 七間町とまっすぐつながり 現在となる 其の当時安立寺の境内は 大道芸人の芸の披露の場 だったそうな。 |

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![]() 加藤清正像 |
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| 二十五代目駿府代官・柴村藤三郎 明和七年十二月(1770)駿府代官を仰付けられ 天明六年(1786)次の前田大和守利見が病気 で未着任のため、その次の平岡彦兵衛の着任 天明八年(1788)三月まで、十八年間駿府代官 を勤める |
森田鶴童(もりたかくどう)安政四年生まれる 昭和九年七月二十三日没行年七十八歳 父は森田宇吉、本名は太十郎、家は代々 左官業であった。十二歳から家業を見習い、 かたわら絵画・漆喰彫刻を学び二十三歳の頃 鶴童と号し、後に鶴堂と改めた。また 伯父中村松蔵から「若松斎」の号をもらった。 昔、安倍川町の蓬莱楼に漆喰彫刻の作品を 多く残したが戦災で焼失した。当寺のらんま壁 の十六羅漢、十二支額面十二枚、清正像など 鶴堂の遺作である。 (不去来安にもある) |