2008年4月〜
音楽の話、あるいは教育のことなど、気まぐれに書いております。
2012年2月20日(月)《選択の自由》
いま、大学生は追い出し会(卒業生を送る会)シーズンではないでしょうか?我々が大学生の頃(30年も昔のこと)は学生だけで企画し、卒業生や新入生を祝う会を必ず開催していました。学生は全員参加が義務、というか当たり前のことでした。そして先生には『ご招待』というかたちで案内が来ました。しかし時代は変わりました。当然、社会の状況が変化するにつれて学生の気質も変化して来るもの。まとまって何かをするということは、なかなか困難な時代になってきているようです。人と会って話しをするような楽しさが欠如しているからでしょうか。人と会うよりもっと面白いことがネットにころがっているからです。ツイッターやフェイスブックというのもその一つでしょう。世界中の不特定多数の人と同時に語り合える、ということは一昔前では夢の様な話しです。これはこれで素晴らしい!我々の学生時代は身近な人から知識、生き方を教えてもらっていました。しかし、今は案外、身近な人から学ぶということがなかなか苦手のようです。濃い関係がうっとうしい?
卒業後、就職が決まり何をするかというと、多くの会社は決まってコミュニケーション強化法の一つ、飲み会の幹事をまかせるそうです。でも、会社において先輩上司が部下へ「飲みに行くぞー」と強引に誘えば、パワハラになるんですって。
先日、大学の送別会がありました。参加者は卒業生をのぞき44%。変わったものです。私自身、このことをどう感じたか?『まあ、こんなもの』というのが結論。本音としては全員参加が一番嬉しい。しかし他のM音大の教授も言っていました。『学生が企画してくれたら僕は応援するけれど。こちらからは誘ったりしないよ』と。必須科目と選択科目があるように『選択の自由』という今の時代に迎合した考え方が重要でしょうか?さびしいなあ、、、
話しは変わりますが、昔流の気質の卒業生もいます。先日、四国徳島へ結婚式に行ってきました。とても素敵な心あたたる結婚式でした。新婦のAさんは大学時代の教え子。同級生五人(千葉、山梨、埼玉出身)でしたが、全員、集まりました。卒業後、いい関係を築いていることに感激。やっぱり、そのほうが、生き方として好きだなあ。
2012年2月10日(土)《GYOZA1059》
昨日は友人の大学、東京女子体育短期大学の創作オペレッタを観に行きました。児童教育学科の学生たちが学生時代の最終発表として自分たちで企画構成し、舞台を創っていくオペレッタ。音楽はピアノ連弾によるもの。さすが、体育大学の学生たち。演技途中でバク転等、空中技を披露していました。終わり、GYOZA1059へ。2皿たいらげました。GYOZA1059とは立川にある知る人ぞ知る餃子&お酒だけのお店。1059はテンゴク、、、、天国と読みます。店は常に超満員。中に外人さん二人いました。注文は一回限り。持ち帰り禁止。マスターは黙々と餃子の皮に各々の身を詰めています。その表情は職人そのもの。
2012年2月8日(水)《取材》
今日は小生が教えている山梨、甲斐清和(かいせいか)高校へ新聞社の記者が取材のために来ました。ベートーヴェンソナタ全曲演奏会を行なう目的をあらためて聞かれました。記者は取材を実施するにあたって小生の二台ピアノのCDとリサイタルの映像をあらかじめ聴いて下さっていました。また、新聞発表があったら詳しくお伝えします。
2012年2月3日(金)《鬼は外》
みなさん、豆まきをしましたか?我が家では、友人の、○ちゃんが来て一緒に大きな声で「鬼は外、福は内」と叫びましたよ。マンションの外では、何事、、、、という顔で人がこちらを見ていました。全然、そんなことを気にせずに、大きな声をだしました。そして年の数だけ豆を食べました。節分は邪気を払い無病息災を願う行事です。邪気払いが出来ない人は、鬼は外だけでない、、、内にもすごい鬼がいる?なるほど(笑)。
みなさん、豆まきをしましたか?我が家では、友人の、○ちゃんが来て一緒に大きな声で「鬼は外、福は内」と叫びましたよ。マンションの外では、何事、、、、という顔で人がこちらを見ていました。全然、そんなことを気にせずに、大きな声をだしました。そして年の数だけ豆を食べました。節分は邪気を払い無病息災を願う行事です。邪気払いが出来ない人は、鬼は外だけでない、、、内にもすごい鬼がいる?なるほど(笑)。
2011年12月24日(土)《クリスマスって?》
イエスの生誕日は12/25というのが通説ですが、どこにもその根拠はないそうです。イエスが十字架にかけられて死んで3日目に復活したことを記念するのがイースターです。西方教会では3/22から4/25までのいずれかの日曜日。東方教会では4/4から5/4までのいずれかの日曜日だそうです。いずれにしても、世界中の人々がイエスの生誕を祝う記念日であることには間違いありません。なぜ、この時期かというと、冬至(12/22)に関係があるようです。冬至は一年で一番、夜が長いとされる日のこと。イエスの教えと太陽が力を取り戻すという宗教と融合して12/25が設定されたらしい。そしてちょうど、この頃は、クリスマスツリーに飾りつけやイルミネーションが最も美しい時期なので、12/25をクリスマスにしようという説もあるようです。
2011年12月18日(日)《2011第九終了》
昨日、約600名のコーラスの指揮を普門館で行ないました。大学の音楽祭による演奏会です。学生たちは全身全霊で私の指揮にあわせて歌ってくれました。学生たちに感謝、感謝、感謝です。一人一人の魂から出たエネルギーは東北地方に勇気と希望として届いたのではないかと思います。すべての学生が生き生きした喜びを感じ、ひとつの世界を導き出しました。最も有名な歌詞の通り、神のDeine Zaubel(魔法)がすべての学生をひとつにしてくれたように思います。音楽の原点を彼らは若者らしく、溌剌と新鮮に情熱的に実践してくれました。
有り難う!
