2008年4月〜
音楽の話、あるいは教育のことなど、気まぐれに書いております。
2011年3月29日(火)《第7回“希望”に寄せて》 リサイタル当日のプログラムから引用
本日は、大変厳しい状況の中、ご来場いただき感謝の言葉しかございません。心より御礼申し上げます。3月11日の午後2時46分に起きた戦後最大の震災から本日で18日目になります。今、この挨拶文を書いております3月23日22時39分現在、NHKによれば、死亡が確認された人は9,487人。死亡・不明者と合わせますと2万5千名となりました。日本国中のみならず、世界中の人々が、この悲劇的な震災に心を痛めております。私も毎日、テレビの画面の中の信じられないような光景が目に焼き付き、眠れぬ夜を過ごしております。そして未だ被災の全容がわからず、原発の被害により計画停電も行なわれ、不安定な毎日が続いています。地震や津波で家を失った人、福島第一原発の放射能漏れの危険から20万人強の人々が避難して、苦難な生活を強いられています。一人でも多くの生存者を救済し、これ以上の死者が出ないように、そして、現在苦しんでいる人々が少しでも平穏を取り戻す生活ができますように心から祈る他ありません。
このような状況の中において、私は今回のリサイタルの開催の是非について、大変心苦しみ、悩みました。 ?自分に何ができるかー、現場での必死な救援・支援活動、計画停電等、このような状況下では、行なう場合ではないのではないか。様々な自問自答をくり返しました。そして正しい結論かどうかわかりませんが今日のリサイタルを遂行する決意に達しました。奇しくも単なる偶然とは思えない今回のテーマである“希望”は、まさに今、日本中のすべての人々が “希望”を持って生きてほしい、と祈っていることでしょう。私はこの“希望”を全身全霊で演奏することで、本日、ご来場下さった方々に、被災された方々への祈りとして心に届けることができたらと思っております。音楽の力が皆様の心を潤し希望をもって生活していただく糧になりますよう願っております。
本日、演奏する第一曲目は第12番。最終曲は第31番です。第12番の第3楽章は『葬送』。第31番の第3楽章は“嘆きの歌”です。この2曲は震災で亡くなった人々へ鎮魂歌として捧げたいと思います。
なお、会場ロビーにて被災地への義援金募集箱を用意致します。集まった皆様からのチケット売り上げの収益金と義援金は日本赤十字社を通して被災地へ寄付させていただきます。
3月11日の東日本大震災は私たちにとって、忘れられない悲劇となりました。私が勤務しています国立音楽大学、玉川大学の卒業式、謝恩会はすべて中止となりました。私自身は、自宅に家内とおりまして、今までにない大きな揺れを体感しました。それは五分も続きました。東京に住む人は誰もが「東海地震発生ではないだろうか」と感じたのではないでしょうか。我がマンションでは、ある部屋で温水器の管が破損したことで水漏れが発生し、非常ベルが鳴る騒動がありました。また門下生の中に、福島のいわき出身の学生がいて、家族が非難のために上京したとの情報。他、大学生の中に、生まれてはじめてのバイトを横浜で行っていて、地震に遭遇し、その日は帰宅難民になり、帰宅したのは翌日のお昼だったという報告もありました。被災後のコンサートはほとんど、キャンセルされています。小佐野圭自身もリサイタル開催の是非について、大変悩みました。様々な考え方があると思います。高校時代の親友にこうも言われました。『僕はこれから長野でコンサートをやるよ。今だから、止めるのではなく、やるんだよ。音楽を心のメッセージにするんだ。小佐野もやらなきゃ、、だめだよ。』 赤川次郎氏が書いた3月24日付けの朝日新聞の夕刊によれば、「海外メディアは、この大災害での日本人の冷静な対応を称賛しているようで、それは誇っていいことである。被災者にまず必要なのは水や食料や毛布である。しかしさらに不可欠なのは「希望」であり、それを支える精神活動だ。芸術、エンターテインメントを問わず、創作活動はそのためにこそ、止めてはならない」
赤川次郎氏も『希望』という言葉で記されていたので、目に止まりました。
『希望』といえば、今回のテーマではありませんか。 今、現実はテレビ等で繰り返し繰り返し悲劇的な映像を毎日、一日中、流しています。私自身は、被災された方の一刻も早い復旧を願う気持ちでいっぱいです。私は自分ができることをやろう。音楽を通してメッセージを伝える他ない。と固い決意を持っています。ある先生は「こんな時にやるのは世間的に良くない。やめた方がよい」とも。しかし、こんな声も聞こえて来ました。「色々なことが取りやめになっていますが、こういう時だからこそ、音楽をして勇気を与えて欲しい。私は昨年、主人を亡くした。そして今回の被災。とても苦しい。音楽が自分の安らぎになる。だから小佐野さんにはやって欲しい」この手紙は地震の二日目に届いたものです。おそらくその方は、小佐野圭自身、不安になり、試行錯誤し、迷っていることを見抜いての手紙だったように思います。
妻は、きわめて前向きです。 東京文化会館にも聞きました。風評で「文化会館のホールにひびが入った。止めたほうがいいのでは」そんな電話も入りました。
しかし、文化会館に伺ったら『ひびは昔から入っていますよ。小ホールは2階席もありませんから大丈夫です。演奏会はもう行なわれていますよ』 ですから、リサイタルは誠心誠意、全身全霊で演奏します。
2011年2月7日(月)《ひさびさに更新》
ひさびさにブログ更新します。第九が終わりちょっと書き物をしていただせいで、滞りました。今日は大学の術科試験。3年生だけあって、演奏時間も15分から20分弾きます。シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、ブラームス、プロコフィエフ、ラフマニノフ、メンデルスゾーン、フォーレ、等の作曲家の作品を演奏しました。先生たちは、色々感想をお持ちになったことでしょう。しかしその真意は心奥にしまって学生の姿を好意的に一部始終見ていました。
「表現について」
心の動きを身体に表したほうが良い場合とそうでない場合がある。身体に表すというのは、いわゆるBody Languageのこと。俗な言い方をすれば、音楽を“身体で示す”。心の動きは身体のどこかの部分に表れるもの。音楽は聴くのではなく見るものだ。最近、音を聴かずともその人が何を語ろうとしたいのか、見えることがある。自分もそうなりたいと思う。しかし、内省的な曲、内面的なことを言うときには、身体に表すと邪魔なことがある。無駄な動きをしないで語る演奏がいい。身体で表現しなくても、心で語る。こう思うということを人の心に届けようとすることだ。そういう演奏を人は演奏の奥を読む、心を見るようになる。最近、そんな演奏スタイルになりたいと思うようになってきた。何もお化粧しなくても、そのままで、伝える。これが最高だ。そうなるためには、深く音楽を知らなくてはならない。
そんなことを考えながら学生たちの演奏を聴いていました。これから、未来がある。いくらでも表現豊かになる可能性がある若者たち。その場、しのぎのお化粧はいらない。今の自分の感じたままを出すことが一番良い。やりすぎても、やらなすぎもダメだ。自分の素直な音楽を表現することが一番大切でしょう。あすも最後の試験。楽しみです。
2010年12月9日(木)《第九Debut!無事終了》
昨日は普門館での「第九演奏会」に足をお運びいただき有り難うございました。小佐野自身、はじめての「第九」指揮でした。学生たち、穴があくほど僕の指揮を見てくれて、涙が出るほどよく歌ってくれました。ほんとうに感謝です。学生はすごい。嫌々練習していた学生も最後はとても良い顔で集中してくれたことに感激しながら棒を振っていました。合唱の学生はもちろん、オーケストラ、そして同僚の先生方にいかに助けられた事か、感謝の言葉しかありません。
ところで、「第九」の勉強は2年前から勉強をはじめました。それはそれは大変でした。あのドッペルフーガをどうやって覚え、指揮するのか、不安の連続でした。歌の指導もピアノしか弾いていなかった人間にはちょっと、無理が、、、しかし、今までに多くの先生方の教育法や指導法を学んでいることが支えになりました。これまでに指揮をなさった先生には色々と指導をいただき、細やかな助言をいただいたことは本当に嬉しく、僕は本当に幸せ者です。
700名ちかい学生は音楽とは無縁の他学部の学生がほとんど。教育部、リベラル部、農学部、工学部、芸術部、文学部、経営学部の7学部の学生700名弱です。玉川大学には2つの「第九演奏会」があります。芸術学部主体になる「第九」と1年生全員が歌う「第九」です。前者は音楽を学んでいる専門の学生たち、後者は専門が他にある学生たちです。 普門館の「第九」を歌う中には譜面が読めない学生や、歌がきらいな学生もいるのです。そういう学生たちをまとめることほど、難しいものはありません。しかし、ここに小原教育の核心があるのです。大学を卒業すれば全員が「第九」を歌う事ができるのです。一生の宝です。
ところで、第九について。国立音楽大学の音楽教育もすばらしいですね。過去、学長になる先生は玉川大学で教鞭をとっていた先生が多いのです。海老沢先生、現学長の庄野先生。他にも多く、玉川の音楽教育に造詣が深い先生がおります。昔は国立の女学生と玉川の女学生と一緒に「第九」を演奏していました。過去、ローゼンストック、大ピアニストのレオニード・クロイツアーも玉川の「第九」を指揮しています。現在は音楽の担当の先生が振るようになりました。小佐野はその伝統の「第九演奏会」の歴史に参加させていただいたことになります。有り難いことです。
