地球温暖化防止のための原発推進論の誤り
副作用の強い対症療法よりも
根本治療につながる抜本的対策を

小島延夫

 

一 はじめに

 今年一二月に京都で地球温暖化防止のための国際条約である気候変動枠組条約の第三回条約締結国会議が開催されることもあり、地球温暖化問題への関心が高まっている。

 地球温暖化対策のひとつとして、原発推進論がいわれているので、それについての論述を求められた。筆者は、日弁連で、日弁連の地球温暖化防止についての条約締結国会議実行委員会の委員のひとりとして、地球温暖化対策を検討した一人であり、また、九六年度に公害対策環境保全委員会の原子力問題担当副委員長として、エネルギー問題の検討をした一人として、その点について、意見を述べてみたい。以下に述べるものは、私見であり執筆の責任は筆者にあるが、日弁連での調査研究に多くをよっており、日弁連への感謝の意を表明しておきたい。

 

二 重大かつ深刻な環境問題としての地球温暖化問題

 地球温暖化問題は、今日、人類が直面している最大の環境問題であり、その規模、程度の深刻さいずれをとっても、人類がいまだかつて経験したことのない深刻な悲劇をもたらす恐れがある問題である。

 一九八五年に発表されたIPCC(地球温暖化について今後の取組の科学的基礎を与えるために、各国政府と国連がつくった国際的組織ー正式名称は「気候変動に関する政府間パネル」)の第二次報告書IPCCの中位の予測(CO2の大気中濃度は一九〇〇年レベルの二倍)では、二一世紀末に、全地球平均の気温は一九〇〇年と比較して二度、海面水位は約五〇cm上昇すると予測されている(もっと高い予測では、上昇温度、海面上昇ともにその二倍に達するとされている)。

 そして、予測されるような気候変動が起きた場合、雨の降る場所が変化し、雨の降り方や乾燥が極端になる(以下、記述は特にことわりのないかぎり、IPCCの第二次報告書による)。また、台風が増える可能性もある。異常高温、洪水、干ばつ等の異常気象も頻発するようになる。その結果、たとえば、スペインとギリシャでは、内陸湿地帯の八五%が温暖化により失われると予測されている。

 また、海面の上昇と気象の極端化は、沿岸地域における洪水、高潮の被害を増やす恐れがある。五〇cmの海面上昇で、高潮被害を受けやすい世界の人口は、四六〇〇万人から九二〇〇万人に増加すると予測されている。たとえば、マーシャル諸島では国土の大半が失われ、バングラディシュでは国土の3割が海面下となる。

また、マラリヤ、黄熱病等の患者数も増加すると予測されている。日本が属する温帯を含め、五〇〇〇〜八〇〇〇万人のマラリヤ患者が増加するおそれがある。

そのうえ、温度が二度上昇した場合、全森林の三分の一で、現存する植物種の構成が変化し、生態系全体が変化し、その結果として、急激な変化に追い付けない生態系の崩壊の危機が指摘されている。

 そして、熱帯、亜熱帯では、人口が増加していく一方で、食糧生産量が低下していくとみられている。

地球温暖化問題が、人類に極めて深刻な影響を及ぼすことは明らかである。

 一方、日本は、アメリカ合衆国、ロシア、中国に続く、世界第四位の温室効果ガス排出者であり、一人当たり排出量でみても、世界平均の約二倍と、その温暖化への関与の度合いは高い。しかも、一九九〇年以降もなお、その排出量は増加を続けている。

 こうした中で、地球温暖化防止のために、日本が早急に取り組むべきことは人類に対する重大な責任である。

 

三 地球温暖化防止と原発推進論

 地球温暖化防止を実現していくためにどうすべきであろうか。

 地球温暖化を起こしている主要な原因は炭酸ガス(二酸化炭素)である。これは、石油、石炭などの化石燃料を燃やすときにでるものであり、人間がエネルギーを消費し続けていくかぎりゼロにすることはできない。近代の「文明的」生活とも密接にむすびついているものであり、それを減らすことは、すなわち、生産、流通、消費といったあらゆる人間活動の側面において、そのあり方を見直すことを意味する。

 いわば、近代文明の見直しが迫られているといってもいい。

 しかし、そうした中で、温暖化防止の切り札として、原発推進論の主張が、電力業界や一部の学者などからなされている。

 現在、エネルギー消費の伸びが著しい中で、多少の省エネルギー策をとったとしても温暖化を抑制していくことは難しく、問題解決のためには、原発の建設を早急に進めていくことが必要だとするものである。

 しかし、この議論は、様々な問題点を含んでいる。

 