2011年12月13日(火)《練習状況》
早朝練習は早い時で5時に起き、おそくても6時には練習しています。でも、「絶対に5時に起きるぞ、、、」なんて、リキンダラ、身体に負担を来すので、無理をしないようにしています。無理すると、ろくなことがないので、夜、遅い時は、7時くらいに起きるとか、、、、結構、柔軟性を持って練習しています。今週は土曜日、普門館で600名の第九の指揮ですので、コーラスの合図を完璧にするために、指揮の勉強もしています。ハンマークラヴィーアは、順調に進んでいます。まだまだ、やらなければならないことが、たくさんありますが、とりあえず、頭には入りました。これから、緻密に行こうと思います。山梨公演(2012年3/25)は無料となりますが、集客情報について、コーラス関係の会長さんはじめ、多くの方々が、支援してくださっているとのこと。たいへん有り難いことです。感謝です。人間のネットワークの大切さを実感。これから、音楽を志す人に一言。よく僕に恩師、大庭三郎先生が言っていました。「自分の故郷を大切にしろよ」故郷というのは、自分の生まれ育った土地のこと、自分を育ててくれたすべての人々。自分の友人関係すべての人々。のこと。こんな節を想起します。まさに、アッレメンシェン、、、地球上に自分という個を大切に思え、さもなければ、そこから、涙にて立ち去れ、、、これは第九の一節『Ja, wer auch nur eine Seele Sein nennt auf dem Erdenrund! Und wer's nie gekonnt, der stehle Weinend sich aus diesem Bund!』
訳すると
『そうだ、たとえたったひとつの魂であって自分のものと呼べるものが世界の中にあるのならば!そしてそれができないものは、そっと出ていくがいい 涙しながらこの集まりの外へ!』
人間は一人では生きていけない。多くの人に支えられているということを忘れてはならない。感謝の心を持って、、、、最近、ピアノ演奏と人間の精神には密接に結びついていることを感じます。
2011年12月9日(金)《学生に感謝!》
いよいよ来週の12月17日(土)本番、普門館の600名の第九に向けて練習が始まりました。集中練習は本日から6日間、1日四時間、ぶっ続けで第九を練習します。学生もきびしい練習となりますが、教師も命がけです。教員一人で数百名を相手に指導ですから、まったく気が抜けません。学生は教師が声を出さなければまったく出そうとしません。しかし、教師の熱意があれば、それ答えてくれる柔軟性や素直な心を持っています。今日はテノール1stとソプラノをやりました。感触はGO0Dです。音楽的なことにも反応してくれて楽しみです。5000名収容出来る普門館で、感動の涙を流そうではありませんか?ピアニストの小生が第九の指揮が出来ることに、大きな喜びをいだいています。学生に感謝!2011年11月24日(木)《大学院合格》
小佐野の門下生、国立音楽大学と昭和音大の大学院に合格者が2名でました。よく、努力しました。良い意味でも悪い意味でも試験やコンクールというのは教師の本質的な部分が表現されるものです。お弟子と真っ向から勝負しないとうまく行きません。そういう意味でお弟子たちはがんばってくれました。うれしい限りです。
2011年11月6日(日)《ハンマークラヴィーア ソナタ》
まる2ヶ月暗譜までにかかりました。さすがにフーガの400小節はまいった。これから密度を高めて緻密さに迫るつもり。それにしても、手強い曲です。3楽章で20分かかる曲も、人間の血管の細部まで、映し出すようなもの。
2011年11月4日(土)《2010年度大学の紀要を掲載》
ベートーヴェン連続リサイタルの活動報告をpdf種類にしました。興味あるかたはご覧遊ばせ。
トップページ essayからお入り下さい。
2011年10月1日(土)《涼しくなりました》
夏のうだるような暑さがうそのようです。外は自然クーラーで、ここしばらく快適な毎日が過ごせそうですね。いよいよ第九の時期がやって来ました。昨年600名の合唱の指揮を普門館という5000名収容可能なホールで演奏するチャンスをいただきました。今年も二回目、決定しました。ありがたいことです。ピアニストが指揮台に立てるなんて、、、学生、それに伴う教職員の方々に大感謝です。
2011年9月21日(水)《EXILEのATSUSHI》
思わぬ休みとなりました。仕事に行けずに残念だったな、、、今日は仕事先の先生からはやい連絡をいただき休講となりました。今日一日、思う存分練習に打ち込めました。が、能率が良いとは言えませんでした。練習方法を考え直さないと、、、さて、14人組ダンス&ヴォーカルユニットEXILE。このグループも小生、GACKTに続いて大好きなミュジシャン。何がいいって、踊りと歌のミックスが、最高。動きで魅せて、歌によって聴衆の感情をかき立てるのが最高。先日、テレビでEXILEと鈴木雅之と彼のお姉ちゃん、鈴木聖美の共演はすばらしかった。鈴木聖美の声はまさに心につきささるインパクトがあり、天才的。それにしてもEXILEのATSUSHIは共演後、コメントを求められましたが、なんて紳士的な誠意ある態度だったことか?あの強面のサングラスの裏側に真面目な人間像が見えました。