国立音楽大学の故有馬大五郎先生(以前の国立音楽大学学長)はNHK交響楽団とのつながりをつくり今の「第九演奏会」があります。年末に教育テレビで放映されますね。国立音楽大学は当然、声楽科の学生が主流ですが、玉川大学の学生は学部問わず、一年生全員が「第九」を歌うのです。レオニード・クロイツアーは「玉川の学生はみんな暗譜で第九を歌う」そういう伝統が今も生きています。
小佐野は国立音楽大学、玉川大学と両方の第九を味わっています。感無量です。
2010年12月9日(木)《伝統の第九》
いよいよ第九の本番が近づきました。学生たちは気持ちがひとつになりつつあります。うまく歌えない学生も必要なんだ、心がひとつになってほしいんだ。明後日の普門館における第九に向けて集中しています。
2010年12月2日(金)《伝統の第九、集中練習開始》
いよいよ本格的練習が始まりました。昨日から12/2,3,6,8,9,10 と6回連続した集中練習です。本番は12/11(土)5000名を収容する普門館。この普門館は高校生のブラスバンド部は全国大会会場でおなじみでしょう。さて、1日に4時間第九を練習します。指導するほうも歌うほうもたいへんな労力です。そう簡単にはベートーヴェンの世界を築くことはできません。誠心誠意、全身全霊で臨まなければなりません。昨日は集中練習、初日、4時間目はへとへとです。しかし、学生のやるぞ、、、という意志は見えました。練習を終えると汗だくだく、、、足がふらふら、、、体力勝負です。昨日はテノールとアルトを指導しました。練習開始頃は、若干、歌う姿勢からはずれた学生もいましたが、最後は、気持ちをそろえ、やる気をみせてくれました。豆知識をひとつ。ベートーヴェンは音がはずれた時やミスタッチをした時は怒らなかったがcresc,を怠った時、火のように怒りを極度にしました。ミスや音のはずれは、人間誰でもあるが、意志や心の姿勢は重要だということでしょう。日常の生活でも言えますね。失敗はいいけど、気持ちの入っていない仕事はだめだと。
2010年11月23日(日)《立川トロイカステーション》
ピアノステップのアドバイザーを奈良井君(ステップ主宰)に頼まれ行ないました。他に気のあった先生がた3名。こういう審査は実にストレスがなく、楽しい。奈良井君はDUOを何組も生徒さんたちと連弾して、さすが、ロシアシステムを学んだピアニスト。すばらしいラフマニノフの作品を演奏していました。小生もベートーヴェン数曲を演奏し、トークコンサート。弟子のYOが来てメッセージをくれました。うれしいものです。T先生はピアノの機能をパフォーマンス。楽しい時間でした。
2010年11月6日(土)《ズビンメータ指揮》
東京文化会館へ世界一流の指揮者、ズビンメータ指揮、イスラエルフィルの、ストラビンスキーの春祭(春の祭典)マーラーのシンフォニー巨人を聴いてきました。ぶれない指揮、風格ある知的、情熱的な指揮、的確な指示、すばらしく、勉強になりました。
2010年11月1日(月)《iPad》
マック愛好家の小生にとってほしかった《iPad》をついに購入しました。使ってみて実感はまったくストレスを感じないまさに人の手のような感覚。道具という領域を超え、あったかい感覚です。スィッチを入れて起動させる時間がたった2秒。携帯の電源を入れるより早い立ち上がりです。うまいたとえがありませんが、懐中電灯の電源を入れるような感覚かな?学生の評価は「いいな、、、」高い評価です。これはマックと連動させiTunesと同期させて使用します。使用する時はまったくパソコンとなんら変わりませんが、データを編集したり入れたりする時は本拠地のマックがなければちょっとむずかしいかな?主にメールとネットそして地図とネットが連動しているので、すぐ知らないところ世界のどこでも連れて行ってくれます。今のところ、Pad Wi-Fiモデル、およびWi-Fi + 3Gモデルがあり、Softbankならネットがどこでも可能。小生はドコモなので、それは無理。Flets spotというのがあって駅とかモノレールとか乗っていてネットが可能というので、すぐ予約。また楽しみが増えました。よくネット中毒といいますが、依存症にはなりません。大丈夫。《iPad》は《iPhone》と違い大きめなので、携帯とは異なり電車の中でやるのいは大きすぎるから、、、
2010年10月29日(金)《美味しい焼酎》
今日は、東京の気温が10度以下。実家の河口湖は3度だったそうです。急激な気温のダウンに戸惑っている人も多かったことでしょう。小生もついつい鼻風邪を、、、今日は大学の事務室で鼻水をずるずるしていたら、事務員から笑われてしまいました。風邪は弱っている時に、襲ってくる。負けてたまるか!こういう時には焼酎のお湯割りが最高です。料理研究家の辰巳芳子推薦の野菜のスープを作っていただき、おでんと焼酎で飲む。これは最高です。しかも、その焼酎。先日、ある方からいただいた宮崎の焼酎、銘柄は『もぐら』。名前のごとく土の香りがする美味しい焼酎。
2010年10月24日(日)《藤澤会》
今日は、師匠93歳の先生をお呼びして新宿の野村ビルの中華『桃李』にて会食会を行ないました。本来ならば毎年、4月が先生を囲む会の恒例行事ですが、藤澤先生、今年の3月に九州においてホテルの階段でつまづき、怪我をされ、しばらく入院しました。懸命なリハビリで自ら歩行できるまで見事、回復。仕事復帰されたのです。今日は22名ほど集まりましたが、先生の元気をもらいみなさん、ご満足。会の締めの言葉として「人間はいくつになっても勉強しなければなりません」。そのメッセージに皆さん、感激したことでしょう。生きる元気いただき、いい時間を過ごす事ができました。
2010年10月22日(金)《あと一ヶ月》
あと一ヶ月ちょいで、第九の集中練習がはじまります。それまでには、ベートーヴェンの作品26も仕上げておかないと。譜読みを始め出しました。年内には4曲、ざっと全体像がわかるぐらいにしておかないとと考えてさらっています。仕事は、なるべく、ストレスをためないように、楽しく行くをモットー!
2010年10月18日(月)《ベロフ/レクチャー》
我々の学生時代、破竹の勢いで登場したきたミシェル・ベロフのレクチャーを聴きに行ってきました。題材は、メシアン(1908生_1992没)の『幼子イエスの20のまなざし』。ベロフのトークからスタート。『幼子イエスの20のまなざし』のテーマ設定は『宗教的テーマ』『数学的テーマ』『旋法的テーマ』等、作曲語法の簡単な説明がありました。たとえば“V”というローマ数字は《神》を表しているとか、楽譜の中におけるモード(旋法)の音型の説明、調性→無調→12音と旋法が移行する時代に生きてきた作曲であるとか。ベロフはメシアンの前で12歳でこの曲を演奏したというから、まさしく天才。1980年彼が30歳の時に手を故障し、10年くらい演奏会から遠ざかったそうです。しかし、アルゲリッチがラベルの左手のための協奏曲に彼の起用を推薦し、それがきっかけで楽団にカムバックしたそうです。さて、メシアン演奏の感想は、まずリズムの特性が実に興味深く一定の規律を守った中に複雑なポリフォニーの動きがあったり、同じ音型をリピートする中に宇宙空間の中で彷徨ったり、地平線のように長いラインを書いたり、教会の鐘の響きのように、不協和音がなったり、実に新鮮で生命力を感じました。バッハのフーガを彷彿させる、いや、バッハの語法をメシアン流に料理し直したのがおもしろかったです。
X2010年10月7日(木)《教員採用試験合格者》
今年度、教員採用試験一次試験合格者が例年の10倍。学生たちはよくがんばってくれています。小生の門下生も埼玉の採用試験に合格1名。これから千葉、神奈川と二次試験の結果が待ち遠しいです。9月25日の日記にて11月20日(土)の山梨の本番と書きましたが訂正しお詫び致します。11月21日(日)が正確な情報でした。場所は勝沼の「ぶどうの丘」です。ところで、12月11日(土)はいよいよ小生、第九、指揮Debut!です。もちろん暗譜で振ります。場所は5000名を収容する普門館ホールです。考えるだけで身震いがします。ピアノだけを弾いていた人間にとってこんな名誉で光栄なことはありません。全力全霊で臨みます。
2010年10月6日(水)《甲府湯田高校へ》
今年度から毎週、甲府へ通勤しています。高校生は真面目によくがんばってくれます。ひたむきな高校生に感激。
2010年9月25日(土)《フーガへのチャレンジ続き》
今日は、作品31-3と作品110の終楽章の練習を行ないました。11月20日(土)の山梨の本番に向けて取り組んでいます。リサイタルで演奏する曲が全部、はじめてというのは、何と言っても怖い。何回か本番練習が必要。
2010年9月24日(金)《フーガへのチャレンジ続き》
《フーガ》を覚えるためにどうするか?同僚の先生たちに伺ってみました。犬と散歩しながら4パートの「出」を何回も何回も頭と身体で覚えた。家の中に、それぞれの、「出」の歌詞を書いて貼って覚えた。楽譜を見て覚えた、等が回答。そういうノウハウを小生も盗みました。家の中には『Sop』『Ten』『Bass』『Alt』と紙に書いて、それを見ながら指揮して練習しています。昨日、NHKのBSで仲代達矢さんの人生をドキュメントでやっていました。仲代さん、あれだけの名役者になっても、歳をとるとなかなかせりふを覚えられない、、というのです。その苦労の様子が放映されていました。彼も家じゅうの壁に自分でせりふを大きく書いてそれを見て練習して覚えていました。「音楽家が音符を覚えるのと一緒」。しかし、もっと、重要なことを仲代さん、“覚えるだけではダメだ。自分の言葉にしていかないと”。なるほど、、、我々で言えば暗譜するのが目的ではない。音楽の内容を自分の言葉で伝えるまで、練習しないと。これには天性の才能と経験があるかな?