四 重大な環境負荷と資源の有限性

 原発推進論の第一の誤りは、原子力発電が環境に与える重大な負荷を無視している点である。

 原子力発電が環境に与える重大な負荷については、本特集において、別の論者が論じているところであるので、詳しくはそちらを参照されたいが、基本的には、原発の持つ危険性の問題と核廃棄物の問題を指摘しておきたい。

 核廃棄物だけをとってみても、その環境に与える負荷は極めて深刻なものがある。それは決して無視できないものであって、また、核物質の特性からいってほとんど解決不可能な問題である。その環境に与える負荷の高さは極めて深刻なものである。

 第二の問題点は、核燃料資源の有限性の問題である。核燃料資源は、現在のような状況で消費していった場合、今から五〇年を待たずして枯渇するといわれている。原発によるエネルギーに依存したエネルギー多消費型社会は、核燃料資源が枯渇したときにどうするのであろうか。大量の化石燃料消費に依存することはもはやできない。この点も大きな問題点である。

 なお、この点については、核燃料サイクル、すなわち、ウランを燃やしてできるプルトニウムを利用することによって、核燃料はほとんど無尽蔵になるので、それでエネルギー問題は解決できるとの考え方が一部の学者等から示されている。しかし、この点も、本特集の他の論考で詳述されているところであるが、高速増殖炉「もんじゅ」と東海再処理工場の事故によって、核燃料サイクルの実行が極めて困難であり、逆に重大な危険をもっていることが明らかにされている。核燃料サイクルの発想による資源の有限性の克服論は重大な問題をもっている。

 

五 地球温暖化防止のための方策

 では、地球温暖化防止は、原発に依存せずとも可能であろうか。私は、日弁連の地球温暖化防止についての条約締結国会議実行委員会の委員のひとりとして、様々な検討をしたが、その結論からすれば、十分に可能であるというのが結論である。

 その検討結果を、以下に要約してみたい。便宜上、エネルギー転換部門(発電部門など)、産業部門、民生部門、運輸部門にわけてまとめてある。詳しくは、日弁連が今年(九七年)八月に発表した「地球温暖化防止のための意見書」を参照されたい。

1 エネルギー転換部門における対策

エネルギー転換部門では、直接のCO2排出量は、二三%。この部門では、技術的には最近向上しているにもかかわらず、化石燃料からのエネルギー転換効率はここ三〇年ほど横ばいのままとなっている。

短期的には、石油、石炭から、天然ガスへの燃料のシフトと発電効率の改善、コージェネレーション(電気に加え、排熱を地域にエネルギーとして供給するもの)の推進で、CO2排出量の相当な削減は可能である。私が試算したところでは、遠隔地の石炭火力発電所と都心部の石油発電所を、同量のエネルギーがえられる天然ガスの高効率発電かつコージェネレーションシステムと置き換えた場合、CO2排出量は、七割強削減される。

 それをすすめるためには、効率の悪い発電所の大幅な解体と都市部における独立電気事業の推進が必要であり、そのために、電力事業において、発電部門と配給電部門の分離、独自電気配送の自由化、効率のいい発電の買取の制度化の大幅な推進など、徹底した規制緩和策をとられるべきである。

 また、それと平行し、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの利用をすすめることが重要であり、そのためには、化石燃料と原発に対し、炭素エネルギー税をかける一方で、その資金などを活用して、太陽光や風力を進める人(個人の家庭から独自の事業者)に対し、発電した電気を費用が回収できる値段で買い取る制度を設けるべきである。

 以上に加え、以下の2から4にみるように、需要サイドでの抑制策を取り、それを進めるような電力料金体系や炭素・エネルギー税を導入した場合、二〇一〇年までに、この部門では、二〇%を大幅に上回る削減をすることは可能である。

2 産業部門における対策

産業部門からのCO2排出量は四〇%で最大である。その六割はエネルギー多消費四業種からである。二度の石油ショックを経験した一九七〇年代前半から一九八〇年代なかばまでは、主に企業の自主努力による省エネルギー化が年率一・九%とすすんだが、一九八〇年代後半以降石油料金が下がり、円高が進行していく中で、企業の自主努力はとまり、エネルギー消費量は増加している。

技術的にはなお十分な可能性をもっており、削減のためには従来の省エネルギー法のような努力規定・緩やかな目標設定では不十分。一律削減目標を定めての総量規制、それと連動し削減に向けての経済的インセンティブとしての排出権売買、外への電気・熱エネルギーの売却・供給システムの確立等強力な法的施策を講じる必要がある。その施策を講じた場合には、今後二〇一〇年まで年率二%前後のCO2削減も可能である。