2011年9月16日(金)《GACKT》
好きなアーティストがどなたでもいいることでしょう。小生も、GACKTというアーティストは大好きな一人です。諸外国でもすごい人気で、何カ国語もしゃべり、多くの外国人の友人を持っていると言います。特に台湾は第二の故郷とか、、、、一見、近づきにくい印象だが、彼のキャラはまったく違います。自分をしっかり持ち、素敵なことを素敵だと正直に言えるところが大好きだ。人にしても、食事の店にしても、彼独自の価値観を持ち、こんなにすばらしいと言えるところが、すごくイイ。褒めることは、人との関係を良くする最もよい手段だということを彼は本能的に知っています。いやあ、好きだな、こういう人。逢って話したいなあ、、、、
2011年9月12日(水)《負けてたまるか》
いよいよ2012年3/17ベートーヴェン最終回のための練習を本格始動しました。六ヶ月前になっていよいよ重い腰が上がり、練習開始。1週間で1楽章、2楽章を譜読み完成。どう構成して行くか、全体のラフ案は出来ました。少しずつ音は頭に入って来ました。7年続けた成果、間違いなし、、、、なんて、ぬか喜びをしていたら、とんでもない。九月に入り、この4楽章の練習開始頃、毎日、ベートーヴェンと大げんか。「あなたは、何を考えてんの?なんでこんな長いフーガなの?」と。ベートーヴェンに文句を言いながら、悪戦苦闘しているのです。なんせ、今までのソナタの中、例えば作品109にしても作品110にしてもフーガって言ってもこんな演奏家を苦しめる様なフーガは書いていません。ページ数にしても数ページしかなく(数ページでも密度の高い作品)、、暗譜の心配はほとんど無かった、、、、、しかし、このハンマークラヴィーアのフーガときたら、400小節、ページ数にして17ページ。ベートーヴェンはピアニストに『おまえ、弾けないだろう。悔しかったらちゃんと完璧に演奏してみろ』と、挑戦状を突きつけているような気がしてならないのです。ベートーヴェンのいじめですね。だってベートーヴェン自身でさえ、作曲当時「この作品は50年後に弾けるようになるだろう」と、予言していたくらいですから。つまり当時は演奏不可能だったということ。小生の演奏人生中、超長い最難関フーガとなり、思わず、苦笑。ワッハッハッハ・・・。人間、こういう時は以外にわらっちゃうもの。しかし、ここは、具体的に一歩一歩『負けてたまるか』精神で行くしかない。
ベートーヴェンは作品106『ハンマークラヴィーア』の後に、『第九』、『ミサ・ソレムニス』と、宇宙的な作品を書き上げるのですから、そのとてつもなく巨大な精神に少しでも近づくことしか方法はないのです。エドウィン・フィッシャーは「この曲の意味をすっかり汲み尽くすことは誰に出来ることではない。そのために我々はベートーヴェンの全生涯を彼とともに遍歴し、彼の精神世界の創造の働きを見守らなければならない」と述べています。400小節の最終音はB♭の和音ですが、その最終音を演奏した瞬間は、まさにマラソン選手が42、195キロ完走してゴールをきった瞬間と同じ。フーガはまさに小生の心を震撼させたのです。醍醐味のある、やりがいのある作品と出会えたことに感謝です。そして、俄然,やる気になりました。
2011年9月3日(土)《映像のセミナー聴講》
神田の映像会社における(System5)セミナーへ行って来ました。カメラマン、映像会社社員など30名程度の参加者がありました。プレゼンターは56歳のパナソニックの営業の男性。流暢な説明と、彼独自のパーソナリティも拝見でき、楽しい時間でした。このセミナーはパナソニックがビデオカメラ新商品発売に先駆けてのセミナーとなりユーザーの反応を見るというのが主旨。専門性は抜きにしてもどういうプレゼンを行なうか、業界のプロのプレゼンを聴くことは実に勉強になりました。例えば、質問コーナーを重要視し、お客さんとのコミュニケーションを大切にする姿勢は、いかにユーザー主体に商品を提供しているかという証拠でしょう。SONYとPANASONIC両方のカメラ撮影による映像の比較研究。映像を作成した場所は彼の奥様の故郷(因島)。すばらしい風光明媚な場所でそれだけでも感激。因島においてあらかじめ彼が海、山、橋、大型船などを同じアングルからSONYとPANASONIC両方のカメラで撮影した映像を使って2つのモニター画面を見ながら参加者が比較していくもの。確かに、色はパナソニックがいい。橋の吊り輪も22倍の望遠によって鮮明に映っている。パナソニックの映像の質の高さをアピールしていました。
2011年9月1日(木)《紀要−8年連続リサイタル活動報告ー》