2010年9月17日(金)《フーガへのチャレンジ》
音楽をやっている諸君あるいは演奏家のみなさん、おおざっぱな言い方ですがどのような練習をされますか?まず、小生は、本番の日を設定し、その日から逆算し、どうしても手強(ごわ)い部分からさらうことにしています。本番2ヶ月前にはすべて暗譜するようにしています。学校3つも行って仕事していると、さらう時間が取れません。時間の感覚は学生時代の1ヶ月は今の生活の1年です。“難しいところからチャレンジする”が小生の練習のポイント。どうせさらうんだから、そこは気持ちをすえて、どっしりかまえて、練習します。たとえば、第九だったらなんと言っても「フーガ」から覚えました。第九の「フーガ」は四声体で出来ていますね。ピアニストでしたらバッハの四声体で慣れていますから、表面的に演奏するのは容易い。しかし、立体的に音楽を組み立てるのは至難の業です。ポリフォニックな勉強ほど難しく、そして重要なものはありません。4人の人の声をリアルタイムで聴き話しを理解するようなものですから。指揮者としてこの第九の「フーガ」をどういう風に覚えたか。それはソプラノもアルトもテナーもバスもすべての声部を暗譜で歌えなければなりません。しかも女性だけ(ソプラノ&アルト)あるいは男性だけ(テナー&バス)でも練習しますので、それぞれの声部の入りを合図できなければなりません。それと4声になった時の合図と。昨年の夏に覚えましたので、今は、それをいかに、わかりやすく指導で伝えるか、、、楽しい。さて、第九ばかり練習していられません。次第に3月のベートーヴェンもやらなければいけません。現在、110のソナタ(31番)の終楽章のフーガを覚えています。気はいつも抜けません。連続リサイタルの最後はあの長大な《ハンマークラヴィーア ソナタ》のフーガも今からどきどき、、、ショパンもベートーヴェンも晩年はバッハの精神に近づきます。その難関が《フーガ》です。
2010年9月11日(土)《井上道義指揮者講習会》
8/29.30.31と井上道義指揮者講習会に行ってきました。場所はまだ行ったことのない金沢。現在、マエストロ井上氏は金沢オーケストラアンサンブルの音楽監督、指揮者をつとめています。指揮者講習会は今年で2年目。50名以上の参加者。この講習会、井上氏は音楽家としてもあるいは教育者としても音楽を後世に伝えて行こうという使命感が見られ、勉強になりました。まさしく、実に実りの多い研修でした。続く、、、、
2010年9月7日(火)《至福の一週間》
すでに公立学校(小中高)はすでに新学期が始まっています。この暑さでも、通勤途中の生徒さんの顔は真っ黒に日焼けしていても活気があります。その反対に、大人の顔はなんでこう暑いの?天気の神様に文句をいわんばかり。車の運転をしていても、反射神経が明らかに、鈍って、安全確認を怠っている運転手。あるいは歩行者や自転車は車の動向を見ないで、平気に横断するものや、、、これも気候のせいだと、怒る気持ちを抑えて運転。さて、私にとってこの1週間は、1年の中でホット一息できる至福の一週間であります。来週からいよいよ始動開始。12月の普門館での第九、そしてベートーヴェン7回目に蓄えます。ベートーヴェンの構想も練って練習にのぞみます。先日のベートーヴェン講座4回目、たくさんの方々に参加していただき、譜読みの手ほどき、暗譜のコツを終了しました。有り難うございました。
2010年8月28日(土)《セミナー終了》
無事、今年もセミナーが終了しました。来週はいよいよベートーヴェンソナタ徹底研究講座4回目を行ないます。9月5日(日)午前10時30分からスタート。立川YAMAHAの読売ビル7階。“譜読みの手ほどき”と“暗譜”のコツです。
2010年8月25日(水)《恒例の合宿セミナー》
今年も恒例の合同セミナーを行ないます。NHKのアマデウスに出演中の安田先生、作曲家の柳田先生の講座の他、今年はシューマン生誕200年にちなんでシューマンの歌曲の伴奏法講座もあります。楽しみにです。柳田先生の宿題は、例えば昨年は“ぞうさん”をショパン風にベートーヴェン風にガーシュウイン風にアレンジしました。今年は例を挙げればショパンの楽曲をモーツァルト風にアレンジし演奏を行ないます。安田先生の宿題は音楽辞典グローヴのシューマンの項目を学生がそれぞれに要約しまとめプレゼンを行ないます。日頃のピアノの実技以外の勉強をしようというのがこのセミナーの目的。将来、おそらく、多様な世界でも通用出来るようにこの合宿は10年も前から続けています。ただ、強制的に強いるのではなく有志のみ参加としました。なかなかこういう目的を賛同してくれる学生が少なくなった事が非常残念に思います。小生としてはもちろん全員参加してほしいのが本音ですが、、、。
2010年8月23日(月)《一言の勇気づけ》
今日も東京は36度。熱中症対策していらっしゃいますか?小佐野は最近、WiiFit(Nintendo)のゲームを購入し、はまっています。以前はウォーキングを実践しましたが、この暑さでは、、、、無理。そこで、WiiFit(Nintendo)が安くなったので、決断。夏休みには体重2キロ減量を決定したところ、2週間やっていますが、、なかなか減ってくれません。ところで、本日、大学へ教職センターに提出物があり行ってきました。大学の小佐野門下だったYさんが快く対応して下さり、気持ちがよかった上に「先生、今年は第九指揮ですね。学生たち音楽の授業の後はみんな楽しそうです」と。暑い日でしたが、勇気をもらった一言でした。さすが、門下生、嬉しい限りです。
2010年8月16日(月)《帰省》
今日は東京は気温、39度。NHKは高校野球ベスト8。高校球児が熱球を追っています。13-15までお盆は河口湖の実家に帰省していました。高速(中央道)は行きも帰りもまったく混雑はしていなかったです。
2010年8月12日(木)《教職採用試験》
7月の終わりには東京都、千葉、神奈川、関東近県の教員採用試験第一次試験の合格発表があいついでいます。幸運にも小佐野が関係する学生たちががんばってくれ、1次試験ですが、9名の合格者となりました。たいへん嬉しいことです。近年になく、多くびっくりと同時に学生たちの努力を讃えたいと思います。2次試験はお盆あけですが、ぜひとも突破してもらいたいです。
2010年8月8日(日)《休息日》
今日一日は手帳に予定が何も書いていない休息日です。今日、一日、ボーッとするつもり。
2010年8月7日(土)《コンクール審査》
講習会が終わったその日にうちに四国入り(8/3)。大学の前までタクシーを呼び、そのまま荷物を積み込み、西武線の玉川上水駅まで。浜松町経由で、羽田空港へ。JALの最終便で徳島阿波踊り空港へ。ホテルへ直行しました。本当に分刻みのスケジュールをこなし、本日、帰国、もとえ、帰京しました。今日は本来ならば「富士と緑の音楽祭」。実行員として仕事をしなくてはならない日ですが、ちょっとスケジュールがきびしかったので失礼してしましました。さて、コンクールは鳴門市民会館にて330名の出演者の演奏を聴かせていただきました。高水準のすばらしい内容の演奏を繰り広げていました。メッセージを書くのに苦労しますが(わずかな時間の中で書かなくてはならないので)しかし、楽しいひとときでした。コンクールの主催、徳島支部の運営はきわめて、スムーズで完璧でした。審査員へ気遣うお茶食事の準備、審査員室から会場のイスまでの進行配慮。審査表の回収のタイミング。すべての点において、徳島文理大のU先生を中心にこなして下さいました。ところで、最もたいへんだったのは、ホテルを2日目から変更した事。鳴門のホテルから徳島のホテルに。まず初日のホテル宿泊において審査員全員不満爆発したのです。結論を言えば、これがかえって、審査の気分を向上させ、審査員7名が結束し、一致団結して、協力し、すばらしい審査となったのでした。一件落着。ホテルを変更した事で、徳島市内から鳴門市内にタクシーで往復しなくてはならなくなりましたが、これも、問題解決。3日目審査終了の夜は、審査員全員で、食事を楽しくし、情報交換。これも良い想い出。他の審査員は北は北海道、釧路、南は岡山。大阪、群馬、等、日本各地から集合して、笑いが絶えない会話は、苦い想い出から楽しい想い出に変わったのでした。
2010年8月1日(日)《ようやく夏休みに入りましたが、、、》
7月31日までめいっぱい仕事しました。3週間まえより体調が悪く咳き込んでいましたが、ようやくその夏風邪?も抜けてきました。左胸部分の痛みが、気になりましたが、それは、咳き込んだ時の、筋肉の痛みということが判明(自己診断)。今日から国立音楽大学の夏期講習会。今年はかなりの数の生徒さんが要望を下さって、かなりハードな3日間になります。体調万全にして望まないと、、、、、
2010年7月9日(金)《人との繋がり》
“一瞬の光明”ではなく、“一筋の光明”と書かなくてはなりませんでした。今日は《人との繋がり》について。皆さんはどういう時に《人との繋がり》を感じますか?夏休み期間中、大学は受験生確保のための、様々な夏期講座が開催されます。必死になって受験生にその大学を知っていただこうと、しゃかりきになって、受験生確保に集中します。小生は夏期講座において担当を希望される事があります。受験生の出身は南は九州、北は北海道、自分の故郷である山梨等、日本各地です。受験生の紹介は《人との繋がり》で成立していると言っても過言ではないでしょう。私を頼ってきて下さることは実に名誉のことです。あらためて、同級生、先輩、友人等、《人との繋がり》の重要性を痛感しております。持つべきは友人だね。たとえば、我が同級生は今や、九州の有数な高校の講師、あるいは大学教授等、その学校の重鎮にいる人が多いのです。頼ってきて下さっている以上、信頼関係を失うことのないように、誠心誠意つとめさせていただく覚悟です。
2010年7月5日(月)《一瞬の光明》
久しぶりに書きます。連休が終わり、夏休みまで休みはなくノンストップで仕事していますなんて書くと仕事があるだけいいじゃない、、、なんて羨ましがられそうですね。忙しいというのは、隙間がない生活をしているということ。絵画だったら白紙に余白なく、メチャメチャ塗り混んで書いているようなもの。精神的にいいことではありません。理由は、前期、授業を15回をきちんとこなすために、休んだ分(教育実習等、公用)を補講するために、どうしても、通常の時間以外に補習をするからなのです。何回も書きますが、現在、大学教員はきびしい業務を強いられるのです。さて、サッカーのワールドカップ、皆さん、ご覧になりましたか?日本対オランダ戦なんか、夜中というより、明け方の試合にも関らず視聴率は40%でした。日本は真っ暗な話題ばかりでしたので、“一瞬の光明”でした。もちろん、小生も見させていただきました。皆さん、それぞれが多様な感想をお持ちになったでしょう。小生の率直な感想は「いかに、組織力が重要かという事を証明してくれた試合」。選手、監督にありがとう、、、、翌日の『音楽?』の授業で、学生たちへ「サッカーもチームワークが重要だったように、合唱もチームワークだ」という言葉がやけに、受けました。
2010年6月19日(土)《メールの良さ》
今日は昨日とは一変し、ネットの良さについて書きましょう。大学の卒業生からのメール。「先生と16年ぶりに再会しました。謝恩会以来です。イツ会えるのかなあ、と思っていましたがついにお会いしました」
という内容。想起するに千葉にピアノ関連の仕事で行った時のことでした。Tさんはすでに5人のお子さんがいらっしゃるそうです。
こういうメールは嬉しいものです。その時の講評の中で小生は「先日、Apple i-padが発売(5/28)されました。(以下、略)人類はあと数十年すれば人間の脳に限りなく近いコンピュータが完成するそうです。今、現在、技術はどんどん進歩しますが、逆に人間の心の進歩はなかなか困難です。音楽をすることは一番、人間の心を豊かにする近いところに存在します。ぜひピアノを通して心を磨いてください」というお話しをしたのでした。きっとこの話しを覚えて下さっていたのでしょう。
Tさん、どうか、音楽を愛するお子さんを育んでください。
2010年6月17日(木)《気の毒》
大学生あるいは社会人のコミュニケーション力不足が言われています。我々の年代(50代)は、学生時代、勉強不足は言われてもそのようなことを言われた事は少なかったです。あったのかもしれませんが、特にコミュニケーション力不足を強調された事はまずなかったです。34年前、高校時代、給食のおばさんとも仲の良かった小生は、お昼ご飯に大盛りをせがんだこともあった、、、その方とも今は合唱仲間で知り合い、、、、。今の学生を見ると「先生、、、、」と言ってくる学生の少なくなった事。自分の門下生でさえ、そういう親近感あるつきあいが、できなくなった、、、のは、自分に責任があるのか、、ちょっと考え込んでしまいます。大学内で逢っても、自分から「声かけをする」学生の少なくなった事実にさびしさを感じるのと同時に、時代のせいなのか、、、自分の人間性不足を感じてしまう、、、
ピアノはへたでも頭は悪くても人はいい、、、そういうのって、すごく重要だと思いませんか?