3 民生部門における対策

この部門は、家庭部門と業務部門を含む。それぞれCO2排出量は、一一%前後であわせて、二三%である。家庭用部門は年率二%強、業務部門は年率三%後半と急速な伸びをみせている分野である。

この部門でも、住宅や業務用建物の断熱性能、空調設備、照明設備の向上と自動販売機の電力消費抑制や太陽光発電の導入、コージェネレーションの推進等によって、年率二%を超えるCO2削減は可能である。

それらの対応策の推進のためには、以下の措置がとられるべきである。

a 既設の業務用ビルにおける省エネルギー型への設備等の転換の義務づけ

b 新設の業務用ビルの基準の設定と設備の義務づけ 

c 業務部門の事業者に対する省エネルギー規制 

d 省エネルギー商品(電気製品など)の普及推進のための認定・補助金制度

e エネルギー料金体系の累進化・削減奨励金等の設定 

f 啓発活動と地方自治体の積極的活動 

4 運輸部門における対策

この部門の割合は約二〇%だが、高い割合で増加している。そのほとんどが自動車からのものである。また、六割強が旅客によるものである。

物流分野においては、自動車よりエネルギー効率がはるかに優れる鉄道へのシフトが必要であり、そのためには、都市間貨物鉄道の整備、都市内地下物流システムの構築等抜本的対策が必要である。

人流(旅客輸送)については、LRT(路面電車)の普及やバス走行の改善等公共交通機関の整備が必要であり、また、自転車交通の促進やパークアンドライドといった都市内への自動車流入防止のための対応策が必要である。

自動車の燃費向上やハイブリッド車、電気自動車の導入によって二〇一〇年に約一六%の排出削減は可能であり、上記の物流・人流分野での対策と合わせ、二〇%を実現することは可能である。

そのためには、

a メーカー平均燃費規制

b 低排出自動車の販売義務規制

c 燃費による税金賦課

d 自動車交通総量の規制

e 道路建設の抑制、道路特定財源の廃止

といった措置が必要である。

 ガソリンや軽油についての税金は特定財源措置を廃止したうえで、環境保全という観点から、一種の課徴金的なものとして残すべきである。

 

六 法的、制度的保障の確保とNGO、地方自治体の位置づけ

 以上のような温暖化対策をすすめるためには、法的および制度的な保障が必要である。

 日弁連は、そのための法的制度として、地球温暖化防止法の制定を提言しているが、その内容は、右五で述べた内容を強制的に実施させるための具体的措置を定めるほか、

 a 温暖化防止の権限の環境庁への集中

 b 温暖化防止行動計画の法定計画化

 c 情報の整備・公開システムの確立

 d 地方自治体の位置づけ

 e NGOの位置づけ

 f 温暖化防止に向けてのODAの見直し・企業進出の規制措置

等といった内容が盛り込まれる必要があるとしている。特に、また、NGOと地方自治体の役割が尊重されるべきであるとしている。

 地方自治体については、ドイツなどの例から多くの可能性が指摘されている。都市のあり方や交通政策、さらには再生可能エネルギーなどの小規模分散型エネルギーの開発は地方自治体の方が実行しやすいという側面がある。ドイツのフライブルクは、中心部へ一般車両の乗り入れを全面規制する一方、路面電車や列車等の利用を促進するために特別の割引パスを発行するなどして、交通システムの転換を図っている。アーヘンは、風力等の再生可能エネルギーを高い価格で買い取る政策をとり、再生可能エネルギーへの転換を図っている。

 日本国内でも、川越のように電力消費量の削減をよびかけ、実際に削減を果たしているところもある。

 地方自治体のイニシアティブを地球レベルで尊重していく中で新しい可能性が開けているのが現状であり、この点は重視されるべき要素である。

 

七 最後に

 温暖化防止は、人類の生存にとって不可欠のことであり、日本がそれに総力をあげて取り組むべきである。しかし、現状は、各省庁の綱引きの中で強制力をもった措置などがとれないままにきている。また、様々な権限が中央省庁や電力業界等に集中し、地方が独自に対策をとっていくことも困難な状況にある。

 今、必要なことはここでみてきたような本来とられるべき対策を早急にとることである。それこそが地球温暖化防止のための正しい道筋である。

 それなくして、別の地球環境への悪影響をもたらす原発に走るのは、解決の道筋として間違っているといわざるをえない。また、根本的治療を避ける方法でもあり、今求められている真のパラダイムシフトを妨げる道でもある。地球温暖化防止のための原発推進論は直ちに撤回されるべきであろう。