大学における紀要をホームページに掲載しました。トップページから下部にある2010年『玉川大学芸術学部紀要』《ベートーヴェン・ピアノソナタ全曲の研究ー8年連続リサイタルの活動報告ー》をクリックしてください。pdf書類で掲載しました。ベートーヴェンファンは一読下さると嬉しいです。
2011年8月31日(水)《ベートーヴェン最終回講座終了》
29日おかげさまで、銀座YAMAHA6階における、ベートーヴェン徹底研究最終回は盛況の中、終えることが出来ました。目標はわかりやすく、全体像を明確に。ピアノ実演付きでお話ししました。大学の声楽家の友人にもお越しいただき、恐縮至極。主に「短縮技法」と「大胸筋」の話しが中心。ベートーヴェン演奏で最も重要なテクニックはいかに「大胸筋」を使った奏法が出来るか?です。第25番の第2楽章はメンデルスゾーンの無言歌風な曲。参加者全員で、二重唱をしました。「ベートーヴェンの講座なのにどうして歌なんか?」。そうですね。これには重要なポイントがいくつかあります。ひとつに、ピアノの作品には「ブレス」は書いていませんね。でも、呼吸をしないで演奏するピアニストは、良い演奏を行なうことができるでしょうか?そうです。歌うことが「呼吸」を学ぶ何よりの勉強。もうひとつは、ひとつの音から次の音にcresc.することはピアノは物理的には不可能。しかし、これをいかに観念的にcresc.しているかのように聴かせるか?これが最も重要です。つまり観念的なテクニックをつけるために、歌うんです。ところで、小生、講座における参加者の歌唱力にびっくり!妻曰く、「1週間前の合宿セミナーで歌っているから、学生もよく声が出ていたたんじゃない」と。それと声楽家の支えもあったからでしょう。楽しい講座になりました。まとめは、いかにピアニストの真似をするかではなく、いかに楽譜を深く読むか!そして、読んだ情報をいかに奏法に繋げるか?つまりベートーヴェンの音を出すか?これにつきます。YAMAHAのスタッフのAさん、Tさんたちに感謝です。さあ、これからいよいよ本腰を入れてハンマークラヴィーアの勉強だだだだあ!
2011年8月28日(日)《明日は最終回講座》
明日は、ベートーヴェン徹底研究講座Vol.5を行ないます。楽しい内容で講座を予定しております。よろしければ、銀座の6階にいらしてください。
テーマは“小佐野圭が語るベートーヴェンの語り口とその魅力”YAMAHA主催です。
2011年8月25日(木)《セミナー充実した内容》
今年は総勢32名。学生が24名、先生たちが8名のチームでした。天気は初日、小雨でしたが、二日目は天気に恵まれました。セミナーの内容は例年の通り、柳田憲一先生、安田和信先生の講座の他、コンサートの3つのプログラムをこなします。コンサートは独唱、独奏と連弾そして合唱。そしてゲスト演奏はバリトン独唱のB先生。くじ引きで決まった者が独唱と連弾。独唱は小学校、中学校の歌唱共通教材合唱をM先生の伴奏により、15人が演奏。時間の関係により歌詞1番のみを演奏。
たとえば『花の街』はへ長調ですが、その場でト長調に移調といった感じ。浜辺の歌も変ホ長調をト長調に。こういう移調の技はプロでなければ不可能。連弾は3組。当日、参加不能となった学生の代理で急遽、ピンチヒッターM君。ほぼ初見で楽しくノリノリで演奏し、みんなを驚かせていました。メインはチルコット作曲のジャズミサにチャレンジし、Kyrie&Gloriaの2曲を歌いました。少ない練習(全部で9回)でしたが、なかなか上出来。学生たちも満足そうでした。おそらく練習の段階においてほとんどの学生たちが、どうなるんだろう、、、妙なことにならないか、不安な心情が正直なところでしょう。しかし、本番は思ったより、仕上がりがよく、皆様にも好評でした。指揮M君、ピアノH君ご苦労様。ゲストはプロのバリトン歌手。すばらしい歌声で感激の渦に巻き込んでいました。最後の『みんなで歌いましょう』は小生が指揮。童謡、唱歌を思う存分、皆さんで歌い盛り上がりました。ところで、このセミナーの目的は、社会貢献する人材をつくるというコンセプトに基づいて開催され、地元の人々との交流を通して人としてのマナーの勉強。組織をまとめるためにはどうしたら良いのか等を、学ぶセミナーです。日頃は指示待ち症候群の多い学生たちですが、両大学の3年の幹事が積極的にセミナーの段取り作りを計画しました。私としては今回のセミナーにおいて社会へ出る一歩前の勉強ができたと思ってくれたらなあと思います。『なんで私だけがこんな思いをしなければならないのか』という思いもあったことでしょう。しかし、この経験が将来、きっと役に立ってくれるものと信じています。終了後の反応は『また、来年も参加したい』そういう学生がほとんどでした。主宰者として一安心。何はともあれ、事故無く、怪我無く、病人も出ずに、良かったなあ。
2011年8月10日(水)《人をまとめる原動力は声かけだ》