こういうところで(ネット)、自由に表現するのも、陰湿というか、暗いというか、、、これだけは言える。現代人は淡白、希薄なつきあいしかできなくなったと言えます。とても、先日の高知での飲み会みたいなつきあいはできないだろうな?ここでおおいに、楽しむことかな?
2010年6月13日(日)《ときわ》
週末に所用で高知に行ってきました。なんと吉田類の酒場放浪記でおなじみの店「ときわ」に行って料理を満喫しました。なんと言っても東京では食べられない「かつおのタタキ」そしてマグロの天ぷら、特別料理を出して下さいました。番組の収録は5月に行なったようです。今、高知はNHKの坂本龍馬役の福山君で有名になり観光客も増えたようです。日曜市が有名。
2010年6月10日(木)《嬉しい事》
何が嬉しかったかといえば、学生たちに、大学構内を歩いている時に、「あ、音楽の先生だ」と、呼びかけられたことです。通常のピアノのレッスンという形式とは若干、相違感あります。レッスンは生徒1人に対して先生一人の授業形態。ところが、音楽の授業ということになれば、これは、多数の学生を相手ですから、生徒400名に対して先生一人となります。使うエネルギーは生徒1人に対して400倍のパワー(少しオーバー)を要します。構内を歩いている時に、学生の呼びかけほど、教員をやってよかったなと思ったことはありません。そんなささいなことに教員はグッと来るものです。学生諸君、先生に呼びかけしましょう。
2010年6月8日(火)《姿勢で体調くずれる》
最近、気候のせいか、身体がものすごくだるく感じ、仕事に身が入りません。どうしてか?原因を考えたら、パソコン時の姿勢の悪さがその要因だということがわかりました。とても人には見せられないような姿勢でパソコンに座っています。これから梅雨入ると益々、だるくなることでしょう。連休から夏休みまで休みがほとんどありません。ノンストップで夏休みに突入します。これではいかんと思い、今日はタイ式マッサージを受けに行ってきました。
2010年6月7日(月)《三浦海岸》
学生の教育実習訪問のため三浦海岸の近くの中学校へ行ってきました。国立から南武線で武蔵小杉で乗り換え、湘南ライナーで横浜そして京浜久里浜線で三浦海岸駅へ。この中学校は音楽室から海が一望でき、三浦半島そして房総半島まで見える風光明媚な場所。中学生の伸び伸びとした性格が微笑ましく思いました。実習校の担当教員 A先生は我が大学の卒業生でした。彼はチューバ専攻で、吹奏楽でも活躍し、全国大会まで押し上げる実力の持ち主。実習生もいつになく伸びやかに指導していました。
2010年6月5日(土)《ネットのすごさ》
ツイッターが今や、さわがれています。大臣がこの140文字で綴るミニブログをやっていて、国会開始に遅れた珍事件がありました。新首相となった菅直人さんも始めたようです。数多くの芸能人もこのミニブログを行なっていて、ツイッターは芸能人のリアルタイムの情報を送信するすごいマシンとなっています。ところで、今日はすごい情報が入りました。小生の昔の弟子が今、ネットで超話題になっていてコンサートを行なっているというのです。日本の主要都市は当然の事、台湾からもオファーがかかるという。2000名の収容するホールはチケットは完売というから、すごい。
2010年5月8日(土)《連休は八ヶ岳へ》
連休は如何お過ごしでしたか?連休は八ヶ岳に行ってきました。目的はH氏の演奏を聴くためです。H氏は神父でしかも司教(カトリック教会の位階の一つで、ある司教区(教区)を監督する聖務職)ですからカトリックの世界では知らない方はいないくらい有名な神父です。演奏会は川上村でしたので宿泊は大学時代からの先輩で友人のむっちゃんの紹介で、RYUGOさん宅へ泊めさせていただきました。RYUGOさんは世界じゅうを飛び回り制作活動をしているアーティストです。特にフランスでは毎年、個展を開催し好評を得ている方。アトリエも日本各地にあるそうです。泊めさせていただいたのは、北杜市長坂の小荒間。RYUGOさんの別荘から八ヶ岳山麓、南アルプス、富士山が見える絶景の場所に別荘はあります。RYUGOさんとむっちゃんは20年の友人であります。さすが、芸術家。自然を観察する目が違います。RYUGOさんは一口で言えば「大自然」そのもの。心も大きい。30秒会っただけでその方の人間性がわかるようなそんな素敵な方でした。小生とむっちゃんとはよくつきあっていますが、RYUGOさんとむっちゃんの素敵な関係には、驚きました。人のネットワークって大切ですね。素敵な人との出会いは、生きている価値を実感する時なんですね。
2010年4月20日(火)《音楽クイズ》
音楽クイズです。みなさん、やってみてください。
*次の作曲家を年代順(昔→今)に並び替えなさい。
バッハ、ストラヴィンスキー、ドビュッシー、バード、シューベルト、ラモー、
*一般的にピアノトリオとは ( ) ( ) ( )の演奏形態を言う。
*弦楽四重奏とは ( ) ( ) ( ) ( ) の演奏形態である。
*( )年7月14日のバスティーユ襲撃を契機としてフランス全土に騒乱が発生し、第三身分による国民議会(憲法制定国民議会)が発足、革命の進展とともに王政と封建制度は崩壊した。
*音楽の三要素は ( ) ( ) ( )である。
*マズルカ、ワルツ、等ショパンは母国( )の民族的な舞踊をイメージして作曲した。
2010年4月10日(日)《老舗国立楽器が移転》
国立楽器の社長からいきなり「国立楽器北口店が立ち退きます。社長自ら、電話を小生にしてきました。理由は経営不振のために、立ち退かざるを得なくなった」と。土地は国立音楽大学のものであるが、経営不振のために、家賃を支払うことが、困難になった、ということらしいです。学生時代を含めて30年以上、ご愛顧にしてきた楽譜屋さんであり、演奏会、発表会等、開催してきた人にとっては、痛恨の心境です。今の経営不振は他人事ではなく、ついに我が周辺にもふりかかってきたか、というのが本心。国立楽器は国立音楽大学と共に二人三脚で歩んできたお店。お店の中にはわがままを言える友人もいたり、様々な相談にのっていただいたり、良い関係を築いて来ました。ほんと、残念です。このブログを見ている皆さん、国立楽器をなんとか、守りませんか?
2010年3月29日(月)《新入生への手紙》
下記は新入生(大学生)を迎える文章です。この時代ですから、こういう公開の方法もありえますね。ネットを利用するチャンスです。保護者のかたも見て下さっているかもしれません。昔の時代とは大きく変化しています。ネットを通して、多くのかたの心の内側に、入り込むわけですから、相当の覚悟が必要ですね。まったくのこちらからの一方的なベクトルしか、可能としません。この点、保護者の方や学生たちがどう理解しているか、わからないのが、《ネットの恐怖》です。文章というのは、よほど配慮して書かないと誤解を生じる危険性を秘めています。本当は、保護者さんともお会いしてお話しするのが一番理想的な形ですが、(我々の時代は少なくともそうでした)残念ながら、それは不可能です。いつか、そういうチャンスを作ろうとは考えていますが、、、、ところで、恩師のF先生とは私が丸坊主の中学生からのおつきあいですから40年のつきあいになります。先生、御年、93歳。ピアノ界の日野原さんと言われていて、有名な聖路加病院の日野原さんとも対談をしています。毎年、四月の初めの日曜日に《先生を囲む会》を開催しています。私たちはその幹事です。私のすぐ一つ上のK先輩や国立のお母さんと称するT先生、他、N君(後輩)たちと一緒にやっているのです。みなさん、心強い味方です。何か、まとまってイヴェントを行なう時は常に一緒です。本当に自分は支えられているんだなあ、、、痛感しています。もつべきは、良い仲間です。話しを戻そう。こういう古典的な人との付き合いが、めずらしくなって来たのでしょうか?今の時代は通用しないのかしら、、、自分が古い人間になって来たのか、悩むこの頃です。逆に、そういうつきあいが無くなってきたから、様々な事件や社会問題が浮上しているのではないか?とも思います。
新入生へ
8.April.2010
小佐野圭
まずは、入学おめでとう。ようこそ小佐野門下へ。これから、たくさんの経験を通して、良い音楽人になることをめざしてほしいと思います。良い音楽人とは何か?いま、社会ではどのような人材を求めていると思いますか?
