第1 地球温暖化の影響と日本の関与

 

1 地球温暖化防止が世界共通の議題に

1970年代終わりころから地球温暖化に関する科学者の報告が活発に行われるようになり、1985年にフィラハ(オーストリア)で開催された国連環境計画(UNEP)主催の温暖化問題についての初の科学者の会合で、温暖化問題の深刻化が確認された。

そして、1988年のアメリカ合衆国での猛暑と干ばつの年、カナダのトロントで開催された会議(カナダ政府主催)に、世界から科学者及び政治家が集まり、温暖化が国際的に重要な政策課題であることが確認された。

同年11月には、世界気象機構(WMO)と国連環境計画が共同して、地球温暖化に関する最新の自然科学的及び社会科学的知見を取りまとめ、地球温暖化防止に科学的な基礎を与えることを目的として、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立された。

IPCCは、1990年に、第一次報告書を、1995年に第二次報告書を、それぞれ作成し、地球温暖化の影響を明らかにした。

この間、明らかになった影響の深刻さに対応するために、1992年には気候変動枠組条約が作成されており、地球温暖化防止が世界共通の課題となっている。

 

2 すでに生じている地球温暖化の影響(その1)ー世界規模での影響

IPCC第二次報告書によれば、すでに発生している世界規模での影響として以下のような点が指摘されている。

1)温室効果ガスの濃度の上昇

CO2 280ppmv → 358ppmv

メタン700ppbv → 1720ppbv

亜酸化窒素700ppbv → 312ppbv

フロン 不存在から増加へ

これらの温室効果ガスは、特に最近20〜30年に著しい増加をみせており、それらは、大部分が、化石燃料利用、土地利用変化および農業といった人間活動に起因している。

2)気候変動や海面上昇など

地球表面の平均温度は、19世紀末からの100年間に、0.3〜0.6C上昇したが、これはすべてを気候系の自然変動と考えることはできない。

地球規模で海水面は過去100年間に、10〜25cm上昇しているが、これはそうした地球の平均気温上昇に関連しているとみられている。

また、氷河が全地球的に衰退しており、いくつかの地域において極端な高温現象、洪水や干ばつの増加がみられる。

 

3 すでに生じている地球温暖化の影響(その2)ー日本における影響に関する諸事実

1) 気温上昇

気象庁の観測によると、日本でも、年平均気温は、この100年間で0.9C上昇している。特に、1980年代後半から急速に気温が上昇している。

2) 海面上昇とその影響

環境庁の委託による地球温暖化問題検討委員会が1997年4月にとりまとめた「地球温暖化の日本への影響1996」によれば、日本周辺の海面水位は、北日本から中部で、1.5mm〜1.8mm/年の上昇傾向、西日本では、1.0mm/年程度の下降傾向を示している。

また、日本の砂浜では、過去70年間に125km2が侵食されており、現在も侵食問題に悩まされている。

3) 異常気象など

また、日本でも様々な異常気象におそわれており、1994年の猛暑はいまだない規模のものであり、小雨による渇水、冷夏による農業被害、猛暑による電力需要の増大や熱射病の頻発

 

4 地球温暖化に関する予測

1)気温上昇や海面上昇の予測

IPCCの中位の予測(CO2の大気中濃度は1900年レベルの2倍)では、21世紀末に、全地球平均の気温は1900年と比較して2度、海面水位は約50cm上昇すると予測されている(もっと高い予測では、上昇温度、海面上昇ともにその2倍に達するとされている)。

この場合、一度排出された温室効果ガスは、長期にわたり大気中にとどまること、海洋は大気に比較し、ゆっくりと温度上昇することから、仮に温室効果ガスの濃度上昇を21世紀末までにとめられたとしても、それ以降数世紀にわたって、気温の上昇や海面の上昇は続く。

また、温度上昇は、全地球において等しく起きるのではなく、場所によっては、もっと激しい温度上昇が起きるところもある。

なお、濃度の安定化のためには、排出量の5割を上回る削減が必要であるが、それは決して容易なことではない。

2) 異常気象

予測されるような気候変動が起きた場合、雨の降る場所が変化し、雨の降り方や乾燥が極端になる(以下、記述は特にことわりのないかぎり、IPCCの第2次報告書による)。また、台風が増える可能性もある。

異常高温、洪水、干ばつ等の異常気象も頻発するようになる。

たとえば、スペインとギリシャでは、内陸湿地帯の85%が温暖化により失われると予測されている。

3) 海面の上昇による影響

海面の上昇と気象の極端化は、沿岸地域における洪水、高潮の被害を増やす恐れがある。50cmの海面上昇で、高潮被害を受けやすい世界の人口は、4600万人から9200万人に増加すると予測されている。

 太平洋、インド洋、カリブ海には多くの島嶼国家(都市)があるが、その中でも、太平洋のキリバス、インド洋のモルジブのように環状サンゴ礁からなっているものが海面上昇の影響を最も深刻に受けるものと考えられる。その理由は、・・・いちばん高いところでせいぜい海抜4メートルに過ぎないからである。(久山純宏(元国連ハビタット事務局次長)「環境難民と人間居住」講座地球環境2「地球規模の環境問題II」より)

 

