本宮大社の前で
ここは朱塗りではない。その理由は明治期に洪水で流されてしまったからだそうだ。まぁ中洲のような所にあったようだから仕方ないやねぇ。
宝物殿にある書籍や木で出来た看板(ちょっと違うけど)を見ていると、平安、鎌倉、豊臣という名前がポコポコと出てくる。やはり紙や木と墨といった組み合わせの記録はすごい。情報量は今のWebなどに比べたら非常に少ないけど、耐久性は比較するべくもないやね。
しかし「蘇る日本」といわれてもなぁ。


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