『創造性』と『問題解決能力』を持つ人だそうです。このことは、すなわち良い音楽人を形成することにも通じていると思います。
人から言われなければ何もできない、ではなく、自主的に責任ある行動をとれる、いかなる場面でも活躍できる人材となれるよう、大学生活を送ってほしいものです。
演奏の勉強は創造性が重要なことは言うまでもありません。あなたがたは、きっとクリエイティブな素敵な方達ばかりでしょう。音大で学ぶみなさんはチャンスです。この創造性をますます高める努力を行っていきましょう。
さて、門下って何か?って言ったら・・家族みたいなものかな。私は家族の代表だから保護者ということになります。愛情をいっぱい感じる家族がいいですね。表面的な仲の良さではなく、言いたいことが言える環境をつくって行きましょう。
そして、人とのネットワークの重要性を体験して行きましょう。小佐野はよく言います。「音楽も人も横の関係が大切なんだ」と。つまり、音楽における横とはハーモニーの美しさ、人における横とは、先輩後輩、あるいは先生、生徒を越えたひとりの人間としての尊重した関わりが重要だということ。
さて、小佐野門下にはみなさんを引っ張ってくれる幹事さんがいます。今年の幹事は○○さん ○○さん ○○さん 何でも相談して下さい。何でも知ってるよ?
最後に・・・学生生活を充実したものにするためには、健康には充分留意することです。健やかなる精神と健やかなる肉体は相通じるもの。自己管理の出来ない人に創造性や問題解決は望めません。日々の生活をこころしておくって下さい。私はみなさんのためにサポートができたらと思っています。
2010年3月29日(月)《リコーダーアンサンブル》
今日は、川口リリアへ、大竹先生率いるいくつかのアンサンブルを聴きに行って来ました。川口リリアは昨年もピアノのコンクールで審査に行ったホール。たいへん、響きの良い残響が心地よいホールで気に入っていました。リコーダーの音色がほどよく、調和し、とても笛とは思えないオーケストを連想させてしまうくらい豊かな音色に聞き惚れてしまいました。みなさん、「音楽している」。演奏終了後の打ち上げもおおいに盛り上がった。グループの中の最高年齢84歳。大正15年生まれの女性もおられました。その表情はMolto Espressivo。リコーダーが人を惹き付け、音楽が人を調和させ、人生を謳歌しているみなさん、「生涯現役」、、、あっぱれ!
2010年3月25日(木)《出張》
リサイタルの翌日、大阪音大の大学院の演奏会、翌日は滋賀県の近江今津にある『琵琶湖周航の歌資料館』に行って来ました。研修です。遊びではありません。他大学の企画などを学んできました。小口太郎は『琵琶湖周航の歌』の作詞者。彼は三高(京都大学)の学生時代に詞をつくりました。原曲は『ひつじぐさ』という歌です。作曲者は吉田千秋。吉田千秋はお父さんが著名な地理学者、吉田東伍。小口はこの吉田千秋の『ひつじぐさ』のメロディに、詞を加えたのです。
有名にしたのは加藤登紀子さんです。大ヒットを飛ばしました。
吉田千秋は24歳、小口太郎は26歳の若さでこの世を去っています。何人かこの歌のCDが資料館にあり、聴きました。ペギー葉山、ダークダックス、都はるみ、渡哲也、倍賞千恵子、多くの人を聴きましたが、私個人的に言えば、『フランク永井』がダントツ。うまかった。「われーはうーみのーこ、、、」ここでもう、ぐっと来た。
2010年3月23日(火)《御礼》
昨日は、6回目のリサイタルが終わりました。御陰さまで、無事、終了出来ることができました。ご来場下さった方々、心より御礼申し上げます。あと2回で8年間計画のこのシリーズが終わります。いよいよ最終コーナを廻る時期となりました。来年は2011年3月29日(火)東京文化会館(小)です。500名〜600名クラスのホール、我が国でも3本の指に入るくらい響きの美しいホールと言われています。よくレコーディングも行なわれます。ぜひ、いらしてください。110が最終曲。『希望』です。
「ベートーヴェンの面白さもわかったけど、より難しくもなった。ベートーヴェンに近づいたけど、遠くもなった。」というのが小佐野圭の実直な感想です。
もう少し、ベートーヴェンの話題が続きます。我慢下さい。昨日、国立の書店でハインリヒ・シェンカーという音楽家の訳書『ベートーヴェンの第九交響曲分析・演奏・文献』を購入してきました。2010年4月10日発行ですから、できたての本となります。訳は西田紘子氏、沼口隆氏。まず、400ページにも及ぶ著書の翻訳という偉大な仕事に敬意を表します。演奏を学んでいる人にも実に有益な本です。
著書「序」21P引用させていただきます
ーーー強弱記号についてーーー
大家の作品では(ただし遺憾ながら大家の作品以外にはあてはまらない!)強弱記号が単に強弱を示すだけでなく、ジンテーゼ、つまり形式に関しても実に特別な役割を果たしていることをつけ加えておきたい。その場合、強弱記号はカデンツ、転調などを示すだけでなく。引き離したり、引き延ばしたり、ばらばらにならないようにしたりする。この作品にはそのような例がたっぷりと見いだせるだろう。
『ベートーヴェンの第九交響曲/演奏と文献についても常に考慮した音楽的内容の描写』
Heinrich Schenker,Beethovens neunte Sinfonie-EineDarstellung des musikalischen Inhaltes unter fortlaufende Berucksichtigung auch des Vortrages und der Literatur,Wien und Leipyig.Universal?edition A.G.1912
ハインリヒ・シェンカーHeinrich Schenker シェンカーは専門家(特に音楽学)の中では有名な人物。1868年オーストリア生まれ。ピアノはショパンの弟子のミクリ(1819-97)に師事。ウィーン大学では法学を学ぶ。ピアニストとしても活動していたが1900年に入りピアノや理論の個人レッスンに専念。《シェンカー理論》として1920年頃から世に認められるようになる。
2010年3月19日(金)
気楽なお話しをしましょう。ベートーヴェンの干支はなんだろうと思って、インターネットで調べてみたら、1770年生まれは《トラ年》でした。ちなみに今年、生誕200年のシューマンとショパンは《うま年》、モーツァルトは《ねずみ年》でした。
2010年3月18日(木)《dolceとespressivoの違い》
ベートーヴェンはdolceとespressivoの表記は「ワルトシュタインソナタ」以降、頻繁に出てきます。ピアノの前進であるチェンバロとかクラヴィコードで演奏する時は、タッチの相違はほとんで不可能でした。しかし、ベートーヴェンの時代において、ピアノは大きく変貌しました。確実にバージョンアップして行きました。大きく変化したのは大きく見てダブルアクション(セバスチャン・エラール作製以前のピアノはシングルアクション)による、打弦システムと音域の拡張がその特徴と言えます。ピアニストはその違いをきちんと音にしなければいけません。《dolce奏法とespressivo奏法》が大きなテーマで、講座が出来そうですね。いつかチャレンジしてみたいと思います。表現として考えた時に《dolce》は内面にベクトルが向いているのに対して《espressivo》は外に向いているのだと思っています。《dolce》は内省的に、《espressivo》はどちらかと言えば、レチタティーヴォ的な奏法が必要です。その具体的なタッチの違いはまた次回、お楽しみに。
2010年3月16日(火)《今日も問い合わせ》
今日も自宅にチケットの問い合わせが何件かありました。たいへん、申しわけなく思っています。手元には1枚もありません。当日券も発券しません。聴いてみたいな、というかたの心を察すれば、申しわけない限りです。来年はそんなことはないので。
2010年3月15日(月)《ベートーヴェンの7区分》
ベートーヴェンはよく初期、中期、後期の3つに分類されます。初期を1巻の15番までを初期とする説。ヘンレ版(音大生が使用する定番楽譜)ベートーヴェンのソナタ集が1巻と2巻の作品集であるために、1巻1番から15番「田園」までを初期。2巻16番から32番までを中期と後期。中期は23番「熱情」後期は24番「テレーゼ」から最後の32番まで。おそらく、おおかたこの分類法が多いのではないでしょうか。「熱情ソナタ」は1804年から05年にかけて作曲されました。1805年まではコンスタントにピアノソナタを作曲していましたが、それ1805年以降1809年まではちょっとピアノ曲はお休み。「熱情」と「テレーゼ」の間でちょうど良いことに分けられます。初期のもう一つは11番までのソナタまでという説もあります。いずれにしてもこの《初期》《中期》《後期》の3つの区分は、ベートーヴェンの特性を反映させた分け方ではありません。初期は言葉のイメージからくるものでしょうが、なんか未熟なイメージが浮かびます。ベートーヴェンにあって初期だからって未熟ということはありえません。
さてさて、7つの区分法を紹介しましょう。この7つを頭に入れておけば、どんな作品が来ても、どういう時の作曲の仕方をしたのか、語法を理解するヒントになるでしょう。 例えばみなさんが知っている運命交響曲はいつの作品か?1807-08の作品です。ということは、あの熱情ソナタを作ってからの作曲です。つまり05年から09年までピアノの空白期間なんです。今回も含めて今後演奏する曲目は[赤]字。
第1期(1782_92) ボン時代 WoO47,WoO50
第2期(1793_1800)ウィーン台頭期時代 WoO50,op2-1,2,3,op49-1,2,op7,op10-1,2,3,op13「悲愴」,op14-1,2,op22
第3期(1800_01)実験的ソナタ期 op26,op27-1,2「月光」,op28「田園」,
第4期(1802_05)ドラマ的ソナタ期 op31-1,-2「テンペスト」,-3, op53「ワルトシュタイン」,op54,op57「熱情」,
(1805_09)ピアノ作曲休みの期間
第5期(1809_10)カンタービレ的ソナタ期 op78「テレーゼ」,op79,op81a「告別」
第6期(1814_16)ロマン主義的ソナタ期 op90, op101,
第7期(1817_22)孤高的ソナタ期 op106「ハンマークラヴィーア」,op109,op110,op111,
2010年3月13日(土)《来年のリサイタル日時決定》
昨日、東京文化会館から連絡が入りました。審査が通って、来年のリサイタルの日時が決定しました。2011年3月29日(火)東京文化会館の小ホール。審査というのは、当然、リサイタルの申請を都に出し審査されるのです。都というのは、石原慎太郎知事宛です。必要書類はプロフィールから何から何まで手書きでないといけない。保守的な伝統を重要視しているのでしょう。音楽暦の他、音源も提出しなくてはいけません。毎回、厳選な審査があるのです。そしてめでたく許可がおりた訳です。東京文化会館の小ホールは我が国でも、3本の指に入るくらい音響のすばらしいホールと言っても過言ではありません。500名から600名の中クラスのホールとしては、演奏するほうも聴くほうも実に快適です。さて、8年連続のリサイタルも、終盤に来ました。最終コーナーを廻る頃となりました。来年はテーマは《希望》。最終プログラムは作品110、そして再来年のそれは長大な106ハンマークラヴィーアソナタです。最後のフーガは今、考えただけで、ぞっとする。聴くほうもたいへんだ。後期のソナタは“孤高のソナタ”と言われています。今回のリサイタルで演奏する作品109も第3楽章の中にフーガを織り込んでいますが、後期の106.109.110.のソナタは最終楽章にフーガを織り込んでいます。ハンマークラヴィーアは、ソナタの中では最長のフーガ。あ、そうそう。ちょっとおさらいしておきましょう。ベートーヴェンのソナタを簡単に初期、中期、後期なんて簡単に分類するのは、ちょっと・・・。ロマン・ロラン(仏1866_1944)からシェンク、ベートーヴェンに造詣の深い平野氏も、7期に分けています。明日、詳しくその7期をおさらいしましょう。今日はここまで。