しばらく日記、書いていませんでした。8月に入り、猛暑が続きます。如何お過ごしですか?梅雨はあっという間に終わり、ものすごい暑さを味わっています。『暑い』と考えただけで、思考力ゼロに陥りますね。近況は、何回かコンクールの審査で地方を回ったり、今は8/22、23のKUNITAMAセミナーの開催に向けて取り組んでおります。このセミナーは音楽学の先生の講座、作曲理論の先生の講座、学生のコンサートがメインとなります。今年はチル・コットのJazz Massにチャレンジします。合唱という今までになかった音楽に挑戦します。学生が指揮し学生がピアノを演奏します。引率の先生がたも、多く招聘しております。安全面に十分、留意して乗り切ろうと考えております。学生の幹事さん、試行錯誤しながらみんなをまとめています。組織を仕切ることは、実に良い社会勉強。人との関わりや絆を大切にする勉強の場。たいへんでしょうが、がんばってください。私がよく言う言葉は『人をまとめる原動力は声かけだ』と。挨拶にしろ、感謝の言葉にしろ、人への思いやりにしろ、自分から声かけをしましょう。
2011年7月25日(月)《叱ることの重要性》
今日は国立音楽大学にてKUNITAMAセミナー練習会を行ないました。今年の合宿ではチルコット作曲のジャズミサを歌います。今回はいつもの先生の他にもご参加下さる先生方がいらっしゃいます。小佐野の門下生は内輪なので、強く叱ります。門下外はお客さん的立場ですので、きわめてやさしく接します。今日は色々とありましたが、「あなたがたを思ってこそ、叱ります。演奏家だけでなく、いい音楽人になってもらいたいから、親心で叱ります」と言いました。今日は、オファーがあった時の承諾の仕方と断りかたを伝授しました。詳細は避けますが、“顔を合わせた人と人の対話の中にこそ、いかに重要なことがあるか”これを学生に伝授しています。
2011年7月21日(木)《久しぶりのoff》
一日フリーの日は年に何回あるのでしょう?こういう日でも明日、鎌倉で英雄ポロネーズを弾かなくてはいけないので、ちょっと練習。7/2に銀座のYAMAHAデイで演奏した同じ曲でも練習しなければへたになります。持続させるためには、いつも本番をやっていないとダメですね。最近は自分が演奏するという意識ではなく、演奏させられている、、そういう意識に変化しつつあります。
2011年7月14日(木)《メールの書き方》
近年、人のネットワーク構築ががらっと変わって来ています。今や、学生たちはツイッターそしてミクシー等、バーチャル的なネットワークにおいて和を広げようとしています。現実的に人と会って会話したり、相談したりすることが少なくなり、「人付き合い」が希薄になっています。数年前の秋葉の無差別殺人もこういったバーチャルの世界でも通用しなくなった人が行なった行為です。10年前とはまったく異なるこの問題に小生は心を痛めております。「人付き合い」が希薄になったと書きましたが、先輩に相談できない、うまく話せない、先生とも、、今や先生が学生同士の友人関係のキューピット役をする時代。現実的に新歓そして追いコン、試演会(ステージ度胸をつけるため)、仲間がそろって何かをする、、そういった組織に交わろうとしない学生も出てきています。もちろん、10年前は全員出席、合宿も全員参加。当然、そういった常識が今や通用しません。学生に問題があるのではなく、そういう社会を作った大人にも問題があるのです。携帯とパソコンのマイナスの代償は大きいのです。先日は、レッスンを中断し、メールの書き方を教えました。今、教えないとこの子たちが社会へ出た時、恥ずかしい思いをするから。サブジェクトは何を書くのか、本文のはじめはどう書くのか?小生の母親はサブジェクトに本文を打ってきます(笑)これは、メールの使い方を知らないだけ、、、学生はメールの使い方は知っていますが、先輩へどういう文章を書くべきか、返信をどういう風に打ってよいのか、わからないのです。丁寧に先輩からメールをいただいたときの返信の出し方、タイミング、全部教えています。ああ、いい先生。
2011年6月20日(月)《一流選手から学ぶこと》
先日、NHKを観ていたら、イタリア インテルの長友選手が出ていました。彼はインテルに行った時、調子が出ずに悩んでいたそうです。そんな時、チームメイトの選手を観て自分とどこが違うんだろうと問いかけていたそうです。その時に発見したことは「感謝の心」。自分がイタリアにてサッカーが出来る喜び、サポーターへの感謝、両親への感謝、様々な感謝がある。ちょうどその頃、日本では東日本震災が起きた。さらにサッカーをすることで喜び、勇気を与えたいと、、、良い選手は心のベクトルが外へ向かっているのですね。
2011年6月20日(月)《ビデオサロン発売日》
趣味を持つことは楽しいことです。毎月、20日に発売し、購読している雑誌です。まあ、鉄男が鉄道の雑誌を読むように、映像に関する情報がタイムリーで見れます。小生、大学で映像班として活躍。学生のパフォーマンスの映像を様々な角度から撮影致します。目下のところ、社員は1人。誰でしょう?