 西アフリカのラゴス(ナイジェリア)、バンジェル(ガンビア)と東アフリカのダル・エル・サラーム(タンザニア)は、それぞれ海に面した首都であるが、現在、右の3都市は、いずれも、沿岸部のひどい浸食と洪水に悩まされ、人命、生産、土地が常に危険にさらされている。すなわち、ラゴスの場合、浸食が急速にすすんでいるため、高潮は、銀行、ホテル、ラジオ・テレビ局、研究施設、輸出用石油施設、軍事施設等の立ち並ぶ大通り近辺まで押し寄せており・・・いずれにせよ、今後海面上昇により、これらの3都市のいずれの場合も、その上、河水、地下水を飲料水として使用することも、塩分、土砂その他の有害物質混入の増加により不可能となるほか、大洪水発生頻度の増加ともあいまって、沿岸部分の経済活動は、事実上まひすることになろう。(久山前記同論文より)

4) 健康への影響

また、マラリヤ、黄熱病等の患者数が増加すると予測されている。日本が属する温帯を含め、5000〜8000万人のマラリヤ患者が増加するおそれがある。

5) 自然環境への影響

温度が2度上昇した場合、全森林の3分の1で、現存する植物種の構成が変化し、生態系全体が変化し、その結果として、急激な変化に追い付けない生態系の崩壊の危機が指摘されている。

6) 食料生産への影響

熱帯、亜熱帯では、人口が増加していく一方で、食糧生産量が低下していくとみられている。

 エジプトで、地球温暖化の影響を最も受けやすいのは、ナイル・デルタの沿岸地帯であり、そこでの生産活動は国民総生産の15%(漁業では60%)を占め、総人口のおよそ4分の1が居住している。同地帯は、海抜が1メートルにも達しない場所も多く、場所によっては、海抜ゼロメートル以下であるため、わずかの海面上昇も多大なインパクトを与えることとなり、北部デルタのいくつかの湖(エジプトの漁獲高の3分の1を占めている)を水没させることになる。また、海面上昇はナイル・デルタ下流部の湖水等の塩分を増加させ、そのため同国耕作地全体の20%が影響を被ることになる。しかも、海面上昇は、下水・排水システム等を破損させ、都市の過密居住地帯では伝染病などのまん延する危険をはらんでいる(久山前掲論文より)

 

5 日本における予測される影響

 以下、前出の「地球温暖化の日本への影響1996」による、地球温暖化の日本への影響をみてみる。

1) 気候変動や海面の上昇

冬期の寒気の吹き出しが弱まり、南岸を通過する低気圧の頻度が増加し、太平洋岸の降水量が増加する。一方、夏のモンスーンは強まり、降水量の多いところではよりおおく、少ないところではますます減少する。

海面は、日本海沿岸で約20〜40cm、太平洋沿岸で約25〜35cm上昇する。

2) 海面の上昇による影響

30cm上昇で、現存する砂浜の57%が消失し、1m上昇で、90%が消失する。また、1m上昇で、現在の満潮位以下の面積が2.7倍になる。

その対策費で、約12兆円の対策費用を要し、高潮被害のおそれある地域も拡大する。

3) 健康への影響

熱ストレスによる熱中病や熱射病が増加する。

マラリヤやデング熱の発生地域が拡大する。

4) 自然環境への影響

生息域が小さく細分化され孤立化した種では絶滅の危険がある。

5) 食料生産への影響

稲の収量は増加するものの、西日本ではジャポニカ米の栽培不適になる。食料輸入先の影響が心配される。

 

6 重大な人権問題としての地球温暖化問題

以上みてきたように、地球温暖化問題は、人類に極めて深刻な影響を及ぼす。

その一部は、すでにおきつつあるが、今後さらに深刻化していくこともほぼ確実なこととして予想されている。

その結果影響を受ける人の数は、低地帯の居住者で4600万人から9200万人、増加するマラリヤ患者で5000〜8000万人、生態系の崩壊によって影響を受ける途上国の人々が数億人、と、今まで人類が経験したことのないきわめて巨大な規模のものとなると思われる。

しかも、実際に影響を受ける人々の多くは、途上国、いわゆる南の世界に生きる人々であるが、その原因となった温室効果ガスの多くは、いままで先進工業国が排出したという、加害者と被害者が分離されていく構図がみられる。

しかし、日本国内においても、最近の猛暑で何人かのお年寄りが熱射病で倒れたように、体力の弱った人や高齢者等を中心に、温暖化は深刻な影響を及ぼし、また、海面上昇に対応するために、12兆円というばく大な資金の拠出が必要となる。

緩慢に、しかも、きわめて広い規模で、きわめて多くの人々が受けていく被害であるが、人類の生存に大きな影響を及ぼす深刻な人権侵害が起きようとしていることは、明白である。

これを防ぐためには、今世紀末までに、温室効果ガスの排出量は、現在の半分以下に減らされなければならないが、今日なお、世界規模で温室効果ガスの排出は、なお増加を続けている。

 

7 日本の関与

日本は、アメリカ合衆国、ロシア、中国に続く、世界第4位の温室効果ガス排出者であり、一人当たり排出量でみても、世界平均の約2倍と、その温暖化への関与の度合いは高い。しかも、1990年以降もなお、その排出量は増加を続けている。