2010年3月12日(金)《ベートーヴェンハウス》
ドイツベートーヴェンの生まれたボンのベートーヴェンハウスに行ってみてください。 Works by Ludwig van Beethovenから入ってみて下さい。ベートーヴェンの膨大な資料が見られます。いい時代になりました。ボンに行かなくても自宅でみかん食べながら見られるんですから、、例えば、作品90や作品111は残っています。ベートーヴェンの自筆譜が見られ、しかも自由にプリントアウトできるのですから、、、、すごい
2010年3月11日(木)《teneramente》
今回のベートーヴェン連続リサイタルのテーマは“あこがれ”。8年連続リサイタルはすべて自分なりのテーマを持っています。簡単にご紹介しましょう。テーマはリサイタルの最後に演奏します曲から霊感を得てつけました。今回の最後の曲は通常“109”(ヒャクキュウ)。3楽章構成の曲。比較的、コンパクトにまとめられた曲。3楽章の第2変奏曲に《teneramenteやさしく、愛情をもって》というベートーヴェン自身が書いた言葉があります。ソナタの中でこの言葉を使用した箇所は他にありません。「Gis-E H-Gis Cis-A」と右のメロディは3度、上行していきます。“あこがれ”は、希望を求めて、生きる勇気をもって、という意味で私は捉えております。人生もそうあってほしいと、ベートーヴェンのソナタ全曲の意義はまさに人生の中のドラマを演出することにあると考えております。つまり、苦難苦境を乗り越え、生きて行く勇気をもつことが最も重要だと。そうベートーヴェンは我々にこのソナタを通して訴えているように思います。そしてそんな苦境の中にあっても人間や自然に対する愛情を忘れない様にしようと、《teneramente》を忘れない様に、、、、、。
2010年3月8日(月)《おかげさまで完売》
王子ホール第6回目リサイタルも御陰さまでチケット完売致しました。有り難うございました。王子ホールは300席。完売なんていうと、ファンが多くて、、、、、(格好いい・・・笑)と言いたいところですが、ちょっと、ちがうかな?まずは、チケットを購入して来て下さるかたに、一番の感謝です。完売の理由としていくつか上げられます。銀座のど真ん中という場所が良いこと。祝日のために、出やすいこと。昼間の演奏会。というのが、一番の理由でしょう。来年はおそらく、東京文化会館になりそうです。文化は王子ホールの2倍のキャパで600席ですので空席がめだつかも。今から、お願いしておきます。
2010年3月4日(木)《人の気持ちに立って思う心》
「僕はひとりぼっちの人を見つけ声をかけます」と作家、遠藤周作が言いました。彼は本の出版記念パーティなどで、パーティ会場にいらした方の中で一人ぼっちでいらした人に自分から積極的に声をかけるそうです。仲間同志ならば楽しくていいのですが、一人のかたは、その心を思えば、よくぞ、お一人でいらしてくださいました。という遠藤周作の心配りでしょう。人の気持ちに立って思う心は時代は変わっても大切にしましょう。リサイタル会場はたくさんの人々がいますが、それぞれいろんな思いで会場に足を運んで下さっています。一人一人に語りかけるように演奏できたらいいなあ!
2010年3月3日(水)《古楽器でのベートーヴェン》
クリスティアン・ベズイデンホウトのリサイタルを聴きました。ある音楽ファンの友人のご招待でした。今度、演奏する曲も入っており、興味深い演奏会でした。《古楽器》はまさに“古い楽器”のことでありますが、本当の意味は『作品が作曲された当時の様式をもった楽器』を意味します。初期の名作とも言われている“悲愴のソナタ”は1798年の作品。彼はその当時と同じシステムの楽器を使用し、演奏しました。楽器自体の大きさも一目瞭然。現在のフルコンの20%〜30%は小さい。鍵盤の数が現在(88鍵)と比べ68鍵。ペダルは膝てこペダル。音色はたいへん柔らかく繊細。ダイナミックも現在と比較すれば50%減です。しかし、あくまで現在との比較。当時、チェンバロが主流だったことを考えれば、おそらく、こんな大きな音が出るんだと、人々を驚嘆させたに違いありません。前置きが長くなりました。ベズイデンホウトの演奏は一言で言えば「即興性高い演奏」。リピートでも、二度と同じ様には演奏しません。ベートーヴェンも即興の名手だったことを想起させるような演奏でした。
2010年3月2日(火)《バランス感覚》
むずかしい時代に入ってきました。すごく、短絡的な言い方で叱られそうですが「すべて悪いのは人のせいにする」時代になってきました。「うちの子は悪くない。悪いのは学校や先生」そんな時代になったような気がします。昔は私たちはたとえ先生に少しは落ち度があっても「おまえの態度が悪いんだ。ちゃんと先生の言う事を聴け」と。そういう両親のもとで育てられて来ました。しかし、、、、今は、、、、時代は進んでいるんです。昔のほうが良かったなんて言ったら、それは時代に即応していない教育をしていることで、失格でしょう。私たちは「昔はこういうふうに教えてもらった」とか、「当然、こうすべきだろう」というように、昔の記憶を辿って、今に振り替えながら、昔と今をダブらせてものを言うことがあります。これはある人に言わせれば「時代が変わるんだから、当然、考え方や文化も変わるので、昔の教育は通用しない」と。つまり、今の時代に合わせた思考や実践力が必要となってくるということでしょう。昔は先生が生徒を選んでいた時代。今はその逆。もし、先生が暴言をはいたり、暴力でもふるえば即刻、なんとか委員会に議題があがり、先生のほうが分が悪くなります。常に「責任の所在」が問われるのです。先生や学校にもし何かの落ち度がある場合は、そこを指摘され、責任を問われます。現在、学校や企業も同じでしょうが、問題が浮上したら、すぐにその迎合性やどこに問題があるのか、追求を受けます。話題のトヨタのリコール問題。政治とお金の問題。メディアは、袋叩きのように、潰しにかかります。安全性や信頼性を売り物にしてきたトヨタは、これから、その回復に時間をかけて立て直していくでしょう。私自身、トヨタ車に乗っています。トヨタはいい車だと思っています。早い回復を祈る次第。各界のリーダーは、昔の経験をふまえた上で今の時代的感性を敏感に獲得するバランス感覚が必要となってきました。
2010年2月27日(土)《おめでとう!》
真央ちゃん、銀メダルおめでとう!
2010年2月25日(木)《オリジナル曲なのか編曲なのか?》
今日もバンクーバーオリンピックの話題。明日早朝、女子、フィギアスケートでフリーが行なわれます。全世界の人々は、韓国、キム・ヨナと真央ちゃんの金メダル争いに注目しています。問題は、真央ちゃんの滑るバックの音楽のこと。真央ちゃんの曲は20世紀最大のピアニスト、ラフマニノフ作曲の前奏曲作品3-2ということをご存知でしょうか?この曲は、将来ピアニストをめざす学生が、ラフマニノフ入門として選曲するピアノソロ曲です。技術的には他の前奏曲に比べやさしい曲です。確かに重苦しい雰囲気がこの上なく出ている曲ですね。音楽がいかに重要かということはこのフィギアの世界の指導者はみんな共通認識でもっていることでしょう。私自身も以前より、どうして、ラフマニノフの鐘なのか?と疑問に思っていました。外国のメディアの一人が真央ちゃんに、「どうしてこの曲なのか」と質問している場面がテレビに映っていましたが、真央ちゃんはその理由は「今までとは異なる自分の表現力を追求するため」と。断固としてこの曲を変更する意志はないことを主張。真央ちゃんの優雅さや、美しさ、とはかけ離れたキャラクターの曲。cis-mollという調性もあのベートーヴェンの月光の1楽章と同じ調。暗くどん底へ向かって悲劇的に進んでいく性格です。彼女のコーチ、タラソワも、この曲のもっている、曲調に対して疑問に思ったのか、「この曲でいいか?」と、真央ちゃんに、念押しする場面も。さて、どうして単調なのか?理由はこの曲のオリジナルはピアノソロだということです。オケの編曲で聴くと確かに一本調子に聞こえるその理由のひとつに和声的な変化が不足していることが言えます。しかしオリジナルのピアノで弾くとどうか。これが以外にそうではないのです。2ページ目から3ページにかけて、クライマックスがあり、最後は、サイレンスで終わる。編曲とはまったく違います。ラフマニノフのオリジナルはピアノ曲として作曲したのであって、オーケストラ用にアレンジしたのではないことは事実。つまり、ラフマニノフという人のことを知らないといけない。ピアニストのポゴレリッチが言う様に「ラフマニノフは20世紀最大のピアニスト」。彼はピアノによって最大限に曲のDynamism(ダイナミズム)の要素を取り入れたのです。ピアニストは料理人と同じ。同じ素材でも作る人によってまったく異なる料理が出来るのと同じ様に、ラフマニノフやショパンは弾く人によってまったくちがう曲になってしまう。それをヴィルトーゾ(名人芸)と言いますが、曲がいいのではなく弾く人がいいということは数多くあるのです。このオリンピックでショパンの遺作のノクターンを入れたスケーターもいましたが、やはり編曲でした。ショパンを持ってくるということはショパン自身ピアノ曲しか書かなかった(チェロの曲とか歌曲も数曲ありますが)と言ってもよいくらいピアノに命をかけた作曲です。ショパンは編曲で聴くのはナンセンス。《オリジナル曲なのか編曲なのか?》編曲してたいへんドラマティックになる曲とそうでない曲があるということを認識する必要があります。コーチはタラソワという金メダリストを何人も育てたコーチ。回転技に関してたいへん、すばらしい指導力と聴く。タラソワのご主人は有名なピアニストのクライネフ。音楽に関しては彼に相談したことでしょう。それにしてもキム・ヨナの007はなんとも、会場を沸かす。音楽は身体の動きも変化させてしまうということをもっと知らないといけない。重苦しい雰囲気に飲まれず、自分自身で満足する演技をしてほしいと思っております。
2010年2月23日(火)《美学》
バンクーバーオリンピック競技をついつい練習の合間に見てしまいます。おかげさまで、みやねさんではありませんが寝不足。今日はスキーの団体戦が行なわれ、5位という結果。その中で最高年齢37歳の葛西選手の2回目のジャンプが放映されていました。140メートルのジャンプ。葛西選手は12年前の長野オリンピックには出場できずに、悔し涙を流した選手とのこと。彼は今回のオリンピックにおいて、どれだけ出場への感謝と幸福を感じているのか、テレビの画面からもよく伺えました。そして最高の結果を出す。これは、精神的な経験が重要なのかということを意味していると思います。メダルより、自己ベストのむずかしさ、つまり自分に勝つということでしょうか?それが美学と言えるでしょう。
2010年2月22日(月)《モダンは如何ですか?》
大学も学内の秋の試験が終わり、入試があちこちで行なわれています。私立の音大は今がたけなわ。ところで、今年の小佐野の門下は最高の出来を見せてくれました。よく勉強してくれました。曲は、バルトーク/ソナタ、デュティーユ/ソナタ、ヒナステラ/ソナタを演奏します。バルトークが1881年生まれで1945年没。デュティーユは1916年生まれで現在の94歳。ヒナステラは1916年_19836年没。デュティーユとヒナステラは同年齢となります。モダン(1900年以降20世紀の作品)は譜読みに大変時間を要します。しかし、一度、覚えるとこれが以外におもしろいのです。なんと言ってもリズムの冴えは現在の若者はたけていますから。
某音大の成績のトップはショスタコ/ソナタです。今や、先生たちの耳にとって古典やロマンに新鮮さを吹き込むのは至難の業。コンクールでも同様でしょう。モダンは如何ですか?