2011年6月16日(木)《ヤマハデイ》
7/2(土)銀座ヤマハを貸し切り、玉川大学芸術学部デイとします。教員による演奏会、学生によるオーディションで選出された演奏会、その他、講座を行ないます。小生は講座『演奏に指のトレーニングを生かそう』と称し、講座担当。演奏はショパンの作品2曲。練習曲作品25-1『エオリアンハープ』とポロネーズ第6番『英雄』です。
2011年6月15日(水)《高知へ》
金土日と高知へ行って来ました。毎年、オファーがかかり幸福なことです。
マネージャーのSさん、夜、飲み会(祝賀会)を開催してくれました。
2011年6月5日(日)《卒業生の活躍》
土曜日、日曜日と長崎へ公開レッスンのオファーがあり、行ってきました。この公開レッスンは小佐野門下の卒業生がつなぎ役となってくれ実現しました。こうやって門下生から声がかかるのは大変光栄なことで、教師冥利につきます。その小佐野門下生のSaikoさん、大学を昨年卒業し、島原に帰り、演奏活動そして教育活動と地元において大活躍。ショパンコンクールアジアバージョンにも参加したりしています。6月3日(金)には新人演奏会があり、見事、グランプリを獲得したとの報告を受けました。この演奏会は芸大、東京音大、桐朋、国立音大、他国立大学等の現役生、卒業生が出演した演奏会。長崎では毎年、大々的に開催され今年で39回目というから歴史があります。長崎県知事からも祝福のメッセージがプログラムに掲載されていました。新人演奏会だから、プロ野球の新人賞みたいなもの。その新人賞でグランプリですからお見事。演奏曲目は卒業時に演奏した、『グラナドスの愛と死』。この題名の通り、劇的な難曲を心をうつような演奏を行い聴衆を魅了したとのこと。本日のピアノの先生たちのご批評から、演奏の内容が読み取れました。指導者として門下生が活躍してくれることほど、うれしいことはありません。来年は新人演奏会のゲスト出演だそうです。
2011年6月4日(土)《九州へ》
今日は長崎へ行って来ます。
2011年6月1日(木)《ポカ》
6月は休みがありません。5月は大型連休など、お休みばかり。6月はノンストップで夏休みまで行きます。特に今年は節電対策のために7月1日で授業は終了。そのために夕方5時から授業が入り、一日はフル稼働です。週に一度、甲府へ行っています。例年、同じ事がいえますが、そういう忙しい時に『ポカ』をやります。あずさで行くのですが、立川から甲府まで約1時間。ちょっとミニ旅行気分で、車窓からの景色はなかなか素敵。ストレスはないのですが、逆に気が抜けるのか、甲府へ行く日は何かがおきます。その主なアクシデントは忘れ物です。何を隠そう、小生、忘れ物の王者です。今までにあずさ車内に忘れた物の数々は携帯電話とパソコン、傘、楽譜。おかげで高尾駅、新宿駅の職員さんと仲良しになってしまいました。現在、JR東日本鉄道管内において置き忘れた品は盗難がない限り、忘れ物センターで預かってくれています。パソコンにすべての忘れ物のデータが入っています。これも不思議。今まで忘れた数々の品が必ず見つかるのは日頃の行いが良いのか(笑)さて、昨日も大きな忘れ物。甲府で降りることを忘れ韮崎まで行ってしまったのです。甲府から韮崎まで電車で10分ですが、その10分の間に寝てしまったのです。幸い、15分程度の遅れでしたが、学校についたら笑いの渦でした。Molt反省!寝過ごしておもしろい発見。韮崎で少々上り電車を待っていたのですが韮崎の次の駅は新府(しんぷ)という駅。ドキッとするような駅名を見て微笑ましく良い気分でした。友人の神父さんの顔が浮かびました。
2011年5月25日(水)《歌の楽しさ》
5月は2回歌の楽しさ、音楽の喜びを堪能しました。19日は『鎌倉の童謡の会』、そして21日には『八王子の夕やけ小やけ童謡の会主催EMICHIの演奏会』においておおいに楽しんで演奏して来ました。鎌倉は今回は小生はピアノ伴奏。リーダーはワイフ。多くの音楽愛好家の皆さんが集まりこんなにも音楽を楽しんでいらっしゃるその姿に感動。心の琴線にふれました。21日はEMICHI(江口正之氏と音楽仲間たち)の演奏会。司会は大学で一緒に仕事しているK氏。歌った曲はカルメン、プッチーニ、待ちぼうけ、アイゴットリズム、などなど。多種多様な曲のシチュエーション。江口正之氏の仲間は各方面で活躍している美人たち。ピアノは小生と大学の同僚の先生。会場の皆さんの表情を感じとりながら音楽の喜びを堪能しました。ああ、音楽をやっていてよかったと、、、まさに思える瞬間。最後の江口氏の挨拶『我々は合わせはたった1回のみ。練習しすぎたら音楽はつまらないものになるんです』さすが、含蓄あるお言葉(学生はこのメッセージは通用しませんよ)。いかに新鮮に今、作ったような音楽を会場の方にお届けする。その心がいい。
2011年4月24日(日)《感激の瞬間》
あわただしく日々が過ぎています。4/16、17と長崎へ、ピアノの審査とコンサートを行なってきました。長崎は時間がゆったり流れているような感覚を覚えました。東京へ帰って来たら、羽田空港ロビーと中央線の電車内の節電による暗さにびっくり。東京駅から中央線に乗り込んだ時、おもいやりのある声をかけられ感激しました。我々が重い荷物を持っていたらご自分の座席に「こちらへどうぞ」と、わざわざ、我々のために、別の席に移動して下さり、席を空けて下さった方がいたことです。2つの席に座るように心配りをされたのです。しかも、向かい合わせの席に座っていたもう1人の方も同じように譲って下さったのです。日本は、思いやりのある心が育とうとしています。