2010年2月21日(日)《飲み会の幹事》
現在、大学生はリーダーシップ力が不足していると言われています。小生は、必ず、新入生歓迎会、送別会、その他、食事会を行なっています。こういう会はたいへん重要な意義があると個人的には考えています。ちょっと時代を遡ってみよう。30年前になりますが、小生の大学時代の飲み会は、一言で言えば、自由奔放、めちゃくちゃでした。自分の門下ではありませんでしたが、管楽器のコンパにおいて、飲めないお酒を先輩に飲まされ、一気飲みし、急性アルコール中毒で救急車で運ばれたりしました。一気飲みも無茶苦茶でした。一升瓶の日本酒を大きな鍋に入れ、それを、飲まされる、そんな風景を見た事があります。小生はピアノ科で、女性が多かったので、そんな経験はなかったのですが、他の学科はたいへんな事件に発展したものです。飲んで酔っぱらって大学の前の池に、飛び込み、あげくのはて、心臓マヒで死亡者も出ました。それからは、一気飲みは禁止されたようですが、、、、、。その時代、小生の大学だけでなく、他の大学もそういう事件が多かったのではないだろうか?とにかく、20歳前からお酒を飲むのは、当たり前のような時代でしたから(小生自身は20歳から飲みましたよ、、、笑)。それにしても勢いがあったな、、。ところが、現在は? 20歳前にもし、お酒を飲んだり、教員が飲ませたりしたら、学生生活委員会の方が来て、即刻、委員会に報告され、教員はなんらかの処分です。「コンプライアンス」という流行の言葉が頭をかすめます。ああ、、こわい。前置きはそのへんにして、
本論に入ろう。今現在、企業でも学校でも、仕事を取りまとめるリーダーシップが足りないとよく言われています。その中に旅行の幹事、食事会の幹事ができないとも。小生も実感として思います。まず、幹事としてのはじめの仕事は「お店選び」でしょう。「美味しい」「安い」「雰囲気」等いろんな条件がからみあっています。幹事としての重要な《ほうれんそう》。「報告」「連絡」「相談」。連絡は最も重要。送別会だったら卒業生へ、在校生へ、先生へ、そしてお店へ人数を把握し連絡。もっと重要なことはその会にあった雰囲気作り。いわゆる盛り上げ係です。みんなに来て良かったね。と感じてもらえるような心配りが重要。こういう旅行や食事会の幹事が出来れば、社会においてもきっと評価されるでしょう。あいつに任せておけば大丈夫。これはすばらしい信頼です。その信頼が人の心を動かすということを理解しなくてはならないのです。つまり幹事は自分のことではなく、いかに人のことを考えて行動できるか、これがキーポイントです。今の小生の門下にもかなりセンスの良い学生ややさしい心の学生がたくさんいます。一般的に言えば今の学生はかわいそうになります。以外に遊んでいないのです。安くて美味しい料理をいかに自分が食べているか、あるいは、人からそういう情報を得ているか?「先生、このお店、美味しいから食べに行きましょう」という話しはほとんどありません。明治大学の齋藤 孝先生の著書の中に「後輩は先輩を誘っておごられ上手になることが大切だ」と。おごっていただき、かわいがっていただくこと。これがまさに人間関係の中で大切なこと。小生の時代は教師は学生に連れて行かれ、お金を出すのが常識だったのです。学生はお金がないことは、昔も今も同じ事。昔は教師が学生に誘われる時代。今は教師が学生にここは美味しいから行こうと誘う時代です。もちろん、そういう時に学生の3人分くらいは、マネーを出してあげますが、、(お金もないのに)しかし、お金がなくても人との交流があったり人との関わりが出来たのです。昔はレッスンは来なかったけど、飲み会には来た学生がいたなあ、、、、懐かしい、、、
なぜ、おごられ上手だったのかを考えた時、先輩から自分の専門のことや、人生のことなど、生きた情報を教えてもらいたかったから。つまり、好奇心旺盛だったからでしょうか?
2010年2月15日(月)《ちょっとした一言》
バンクーバーオリンピックで、モーグルの上村愛子が、4位の大健闘。彼女のこの12年間を振り返れば、98年長野五輪は7位。02年ソルトレークシティー五輪は6位。01年にワールドカップ(W杯)総合2位になるほどの実力を身につけた。トリノ五輪では、5位だった。そして今回4位。昨年の世界選手権は優勝。
どこかのアナウンサーが「残念ながら4位に終わりました」と、無神経な発言をしたことに、たいへん、腹が立った。五輪までのプロセスがいかに重要か、その努力を讃えるべきメッセ-ジを言わなければならないのに。大健闘、苦難を乗り越え堂々、世界の4位。りっぱな活躍でしたとなぜ、言えないのか?アナウンサーの言葉は日本人のマイナス思考を示しているのか?
2010年2月14日(日)《講座 みんなで歌いましょう》
《みんなで歌いましょう》は今年の12月で100回目。毎回300名以上の受講生が歌っております。小生は3回目より、登場させていただき、今日に至っております。近年のおどろきは男性が多くなったことです。男性が多くなった理由のひとつは歌うだけでなく、曲への理解度が深く増していく点にあります。なぜなら、毎回、毎回、江口先生が歌の時代背景を勉強されています。歌に対する知識をあらゆる角度から研究をしています。そして、それが、ただ、学んだ事をレポート的に言うのではなく、先生の独断的な即興性をもって伝達していること。客観性と独断性のミックスがおもしろいのです。これが講座をおもしろくしているのではないかな?たかが1曲の歌ではなく、その歌の内容をいかに深く学ぶか、勉強熱心な姿勢が皆さんに新鮮さを与え、おもしろい講座になっていると言えます。そういうことが男性たちの琴線をくすぐるのでしょう。小生のリサイタルにも興味を示して下さり、感謝です。
2010年2月11日(木)《心身ともに浄化されるような思い》
92歳の恩師のレッスンに行きました。先生は芸大(旧、東京音楽学校)を卒業後、我が母校の国立音楽大学にて後進の指導をされて、退職されても音楽に対する情熱は失われることはありません。1918年生まれ。92歳(この四月で93歳)になる現在においても、北九州、広島へ出張され講座やレッスンを行なっていらっしゃいます。ピアノ界の日野原さんとも言われている小生の恩師です。心身ともに浄化されるような思いでレッスンを受講しました。
2010年2月9日(火)《チャペルにて練習》
大学内、チャペルにて総練習を行ないました。チャペルはニューヨークスタインウェイを備えています。さすが玉川大学、卒業生が寄付して下さったピアノです。慶応大学も同様らしいですが、玉川大学は卒業生が母校を思う心がすごい。それにくらべて、、、我が母校は、、、、小生も母校にバーーンと1台ぐらいピアノを寄付したいもの。(笑)さて、ベートーヴェン 今回のソナタは全4曲です。今回のリサイタルのトータル演奏時間は、全部で70分で8回の連続リサイタルの中で最も短い時間となります。ちなみに今までに一番、長かったのは熱情を弾いた時(2008年3月26日(水)東京文化会館)の「生命力」。第11番、第19番、第20、第23番「熱情」全5曲でした。この時は曲数が多くて、演奏順を間違えたのでした。(反省)今回は曲数が少ないのですが、密度の濃い演奏、内容で勝負です。自分なりのテーマは以下の通り
一本一本の指にすべてキャラクターを与え、それぞれに変化させて弾きたい。オーケストラ演奏に近づける事。ピアニストとしてというより指揮者の立場で演奏をしてみたい。せっかく昨年の夏に、第九の合唱を全部、覚えたんだから、その成果も少しは演奏に活かしたい。ただ、表面的な指揮のまねごとは止めよう。あくまで内容豊かに演奏すること。曲の中身をお客さんに伝える事。
これはベートーヴェン全リサイタルのテーマです。今回は前期の曲、9番と7番 休憩をはさみ、24番(テレーゼ)そして後期の30番。すばらしい曲です。通常109(30番)は何回も弾いていますが、油断禁物。細かい神経を使い、ただ神経質にならないことを考えます。テレーゼは全部演奏しても10分程度。当然、リピートします。109はたいへんコンパクトに作られた曲です。長々と言いたい事を言わない。本質を短く簡潔にした話術が大好きです。熱情やワルトシュタインは1楽章でも10分かかるのに、109は5分とかかりません。しかし、曲の内容は109のほうが上かもしれません。人間、老齢者が語る言葉に重みがあるように、ベートーヴェンも人間です。さすが円熟の域に達すれば時間はかけなくても意図は伝わるんですね。今回もアンコールはしません。それにしてもソナタを弾いてまったくあきない。ベートーヴェンという人は、ただの1回、同じものは作っていない。これがすごい。時間かせぎはあるかもしれないけど、、手抜きはない。
2010年2月8日(月)《木を見て森を見ない練習》
リサイタルを控え、部分的な練習を行なう。森を見て木を見ないではなく、木を見て森を見ない練習も重要。つまり、木の葉の1枚1枚、葉の裏まで細かい部分を分析しながらの練習を行なうという意味です。
2010年2月7日(日)《井上美紗子リサイタル》
昨日は、彩の国、さいたま芸術劇場へ井上美紗子先生のメゾソプラノリサイタルへ行って来ました。御自身でもおっしゃっていましたが御年、寅年72歳。一口で言うなら、「歌は人生、人生は歌」そんな言葉が頭に浮かんでくるようなリサイタルでした。“音楽は人を語る”ということを教えて下さったリサイタルでした。昨日は強風のために電車が遅れたり、止まったり、風が強く寒い日でした。外とは真逆に人々にやさしく問いかけてくれた先生の歌声は人の心をあたたかくしてくれました。演奏は、本質に即しており内容が深く、感情過多にならずに、知性と感情のバランスが見事でした。ギターとチェロバスを入れての演出もいかにも頭の良い井上先生らしい。40名弱のホールに実にマッチした響きがすばらしかったです。美紗子先生が人生において教育にも演奏にも誠心誠意尽くしてこられた裏付けでした。演奏終了後のご挨拶も実に感謝の言葉を丁寧に心をこめられておっしゃっていました。これも会場のみなさん、感激されたのではないでしょうか?
2010年2月4日(木)《新年会》
高校の時からの親友とやっと2ヶ月遅れの新年会が出来ました。荻窪の焼き鳥屋「秋吉」で飲んでからラーメンの老舗「春木屋」へ行きました。久しぶりに、楽しい時間でした。彼は、今までに大きな病気を2つしています。ラッパ一筋で生きている。新しいグループを結成し、活動していく話しを伺いました。
2010年2月3日(水)《節分》
節分とは、立春・立夏・立秋・立冬の前日のことだそうです。江戸時代以降は立春の前日を示すための言葉だそうです。小生、マンション中に聞こえるくらい大きな声で「福は内、鬼は外」と叫びました。この日は許される行為。羞恥心を捨て、邪気を追い払う為に声を出しましょう。
2010年1月30日(土)《杜のホールへ》
江口先生と橋本の杜のホールへ相模原バージョン開催(皆さんと共に)のため行って来ました。江口先生、名古屋から早朝5時起きで駆けつけて来ました。昨晩はあの新幹線の停電さわぎがあり、帰って来ることが出来なかったようです。
2010年1月27日(水)《学内試験》
大学は今、学内試験の真ただ中でしょう。術科の試験が多いのではないでしょうか?これが終わると入試です。そういう合間を縫ってリサイタルの練習ですから、よほど、頭の切り替えをしなくてはいけません。生徒さんの試験は生徒の気持ちになって、レッスンをしなければだめ。精神的に疲れます。リサイタルは自分のことだけ考えれば良いのですから、ストレスはかかりません。いつも思いますがリサイタル前のほうが、人々は気遣って下さり、小生に対して仕事の注文がないのがいい。リサイタル終わってからの多忙さは尋常ではありません。
2010年1月25日(月)《国立プレリュードステーション盛会》
またひとつ大きなイヴェントが終わりました。アドバイザーは北海道よりK先生。東京よりN先生。そして埼玉よりS先生。DUOは齊藤DUOが心のこもった演奏を聴かせて下さいました。アドバイザーの講評も好評。お客さんもかなり動員できました。裏&表スタッフは16名。Tファミリーのおかげで、乗り越えることができました。スタッフ全員が忙しい中を時間を費やして気持ちよく仕事してくださり、ほんと、感謝です。先生がたの声かけがなければできなかったことです。まずは、あらためて心より感謝です。よく考えたらこんな贅沢な会はないですね。重鎮の先生ばかりで、うまく行かないはずがないですもんね。T邸での食事に始まり食事で終わる。なんとも素敵なストーリー。これではみんなが仲良くなるはずです。
H神父より励ましの言葉を頂戴しました。
『ひとつこのステーションをやって学んだことは楽しみながら、つながりを造り出しながらやることの大切さです。これは今後に生かしましょう。そしてわたしの意見ですが参加者たちもぼくらや参加者同士とつながっていけるような仕掛けが大切かなって思います。参加者はピアノが出会わせてくれたかけがえのない仲間たちです』
2010年1月21日(木)《明日は国立プレリュードステーション開催》
明日はくにたち芸小ホールで朝から晩までステップ開催します。小佐野は主催者です。74組の出演者あり。受験の時期でのでフリーステージ応募が多かったです。
2010年1月21日(木)《明日は鎌倉芸術館へ》
明日は鎌芸術館にて皆さんで歌いましょう。開演は午後1時30分から
2010年1月19日(火)《全体を見渡した中での細部》
国立音楽大学の学生はシマノフスキーのソナタ。玉川大学の学生はヒナステラのソナタ第1番、バルトークのソナタ、デュティーユのソナタ第3楽章を演奏しました。今年の学生はなかなか内容のなる演奏をしてくれました。明日から在学生の試験が始まります。試験に臨むにあたって、小佐野からのメッセージは『いつも全体を見渡した中での細部であってほしい。本番前は細かいことを気にするな。気持ちを前向きに、完璧に弾こうなんて思うな。楽しんで弾け』等々。
2010年1月16日(土)《みんなで歌いましょう》
今日は、午前中は『みんなで歌いましょう』午後は八王子の『童謡の会』。指導はおなじみ江口先生。楽しいひとときでした。人生の先輩から英気を与えられます。音楽を通じて感謝です。
2010年1月13日(水)《新年会出席》
六声会合唱団の新年会に行ってきました。平均年齢72歳のコーラス団体。旧制六中(現在の新宿高校のOB出身者)を中心とした男声合唱団です。メンバーはすごい人ばかり。みなさん、現役引退されましたが、松坂屋常務、某音大教授、東日本JR幹部、ニコンの社長クラス、王子製紙常務、等、一流の会社の取締役が何人もいる超インテリ組合唱団です。現在は会社を退き、みなさん、悠々自適(?)な暮らしをされている方々。しかし、身体はそろそろ、老朽化してきて、いろんな故障をかかえているかたもいます。そんな中、元王子製紙のSさんがまとめ役としてのトークがありました。「いま、アマチュアの合唱団の演奏をみるとほとんどが暗譜で歌っています。我々もがんばりましょう、、、」と。今年5月22日(土)60周年の演奏会を計画しています。小生も伴奏で共演致します。ソロは大倉由紀枝さん、五十嵐修さんたちが歌います。指揮は新しい指揮者の飛永氏です。この合唱団は還暦を迎える60周年という節目の演奏会だそうです。いつになく皆さん、心意気が高く素敵でした。元気で歌えることの幸福を感じていらっしゃるのでしょう。
2010年1月11日(月祝)《湯田高校卒業演奏会へ》
今日は甲府湯田高校の卒業演奏会へ行って来ます。その後、六声会の合唱団の新年会。そのまま甲府から新宿へとびます。ソプラノの大倉由紀枝さんやテノールの五十嵐修さんもいっらしゃるとのこと。楽しみです。
2010年1月5日(火)《まず挨拶》
まず『挨拶』から。なんて言うとまたか、と言われてしまいますね。今まで何百万回も挨拶が重要だという話しをして来てさらに、ここで書くことは、いささか、心が痛むというか、自分が古い人間のようでなんとも、なさけないもの。心に決めたことがあります。それは、挨拶に関してのこと。人生の先輩へは、自分から積極的にCon brio (元気)に『おはようございます』。とか、『今年もよろしくお願い致します』と言うこと。しかし後輩に対して何も言わないで彼らの表現を待っていること。もし、後輩諸君らが何も言わなければ、こちらから、挨拶をして、気づいてもらうこと。これを心に決めております。今日はいい話しを書こうと思います。昨日、大学の正面玄関にて、『あけましておめでとうございます』と、小佐野門下生が元気に挨拶しました。実は、午前中、数名の学生に会っても、何も言わない。なさけないと思っていた矢先、あまりにも元気に挨拶したものだから、『さすが小佐野門下生』と口をすべらせてしまったのです。他の門下生もいたのに、、、、。『1年の計は元旦にあり』数年前、東大の学長も入学式で語っていたようです。《まず挨拶》と、挨拶ができる人間になってほしいと。歌は歌えなくても、ピアノは弾けなくても、もとえ、ピアノを弾く前に、まず挨拶。
2010年1月4日(月)《大学で学ぶ意味》
今日から授業スタートです。数年前では考えられない現実。今や、大学は年間30回のノルマを達成すべく、授業計画と実践を行なっております。ということは、休日も返上し、代講をしなければなりません。土曜日も授業を行なう日が何回もあります。これも、文科省の『ゆとり教育』のつけがまわってきた証拠。これが本当に意味のあることなのか、考えざるを得ません。しばらく、言われた通り、忠実にこなしてみましょう。どういうことになるのか、、おそらく、再度、検討しなければならない問題が起きるかもしれませんね。ちなみに東大は授業回数にこだわらない。しかも授業の出席をとらないそうです。しかし、東大でやったことが必ずしも私学で通用するわけではありません。むしろ、その逆はあるでしょうが。大切なことは“大学で学ぶ”とはどういうことなのか深く思考する時期が来たようですね。学生諸君も出席をとるから授業に出る、、、ではなく、出席するのは当たり前にならないといけないのです。学ぶ絶好のチャンスをいただいているわけですから。
2010年1月4日(月)《A Happy New Year》
あけましておめでとうございます。皆さんにとってすばらしい年となりますように。全世界の人々が平和で過ごすことができますように。