2011年4月11日(日)《一ヶ月経ちました》
大学は入学式は行なわれませんでしたが、通常通り、授業が開始されました。音楽の授業、そして担任ゼミの時間においても小佐野は学生と一緒に被災され、亡くなった方々へ黙祷を行ないました。そして、『君たちは明日にでも被災地へ行き支援活動を行いたい果敢な学生もいるだろうが、それは、自衛隊、ボランティア、NPOの方々に任せよう。被災された方々の痛みや悲しい心を分かち合うように心がけよう。現在、生きていること、学べる事に感謝し、自分がやらなくてはならないこと(must)できること(can)したいこと(will)をやって行くようにしよう。大学でしっかり学び、今から何十年後の復興のために貢献できる人材になってほしい。そして元気な日本を担ってほしい』と、ちょっと熱弁を奮いました。音楽も今年の第九は今までとはまったく異なる、第九である。音楽を通して大きなメッセージを伝えて行こう、、、、と。
2011年4月3日(日)《災害備蓄用品の訴え》
本日、マンションにおいて理事および防災委員が話し合いがありました。小生は防災の協力委員のため、個人としての防災用品ではなく、マンション全体としての災害用品をぜひ完備してほしいと提案。下記がその備品。
? 救助工具 担架 災害工具セットチェーンブロック三脚 ロープ
? 照明・発動機 投光器 コードリール ガソリン缶詰(発動用)
2011年3月30日(水)《思わぬ手紙》
リサイタル後、思わぬ手紙を大先輩である聡明な女性からいただいて驚いております。『2005年のプログラムにおける先生の御文章は場所・時を変えたら今日そのままの有様です』とおっしゃるのです。ちょうどベートーヴェンシリーズを開始した2005年のリサイタルのプログラムのことでした。私はあまり過去は振り返りませんが、プログラムをあらためて見直してみましたらこんな文章(小佐野圭作成)が書いてありました。
『2005年BEETHOVEN SONATE全曲リサイタルシリーズに寄せて』
2005年3月25日紀尾井ホールリサイタル当日のプログラムから引用
昨年、日本国内は夏の台風による水害に始まり、新潟中越地震では多くの人々に被害があり、不安と苦悩の1年でした。また、国外を見渡せば、年末に起きたスマトラ島沖地震がまだ記憶に新しいところです。津波における犠牲者は類を見ないほどの大惨事となりました。まるで地球が何かを警告するかのように、自然の猛威がこれほどに人々を苦しめた年はありませんでした。人類は戦いを繰り返し、未だ紛争は絶えない。環境破壊が叫ばれながら、止まることのない日々。
私にとってベートーヴェンのピアノソナタは特別なものです。畏怖と憧憬の念を抱きながらも、かつてベートーヴェンが人類の平和を願ったように、私自身も世界の平和を願い、全32曲を通して何らかのメッセージを発信することができるだろうか。そんな思いを馳せながら今回の演奏会を目の前にしています。近年、多くのピアニストがこの偉大なソナタ全曲にチャレンジしています。多くのピアニストは32曲中、最後の作品111をプログラムの最後に置いている演奏会が多いように思います。私は下記のとおり自分なりのアイディアで構成しました。 ベートーヴェンがこの世を去ってから今年で178年目となります。明日、3月26日が彼の命日です。あと22年経つとベートーヴェン没後200年となり、記念演奏会がおそらく世界中で行なわれることが想像できます。その時に私も、何かできたらと、密やかに長い計画も考えております。
2011年3月29日(火)《第7回“希望”に寄せて》 リサイタル当日のプログラムから引用
本日は、大変厳しい状況の中、ご来場いただき感謝の言葉しかございません。心より御礼申し上げます。3月11日の午後2時46分に起きた戦後最大の震災から本日で18日目になります。今、この挨拶文を書いております3月23日22時39分現在、NHKによれば、死亡が確認された人は9,487人。死亡・不明者と合わせますと2万5千名となりました。日本国中のみならず、世界中の人々が、この悲劇的な震災に心を痛めております。私も毎日、テレビの画面の中の信じられないような光景が目に焼き付き、眠れぬ夜を過ごしております。そして未だ被災の全容がわからず、原発の被害により計画停電も行なわれ、不安定な毎日が続いています。地震や津波で家を失った人、福島第一原発の放射能漏れの危険から20万人強の人々が避難して、苦難な生活を強いられています。一人でも多くの生存者を救済し、これ以上の死者が出ないように、そして、現在苦しんでいる人々が少しでも平穏を取り戻す生活ができますように心から祈る他ありません。
このような状況の中において、私は今回のリサイタルの開催の是非について、大変心苦しみ、悩みました。 ?自分に何ができるかー、現場での必死な救援・支援活動、計画停電等、このような状況下では、行なう場合ではないのではないか。様々な自問自答をくり返しました。そして正しい結論かどうかわかりませんが今日のリサイタルを遂行する決意に達しました。奇しくも単なる偶然とは思えない今回のテーマである“希望”は、まさに今、日本中のすべての人々が “希望”を持って生きてほしい、と祈っていることでしょう。私はこの“希望”を全身全霊で演奏することで、本日、ご来場下さった方々に、被災された方々への祈りとして心に届けることができたらと思っております。音楽の力が皆様の心を潤し希望をもって生活していただく糧になりますよう願っております。
本日、演奏する第一曲目は第12番。最終曲は第31番です。第12番の第3楽章は『葬送』。第31番の第3楽章は“嘆きの歌”です。この2曲は震災で亡くなった人々へ鎮魂歌として捧げたいと思います。
なお、会場ロビーにて被災地への義援金募集箱を用意致します。集まった皆様からのチケット売り上げの収益金と義援金は日本赤十字社を通して被災地へ寄付させていただきます。
3月11日の東日本大震災は私たちにとって、忘れられない悲劇となりました。私が勤務しています国立音楽大学、玉川大学の卒業式、謝恩会はすべて中止となりました。私自身は、自宅に家内とおりまして、今までにない大きな揺れを体感しました。それは五分も続きました。東京に住む人は誰もが「東海地震発生ではないだろうか」と感じたのではないでしょうか。我がマンションでは、ある部屋で温水器の管が破損したことで水漏れが発生し、非常ベルが鳴る騒動がありました。また門下生の中に、福島のいわき出身の学生がいて、家族が非難のために上京したとの情報。他、大学生の中に、生まれてはじめてのバイトを横浜で行っていて、地震に遭遇し、その日は帰宅難民になり、帰宅したのは翌日のお昼だったという報告もありました。被災後のコンサートはほとんど、キャンセルされています。小佐野圭自身もリサイタル開催の是非について、大変悩みました。様々な考え方があると思います。高校時代の親友にこうも言われました。『僕はこれから長野でコンサートをやるよ。今だから、止めるのではなく、やるんだよ。音楽を心のメッセージにするんだ。小佐野もやらなきゃ、、だめだよ。』 赤川次郎氏が書いた3月24日付けの朝日新聞の夕刊によれば、「海外メディアは、この大災害での日本人の冷静な対応を称賛しているようで、それは誇っていいことである。被災者にまず必要なのは水や食料や毛布である。しかしさらに不可欠なのは「希望」であり、それを支える精神活動だ。芸術、エンターテインメントを問わず、創作活動はそのためにこそ、止めてはならない」
赤川次郎氏も『希望』という言葉で記されていたので、目に止まりました。
『希望』といえば、今回のテーマではありませんか。 今、現実はテレビ等で繰り返し繰り返し悲劇的な映像を毎日、一日中、流しています。私自身は、被災された方の一刻も早い復旧を願う気持ちでいっぱいです。私は自分ができることをやろう。音楽を通してメッセージを伝える他ない。と固い決意を持っています。ある先生は「こんな時にやるのは世間的に良くない。やめた方がよい」とも。しかし、こんな声も聞こえて来ました。「色々なことが取りやめになっていますが、こういう時だからこそ、音楽をして勇気を与えて欲しい。私は昨年、主人を亡くした。そして今回の被災。とても苦しい。音楽が自分の安らぎになる。だから小佐野さんにはやって欲しい」この手紙は地震の二日目に届いたものです。おそらくその方は、小佐野圭自身、不安になり、試行錯誤し、迷っていることを見抜いての手紙だったように思います。
妻は、きわめて前向きです。 東京文化会館にも聞きました。風評で「文化会館のホールにひびが入った。止めたほうがいいのでは」そんな電話も入りました。
しかし、文化会館に伺ったら『ひびは昔から入っていますよ。小ホールは2階席もありませんから大丈夫です。演奏会はもう行なわれていますよ』 ですから、リサイタルは誠心誠意、全身全霊で演奏します。
2011年2月7日(月)《ひさびさに更新》
ひさびさにブログ更新します。第九が終わりちょっと書き物をしていただせいで、滞りました。今日は大学の術科試験。3年生だけあって、演奏時間も15分から20分弾きます。シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、ブラームス、プロコフィエフ、ラフマニノフ、メンデルスゾーン、フォーレ、等の作曲家の作品を演奏しました。先生たちは、色々感想をお持ちになったことでしょう。しかしその真意は心奥にしまって学生の姿を好意的に一部始終見ていました。
「表現について」
心の動きを身体に表したほうが良い場合とそうでない場合がある。身体に表すというのは、いわゆるBody Languageのこと。俗な言い方をすれば、音楽を“身体で示す”。心の動きは身体のどこかの部分に表れるもの。音楽は聴くのではなく見るものだ。最近、音を聴かずともその人が何を語ろうとしたいのか、見えることがある。自分もそうなりたいと思う。しかし、内省的な曲、内面的なことを言うときには、身体に表すと邪魔なことがある。無駄な動きをしないで語る演奏がいい。身体で表現しなくても、心で語る。こう思うということを人の心に届けようとすることだ。そういう演奏を人は演奏の奥を読む、心を見るようになる。最近、そんな演奏スタイルになりたいと思うようになってきた。何もお化粧しなくても、そのままで、伝える。これが最高だ。そうなるためには、深く音楽を知らなくてはならない。
そんなことを考えながら学生たちの演奏を聴いていました。これから、未来がある。いくらでも表現豊かになる可能性がある若者たち。その場、しのぎのお化粧はいらない。今の自分の感じたままを出すことが一番良い。やりすぎても、やらなすぎもダメだ。自分の素直な音楽を表現することが一番大切でしょう。あすも最後の試験。楽しみです。